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1年前

作者: 榛名 奈緒



一年前の今日、私はいつにも増してすごく不機嫌だった。特に何があったわけでもないけれど、ただただ気分が乗らなくて小さなことにイラついていた。



「真理、朝から何怒ってんの?」

「別に怒ってない」

「怒ってるじゃん」


付き合って2年になる同棲中の彼氏、春賀にも当たってしまう。

春賀は目の前にある私が作ったご飯を食べながら、ならいいけど、なんて言ってもぐもぐと口を動かしていた。


自分だって何に対して怒ってるのかは分からないし、怒りたくなんてない。もしかしたら繰り返し同じような毎日に、疲れていたのかもしれない。


朝、春賀よりも早く起きて、ご飯とお弁当作をって、見送って。

そのあと自分も仕事に出て。

別に結婚してるわけでもないのに、なんでこんなことしてるんだろう、と、自分で自分の気持ちが分からなくなってきた。


マンネリ化とでも言うのだろうか。

テレビを見ながらご飯を食べる春賀を、私は洗い物をしながら眺めた。


わたし達は、いつ結婚するのだろうか。

春賀のことは大好きだ。でも、はっきり切り出してくれない態度に、内心呆れていた。


「ご馳走様〜、歯磨いてくるわ」

「食器だけ持ってきて、一緒に洗っちゃうから」

「はーい、いつもありがとう。美味しかった」


春賀はそう毎日言ってくれる。

嬉しいけど、もっと違う言葉をあの頃の私は求めていた。


今思えば、なんてわがままで自分勝手だったんだろうって思う。一年経てば、考えだって変わるね。



「じゃあ行ってくるね。真理、今日会社休みだっけ?」

「うん、有給消費しろって言われたから」

「そっか、じゃあ家にいるよね?」

「え、まあ、急用が入らない限り。それより、遅刻するよ。早く行きなよ」


私が不機嫌そうにそう言うと、彼は苦笑いするかのようにはにかんで、行ってきます、と玄関の向こうに消えた。


洗濯でも干そうかな。

天気のいい空を見上げて、ふと思う。部屋中の衣類をかき集めて洗濯機の中に押し込んだ。

結婚すれば、これも当たり前になって来るんだろうな。なんで私がって思わなくなるんだろうな。早くそうなればいいな。

朝から不満ばかりが溢れてくる。

そんな日だってある、と自分に言い聞かせて洗濯機のスタートボタンを押した。


『今日の天気は、夕方6時頃から雨が降り帰宅ラッシュ時と重なるでしょう』



テレビの天気予報が、静かな部屋に響く。

そう言えば、春賀傘持っていってなかったな。大丈夫かな。

コンビニかどこかで買うかな。

雨の時間帯とかぶらなければいいけど。でもこの天気だし、大丈夫だよね。


窓の外を見ると、雨なんて降りそうにないくらいの快晴だった。


部屋の空気の入れ替えもして、掃除もして、洗い終わった選択も干して、やっと自分の時間。

ソファーに寝転がって、ウトウトと目を閉じかけた。

そんな時。


ピンポーン、とチャイムが鳴った。

まさに睡眠妨害という言葉がぴったりだろう。治まりかけたイライラが、再発。


「もうっ」


のっそりとソファーから起き上がって、玄関に向かった。


「はい」

「宅配便です、サインお願いします」


私が不機嫌なんて知りもしない、営業スマイルのお兄さんに渡された紙に適当にサインをし、品物と交換した。


品物の宛先は、私。

送り主は、書いていなかった。


誰からだろう。

小さなダンボールの箱が、ちょこんと両手に乗っていた。

私宛だし、開けてもいいよね。


丁寧にダンボールを開けていく。しかしその中にも一回り小さいダンボールの箱。

まるでマトリョシカだ。

その手間な作業に、またイライラが募る。

めんどくさい!と投げ出そうとした時だった。


その箱の中から、1枚のメッセージカード。

思わず私は目を丸めた。


『サプライズです。大事な言葉は、今日帰ってから直接言うね。春賀』


そしてそのカードの下に、小さな綺麗なグレーの箱。それを恐る恐るあけると、ダイヤのついた輝いている指輪があった。


突然の贈り物に、驚きが隠せなかった。

そう言えば以前、春賀に冗談でプロポーズは気を抜いてる時にドッキリでして欲しいと言ったことがあった。

まさかそれを覚えていたのだろうか。


視界が滲んで、顔が熱くなった。

指輪のサイズは、左手の薬指にぴったりだった。幸せだ。

さっきまでの不機嫌なんて飛んでいって、ただただ春賀が帰ってくるのが待ち遠しかった。





夕方。

だんだんと怪しくなる雲行きに、慌てて洗濯物を取り込んだ。するとすぐに雨が降り出し、外が暗くなった。


しかし私は、じっと自分の薬指についたリングを飽きることなく見つめていた。

春賀はまだ帰ってこない。

時刻は6時を回っていた。いつもならこのくらいには帰ってくる。今日は残業かな。早く会って、直接言葉を聞きたいのに。


もどかしい気持ちと、慣れないことに対する緊張で、時間が経つのがすごく遅く感じた。


その時。

滅多にならない私の携帯が鳴る。

画面に表示される名前は、春賀。


遅くなるっていう連絡だろうか。

私は頬を膨らまして、電話にでた。


「もう春賀!なにして…」

『真理ちゃん…春賀が…』


電話の先は、春賀のお母さんだった。


『春賀が事故にあって…っ』



何を言っているのか分からなかった。ただ目の前が真っ暗になった。手足が震えた。


“春賀が雨でスリップした車に跳ねられて、今意識がないの。早く来てあげて!”


お母さんの声は、震えていた。


病院に行くまで、生きた心地がしなかった。さっきまで浮かれてた自分が許せなかった。

朝春賀に不機嫌に当たった自分が許せなかった。


何もありませんように、春賀が目を覚ましてますように。タクシーの中で握り締めた自分の手は、感覚が無かった。


「春賀…っ」


久しぶりに息が切れるくらい走って、勢い良く病室を開けた。そこには、頭や腕、足を包帯で巻かれて、呼吸器をつけている春賀が眠っていた。

まだ、意識は戻っていない。


「春賀っ!指輪くれたじゃん!大事な言葉、私まだ聞いてないよ!」


視界が滲んで、上手く前が見えなかった。


「今朝怒っててごめん!何度でも謝るからさ、目あけてよ!」


ぽたぽたと流れ落ちる涙が春賀の頬に落ちて、まるで春賀も泣いているみたいだった。


神様どうか、彼を助けてください。

彼の目を覚ましてあげてください。

どうか、私から彼を離さないでください。


こんなに、泣きながら必死に神様にお願いしたのは初めてだった。





あれからちょうど一年たった今日。

私は一人で病院に向かっていた。

あの日、一生分泣いたのではないかと思うくらいに泣いた病院。

大事な人が、傍にいるというのは当たり前ではないと実感したあの日。

大事な人が居なくなる恐怖を感じたあの日。

そして、大事な人が大事な人と再確認できたあの日。


あれは神様が与えた試練だったのかもしれない。


「あっ、真理!迎え来てくれたんだ!」

「うん、心配だったし」

「リハビリも今日で無事終了、検査も異常なし。完全復活〜」


昔と変わらない春賀の笑顔。

あの日春賀は、スリップした車に轢かれそうになった女の子をかばって自分が轢かれたらしい。

本当に、私の誇りで、自慢の彼氏だ。


「ねえ春賀」


治療が終わり嬉しそうな彼に、私はあの日からずっとつけっぱなしだった左手の薬指のリングを見せた。


「一年前、宅配便のお兄さんが届けてくれたこれの意味、そろそろ教えてもらおうかな」


完全に治療が終わったら、とお預けにされていた答えを、私は満面の笑みで促した。

それを見て、頬が赤く染まる彼。


目を逸らし、照れくさそうに鼻を触ってから私の目をじっと見つめた。



「待たせてごめんね、結婚しようか」


ずっとずっと待っていた言葉。

答えなんて一年前から決まってる。


「春賀の髪が白くなっても、春賀がよぼよぼになっても、しょうがないから一緒にいてあげるよ!」

「え!何その返事っ!普通、お願いしますとかじゃないの!?」


雲ひとつない快晴。

私はきっと世界一幸せ者だ。




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