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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
0章 ──人間は考えるロボットである
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002 深刻な事情


「はっ──半分以下⁉」


 二月が過ぎ、受験シーズンも終わりを告げたある日の朝。一人の生徒の叫びに、組主任の教師は渋い表情で頷いた。

「一体どうすりゃそんなに下がるわけ⁉」

「事務室の人が数え間違えたんじゃないの⁉」

 一限の集会(ホームルーム) 時間中の中二αの教室は、たちまち紛糾に包まれた。

 半分というのは、受験の倍率の事だ。どうやら、悠香たちの代には約五倍だった倍率が、今年度の集計をしてみたところなんと二倍以下に落ちていたというのである。

 ということは、単純計算すると三年間で半分以下──それどころか三分の一近くにまで下落したことになる。唐突に突きつけられた『現実』に、生徒たちは戸惑っているのであった。

「……理由って言っても、色々考えられるけど」

 組主任教諭の浅野(あさの)莉子(りこ)は、名簿をペン先でつつきながら口を開いた。考え事をしながら喋る時の、いつもの癖である。

「一番大きいのは、ほら最近って就職難じゃない。東都大学とかいい大学を出とけば割と就職は安泰、って安直に考える親御さんが多いわけよ。でもって、ウチは知っての通りあんまり多くないでしょう? だから──」

 途端、反論が飛び交う。

山手女子(ここ)って実績よりも校風で選ぶ学校じゃないんですか⁉」

「東大入るために山手女子に通うとか、考えらんない!」

 だが浅野の口振りは、あくまでも冷静だ。

「校風で選べるほど、世の中いい状態じゃないってことよ。ウチみたいに校風を売りにしてる学校は、今年は軒並みみんなこんな感じみたいだからね。大体、ウチの学費をまともに払える家庭自体、今の日本にはそんなに多くはないはずだし」

 山手女子の学費は年間百万円以上である。生徒たちの顔が、痛いところを突かれたように青くなる。

「で、でも……」

「そういう意味では、あなたたちはすっごく恵まれてるんだってことを忘れないことよ」


『三分の一』。

 その響きは、山手女子の現状を残酷なほど如実に示していた。

 苦々しい声を絞り出した浅野を前に、普段なら騒がしい中二αの教室は、いつしか驚くほど静まり返ってしまったのだった。




  ◆



 昼休み開始を報せるチャイムが、校舎内を駆けめぐる。

 やっと幾分か普段の空気を取り戻した教室に、ぼんやりと辺りを見回す少女がいた。悠香である。居眠りをしていて話が途中からになったせいで、さっきの話の意味を捉え損なってしまったのだ。

 かなりの人数が下を向き、何やら考え事をしているようである。教室を包み込む、異様な雰囲気。

──何? なんなの? なんでみんなあんなに黙りこくってたの?

 聞くのが早いかな、と早々に思い出すのをやめ、悠香は隣の席で頬杖をついて窓の外を眺めていた友人の肩を軽く叩いた。

「ねぇ、ねぇヨーコ」

「わっ」

 ヨーコと呼ばれた人物──隅田(すみだ)陽子(ようこ)は、肩を叩かれて一瞬ビクッと体を震わせた。「……何?」


……男前に短く切った髪が特徴の陽子は、悠香と同じ区内に住んでいる少女だ。

通学経路が近いので、クラスは違ったけれど中一の時から親交のある友達だった。男勝りな性格で、勉強は出来るしスポーツも出来るし、とにかく弱点が少ない。所属している部でも、かなり活躍していると聞く。成績も運動も残念であると自覚する悠香にしてみれば、陽子は憧れ以外の何者でもなかった。


「あのさ、さっき倍率が三分の一になったとかいうので騒ぎになってたけど、なんでみんなあんなに驚いてたの? 少なくなったら何かマズいの?」

「……マジで言ってる?」

 陽子の言葉に彼女はこくっと真顔で頷いた。少なくなったら入りやすくなるではないか、喜ばない理由が全く分からないのだ。

「……もうちょっと想像力ってもんを働かせなって」

 呆れ顔の陽子は、やれやれと説明を始める。

「いい? 三分の一って事は、そのぶん入りやすくなるでしょ。四人から一人選ぶのと三人から一人選ぶのとじゃ、三人の方が各自の選ばれる可能性は高いじゃん」

 こくん、と悠香は頷く。

「だけど、逆に言えば『そんだけ受かるなら……』って考えが出てくるわけ。例えば、ほぼ全員が受かるテストに本気で挑む人なんていないじゃない」

「……そうすると、どうなるの?」

「言った通りよ。大した競争にならない分、受験生のモチベーションが下がる可能性があるでしょ。そうすると勉強も手抜きになるかもしれない。いや、モチベーションが低ければ意識してなくても自ずと手抜きになっちゃうもんよ。それでも試験のレベルは変わらないから、極端な話、ただでさえ難しい山手女子の試験、もしかしたら誰も彼も受からなくて定員割れなんて事態にもなりかねないでしょ。逆にどうにかして生徒を入れようと試験を楽にすれば、今度は受験生の質が下がっちゃう。どちらにしても、山手女子には暗い未来しかやって来ないってわけ」

「……やばいじゃん」

 悠香は呟いた。事の重大さが、やっと飲み込めてきたのである。

 今更ながら段々顔が青く変色していく悠香に、陽子は横を向いて長いため息を吐いた。そんなこと、ちょっと考えてみれば分かると思うのだが。というか、話を聞いてろよと言いたい。

「ヨーコ、私達で何とか出来ないかなぁ?」

「うーん……」

 膝を組んで『考える人』の姿勢になる陽子。考え事をするのには、地味に向いている姿勢だ。

「最初聞いたときは凄い驚いたけど、じゃああたしたちで何か出来るかって言ったら……やっぱ何も出来ないんじゃん?」

「……それはそうだけど」

「人気低下の一番の理由は、進学実績を含めた『成果』でしょ。でも進学実績なんて、今のあたしたちにはどうしようもないよ、あたしたちが来年大学受けるんじゃないんだから」

「うーん、私は頭悪いからなぁ……」

 悠香はコツンと頭を叩く。

「みんなが目指したくなるような大学なんて、とても受かる気がしないよ。だってほら、国立大ってこの学校でスッゴく成績いい人でもなかなか受からないんでしょ?」

「国立大だって千差万別だし、うんっとレベルの低い大学なら今のハルカのままでも受かるかもだけど。そんな所に行っても絶対に憧れはされないだろうね」

 陽子の辛辣かつ的確な指摘を前に、今度は悠香が長いため息をこぼす番だった。知れば知るほど、自分が惨めになる。


 と。

「そんな難しく考えなきゃいいんじゃないの?」

 そう言ったのは、前の席に座る少女──鶴見(つるみ)亜衣(あい)であった。話を聞いていたようだ。

「結局はアピールの問題なんだと思うよ。何かこう、目立つようなことやったら、注目されて受験者増えるかもしれないじゃん?」






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