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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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050 臨界



「やってくれるって!」

 悠香は送られてきたメールを見るなり、大きな声でチームメートに報告した。

「マジ⁉」

 真っ先に陽子が飛んで来た。この件で悠香に次いで心配していたのは、誰あろう陽子である。

「ほらほら、『俺の友達が引き受けてくれる』って!」

「やった……!」

 続々と集まってきた四人は、顔を見交わし笑った。悠香もほっとして、椅子にへにゃりと座り込む。まさか自分の顔がダシにされたなどとは、夢にも思っていない。

──よかった……。これでまた、未来が繋がった……。

 安堵の汗を拭く悠香に、亜衣が尋ねた。「じゃあ、この文脈だと私たちは駆動部分さえ作ればいいっていう事なのね?」

「うん、そうじゃないかなぁ」

「んじゃ今日の放課後、どんな風にするのか考えなきゃだね」

 悠香が頷くと、さも機嫌良さそうに亜衣は自席へ戻っていく。眠気のせいか、その背中がぼんやりと霞んで見える。一限は寝ちゃおう、そう決めた悠香は早くも組んだ腕に顔を埋めた。




 そのまま、いつしか時は六限(・・)まで進んでいた。


「……ちょっと、ハルカ?」

 自分を呼ぶ声に、悠香はふと目を開けた。

 教鞭を執る先生の立ち回りに、自然と目が向かう。

──ああ、あれって六限の数学の山国先生の……。

 思ってから、悠香はすぐさま自分の思ったことの異常性に気がついた。六限⁉

「大丈夫? 昼休みもずっとぐったりしてたし……」

 すぐ後ろの席の菜摘が、心配そうな声を上げている。「体調、悪いの?」

「ううん。別に何も──」

 言いかけた悠香の身体を、すうっと寒気が通過する。

「ひゃうっ⁉」

「ちょっと、ホントに大丈夫なの?」

 さすがに不審に思ったのだろう、菜摘は悠香を振り返らせると額に手をやった。

「……やばいよ、ハルカ。熱っぽいみたい。額がすっごく熱いよ」

「そうなの……?」

 声にした言葉が、頭の中でガンガン響く。比喩表現ではなく物理的にだ。気のせいか、寒気も断続的なものから恒常的なものに変化している。

 悠香はようやく、身体に異常が起きている事を自覚した。間違いない、風邪だ。

「無理しちゃダメだよ、保健室行きなよ」

「まだ、まだ大丈へくしゅっ! ……なんか頭、痛い」

「だから言ったのに……」

 菜摘の優しさは感じていたが、悠香は尚も教室に留まる気まんまんだ。腕を掴み保健室に連れて行こうとしてくれていたその手を、そっと振り払う。

「……大丈夫。まだ私、頑張るよ」


 逃げたくない。

 悠香はただ、そう願っただけだ。

──私、リーダーだもん。いざという時のために私がいるんだもん。私が抜けるわけにいかないし、そんなことしたくない。全部の作業を、この目で見ていたいんだもん……。

 自分がいなくなったら、まとめ役の不在になったこのチームは再びばらばらになってしまう。悠香にはそれが、何よりも恐ろしい。

 意地っ張りでも、何でもない。ただ、自分がいなければならないという義務感だけが、悠香を何とか教室に引き留めていた。


 だがしかし、限界はあっさりやって来た。五人が教室に集まり、さあ始めようという段になって、ふっと力が抜けて悠香は倒れてしまったのである。

「すっごい熱い! さっきより絶対上がってるよ!」

 悲鳴のごとき声を上げた菜摘も含め、全員が一様に深刻な表情をしていた。当の悠香も、事態の重さを今頃になってようやく悟っていた。

「……ハルカ、昨日いつ寝た?」

 まず陽子が尋ねた。悠香は大人しく答える。「……二時」

「その生活、いつから続けてきた?」

「……チームが一度バラけちゃった、次の夜辺りから」

「丸五日以上か……」

 そりゃ風邪引く訳だよ。陽子の目がそう語っている。元から夜型人間だった訳でもない悠香が、それだけ長い期間を無茶し続けたのだ。体調を悪くしない方が不自然である。

「でも……」

 そう言って立ち上がろうとした悠香だったが、「げほっごほっ!」と咳をしたかと思うと、また座り込んでしまった。頭が火照る、視界が火照る。何もかもが気だるい。

 落胆のため息が、全員に広がった。

「……ハルカ。今日はもう、帰ろう」

 そう言ったのは、亜衣である。

「ともかく体調を崩しちゃった以上、治すのが先だよ。その間に私たち、少しでも進めておくから」

「完治するまでは、学校も休んだ方がいいよ」

 菜摘までもがそう訴える。

 それでもうんと言えない悠香の手を、麗がそっと握って包んだ。熱で潤んだ悠香の目を見て、真っ直ぐに言葉を放つ。

「大丈夫。ハルカがいなくても、何とかするから。私たちを信じて」


──メンバーを信じることも、きっとリーダーには必要な素質なんだろうな……。


 悠香はついに、こくんと首を前に振った。

 自分がここで頷かなければ、先には進めないと思った。

「あたしの手、掴んでもいいからね」

 陽子の言葉に甘えて、何とかふらふらと立ち上がる。家路は遥かに遠いが、何としてでも帰らなければならない。

「ごめんね、みんな……」

 その言葉を何度も繰り返しながら、悠香は教室を後にした。味わったことのない敗北感と、チームがばらばらだった間にはなかった果てしない不安感が、寒気よりも深く全身に染み込んでいた。




「……ハルカ、あたしたちのせいで無茶したんだろうな……」


 リーダーの欠けた教室で、ぽつりと陽子は呟いた。

 他の三人も、無言で頷く。

「私たちが離れてる間にも、ずっと私たちを信じて製作を続けてきた訳でしょ。私だったら絶対できない芸当だよ」

「だからって、何も身体を壊す寸前まで追い込まなくても……」

「……夢中になると何も見えなくなるタイプだからな、ハルカは。気付けなかったあたしたちにも、非があるよ」

「独りで帰しちゃったけど、大丈夫だったのかな……」

 四人は代わり番こに口を開いては、言いたいことを吐き出した。そうやってでも“不安”を打ち消さないと、やっていられなかった。

「……ハルカの分も、あたしたちで頑張るしかないよ。それがあたしたちにできる全てだよ」

 自分を含めたみんなを鼓舞するように、陽子は手を叩いて声を上げた。「さ、始めよう。ハルカのお兄さんの友達に作ってもらう上部に恥じないくらい、あたしたちもしっかりした駆動部分を組み立てなきゃ!」

「うん……」

「……そうだね」

 互いに目配せし合い、四人は決意を確認したのだった。胸中で疼く、悠香とは違った意味での“不安”を、解消しきれずに溶かしながら。





 ピンポーン。

 インターホンに急かされ、ドアを開けに向かった母の胸に。

「着いたぁ……」

 ぐらりと悠香が倒れ込んできた。

「どうしたの、珍しく早いじゃない」

 訝しげに母は尋ねるが、悠香は返事などできるような容体ではない。意識も朦朧としているのだろう、その瞳がどんよりと濁っている。

 もしや、ハルカは。母はすぐに中にとって返すと、体温計を持ってきた。悠香の脇の下に挟み込み、反応を見ること二分。アラーム音が鳴り響く。

「──三十八度八分⁉」

 息苦しそうな悠香に、母は絶叫した。とりあえず、寝かさなければ……!

「ユウヤ! ユウヤちょっと来て!」

 階下からの呼び声に非常事態を察したのか、友弥が駆け降りてくる。「どうしたの、母さん」

「ハルカを自分の部屋に連れていってもらえる⁉」

 母は懇願した。玄関までやって来た友弥が、母にすがる悠香の姿を見るなり固まった。

「高熱があるの!」

「じゃあ……風邪か?」

「たぶんそうね、だとしても一体どこから感染(うつ)ったのかしら……」

「とにかく分かった。母さん、ハルカの荷物とか持ってきてくれる?」

 言うが早いか、友弥はぐったりとする悠香の背中に手を回した。例のごとくお姫様抱っこである。真面目な話、この方がよほど機動力がいいのである。






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