046 この五人で、また
「……みんな、ごめん」
悠香は先ず、謝った。
「リーダーとして、みんなのこと引っ張ってこれなかった。ううん……それ以前に、言い出しっぺなのに一番仕事もしてなかった。私、自覚も覚悟も足りなかったんだと思うんだ。ごめん」
四人の取り巻きは、耳をすませて聞いている。痰みたいに喉に引っ掛かる言葉たちを、悠香は懸命に外へと吐き出した。
「私はまだ、やりたい。諦めたくない。このロボットを完成させて、大会に出てみたいんだ。たとえ微力にしかならなくても、自分の力で何か大きなことを為してみたい。ずっと前から、それが私の願いだったから。だけど、だからって言って勝手にみんなを巻き込むのは違うって思うんだ。だから私、みんなの思いが聞きたい。ロボットなんかもういいや、って意見でも聞きたいの。私たちがこれまで二ヶ月間続けてきた活動について、みんなの気持ちを知りたいの。その答え次第で、このメンバーが今日から先どうするか……解散するかどうか、決めたいんだ」
……また四人が『集まってきてくれる』ことを、望んではいけない。
今は悠香は、そう思うのだ。
──今までのままの五人じゃ、きっとまた空中分解しちゃう。無理が働くと、いいことなんてないんだ。だったら今ここで、聞いておかなきゃ。みんながまだ、ロボットを作りたいって思ってくれてるかどうか。
悠香はもう理由を言った。もしここで『やっぱりやめた』って言われたら、大人しくその人にはこの活動を抜けてもらうつもりだった。
悠香は、本気だ。それが伝わったのか、いつしか教室には静かな緊張が漲っていた。四人は四人とも、お互いの顔を見合わせている。ごくん、誰かが唾を飲んだ音が教室に響いた。悠香のだったのかもしれない。
──私、待ってるよ。待ってるから。
もう一度、悠香は念じた。
その時。
「──さっきも言ったけど、私は抜けないからね」
最初に名乗りを上げたのは、菜摘だった。
「私だってせっかく、自分の得意分野を生かせる舞台を手に入れられたんだから。それに私、誰かに言われて何かをするって経験はもう沢山。ハルカがどう思おうがロボットに参加するって決めたのは私自身だし、きっとそれが私の本意だと思う。自分で決めた道だもん、今さらもう後悔なんてしないよ」
かたんとパソコンを机に置くと、菜摘は笑った。
「この数日、変わっちゃった生活からあの頃を思い出して、改めて思うんだ。やっぱ、部活よりも家よりも、前みたいに騒いでた時のこのチームの空気の方が何倍も好きだなぁ、私」
「ナツミ……」
悠香は咄嗟に返す言葉が浮かばなくて、ただ名前を口にできただけだった。と、今度はその斜め前から、陽子が声を発する。
「ああもう、同じこと言おうと思ってたのに」
後頭部を掻きながら、陽子は照れ笑いするみたいに口を歪めた。ふふん、と菜摘が少し誇らしげな顔をする。
「あたしも実を言うと、好きだった。何も考えずに騒いでたあの時が、本当はすごく居心地が良かったなって、今になって思うんだ。失敗が重なり始めた辺りから、だんだんとそういう空気じゃなくなっちゃったけどさ」
失敗の語が、場の空気を少し濁らせた。陽子は瞳を伏せ、表情を伺えないようにしてしまう。
「あたしはやっぱ、やることはやるべきだって思う。楽しんでても進めることはできたはずだし、あんまり自己管理できないこのチームは最初から不安だった。でも、今日のハルカを見て学んだよ。普段だらだらしてたって、やればこんなに進められるんじゃん。ハルカ、すごいじゃん……ってさ。だから今は、ハルカがリーダーなら、あたしたちはもっと先の未来も見られるような気がする。他の誰もがそう思わなくなっても、あたしは信じる。ハルカの事」
面と向かって言われると恥ずかしくて、悠香もまた、俯いた。
対する陽子はまた、真っ直ぐな瞳で悠香を見ていた。かと思うと一歩を踏み出し、手を差し伸べた。悠香は反射的に、それを右手で受け取った。
はにかみながら、陽子はさらに続けた。
「……もし、他のみんながいいって言ってくれるなら、あたしも中に入れてほしいな。ハルカを中心に据えたこのチームでどこまで頑張れるのか、どこまでやれるのか、限界まで見届けたいんだ」
……悠香にはその台詞だけでもう、感無量だった。
うん、と大きく大きく頷いて見せると、返事する。
「喜んで……!」
陽子は白い歯を見せて笑った。「電池の問題は解決してないままだし、まだまだ他にも山はたくさんあるだろうけどさ。一緒に頑張って、乗り越えていこう」
悠香も同じように笑った。不安も悪寒も拭い去る事は出来なかったが、今はそれでいいと思った。こういうことを言ってくれる友人が、今はすぐ隣にいる。それだけで十分に嬉しかった。
するとその時。おずおずと麗が、手を挙げたのだ。
「レイちゃん……?」
目をぱちくりさせる悠香を見ると、麗は自分のロッカーへと駆けて行った。すぐに取って返したその手には、紙袋が握られている。
「電池の問題なら、もう解決させられる」
麗は確かにそう言った。
「……えっ?」
一瞬、何を言っているのか分からなくて、悠香は聞き返してしまう。すると麗は紙袋から、サイコロ状の金属製品を取り出したのだ。
ことん、と机の上に置かれたそれは、購入のたびに部品カタログを見ていた悠香にも見覚えのないものだった。横の性能表を見た陽子が、絶句する。
「『RightーA』……これ、複合昇圧電池だ!」
「うそ⁉」
菜摘までもが駆け寄ってくる。何だろう、それは。首をかしげる悠香に、陽子は熱っぽい顔を向けた。
「知らないの、複合昇圧電池?」
「聞いたことがないようなないような……」
「ついこの前、市販が開始されたばっかりの画期的な近未来電池だよ! まだ高価なはずなのに……」
「近未来電池⁉」
悠香は思わず、麗を何度も見返してしまった。麗が、まさか、いつの間に?
「いいって言ったのに、お父さんが送ってきてくれちゃったの。しかも、二個も……」
麗は心底申し訳なさそうな声で言う。残りの四人は四人で、開いた口が塞がらない。複合昇圧電池を『送ってきてくれちゃった』だなんて……。
──言われてみればレイちゃんのお父さんって、確かNASAの職員なんだよね。そしたらそういう新発明にも敏いだろうけど、その財力はいったいどこから……?
思うところが多すぎて黙してしまった悠香たちをその瞳に映し、麗は悠香を見上げていた。
その表情に浮かんでいたのは、何だっただろう。安堵か、哀しみか、それとも。
「……私、何かを言葉にするの、すっごく苦手だから。ハルカに言うのも、これが初めてだと思う」
ゆっくりとはっきりと──されどほの暗い憂いを含んだ声で、麗は訴えた。
その時、悠香は気づいた。今、麗の表情を占めているのは、『伝えたい』という強い欲望なのだ。
「私、本当はみんなと同じように、みんなで何かをするのが好きだった。みんなの中にいると、居心地がよかった。だけど私は何事にも控え目だったから、結局いつも独りだった。部活だって元クラスメート同士とかの馴れ合いで埋まってて、私の入る隙間なんて、どこにもなかった。私、怖かった。みんなに敬遠されてるとしか思えなくて、独りの方が気楽になっていったの。本当は、その方が嫌なのに。でも…………」
ぎゅっ。
突然手を握られて、悠香は面食らった。
が、振りほどこうなんて考えもしなかった。麗の表情を一度目にしてしまえば、そんなことは地球上の誰にもできないはずだ。
「……でも、ハルカはそんな私を引き入れてくれた。私はこんなに意見も言えないし、こんなに喋れないのに、このチームはそんな私を、受け入れてくれた。このメンバーで過ごす時間、どれも本当はすっごく楽しくて、……だけど儚くて、分かっていても、嬉しくて……」
……いつしか教室には、麗が静かに鼻を啜る声だけが響いていた。
陽子も亜衣も菜摘も、そこにいるのが居た堪れなさそうに、俯いたまま顔を伏せていた。
想像したこともなかった。麗が、そんな風に思っていただなんて。自分の無知さがまたしても浮かび上がってきて、悠香も悠香で、切ない気持ちでまた泣いてしまいそうだった。
けれど、これだけは言わなければならない。
「……泣かないで」
そっと抱き寄せ、震えて上下する麗の肩を取ると、悠香はそう言った。麗はまだ、口を開いて話し続けようとする。
「……私、もっとはっきり自分の意見を言えば良かった、って思う場面が多すぎる……。今日のこれだって、本当は参加したかったのに、なかなか言えなかった……」
「…………」
無言で背中を撫でる悠香。
すると麗は、
「もう……大丈夫だから」
そう言って、悠香を丁寧に離した。
「もう、決めたの。私を仲間にしてくれた、期待してくれてるこのチームに、恩返しがしたい。期待されてる以上のことをして、このチームの力になりたい」
教室が、しんとする。
麗とも思えないほど凛々しい声で告げた麗は、最後に一言、付け加えた。
「……だから、解散なんて悲しい言葉、使わないでほしい……」
暫し言葉を失っていた悠香が、ようやく口を開こうとした時だった。
麗の隣に、すっと誰かが立ち上がった。それまでずっと黙っていた、亜衣だった。
「私も似たようなこと、言っていい?」
がくがくと頷いた悠香に、亜衣は寂しそうな笑みで笑いかける。
「……私の場合はさ、もしも受け入れてくれるなら、ってことになるんだけど。私、今回のことで、よくよく分かったんだ。自分がどんなにまだまだ未熟で、至らない部分が大きいかって。これまでだって私、きっと心ない言葉でみんなを知らない間に傷付けてたのかもしれないよね。ごめん、みんな……。
だけど、これだけは信じて。私だっていつもいつも、思った通りのことを吐きまくってる訳じゃないの。この場所が安心できる場所だったから、つい思い遣る事とかを忘れてしまって……。それだけ私も、この場所が、この面子が、落ち着けたんだと思う。
こんな私だから、まだ残りたいって言っても嫌がられて当然だよ。だけどみんなが構わないって言ってくれるなら、私もここにいたい。ハルカが目指したい何かを掴む夢を、一緒に……追わせてほしいな」
どうしてみんな、そういう言い方をするのだろう。
悠香の答えは最初から決まっているし、それは最初にもう話したはずなのに。
悠香は頷かない代わりに、二人の手を握った。
麗も亜衣も、目を丸くした。拒否されるとでも思ったのか。そうじゃないよ、と手越しに思いを伝えると、悠香は二人よりも少し高い天井を見つめながら、言った。
「……私の方こそ、お礼、言わなきゃだもん」
捕まえた夢を追いかけ、怠惰な日常と後ろ向きな自分を振り払いたい。
それが、悠香の希望。
そんなリーダーに絶対の信頼を抱き、一緒に苦難を乗り越える覚悟を決めた。
それが、陽子の矜持。
周りの知らない素の自分を出せるこのチームで、自分という人間を見つめ直したい。
それが、亜衣の願い。
孤独から引き上げてくれたチームへの感謝から、最大限の協力を惜しまないと決めた。
それが、麗の目標。
自分の意志で選んだこの道を、もう決して見失うことなく最後まで貫き通したい。
それが、菜摘の選択。
目指す未来は多少違うかもしれないけれど、今はそれぞれがちゃんと噛み合って、新たなこのチームの存在理由を組み上げていた。
二ヶ月前、初めてこのメンバーで固まった時にはなかった連帯感が、今は確たる力としてここにある。ロボットコンテストに挑む悠香のチームの、再起動──否、起動の瞬間だった。
「……みんな、ありがとう……」
やっぱり堪えられなくて左頬を拭った悠香に、四人は銘々の右手を差し出してきた。
みんな、待ってるんだ。悠香は拭ったばかりの右手を、輪のように並んだ五人の中心に伸ばした。五人分の右手が、順々に宙に重なる。
「悠香……!」
急かしたのは、陽子だろうか。
悠香は頷くと、声を張り上げた。
「ロボコンに出るまで、絶対諦めないぞ────っ!」
決意の叫びが上がった中学三年α組の教室を、力強い西陽がきらきらと照らし出していた。
もう立ち止まるなよ。
そんな誰かの言葉が、聞こえてきそうなくらいに。
ロボコンまで、あと十九日。
次回は、第三章で新たに登場したの登場人物を簡単におさらいします。
更新は明日午前七時です!
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