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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅲ章 ──和を以てチームと成す
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037 励起の先輩


 どきり、とした。

 そういえば一度も、悠香が思いを馳せたことはなかった。北上の目は、そんな悠香の目を通して心を責めているようだった。

「……分からない、です」

 正直に、悠香は白状した。北上の顔は、寸分も動かなかった。

「普通はそうだと思うわ。人の気持ちを慮るのって、難しいの。私だって人間観察の趣味があったから、他人の気持ちに少し敏感なだけ。でもね、リーダーである以上はそういうことは常に考えておく必要があるの。誘いをかけたのが誰か私は知らないけれど、みんな志は違うはずよ。同じ目的を持って集まっているはずの物理部でさえ、そうだった」


 誘いをかけたのは、悠香だ。

 初めにこの話を持ちかけた時、陽子はどうだっただろう。確か、これをやれば必ず評判は上がると豪語し興奮していた悠香に呆れながらも、渋々……という感じだったはずだ。

 亜衣は? ……陽子と似たようなものだった。あの二人は真面目で、現実的な目線を持っていた。

 菜摘はどうだっただろうか。考えるまでもなかった、菜摘は亜衣に同調しただけだ。以前からずっと、菜摘はそういう人格だった。亜衣が『()』と言ったら、菜摘も『阿』と言う。決して『(うん)』とは言わないのだ。

 麗に至っては、突然横から半ば誘導尋問的に『やらない?』と言われただけだ。控えめな彼女のこと、断るなんて発想が生まれるはずもなかろう。


──主体的も、何も。

 悠香は自分が数日前に言ったことを思い返した。

──自主的に参加しようとしてたの、私だけじゃん。私だけが勝手に盛り上がって、私だけが主人公のような気でいたんじゃないの……?

 否定する言葉は、そこにはなかった。


「リーダーの難しいところは、そこにあるの」

 コトンと飲み物を置くと、北上も長い息を吐いてそう言った。

「メンバーにもきちんと気を配って、適切な場所に配置して、そして自分は全力で頑張る。そこまでしてもまだ、何かが足りないのよ。私も長いこと分からなかったし、未だによく分からないわ」

 ただ、と一呼吸分を空ける。

「たとえばメンバーに不満が堆積している場合、その計画(プロジェクト)に巻き込んだものの責任は、間違いなくリーダー以上に重くて、苦しいものになるでしょうね」


 悠香は、悲しかった。


 そんな気持ちで、自分は仲間を集めた訳じゃなかった。ただ、一時の勘違いから、自分たちにも何かが叶えられるかもしれないと思い、願い、それに共感してくれる仲間たちが欲しかっただけなのに。こんなことになってしまうなんて。

──だけど、だけど最初にロボットが完成した時、私たちみんなしてあんなに盛り上がっていたんだよ? それなのに、どうして……?

 無言で叫んでから、ハッとした。よく考えれば、こうなるのも当たり前だったのではないか。浅野の説教によって『受験者数を増やす』という大義名分が焼失して以来、五人をまとめるべき要素は作りかけのロボットだけだった。ロボット製作に行き詰まりが見えた時点で、崩壊は必然の未来だったのではないか。


「……北上さんの、言う通りでした」

 悠香は静かに言った。びゅうと吹き下ろすビル風に、髪が舞って視界を遮った。

「私がみんなを巻き込んだんです。しかも、私がリーダーなんです。強引に引き入れた上に、みんなのことなんてまるで考えてなかった。私、自己中でした。私にはきっと、二倍の責任がかかってるんですね……」

「…………」

 北上は黙っている。

「私、部活にもほとんど入ってなくて、みんなで何かを成し遂げるって経験をしたこともないんです。だから内心、そういうものに憧れていたのかもしれません。私だけのチームを作って、日常を振り払えるくらいの何かに打ち込めたから、私の心は満足してたんだと思います。でも私は、周りを何も見てなかった。リーダー、失格です……」


 くすん、と鼻を鳴らした悠香に、北上はそっと尋ねた。

「さっきも言ったけど、ロボットなんかその気になりさえすれば一人で作れるわ。それに、どんなに仲がいい相手とであったって、目的を同じくするチームとして時間を共にしていれば、多少の綻びは確実に生じるの。それは避けられない。それも踏まえた上で、聞かせて。

玉川さんはまだ、製作に追われていた一昨日までの日々に戻りたいと思う?」




「私、っ」


 涙が跳ねた。


「戻れるなら、戻りたいです……。こんなの嫌、何もしないままなんてイヤ……。だけど、もう……あの時のみんなと一緒になんて、やってけない……、です……。みんなを怒らせて、呆れられて、諦められました……。もう、遅い……です……っ」


 ずるい。

 泣くのは、ずるい。

 そう思えば思うほど、涙が溢れてきた。神様は非道い、と悠香は思った。

 みんなを引き留められなかったあの時、リーダーとしての、あるいは提案者としての悠香は終わりを告げた。適当で曖昧な悠香のリーダー像にみんなは戸惑い、頼りなさを感じていたことだろう。そんな悠香のもとに再びみんなが集ってくれる保証なんて、この地球上のどこにもない。願うのもおこがましい。

 だけど、諦めたくない。せっかくあそこまでロボットを作り上げたのに。一度は完成を見たのに。


──能力の問題じゃないよ。私独りじゃ、あんなのは作れないよ。みんながいなきゃ、無理に決まってるよ……。だけどもうみんなはいない、帰ってこないんだ……! 




 人気が少ない場所を選んでもらってよかった、と悠香は思った。いや、北上のことだから、ここまで先読みされていたのかもしれない。

 嗚咽をこらえながら肩を震わせる悠香の背中を、北上はそっと撫でてくれた。こんなに優しい手に出会ったのは初めてだと思えるくらい、それは悠香にとっては安心できるものだった。

 そんな自分が余計に嫌で、悠香はもっと泣いた。もはや悪循環だった。


「ごめんね」

 摩りながら、北上は何度も謝った。

「泣かせる気なんてなかったの。ただ、玉川さんの考え方を知りたくて、ああいう言い方をしちゃっただけなんだけど……」

 どことなくウソっぽかったが、悠香は涙ながらに頷いた。悠香の思考は北上に読まれているが、北上の思考はまるで分からない。みんなの気持ちの分からなかった私には無理かな、と微かに自嘲した。

「大丈夫」

 それでも、北上の声は力強かった。

「玉川さんの意志はよく分かったわ。まだ玉川さんには、やる気がある。やり遂げたいっていう、強い気持ちを感じる。それさえあればもう大丈夫よ。玉川さんは必ずまた、元の仲間を取り戻せるわ」

 悠香は思わず北上を二度見してしまった。それも、ウソか?

「そんなの無理だ、って思ってるでしょ」

 北上は朗らかに笑う。

「だって、私はもう……」

「そう思ってしまうから、よけいに不可能になるの」

「…………」

 北上の言う通りだ、悪く考えているうちはいいことは起こらない。悠香は口を固く結んだ。今開けば、後ろ向きなことしか言えなくなるような気がした。

「リーダーに付いていくってことはね、惚れてるのに近い感情なの。つまり、相手を惚れさせること。『この人なら付いていける』って思わせること。それが、リーダーがすべきことの全てよ。色んなハウツー本が出てるけど、本当はたったそれだけ。リーダーは英雄であればいいのよ。

玉川さん、あなたはリーダーよ。だからこそ、あなたが一番強く意志を持って、一番にしっかりしなければいけない。あなたが諦めれば、みんなも諦める。あなたが頑張れば、みんなは付いてくるの。本物のチームは、心はいつも必ずたった一つに纏まっているんだから」


 北上の言葉を、悠香は自分なりに咀嚼した。

──つまり、私がロボット作りに一生懸命になって励んでいれば、四人はまた私のもとに来てくれるってこと……?

 厳しいな、と思った。そうでなくても他のみんなより仕事のできなかった悠香が、いくら頑張ったところで一体どれほどのモノが作れるだろうか。

 いや、それも含めて全ては未知だ。やってみるしか、答えを導く道はないのだろう。

「玉川さんの場合、周りのみんなの方が個々のポテンシャルは高そうに見えるわ。けれど、高いのはそれだけ。玉川さんは個々を見れば弱いかもしれないけど、それぞれに欠けているモノを何かしら持っているはずよ。それに、夢中になっている間はともかく、落ち着いていればちゃんと色々考えられる。そういう人の方が、リーダーには向いているわ」

 一拍空ける北上。悠香はまだ、反応できないでいる。

「……本当に叶えたい未来があるのなら、立ち上がるのは今だよ。私もできるだけ、あなたを支えてあげたい。玉川さんの目指す未来が、私も見てみたいの」

 何せ、あのロボコンだからね。そう言って照れたみたいに笑う北上の瞳から、あの冷たさはもう、すっかり引いていた。

 その時、目の前に聳える横長のビルの西の端から、夕方の色に変わった太陽が顔を出した。やっぱりまだ、半分くらいが雲に隠れているが。




──もう、無理だとばっかり思ってた。ロボットをみんなで組み上げて、ロボコンに出場する夢。


 眩しくて光に手をかざし、その光の中に悠香は思う。

──だけどこの手にまだ、力が残ってるのなら。チャンスが残されているのなら。

 だったら、やるしかない。自信がなくたって後悔に苛まれたって、前には一歩も進めないのだ。

 まだ、諦めたくない。その気持ちが、悠香の身体を動かすたった一つの動力源(でんち)だ。


「……私、やってみます」

 がたんと音を立てて椅子から立ち上がると、悠香はぺこりとお辞儀をした。

「すみませんでした。その、情けない姿を見せちゃって」

 北上は少しびっくりしたみたいで、表情が少なくとも二、三回は変化したのが分かった。けれどすぐにそれは、いつも通りの不思議な先輩のそれに戻る。

「ううん。こっちこそ、無理やりこんなところまで連れ込んじゃってごめんね」

「私、やっと分かりました。私に出来ること、まだいくつも残っているような気がします。だからまずは、精一杯努力してみようと思います」

 悠香はそう宣言した。

 時間はもうない。いま行動に移せば、まだ間に合うのかもしれない。だったら善は急げだ、光明の見え始めた今のうちに、少しでもいいから先へ進みたい。

 悠香はもう一度お辞儀をすると、くるりと踵を返した。中野駅の駅舎まで、走っても三分くらいはかかる。今はとにかく時間が惜しい。

 駆け出した悠香の頬を、いくつもの風が撫で、そしてビルの壁を伝って吹き上がっていった。




「……もう、あの子は大丈夫ね」


 北上はまだそこに座ったまま、悠香の消えていった市街から自分の周りへと目を移した。

 警察学校の跡地を再開発したこの場所には、敷地面積のおかげで床面積が膨大になり、視界を多い尽くすほどに横長になった巨大なオフィスビルが立ちはだかっている。

 越えられそうで、越えられない。壁というのはあのくらい大きくなきゃ。北上は思う。


「あの五人ならきっと、どんな困難も乗り越えられる。それだけの能力があるし、絆だってこれから育めるわ」

 独り言にしては大きな声で、北上は言った。




「頑張って、みんな。…………()のためにも」






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