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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅲ章 ──和を以てチームと成す
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036 憂慮の先輩





 全てが、懐かしい光景だった。

 ロボット作りに励んでいた頃は、終わった後はみんなで笑い合いながら地下鉄に乗り、帰っていた。今、それと同じ(みち)を悠香はたった独りで辿っている。

 家に帰っても何一つする気が起こらなくて、テレビを観るでもゲームをするでもなく、ただベッドに寝転んだままぼうっと天井を眺めているだけだった。

 ロボット製作に入る前の生活と同じだった。何もかも。

 まるで身体が脱け殻か何かになってしまったみたいで、宿題も自主勉強もせずに、悠香はその日を終えた。


 楽しくは、なかった。


──何もかも失うって、こんな感じなのかな。

  仲間(みんな)がいなくなっちゃって、場所もなくなっちゃって、私に残されたのは作りかけの人形(ロボット)だけ……。

  つい先月はまだ、みんな仲良くやってたのに……。ううん、実はもうあの時から、亀裂が入っていたとしたら……?


 今、悠香の頭の中は、現実とも思えないような現実を受け入れられずに、どろどろと濁っていた。

 それは悠香が意図して理解しようとしなかったからではない。本当にそれは、唐突だったから。

 だからといって、もしもロボットを一緒に作ろうと盛り上がっていたあの頃に戻れたなら。それは悠香にとって、嬉しいのか? 楽しいのか? 怖いのでは、ないか?




 教室に入れば必ず、陽子や亜衣と顔を合わせなければならない。学校に登校するのも、正直なところ苦痛だった。

──どうせ授業なんて聞いてないし、ロボット作りもしないなら登校する必要なんてないのにな……。

 家を出た時から悠香は内心ずっとそう思っていたのだが、そうは言っても親にこれ以上の怒りの種を与える訳にもいかなかった。とぼとぼと歩む通学路は長く、かえってそれが悠香を苦しめた。いっそ、着くならさっさと着いてしまえば気が楽かもしれないのに。

 元から通学時間の遅い悠香のことだ、教室に入る時にはもう全員が登校していた。悠香の予想に反して、四人は悠香に対して目も向けようとしなかった。むしろ救われた、と悠香は感じた。

 同時に、思った。

──もう私たち、元の仲間には戻れないんだろうな。

 って。




 分かっている。

 分かっているのだ。

 分かっているつもりだ。

 悠香が曖昧なことばかり繰り返してきたから、こうなったのだ。きちんと舵取りをしていれば、『リーダー』らしく振る舞っていれば、こんなことにはならなかった。勉強不足で怒られたのは仕方ないとしても、失敗のたびにケンカしたり、物理実験室で爆発事故を起こしたりするはずがなかったのだ。

 全ての責任は、『リーダー』である自分にある。悠香はもう完全に決め付けていた。いや、本来その役職はきっと、そういう存在なのだろう。


──『代表(リーダー)、凄く大変だから』

 いつかの北上の台詞が、胸をいっそうきりきりと痛め付けた。


「教えてよ……」

 悠香は誰にも聞こえないくらい小さな声で、言ったのだった。

「誰でもいいから、教えてよ……。私……これから、どうすればいいの? どうすれば、よかったの……?」





 偶然というのは、必然と似たようなものだ。

 聞く気もない耳で授業を受け流し、昨日と同じようにとっとと独りで学校を後にした悠香は、わざとゆっくりと歩いていた。家に帰るのが嫌だった。

 その肩を、誰かがとんとんと叩いた。

「…………?」

 振り返ると、そこには久しぶりに見る顔があった。誰かと思えば物理部部長、北上だ。今日も服装がキマっている。

「あ、北上さん……」

 呟くように言うと、北上は不思議そうな顔をした。「玉川さん、放送聞いてなかったの? 呼ばれてたよ?」

 放送? 

「誰が呼び出してたんですか?」

「社会科の浅野って言ってたよ。一緒に四人くらい呼ばれてたけど、あれって確かメンバーじゃないの? 行かなくていいの?」

 ああ、と悠香は嘆息した。

「いいんです、行かなくて」

「でも──」

「私たち、解散したんです」


 北上の顔が、動かなくなった。

 『解散』の語を口から放った時、何かがつんと鼻をすり抜けた。ウソがホントになる瞬間というのは、こんな感覚なのだろうか。

「何かあったのね?」

「…………」

「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「……えっ」

「少なくとも、ここで話すべき用件じゃないよね」

 北上は呟くなり、悠香の手をすっと引いた。戸惑いが胸をすり抜けたが、北上の眼差しは怖いくらいに真剣だ。

 行く手には駅がある。心なしか強引に悠香は駅に引きずり込まれ階段を連れられ、電車に乗せられた。抵抗するのさえも、馬鹿馬鹿しく思えた。


「人気のない場所の方がいいでしょ?」

 そう言って連れてこられたのは、中野の駅前にある再開発地区の広場『中野四季の森』だった。

 中野は悠香たちが地下鉄から地上の電車に乗り換える街──東中野の、隣町だ。未利用地の再開発で巨大なビルがにょきにょきと林立している駅前地区の中で、壁のような建造物に囲まれたそこは確かに人影もまばらだった。オフィスの向こうの中野サンプラザが、三角形の形の横面に陽光を半分だけ受けて不思議なコントラストを作り出している。

「相談するのはもう、確定なんですね……」

 訊ねると北上は、当たり前じゃない、とでも言いたそうに首をかしげた。

 悠香だって、それを願っていたのは事実だ。偶然は必然というべきか、この人に隠し事はできない。

「一体どうしたの? 前に見かけた時は、楽しそうにやってたのに……」

 動揺しているのは北上も同じみたいだった。起きたことを時系列順に整理すると、悠香は話して聞かせた。ロボット製作過程で生じたトラブルと、それによって生じた関係の亀裂の、悠香の知る範囲での全てを。

 偏った言い方にならないように、悠香は細心の注意を払った。どんな理由があれ、仲間を悪く言うのは嫌だった。


「……なるほどね」

 聞き終えた北上は、さっき近くのファストフード店で買ってきた飲み物を振った。同じものが今、悠香の目の前のテーブルにも置いてある。北上のおごりだ。

「もう私、どうしたらいいのかさっぱり分からないです……。みんながいなきゃ、ロボット製作なんてできないし……」

 悠香は弱音を吐いた。ここ何日か、相手がいなくて口に出せなかった言葉たちが、北上の前ではすいすい出た。

 すると、そんな悠香に北上は、ふっと気が抜けたように笑いかける。


「そんな事はないよ。ロボットなんか、一人で作れる。仲間なんて必要ない」


「えっ?」

 思わず聞き返してしまった。

「何か勘違いをしてるんじゃないかな。仲間はあくまで、必要があるから集めるものだよ。世のロボット製作者の多くは、単独で製作に挑んでるわ。それは自分にしか理解できない、説明ではどうしても言葉足らずになってしまうような分野があるからよ。ロボットみたいに細かいところに色んな技術を要するモノでは、特にね」

 仲間は、必要があるから集めるもの……。確かに五人チームでの出場が条件ではあるが。

 その言葉が妙に胸につっかえた。それすら北上は把握しているようで、少し物腰が柔らかくなる。

「さっき聞かせてくれた話を要約すれば、玉川さんは仲間とケンカ別れして、その前後の事もあってやる気も萎えて、それでロボット製作ができなくなっちゃった──という事だと思うの。でもね、仲間がいないからできないなんていうのは間違いよ。その気になればロボットなんか、部品と道具さえ揃っていれば一人でも作れてしまうの」


 悠香はみんなの手つきを、記憶から引っ張り出して並べてみた。

 組み立ては現状、自分がやっている。接着だってくっつけるだけだ、亜衣の仕事は自分にもできるはず。麗の配線作業は根気がいるかもしれないが、逆に言えば必要なのは根気だけだ。菜摘のプログラミング……こればっかりは勉強が必要だろう。けれど、勉強すれば不可能なことではない。

 うーんと唸る悠香の顔を、北上はじっと覗き込んだ。

「……玉川さんはまだ、ロボット製作に挑みたいと思う?」

 覗かれて嫌な気はしなかったが、悠香は俯いた。この心の中はまだ、ぐちゃぐちゃだ。

 北上を相手にすることは、自分を相手にすることに似ている気がした。膝に爪を立てながら、悠香は必死に声を絞り出した。追いかけ続けていた夢が、端から少しずつ瓦解していく音を聞きながら。

「……それももう今は、分かんないです……」




 どのくらい、そうやっていただろう。

 夕陽が灰色の雲に遮られ、公園の中がすうっと暗くなる。食い込んだ爪がそろそろ痛くなってきた時、北上はようやく次の言葉を口にした。

「聞き方──ううん、視点を変えた方がよさそうね。どうすればよかったのか、どうしたらいいのか、一緒に考えよう?」

 悠香は大きく頷いた。今や悠香にとって、頼れるのは北上だけだった。

 顔を上げると北上と目があった。彼女の表情は、綺麗にリセットされていた。

「ロボット製作への意思云々以前に、確認すべきことがあるわ。玉川さんは初めにロボット製作に挑戦しようと思った時、どうしてそう思ったの?」

「それは……」

 どうしてだっただろう? 

 錆び付いたテープを剥がすように、悠香は慎重に記憶をたどった。そうだ、まだ覚えている。山手女子の受験の倍率が下がったことにショックを受け、自分たちが少しでも目立てばましになるかもしれないと思ったのが、最初のきっかけだったのだ。

 けれど、本当にそれがメインの理由だっただろうか。まだ何か、私は忘れてる。悠香は思った。

「前に、私と玉川さんは似てると思うって言ったじゃない?」

 そう言って飲み物を啜ると、北上はわざとらしく笑った。バカにしている意図も、あるいは呆れている気持ちも、そこには感じられない。

「玉川さんくらいの年で私だったら、こう考えただろうなって思うの。

変わりたい自分がいる。変えたい現状が、未来がある。だから頑張る──って、ね」

 それだ。思い出した。途端に堰を切ったように、記憶が悠香の頭に流れ込んできた。

──私は、つまんなかった私の日常を変えたくて、ロボット作りに夢中になったんだ。昨日みたいな無駄な時間を、もう過ごしたくなくて。

 改めて、そう思った。まだ何もアクションを起こしていないのに、北上は今度こそにやりと笑う。「……図星かな?」

「……図星です」

 やった、と北上は顔を綻ばせた。すぐに口元は、きゅっと締まったが。

「人間ってさ、時々自分を騙したくなるんだと思うんだ。何か目新しいことに手をつけて、ほら自分はこんなに何かに夢中になってる、時間を有効に使ってる、って言い訳したくなる生き物なんだと思う。私はそれでいいと思ってるけどね。人生、つまんなくて納得のいかないままなんて嫌だもの。むしろ大切なんじゃないかって、最近は感じてるよ」

……言っていることが難しくて、悠香は目を白黒させる。焦ったように北上は続けた。

「ごめんね、何が言いたいのか分からないよね。つまりその──玉川さんはまだ、つまんない時間を過ごしたくないって思ってる? それとも普通の日々に安住したい?」


 悠香は、大きく首を振った。そして、さっきとは違って、明言した。

「嫌です、そんなの」

 って。


──このままずるずると、済し崩しに普通の日常に戻るなんて、イヤだ。

 悠香は自信を持ってそう思えた。悩み続けた昨日と今日、いつも背中をぴったりと罪悪感のようなモノが這い回っていた。

──せっかく自由を大切にしてくれるあの学校に入ったのに、このままじゃ私、何のために頑張ったのか分からない。せめて何かがしたい、何でもいいから努力してみたい。だから私は、頑張ろうって思った。

 立ち止まることも引き返すことも、悠香はもうしたくない。

 したくないのに。

 今の自分を牽引する力はもう、どこからも出てはこないのだ。


「その意気があると分かってよかった」

 北上はまだ、微笑んでいた。

 だがその時、悠香は気づいた。表情こそ変化していないが、目が変わっていることに。

 いつか見たような、現実を投影するような冷たい色に澄んでいることに。

「じゃあ、玉川さんの仲間たちはどう思っていたか、答えられる?」






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