049 協力者は変態?
対策、と言いはしたが。
──そんなもの、あるのかな……。
自室に辿り着いた悠香はカバンを放り出し、ベッドには向かわずに勉強机に腰を下ろした。ベッドに向かったら最後、だらだらして一日を終えてしまう。悠香なりの工夫である。
──直前の日曜日に事前審査もあるし、練習もしなきゃならない以上、私たちに残された時間は実質的にはほとんど一週間しかないんだ。この前みたいに設計ミスとかで時間を取ったら、その時点でアウト。でも頼れるような人だって、いないし。どっちにしても、ハイリスクかぁ……。
八方塞がりとは正にこのことだ。二十分思案した挙げ句、悠香は席を立った。いつまでもだらだら考え込んでいたって、答えなんて出るわけもない。
こういう時、悠香には決まって頼る相手がいるではないか。
ばたん。
いきなりドアが開いた。教科書を音読していた友弥は、驚きのあまり「わっ!」と思わず声を上げてしまった。
入ってきたのは、悠香だ。
「……お前、ノックぐらいしろよ」
如何わしいことをしていたのでは断じてないが、友弥は悠香をたしなめた。親しき仲にも何とやら、礼儀がなっていない。
「相談があるんだけど……」
「おい人の話聞いてんのか」
「だって、ノックして『入るな!』とか言われたら困るし」
「…………」
言うかもな、と友弥は思った。一理あると一瞬でも感じてしまった自分が、猛烈に悔しい。
「ロボコンの件なんだけどね」
そう前置きすると、悠香はベッドの上にぽんと飛び乗る。
「私たち、あと一週間で一台ロボットを作らなきゃいけないことに気がついちゃって……」
「一週間⁉」
そりゃ無茶だろ、いくらなんでも。友弥はよっぽどそう言おうかと思ったが、既に悠香もそれは重々自覚しているようだった。
「他のロボットとか、会場内の構造物を攻撃するためのロボットなんだ。だけど私たち、これに感じては完全に忘れてたから、どんな風に攻撃するかも考えてなくて……。どうしようもないの」
「……相変わらず物騒なロボコンだな」
「これがないと、他所のチームに競り負けちゃうかもしれないのに」
悠香はしょんぼりと項垂れる。前にもこんな場面があったな、と友弥は感じた。そうだ、お金が足りないと言っていた時だ。
ロボコンに関する知識もノウハウもない友弥に相談するところを見ると、よほど切羽詰まっているか、或いはよほど他に頼る相手がいないのだろう。
そういえば、悠香はちゃんとメンバーを取り戻せたのだろうか。迂闊に聞くこともできないだろうが、昨日今日の様子を見ていると、そっちは解決したのではないかという気がしてくる。実際、その予測は間違っていない。
──俺が、何か力になれるとしたら?
悠香の姿をじっと見つめながら、友弥は静かに考えた。
──ロボットは作れなくても、最低限攻撃する部分さえあれば何とかなるんじゃないか。だとしても、俺にそんな技術はない。俺にできることは……。
「ハルカ」
名前を呼ぶと、悠香はくるりとこちらを向いた。
「俺ん高校にな、軍事愛好会っていう部活があるんだ。知り合いが所属してるんだけど」
友弥はそこで一旦言葉を切ると、自らの考えを整理し再確認した。
「……その知り合い、工作もできるんだ。色々と兵器を自作したりもしてる。そいつにこの話を持ち掛けてみようと思うんだけど、どうだ?」
悠香の顔が、ぱっと希望の色に輝いた。「いい! すごくいい!」
「そいつの連絡先を俺は知らないから、決まるのは明日になる。もし断られたら、間に合わないと思った方がいい。可能性は五分五分だぞ?」
「いいの。元からどんな道を選んだって五分五分だから」
決まりだな。友弥はメモ帳を手に取ると、その旨を書き留めた。明日、忘れずにこなさなければ。
「ありがとう、ユウヤ」
そう一言言い残すと、悠香はベッドから起き上がった。そのまま、元来た道を引き返しドアを開ける。
「珍しいな、いつもはここでそのままダラダラしていくのに」
声をかけると、悠香は振り返った。さっきまでの情けない表情はどこへやら、凛とした声で返事を寄越す。
「……まだまだ、考えることも勉強することもたくさんあるんだもん。ここで時間ムダにするわけには、いかないから」
ぱたん、とドアは閉まった。
「…………」
残された友弥は時計を見た。午後八時、そろそろ夕食の呼び声がかかる頃合いだろうか。
昨日、友弥が寝たのはだいたい十二時半だ。さあ寝ようと廊下の電気を消した時、悠香の部屋にはまだ照明が点っていた。もっともそんな事、昨日に限った話ではない。
──あいつ、頑張るのは良いけど頑張りすぎてないか? ちゃんと寝てんのか?
疑問に思ったが、それもまた努力の証なのだろう。俺からは、何も言わないでおこう。友弥はそう、心に決めたのだった。
◆◆◆
翌日。
確実に会えるよう、そして早めに話を通せるよう、友弥はいつもよりも時間を前倒しにして登校した。無論、悠香はとっくに登校した後だ。
私立山手高校は世田谷区の中央部に校舎を持つ学校である。玉川家の所在する荻窪の街からの通学は、始発の地下鉄丸ノ内線に乗っていけばよい。毎日毎日超満員の中央線に揺られてゆく悠香に、何度『怨めしい!』と言われたことだろう。こんな朝早くの空気も久しぶりだな、なんて深呼吸してみる。
果たして、友弥の探し求める例の相手は、もう既に教室にいた。何やら熱心に本を読んでいるようだ。
「よっ、石狩」
友弥の声に、その相手──石狩冬樹は席ごと後ろを振り返る。手にしているのは『世界の銃パーフェクトバイブル』か。
「お、玉川じゃん。今日は早い感じ?」
「あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
冬樹は顔にハテナマークを浮かべる。当然だ、いきなりそんな事切り出されても戸惑うに決まっている。
「お前さ、軍研でどんな活動してんの?」
「……うーん、難しい質問すんなぁ。アレだよ、工作とか」
「だよな」
「だよな?」
「例えばさ、条件付きで『こんな攻撃兵器が欲しい』って言われたら、作れるか?」
冬樹、にんまりと笑う。
「当たり前だろー? 自慢じゃないけど俺、物理部と並んでこの学校で一番に工作技術に長けてる自信あるよ。頼まれれば何だって作ってやるさ」
今の台詞のどの辺りが自慢でなかったのか友弥には分からなかったが、そんな事はどうでもよかった。肝心なのは、最後だ。
「マジで? 何でも?」
「おうよ! 俺にかかれば何だって作れるぜ。何せ規則違反の砂場爆破実験を繰り返して停学喰らってるくらいだからな」
ピースする冬樹を前に、友弥はどこから突っ込──違う、どうやって話を持ちかけようか迷う。
──信じて、いいのか?
胸の奥でそう問うと、答えが出る前に友弥は本題に切り込んでみた。
「……あのさ、俺の妹が」
「妹いるのか⁉」
「そっちに反応すんなよ! ……で、その妹が今度、ロボコンに出場するらしいんだ。そのロボコンってのが」
「妹ちゃんかぁ……そっかぁ……」
「頼むから聞けよ……。ああもう、単刀直入に言わせてもらうぞ。ロボコンに出場させるロボットに、攻撃用の兵器を搭載したいらしい。お前に頼めないか?」
頼めないか、と言った瞬間。すっと冬樹の目が澄んだ。
「いいね、それ。続き聞くよ」
その言葉を待って、友弥は説明を続ける。内心、もう既に完成品を受け取った時のように喜びながら。
「どうも、ロボコンに参加してる他のロボットを機能停止に追い込んだり、会場内に積み上げられた大きな『積み木』を突き崩したりするのに使うらしいんだ。人に当てたらアウトなんだってさ」
「となると、飛び道具じゃ不味い訳か」
「そうなるだろうなと俺も思ってた」
「面白いね。いいね、引き受けようじゃん。期限はいつだ?」
もう友弥は幸福感でいっぱいである。「一週間以内にいけるか?」
「もちろんだよ。ただ────」
……そこで話を一旦切った冬樹の目は、怖いくらい爛々と輝いていた。
「その前に俺にお前の妹ちゃんの写真見せろ!」
「……は?」
思わず友弥は聞き返してしまう。朝陽に横から照らされた冬樹の顔は、全くもって本気だ。
「顔で判断する!」
「そりゃないだろ……」
「良かったらついでにいただくかもしれないけどいいか?」
「落ち着け、何言ってんのか分からん」
「いいから!」
「……お前ってそんなキャラだったっけ?」
冬樹は何言ってんだという顔をする。「妹だろ、女子だろ? 男子校という名の檻の中で、女子と触れ合う機会が一体どれほど少ないことか……! だがしかしせっかくだから選り好みさせてくれ!」
……渋々、友弥はスマホを取り出し、悠香の写メ画像を見せた。見せなければダメ、なんてずいぶんたちの悪い脅しだが、この際背に腹は替えられまいと思ったのだ。バカ正直である。
──こいつはハルカに近付けないようにしなきゃだな。まだ性に目覚めてる様子もないハルカの事だし、万が一、二人きりにでもなったら……。
兄たるもの、不必要な心配は尽きない。ともかく、写真は突き出した。冬樹はそれを一目見て、もう一度見返して、さらにまた見返す。自分の妹をまじまじ見つめられて、あまりいい気分ではない友弥である。
「……もう、いいか? いいよな?」
そう言って、返事もせずに画面を消した途端。
「合格!」
冬樹が叫んだのである。
「気に入った! 謹んでお請けさせていただきます!」