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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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053 復活!



「──ふぁっくしゅん!」


 リビングに敷かれた布団の上で、悠香は大きなくしゃみを飛ばした。

「こら、ちゃんとあったかくしていなきゃダメじゃないの」

 くしゃみを聞き付けた母がやって来る。布団に潜り込みながら、悠香は返事した。「あったまってるもん……」

「それとも誰かがウワサしたのかしらね」

 ジョークっぽく言うと、母は体温計を取り出した。「はい。そろそろ三回目、測ってみなさい」

 パジャマの隙間から体温計を滑り込ませると、悠香はじっと身体を固める。そのまま経過すること十秒、電子音が計測完了を報せた。

「あら、けっこう下がったわね。七度五分よ」

「良かったぁ……」

「くれぐれも冷えないようにしなさいね」

 それだけ言い置くと、母はキッチンに入っていく。もう五時だ、そろそろ夕食の準備を始めるのだろう。


 悠香は布団の脇に積み上げられた本を見た。

 物理に関する参考書や、ロボコンについてのあれこれが書かれた本だ。もっとも、暇をもて余すあまり読み終えてしまったものばかりだが。

「……なんかテレビ、やってないかな」

 リモコンを探してスイッチを入れると、ぱっと画面に番組表が映った。ゴールデンタイムを控えたこの時間帯は、どの局も報道系の番組ばかり。今日なんて、特に面白そうなニュースがある訳でもなく、心惹かれるような特番もなさそうである。

 諦めて眠ろうかな。そう思い、リモコンを手放そうとした時だった。


『ロボット工学の今昔 ──阪神淡路大震災から二十年──』

 そんなタイトルが、目に入った。


 今年は2015年。確かに考えてみれば、阪神淡路大震災からきっかり二十年だ。

──ロボット工学と、阪神淡路大震災?

 何の関係があるのだろう。1999年生まれの悠香にとって、阪神淡路大震災とはこの世に生を受ける四年も前の出来事だった。何が起こったのかさえ、そう言えば具体的には知らない。

 知らないが、ロボット工学という単語に胸がときめいた。

──とりあえず、点けてみようっと。

 どうせ暇なのだ。つまらない番組だったとしても、そこまで損だとは感じまい。悠香はリモコンのボタンを押すと、放映中のチャンネルへ飛んだ。


 すぐに目に入ってきたのは、震災に見舞われた神戸や大阪の被害を映したビデオ映像であった。

 悠香は目を見張った。堅牢な倒壊し下のフロアが消滅した、銀行の巨大なビル。あえなく根本からポッキリと折れ、何百メートルにも渡って崩れ去った高速道路。とぐろを巻く龍のように、街を巻き込み蹂躙しながら動き回る煙……。

 悠香の知っている巨大地震と言えば、大津波が三陸沿岸を壊滅させた四年前の東日本大震災だけだ。種類の違う、都市を丸ごと地獄へと変えてゆくその地震の恐ろしさに、悠香は思わず息を呑み、手を口元に宛行っていた。

『現在のように耐震基準が厳しくなかった当時の阪神淡路大震災では、このように倒壊家屋が続出。その多くが木造であり、さらに朝食時であったため、大規模な火災が発生しました。震災の犠牲者のうち最も大きな割合を占めるのは、これら火災による焼死であった事が分かっています』

 解説者の声に合わせて、映像はどんどん切り替わった。だが、どこまでいってもそこには、悪夢のような被災状況しか映っていない。

「…………」

 こんな光景、見たことがない。悠香は何かを言いたくて、口をぱくぱくさせた。

 もしも東京でこんなことになったら、いったいどうなってしまうんだろう。


『本日は、東都大学工学部先進ロボット工学科の、狩野(かのう)文子(あやこ)教授にお越し頂きました』

 その声と共に、スタジオの様子がぱっと映された。

『狩野です、よろしくお願いします』

 テレビでよく見るアナウンサーの反対側の席に座る女性が、柔和な笑みを浮かべ挨拶した。その向こうの画面ではまだ、震災の映像が延々と流されている。

『教授は震災以降、多目的災害救難ロボット開発の第一人者として、現場を引っ張ってこられました。本日はですね、震災を機にどのようにしてロボット開発に取り組まれたのかをお伺いしたいと思っております』

 アナウンサーが目配せすると、狩野は手元の資料から目を離して、こちらを向いた。皺が刻まれ、少し草臥れたようなその顔に、悠香はごくりと唾を飲み込んだ。

『……私は最初、ロボット工学には参入していませんでした。日本のロボット工学と言えば、当時はガンダムなどの著名な架空ロボットを再現するための学問であった側面がありまして、私としてはそこまで興味関心はなかったんですね。ですが震災が起きてから、人間の立ち入る事のできない場所での救難活動の重要性が急激に増したんです。

私たち人間は所詮人間です。倒壊した建物の瓦礫の下には潜り込めませんし、吹き上がる炎の中へ飛び込む事もできません。しかし、ロボットならそれができます。私がロボット工学へと転向したのには、そういった理由がありました。……私自身、知り合いを火の海の中に喪ってしまった事もありますが』

 狩野はそこで一旦、息を抜く。

『なるほど、ロボットは人間と違い形も自由ですから、開発さえできれば何でもできそうですものね』

『ええ、そういった利点も考えられます。具体的に申し上げますと、私たちの研究チームでは蛇型のロボットを開発しましてね』

『ヘビですか!』

『小さな隙間にも入り込んで、生存者の確認が行えるという訳です。東日本大震災の際も、爆発損壊した原発の原子炉建屋に入れようという動きがありました』

その言葉に悠香は、四年前の報道を思い返してみた。言われてみれば、確かにあの時もロボットの重要性が繰り返し強調されていた。放射線は瓦礫や火災以上に、人を寄せ付けない。

「…………」

 開けっぱなしの口の中が乾いて痛い。が、まだ悠香はそれを閉じようとはしなかった。

『その他にも、瓦礫のような大きな障害物(モノ)を乗り越える術はあります』

そう言った狩野の向こう、さっきまで震災の映像を映していたあのスタジオの画面に、今度は小さなロボットがいくつも連なっている映像が映し出された。

『これは、何でしょうか?』

『小規模モジュールのロボットを組み合わせて自由変形を行い、段差を乗り越えるという仕組みを考えました。理論的にはアリ等と一緒です』

『こんな事まで可能なのですか……!』

『ロボットの不可能を超え、災害救難の不可能も超える。それが私たちのモットーです』

 口元だけで狩野は笑った。

『日本は災害大国です。多くの人が死に行く大災厄を逃れる事はできません。ですが、私たちの国には技術があります。災害救難ロボットの開発を通して被害を軽減する事は、決して映画の中だけの夢物語では終わらないはずなのです。

ロボットには大きく分けて二種類あると、私たちは考えています。一つは、宇宙空間や災害現場などの未知の空間で作業するロボット。そしてもう一つは、介護や工業、そして医療の現場など苦痛を伴う空間で作業するロボットです。そのどちらも人間が行うには困難が大きく、ロボット技術が不可欠となります。そういった時代は今後確実にやって来ますし、その時にここ日本の若き力が芽吹いて世界をリードしてくれる事を、私たちは切に願っています』




「…………はぁ……」


 悠香は大きく大きく、嘆息した。

 番組はまだ続いている。音量を落として布団を被ると、悠香は横になって左手を宙にかざした。

 火傷をしたあの左手は、もう包帯も取れて痛みも少ない。痛々しい痕だけがはっきりと残っている。


──私たちのロボットも、いつか誰かの役に立つ日は来るのかな。

 左手を見つめながら、悠香は思った。

──目的のモノを探し出して、集めて積み上げて、邪魔するモノは排除する。それが、あのロボコンでは求められているんだよね。それって社会に出たら、どんな風に役に立つんだろう。或いはそれって、どんなロボットでも最低限できなきゃいけない能力だったりするのかな。

 私にはまだ分かんないや、と悠香は苦笑した。何にせよ、悠香たちのロボットは少なくともロボコンの場に求められているのだ。それがどんな未来に繋がるのかは、完成し出場した後に考えるべき事だろう。

 それにきっと、どんな結果になったとしても無駄には終わらないはずなのだから。


「ロボコン、楽しみだなぁ」

 もごもごと布団の中で呟く悠香を、母は不思議そうな目で眺めていた。



◆◆◆



 学校で活動する陽子たちチームメートからは、定期的な活動の連絡がメールで送られてきた。今日はここまで進んだよ、と写真まで添付されていた。

 進捗は順調なようだった。聖名子が手伝ってくれているとメールで知らされた悠香は、聖名子に感謝のメールも送っておいた。嬉しいんだか照れているんだか、どちらともつかない返信が返ってきた。

 熱は徐徐に下がっていた。結局のところ、原因は悠香の寝不足にあったようだ。久しぶりの長時間睡眠は悠香にはありがたくて、本当に気持ちが良かった。

 ロボットは眠らなくてもいいけれど、人間は眠らなくてはいけない。人間って損だなぁ、なんて思ってみたり。


 そうして、二日が過ぎていった。





「──という訳で、民衆の圧倒的な支持を集めたナポレオン・ボナパルトは皇帝に即位し、フランス革命は完全に終わりを告げたの」

 黒板をチョークで叩きながら、浅野は世界史の授業を進めていた。

 カリカリとノートに板書を書き写す音が、教室中に響いている。少し間を空けた方がいいか。そう考えた浅野は、特に理由もなく窓の外に目をやった。四月もようやく半分が過ぎて、新緑の季節は目に心地がいい。

──玉川さんはまだ、来ないのね……。

 ふと、そんな事を思った。

──ロボコンは五月だったかしら。完成したとかいう話はちっとも耳にしていないし、そもそも仲間同士もあまり仲がよくなさそうな感じがしたんだけど、大丈夫なのかな……。

 定例教師会議で庇った手前、あの五人には何としてもロボコンに出場してほしい。だが浅野がいくらそう願ったところで、本人たちの気持ちばかりはどうしようもないのた。

 もどかしいが、心配したって仕方がない。授業に戻ろう。浅野はチョークを手にし、再び黒板の前に立つ。

「急進勢力の山岳派の暴走で終焉を迎えたフランス革命だったけれど、そもそも革命党派が最初に目指した理想は立憲君主制への移行であって、王政打破そのものが目的であった訳ではないの。その上、フランス革命の一般的イメージとして語られがちな民衆の解放、自由な政治の解禁を目論んだ訳でもない。むしろ皇帝ナポレオンは、市民にそれまで以上に多くの自由を与えていたくらいよ。自由というイメージは恐らくジャコバンによる恐怖政治(テロリズム)に対して生まれたもので、もっと近い意味での『自由を得るための革命』なら“アラブの春”辺りを挙げるべきね」

 自由の語がそこかしこで踊っているせいか、生徒たちは熱心に聞き入っている。浅野はコツンと黒板に触れて、先を続けた。

「ちなみに、軍人出身であるナポレオンは至って現実的な視点を持ち合わせた人物で、また宣伝効果などを利用した人心掌握術にも長けていたの。結局のところ頂点に立つ政治家というのは、民衆という団体を引っ張るリーダーみたいな仕事よ。それを行うためには人々に支持されなくてはならない、それをフランス革命でナポレオンは初めて示したわ。もっとも国民がナポレオンを支持し続けた最たる理由は、ナポレオンが革命終結後の内憂外患状態のフランスを立て直す方策を具体的に提示し────」


 そこまでしか、浅野は言わせてもらえなかった。

 黒板の横にあるドアが吹っ飛ばん勢いで開き、悠香が駆け込んで来たからである。


「…………!」

 全員の視線が、悠香に向かう。

 何が起こったのか分からない、とでも言わんばかりの表情で悠香は教室を見渡した。浅野と目がばっちり合った途端、しゅんと小さくなる。

「……その、もう熱は下がっていたから今日は登校しようって決めてたんですけど、そしたら今日に限って寝坊しちゃって、電車にも逃げられちゃって、その……何と申し開きすればいいのか」


 ぷっ。

 浅野は思わず噴き出してしまった。

 そして、笑いを誤魔化すように、言った。

「遅刻、つけておくからね」






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