表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅲ章 ──和を以てチームと成す
34/111

031 再びの悪夢



「ちょっと、先輩……!」

 実験室から出てきた長良に、聖名子と渚は慌てて呼びかける。

 振り向いた長良の顔は、いつも通りの少し厳しいリーダーだ。

「あれ、まだいたの。早く戻ろう」

「戻ろうじゃないですよ! なんで教えちゃうんですか?」

 渚が訴える。「もしあのまま知らないでいたら、敵が一組減ってたかもしれないのに……」

 長良はしばしばと目を瞬かせると、聖名子にも問いかけてくる。「あなたもそう思うの」

「わ、私ですか?」

 いきなり訊かれて裏返った声をどうにか戻しながら、聖名子は胸に手を当てた。声をかけたのは渚と同時で同セリフだったが、この胸の中には別の思いが渦巻いている。

「その……どうしてあんなに挑発するような言い方をしたんですか?」


 また、少しの空白が挟まる。

「……二人とも、確か去年の五月にはまだ、この部にはいなかったわよね」

 聖名子と渚は目と目を見交わした。部活を何にするか迷い続けていた聖名子は、去年の七月。渚は確か、以前に入っていた部で折り合いが悪くなって物理部に逃げてきたと聞いた。あれは九月だっただろうか?

 長良は廊下に向き直ると、すたすたと歩き出した。着いていこうと一歩目を地に着けた二人に、顔を向けずに語る。

「なら、まだ深くは知らないわよね。去年の五月、私たちがどんな気持ちを味わったか。自覚している訳じゃないけど、さっきの子たちと向かい合った時──ううん、もっと前から、あの子たちの話を聞くたびに胸が痛むのよね」

──……? 

 二人はまた、お互いの顔を見た。

 何がなんだかさっぱりだけれど、目に入った相手の顔は心なしか、不安げだった。


「……いずれ、話すと思うわ」

 そう締めくくった長良の膨らみのあるポニーテールが、西陽を反射した場所だけ金粉をまぶしたように輝いていた。




「はぁ」

 他のメンバーの帰った教室で、悠香は独り、ため息を吐いていた。

 さすがにあの空気の中で作業なんて出来なかった。俯く悠香に真っ先に「今日、もう帰るね」と言って出ていったのは、亜衣だ。続くように菜摘、次いで陽子がいなくなり、最後に麗がそっと扉を閉めていった。

 作りかけのロボットをしまいこむと、悠香は机に腰掛ける。身体が水でも染み込んだみたいに、重たい。

──私たち、やっぱり物理部には好かれてないんだな……。

  そりゃそうだよね。物理部にとって私たちなんて、ただ目の前に気まぐれで立ってるだけの敵だもん。あの様子だと、きっと内心では邪魔だって思ってるよね……。

 いくら考えても意味なんてないのは悠香もさすがに分かっている。こんなことで悩む前に、まず自分たちが勉強を進めて追い付けばいいだけなのだ。あの語調だと、長良もそれを望んでいるに違いない。好敵手(ライバル)となるか引き下がるか、向こうはそのどちらかを待っているのだ。

「……やるっきゃないか」

 独り言はここまでにして、早く帰ろう。悠香も自分の荷物をまとめると、器具を返しに隣の準備室に入ろうとドアに手をかけ、

……ドアが勝手に開いた。

「うわわっ! ──痛っ!」

 あんまりびっくりしたので、悠香は後ろにあった机に腰を強かにぶつけてしまった。開いた扉の向こうで、見知った顔が目を見開いている。

 常願寺だ。

「あ、あれ? 大丈夫? すまなかったね」

 力が腰に入らなくてずるずると座り込んだ悠香に、常願寺は泡を食ったように駆け寄ってきた。

「あ……いえ、大丈夫です……」

 言いながら腰をさする悠香。全く説得力がない。右手に持った器具が無事なのを見届けると、安堵のため息が口をついた。

 それを見たのか、常願寺の眉が少し動く。

「あれ、もう器具を返すのか?」

「あ、はい。みんなもう、今日は帰っちゃったので」

 早いね、と常願寺は呟いた。「君は確か、玉川さんだったな。君だけまだ残っているのかい?」

「い、いえいえ、私ももう帰ります!」

 悠香は急いで立ち上がり──腰の痛みに顔をしかめながら器具を机の上に置いた。きっと施錠のために常願寺は出てきたはず、急かされているとばかり思ったのだ。

 思い過ごしだったらしい。常願寺はいやいや、と手を振ってみせる。

「まだ鍵はしないから大丈夫だよ。物理部の子たちも戻ってくるだろうからね」

──あ、そうか。さっき長良さんも何か取って行ってたもんね。

 ほっと一息ついた悠香だが、どちらにせよもう悠香も帰るのだ。ぺこっとお辞儀をして器具を元の置き場に戻すと、カバンの場所へと駆け足で向かった。

 その背中に、声がかかる。

「そうそう、他のメンバーにも伝えておいてくれないかな。高梁先生からの伝言なんだけど、明日の六限の授業の後片付けもついでに頼みたいそうだよ。ご本人は採点作業で忙しいそうだから、お願いできるかな?」

「あ、はい、分かりました」

 悠香は頷いた。ふだん使わせてもらっている分、そのくらいは手伝うべきだよね。高梁の気難しそうな横顔を宙に描きながら、そう思った。

 それにしても、採点っていったい何のだろう。こんな中途半端な時期に、小テストか何かだろうか?


「どうだい、ロボット製作の調子は」

 不意に尋ねられて、悠香はとっさに言葉が浮かばなかった。

「調子……ですか?」

「ああ、調子」

 重ねられた疑問符への答えを探すべく、悠香は広い実験室を見回した。調子とはつまり、上手くいっているのかという旨のはずだ。

 ところどころに夕陽が差し込んで明るい部屋のあちこちに、亜衣や陽子たちのいろんな顔が浮かんでは消えた。最近のを思い出そうとすればするほど、それは暗く嫌なものに変わっていく。

──お世辞にも、いいとは言えないや……。

 悠香は顔を上げて、常願寺を見た。

「あんまり、です。最近になって急にみんな、何だかばらけたみたいになっちゃって。物理部の人たちにもあんまりいい目を向けてもらえていない気がします……」

 正直に述べると、常願寺はそうと言って頭の後ろで組んだ。予想外だとも、想定範囲内だとも言えそうな中途半端なジェスチャーだ。

「……そうか。あと一ヶ月と少しだけど、もちそう?」

「もたせてみせます」

 そこははっきりと言い切る悠香。ここまできて止めるなんて、よほどの事でもない限りは考えたくなかった。せっかく追いかけてる夢だもん、と鼻息も些か荒くなる。

「うん。それを聞いて安心したよ」

 黒板消しを手にした常願寺は、薄白く汚れた黒板に手を伸ばしながら言った。今日一日、授業やら何やらで使われた痕跡が、端からごっそりと無くなっていくのが分かった。すごい力だなぁ、と悠香は変なところに感動する。

(たゆ)まない、かつ()()ない努力の先に、結果はついてくるものさ。僕は相談には乗ってあげられないが、応援はしているからね」

「あ……ありがとうございます」

「それと、それは何もロボットに限らないからね。常日頃の勉強だってそうだ。努力を怠ってはいけないよ」

 ぎくり、と悠香は硬直した。どうして私が物理と幾何以外の成績が沈んでるの知ってるんですか⁉ ──という質問は墓穴を掘ることになる気がしたので、止めておく。

「は、はいっ」

「先ずは明日の一日のための努力、ロボットはその余剰時間があれば十分に完成させられるよ。君たちの頑張りを、期待してる」

 言うが早いか、黒板清掃を終えた常願寺は悠香を一瞥すると、さっさと準備室の奥へと消えていってしまったのだった。


「明日のための努力、かぁ……」

  分かってる。けど、そういうのって分かっていても面倒に感じちゃうんだもんなぁ……。

 常願寺が閉じていったドアを、特に理由もなく悠香はぼうっと見つめ続けていた。あの準備室の先にはまた別の扉があり、確かそれは物理科の研究室に通じていたはずだ。

 今度こそ、

「帰ろっと」

 カバンを担ぐと、悠香もそこを後にした。



◆◆◆



 常願寺の放った言葉が実は秘かな警告文であったことを、翌日になって悠香は知ることとなった。

 登校した悠香は、黒板の前に生徒がたくさん群がっているのに気づいた。菜摘や亜衣たちも、その中に混じって何やら騒いでいる。

──何だろう?

 ひょこひょことみんなの後ろに忍び寄った悠香の目に、黒板に貼られた一枚の紙が映る。何々、『本日、全主要教科においてテストを実施する』────。


 ⁉


 あんぐりと口を開けた悠香に、亜衣が気づいた。

「あ、ハルカ! ねえハルカも思うでしょ⁉ 抜き打ちテストだなんて、非道いよね!」

「しかも主要科目みんなだよ⁉ 信じられない!」

「去年はこんなのなかったよ! 先生たち、何考えてんだろう!」

 四方八方から飛んで来る罵声に気圧されて、悠香は何も言えなかった。いや、違う。言えない理由は他にある。

──昨日、『明日のための努力』って言ってたのは、このことだったんだ……!

 悠香は今更ながらの後悔に苛まれた。そうだよ、思い返せば採点で忙しいっていうのもそうじゃん! 私、どうして昨日、ここまで考え付かなかったんだろう!

 どうしよう。今からノートなり教科書なりを読んで、果たして間に合うかどうか……。

「やるっきゃないわね」

 低い声で唸ると、亜衣は自席へ駆け戻っていった。何となくそれに引きずられるように、悠香も後を追ってカバンを漁り始めたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ