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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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058 笑顔がチカラになる



 一方、信濃と思わぬ形で遭遇した亜衣と麗は。

「やっほ、進んでる?」

 荷物を適当に置くと、そう三人に声をかけた。

「あ、おはよう!」悠香が真っ先に気づいて返事する。「ごめんね、急に秋葉原まで行ってもらって……。私も連絡貰ったの、昨日の深夜でね……」

 事態を明らかにするには、昨日の夜十時に遡らねばならない。友弥の元に冬樹からメールが届き、曰く〔伝え忘れた事があったから言伝て頼める?〕というのである。その内容は悠香たちに、すぐに交換できるように予備のための電子基盤を用意しておけというモノだった。急の事態に悠香たちは戸惑ったが、亜衣と麗が立候補して今朝早くから部品の調達に出ていてくれたのだ。

「いいって。私たちのせいじゃないし」

 亜衣は隣の麗に笑いかける。

「レイと二人で行動するのって初めての体験だったけど、なんか妙に話弾んだよねー。楽しかった」

 麗は黙って親指を立てる。よく分からなかったが、本人たちが楽しそうなら大丈夫だろうか。

「部品は手に入ったから、取り敢えず昼までは基盤を作ってるよ。そっち、どう?」

「早くも問題が幾つか浮上してさ……」

 ぼやきながら菜摘が開いたウィンドウのメモ帳には、数行の項目が書き込まれている。発生したトラブルや問題を記録するのも、菜摘の仕事だ。

「まず、エイムについて。カメラで認識した映像から進路計算するシステムだけど、前に人がいたりすると反応が極端に鈍くなるんだよね。光学的な認識でしかないから当たり前なんだけどさ、本番はこんなに人がいない場所とも限らないし、こんなに『積み木』が近いとも思えない。

次がドリームリフターについてなんだけど、今のままの積上シーケンスだと、積み上げた塔とエイムが衝突しちゃうんだ。そうならないようにするには上手いことエイムを塔とドリームリフターの間に滑り込ませなきゃいけないんだけど、現行のシステムを考えるとちょっと非現実的な気がする」

 つまり、カメラの映像に長方形の塗料が正常に映らないとエイムは計算が行えず、その場で前後に移動するだけのドリームリフターではエイムの積み降ろし時に塔と機体が接触してしまうという事だ。

 うーん、と唸る亜衣の横で、麗がぽつり。「……それ、市販の小型ホロノミック車輪だったよね。積み上げる前は九十度横向きにしておいて、タワーが伸び切ってから回転して塔の正面に来るようにすればいいと思う」

「あ、それいいね」

 菜摘はポンと手を打った。ホロノミック系車輪とは、全方位移動が可能な特殊車輪である。

「……でもそれって、どうやってプログラム書き換えればいいんだろ」

「ちょっと待ってて。アイ、『ユニバーサル基盤Σ(シグマ)タイプ』って奴を袋から出しておいて」

「あいよー」

「レイちゃんちょっと来てーっ! なんかエイムのガイドレールにヒビが入ってるように見えるんだけどー!」

 アイドルの如く引っ張りだこの麗である。窓際に差し込む高くなった日に照らされた麗は、何だかんだで嬉しそうであった。


 昼を挟んで悠香と亜衣が交代し作業を続行する、ロボット練習班三人と予備用ロボット論理回路(コンピューター)製作班。

 何とかしてプログラムを改変したドリームリフターの動きは、些か前よりはましになったが、やはり問題はエイムだった。ドリームリフターへの直線的な道を選択してしまうので、下手をすると塔に激突してしまうという問題が、新たに浮上してしまった。

 その代わり(すこぶ)る好調だったのがドレークと陽子であった。運動部の陽子は動き回るのにも慣れているし、それに見合うくらいの駆動性能の高さをドレークも見せてくれる。

「石狩さんのアドバイス聞いて思ったんだけど、打撃部分に大きな木とか鉄の槌を付けられないかな。そしたら攻撃力が上がるはずなんだ」

 明日秋葉原で適したのが無いか見てくる、と麗が同調し、陽子の提案はすぐに通った。さすがは冬樹、変態であっても仕事は確かである。




 そうこうしているうちに、夕方になった。

「疲れたねー……」

 完成したドリームリフター用とエイム用の予備基盤を夕陽に翳しながら、悠香は言った。彼方の西の空は真っ赤に傾き、新宿の超高層ビル群が何色もの光を煌めかせている。

「さすがにあたしも疲れたよ」

 解体し終えたロボットをロッカーに押し込んだ陽子が、隣の机に腰掛ける。「こりゃ、本番は体力勝負だな」

 残りの三人もやって来た。三方が大きなガラス窓に囲まれたこの教室には、あらゆる方向から陽光が入ってくる。悠香たち五人は頭のてっぺんから爪先までオレンジ色に染められながら、少しの間、身体に溜まった疲労を空気に溶かしていた。

 このままあの温かな日に当たっていれば、自然と体力が回復するような気さえした。


「……明日も、頑張ろ」

「うん。頑張ろうね」

「明日は教室、厳しいだろうなぁ」

「なーに、ぐだぐだ話してる奴は追い出せばいい!」

「あ、やってくれるならヨーコがお願いね、それ」

「やっ……やっぱ止めとくっ!」

「じゃあ追い出せなかった子たちには強制的に練習手伝ってもらう、とか」

「レイ、なかなか黒いこと考えるね……」





 五人がのんびりと黄昏時を楽しんでいた、まさにその頃。


「疲れたわ……」

 ほとんど誰もいない社会課の研究室で、浅野はデスクにもたれ掛かってぐったりとしていた。

 もごもごと愚痴を言ってみても、研究室の細い窓から入ってくる鮮やかな西陽を見ても、心は何も癒されない。

 登校している社会課の教師は、自分以外には誰もいなかった。浅野だって、テストの採点もなければ、個人的な研究の用事もない。それでも浅野が今日この場所にいるのは、考えるのにはここが一番向いているからだ。


──明日で、二週間なのよね。

 浅野はカレンダーをぱちんと弾いた。明日四月二十七日の欄には、『ロボ部の処分決める』と書いた付箋が貼ってある。

──まだ何も決まってないのにな……。明日の定例教師会議、どうやって乗り切ろう。他の先生方の意見を聞こうにも、会議であんな展開になってから先生方に話しかけにくくなっちゃったしなぁ……。

 そんな事ばかり考え続けて、もう二時間になるだろうか。もしもこのまま明日になったら、あの五人はどうなるのだろう。やっぱり、停学以上の処分を受けてしまうのだろうか。

 そうよね、と浅野は自嘲した。あの会議の場で発言した教師はごく少数だが、浅野には薄々分かっていたのだ。信濃や千曲と意見を倶にする者が、あの中にはそれなりにいる事を。

「凹むだろうな、あの子たち……」

 口に出してみても答えは出ない。ただ、しょんぼりと項垂れた様子で家路に着く悠香や陽子や五人の後ろ姿だけが、さっきから頭の中をしつこいくらいにぐるぐると回っていた。


──そもそも私、なんで顧問なんて引き受けちゃったんだろう。こんなに煩わされるなら隅田さんの要望、突き返せば良かったのかな。そうしたら、私よりももっと意志が強くて、あの子たちをしっかり支えてあげられるような教師が顧問になっていたのかもしれないわよね。

 頬杖をついて、浅野は窓から空を睨む。

──だいたい顧問って結局、どこまでの事をしていい仕事なのかしら。本来ならば部活なんて生徒が勝手にやればいいだけだし、顧問に必ずしも指導が求められてはいないはずよね。現に私、ロボットなんて何も分からないもの。

 浮かんだ雲の陰陽が、どことなく信濃の笑い方をしている。

──要は私も、あの子たちの事を完全に信じられないでいるって事なんだろうな。

 窓から目をそらした浅野は、遣る瀬無い思いを吐息に乗せて吹き流した。

 吐き出された気は、しない。


 すると。

「──あれ、社会課まだ人がいるみたいだよ」

「ほんとだ。電気が点いてる」

「残業かねぇ」

 ドアの開閉音に混じって、そんな会話が聞こえてきた。

 浅野は衝立の向こうを覗き見た。誰かと思えば、件の五人ではないか。

「あ! 浅野先生!」

 悠香が声を張った。慌てて浅野は姿を隠すが、もうバレているのだから意味はない。

「なんだ、浅野先生かぁ」

「お仕事ですか? もしかして採点とか?」

「私たち、今日はもう練習を終えるので、失礼しますね」

「お、お疲れさまです」

 口々に少女たちは声をかけてくる。浅野は衝立から半分だけ顔を出して、渋々ながらも答酬を返した。「遅いんだから、気を付けて帰りなさいね」

「はーいっ」

 素晴らしく行儀のいい返事だ。五人は踵を返し、ドアが再び研究室の空間を閉ざそうとする。


 悠香が、ぴょこっと顔を覗かせて、満開の笑顔で付け加えた。

「先生、教室を使えるようにしてくれて、ありがとうございました!」




「…………」


 それから、十分くらいも経っただろうか。

 去り際に悠香の見せた笑みと声が、未だに頭から離れない。いいって言っているのに、脳裏で何度もリピート再生されている。


──あの子、表情、変わったなぁ。

 浅野は少し前の悠香の顔を思い浮かべながら、口を少し歪めた。

──ただ変わっただけじゃなくて、雰囲気が変わったんだ。目がきらきら輝いて、見てる先が遥か遠くになった。あんな風に子供って成長していくのね。

 ロボコンのお陰なのだろうか。そうだといいな、と浅野は思った。もしそうなら、悠香は自分でその成長を勝ち取った事になるのだから。


 悠香だけではない。

 陽子も、亜衣も、菜摘も麗も。五人がみんな、帯びる雰囲気が良い方向に変わってきている。

 信濃の言うことがいくら正しくたって、あの五人を否定する事はできない。悠香たちは確かに人間として前進しているし、その環境だって自力で用意したのだ。

そして、今の自分はその環境を守る立場にある。顧問とは、そういう役柄なのかもしれない。

 だとしたら……。


 窓からの西陽が、心なしか明るさを強めたみたいに思える。


「決めた」

 浅野は宣言するように呟いた。

「開き直ってやる。顧問は私、あの子たちの居場所を守るのも、成長を守るのも私の役目なんだから」

 ペンを取り出して手帳にその旨を走らせると、デスクから立ち上がる。ちらり、浅野は社会課のドアを見遣った。誰もいないのに、いるような気がしてならない。

 ふふ、と微笑んだ浅野は、囁くように言った。

「こちらこそ、よ」






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