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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅱ章 ──99%のがむしゃらと、1%の進歩
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018 新たなる理解者




……十分間、たっぷり説教された。

「まったく、教室内に火気を持ち込むなんて校則云々以前の問題じゃない!」

「幾らウチが自由だからって、せめて常識の範疇に収めなさい!」

「え、火気じゃないって? じゃあ何なの──ショートしたロボット⁉ ロボコン⁉そういうのは物理部にでも任せてればいいじゃない!」

「この事務教室棟は全フロアに煙感知器が配備されてるのよ! それとも、スプリンクラーでずぶ濡れになりたいわけ⁉」

──しまった。浅野先生って怒らせると面倒な先生だってこと、忘れてた……。

 悠香は今更のように思い出したが、もう手遅れである。烈火の如くお怒りの浅野に、ただただ正座してひたすら『すみません』を繰り返すしかない、哀れな五人の姿がそこにはあった。


 一段落したらしい。浅野はふうっと息を吐くと、

「……まあ、大事に至った訳じゃないし。何も無かったなら取りあえずはいいわ」

満足げに矛を収めた。

「ほんとですか! じゃあ─」

 途端に言いかけた悠香の首根っこを掴んで、無理やり土下座の姿勢に持っていく陽子。

「じゃあ、じゃねーよ。『もう一回火を付けます』みたいな意味でとられたら、どうすんのよ」

「……ごめん」

 迂闊だった。悠香はしょんぼりしながら、素直に謝る。

「それにしても、なんで教室でやってたのよ?」

 浅野は壁をコツコツ叩きながら、先刻とは打って変わって疑問形で尋ねてきた。どうやら、叩くものは何でもいいようだ。

「他の先生方と話しててちらっと小耳に挟んだけど、あなたたちって物理実験室の使用許可も貰っているんでしょ? どっちであってもどうせ、下校時刻には追い出されるのよ?」

 案外筒抜けなんだな。五人は一様に苦々しい顔をする。

 さて、誰が答えるか……。沈黙の中、義務感に駆られた亜衣が顔を上げたのはよかったのだが。

「いやその……ただ単に、その」

 答えに詰まってしまった。

 『高梁先生が堅苦しくて嫌だからです』なんて、喉が裂けても言える訳がないではないか。即刻高梁の耳に届き、部屋は使えなくなるに決まっている。かと言って、代わりに何と説明すれば分かってもらえるというのか……。


 すると、その時だった。

 強い声が亜衣の肩を飛び越えて、浅野に届いたのだ。

「──先生に見て頂きたくて、こっちに持ってきたんです!」

 声の主は、悠香だった。唖然とする亜衣を尻目に、陽子の手を振り払うと悠香は真っ直ぐ浅野を見つめる。そして、賭け(・・)に出た。

「私たち、あれからどうして倍率が下がっちゃったのか、どうやったらウチの人気がまた上がるのかって必死に考えたんです。で、みんなしてすごい賞を取って、それが報道で全国に知られれば、私たちの学校に対する評価が上がるかもって考えました。それで私たち、さっきお話ししたようにロボットコンテストに出場する事に決めたんです。

私たち生徒だって、危機感はちゃんと持ってるんだってことを伝えられたらいいなって思ったので、ここで完成披露しようかなーって事になって……。先生に言いに行く前に、こんな結果になっちゃったんですけど」


 言うまでもなく、真っ赤な嘘である。

 いや、前半はそうとも言えないだろう。少なくとも後半は大嘘だ。


 けれど、指摘することは出来なかった。

 状況が状況だけにというのはある。確かにある。でも、それよりもっと強い何かが、可笑しさとか嘘をつく事に対する罪悪感を打ち消してしまった。悠香以外の四人からは、何も言葉が出て来られなかった。




「……素晴らしいわ」

 腰に手を当て、浅野はちょっと表情を和らげる。が、口調は棒読みそのものである。

「……で、後半はもちろん嘘よね?」

 背筋に板氷を当てられた気分だった。

「ナッ、ナンノコトヤラ……」

 わざとらしくポカンとした顔をする悠香に、続けざまに本物の氷のような言葉が飛びかかる。

「バレないとでも思ってたの? 前と後じゃ口調も表情もずいぶん違ったし、作っていたのが明白だったわね。大体、それなら私に事前に話を通すのが筋じゃないの? お粗末な演技で大の大人を騙そうったって、そう簡単にはいかないんだから」

 余裕でバレていた。悠香はものの見事に、賭けに負けたのだ。

──この分だと、この後は……!

 五人、特に悠香は次に来るであろうお叱りのために、再び耐衝撃姿勢を取る。つまり、土下座の準備である。


 だが。


「でも、あなたたちの熱意はよく判ったわ」


 意外すぎる反応に、思わず五人とも前につんのめった。先頭の悠香などは勢いで顔を思いっきり床にぶつけ、「痛っ!」と軽く叫んだ。

 その後に、フーッ、と長いため息の音が重く響く。

「むしろ、ちょっとホッとしてるの」

 その声に悠香たちが顔を上げると、浅野はさっきまで般若のようだった顔に柔らかな笑みを浮かべ、どこか虚空を見つめていた。

 その笑みに、裏の意図のようなものは読み取れなかった。

「そうやって多少でも──まぁ、ある程度方向性は間違ってても、自分たちの事を一歩引いた姿勢から見直す事って、とても大事な事なの。その上、現状打破への努力をするとなれば、その行動力は十分に評価できるわ。それのできない山手女子の生徒って、すごく多いから」

 唐突に語られ出したプラスらしき評価に、悠香たちは不安げな顔を見交わす。オトナはこういう時は決まって、逆接の接続詞を使って説教のネタにしようとするからだ。しかし、その様子は目下のところ、全く見られない。

「この学校は、『自由』を大切にしている事になってる。だけど、勘違いしないでほしいって教師(わたしたち)は思ってるの。自由なんて一概に言ってもたくさんあるけど、ここのは単に放任主義な訳じゃない。気づくキッカケを与えて、自分で色んな事に気づいてもらう為の教育が、山手女子の謳う『自由』なのよ。気づくも気づかないも自由、自分を変えるも変えないも自由。その代わり、その結果には責任が伴う。その『責任』を恐れて、変えることや気づくことを躊躇ってしまう生徒は、私たちからすると凄く多いのよ。そうでなくても気づかないのにね」

 一度、息を継ぐ。

「……本音を言わせてもらうと、受験者増加はそんなに簡単な話じゃないでしょうね。たかがロボコンとか数学オリンピックとか高校生クイズとか、その程度で学校に対する評価なんて何も変わらない。もっと直接的に、例えば東都大学に百人単位で受かったとか、海外への進学率がどのくらい上がったとか、そういう将来(・・)へ繋がるような情報でないと、変えることは出来ないわ。それの善し悪しは兎も角として、そこんとこは世間は厳しいし、はっきりもしてる」


 そこで再び話を切ると、浅野はいつになく引き締まった表情の五人に、微笑んだ。

「でも、そうやって努力した事は、絶対に無駄にはならないと思うわよ」





 コツ、コツ、コツ。

 ヒールが床を鳴らす音が、規則正しく足元で響いている。

 社会課研究室に向かって歩きながら、浅野はふと長い長いため息を吐いた。


 嬉しかったのだ。

──いたんだ、ああいう子。私の周りにも。

 誰が指示したわけでもない課題を自分自身に突きつけ、それを乗り越えるべく努力する子供たちの姿。悠香たちの姿勢はまさしく、浅野が見たいと思っていたそれだった。

 火遊びは勘弁してほしいけどね、と窓ガラスに向かって苦笑してみる。頬が適度に引き攣ったその顔は、すぐに真顔になった。

「しまったなぁ……」

 立ち止まって、瞑目する。

「この前の定例教師会義の提案(アレ)、賛成しなきゃよかった……」


 今さら、後の祭りか。

 浅野は再び歩き出した。


 この時はまだ、浅野にとって悠香たちの活動は、他人事の延長線上としてしか感じられなかったのだ。





「さっきのってさ、励まされたの? 貶されたの?」

「……は?」

 浅野の立ち去ったあとの教室。唐突な悠香の問いに、亜衣は思わずそう返していた。

「えっ、ちょっと、『は?』ってヒドくない?」

 どうやら悠香は本気にしたらしい。違う違う、と慌てて亜衣は弁明を入れる。その横から陽子が、

「つーか貶されたっけ?」

「ヨーコ、聞いてなかったの? 先生さっき、『その程度で評価なんて何も変わらない』って……」

「それはあたしも同感だな。大体それは、この活動を始めた時に言った気がするけど」

「私も、貶されたんじゃないと思うなぁ」

 菜摘が割って入ってきた。「だって主旨は『頑張りなさい』って方にあったじゃん。むしろ逆にこう、そういう腐った社会に鉄槌を下してみろ! みたいなメッセージだったのかもよ」

「……それは強引な解釈すぎない?」

「ぶっちゃけ私もそう思う」

「おい……」

 あっさり折れた菜摘の意見に、陽子以上の反応を示せる者はいなかった。


 と。

「原因、見つけた」

 麗の呟きにも等しい声に、四人の会話が止まる。

「何だったの?」

 悠香が尋ねると、麗は一本の配線を引っ張り出した。表面のビニールが剥がれ落ちて黒ずんでいる。素人目にも、そこがショートの原因だと分かった。

「他の回線と引っかかってて、ビニールカバーそのものにかなり無理な負荷がかかってたんだと思う。だから破れて、ショートした」

 麗の静かな説明に、四人は黙ってそれを見つめていた。

 こんな小さなミスから、大失敗は起こるんだ。電子工作のデリケートさを、改めて知らされた思いだった。

「でも、これって説明書通りに作ったんだよね。ならなんで無理な負荷がかかるような構造になってるの?」

「……多分、ここが関節だからだと思う。ここはちょうど膝に当たる部分だし、絡まっても不思議はないから」

 若干歯切れは悪いが、麗はそう補足する。そういうものなのだろうか? 

「これさ、回路は焼けてない訳でしょ?」

 亜衣が横から覗き込んで、言った。

「なら、コードを交換すればちゃんと動くんじゃないの? 別に全部ショートして壊れたんじゃないよね、だって爆発の後も走ってたんだから」

「……そうだよみんな、元気出そうよ。この子まだ、壊れてないよ。直せるんだよ」

 リーダーらしくいなきゃと思った悠香は、そう力強く言うと四人を見渡す。その声に顔を上げた麗は、ちょっと目を潤ませていた。

 きっと、配線担当としての責任を感じていたのだろう。


……北上の言っていた言葉の意味が、またも一瞬だけ解ったような気がした。

 相変わらず少しずつしか分からない。






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