坂崎玲奈血風録 害虫の黒い奴編
生存報告。リハビリがてら今回は短めです。
間が空いてしまいましたがよろしくお願いします。
「んんっ~、っはぁ~」
『家庭料理 坂崎』の若き店主、坂崎玲奈は営業時間の終わった店内で一度大きく伸びをして体に溜まったストレスを発散していた。時刻はおよそ午後11時。夕方の営業時間が17時から21時までなので閉店してからおよそ二時間ほど経っているが明日の仕込みや京介や詩織と雑談をしていたらこんな時間になってしまった。その二人はというと現在詩織の提案で京介の部屋にてパ〇プロで対戦中である。
一仕事終えたと玲奈も店側の電気を消して自分の部屋へと戻っていくと二階の向かいにある京介の部屋から何やら賑やかな声が聞こえてきて自然と彼女の顔にも笑顔が浮かぶ。
ドアを開け自分の部屋に入ると玲奈は自分のベッドに腰を落としリモコン片手にテレビのスイッチを入れた瞬間……彼女の動きが止まった。別にテレビに何か変なものが映ったとか向かいの京介の部屋から怪しい声が聞こえてきただとかそんな事ではない。彼女の視界の端に映ってはいけない者が映ったのだ。
坂崎玲奈という女性は店一軒経営している事からも基本的に高スペックに纏まっている。しかしいくら高スペックに纏まっていようとも苦手なものは存在する。そして今回彼女の目に飛び込んできたものはその中でも特に秀でて苦手とするものだった。俗にいうG、またの名を害虫の黒い奴である。
『いったーー! 打った瞬間にそうだと分かるこの当たりっ! 入ったー、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ~』
「うふふ、私の勝、ち、ですね」
「バ、バカな」
ゲーム開始からおよそ40分。詩織のジョン・ベンソン君を6回でマウンドから引きずり下ろす事に成功した京介だったがその後に出てきたペン〇ン村オールスターズのガッ〇ャンLとガッ〇ャンRの中継ぎ陣に加え抑えの則巻千〇衛まで投入され最終的には代打則巻ア〇レに確定サヨナラホームランをくらってThe ENDを迎えてしまった。
「惜しかったですね、ちょっと焦っちゃいました」
「抑えの佐藤が打たれるとは……」
京介率いる平凡な苗字軍団の抑え、佐藤。本日は久々の詩織からの一勝を期待して9回のマウンドへと送り込まれたが残念な結果に終わってしまった。
「スッ〇マンの盗塁がなかなか地味に効いていましたね」
「ああ。あれで長打だけじゃなくて単打も警戒しなくちゃならなくなったからっていうかスッ〇マンなのに走力Sって反則だろ。本来ならGかFだ」
「スケボー仕様なのでSなんですよ」
などと試合後の雑談を交わしている二人であったが突如背後から奇声が響き渡り思わずその会話を中断する羽目になった。
「アンギャッーーー!!!」
何か得体のしれない重量物が悲鳴を上げながら階段を転げ落ちていく音を聞き、二人して一旦顔を見合わせるとドアを開け覗き込む。すると階段の下で顔面から壁にぶつかったのか顔を抑えてうずくまる玲奈の姿があった。
「どうしたんですか。そんなどっかの巨大怪獣の鳴き声みたいな奇声を上げて?」
「で、でたのよ」
「でたって……何がです?」
「害虫の黒い奴よ!」
鬼気迫る表情で格好良く言葉を発した玲奈だがいかんせん鼻血が思いきり溢れ出しているためまるでしまっていない。
「ああ、ゴ〇ちゃんですか」
「奴をちゃん付けするな!!」
京介の左頬に右ストレートを一発放り込むと詩織から受け取ったティッシュで一度チーンッと鼻をかむ玲奈。その後かみ終わったティッシュを無造作に廊下に投げ捨てる姿から察するにかなりご立腹のようだ。
「油断したわ。まさか既に内部への侵入を許しているなんて」
「まあ時期的にそろそろ現れてもいい頃ですね」
「奴が現れてもいい時期なんてこの世に存在しない!」
京介に再びの一撃を入れると階段を上がり不覚にも侵入者を許してしまった自らの部屋に相対する玲奈。
「どうやら私とサシの勝負をお望みのようね。いいわ、やってやろうじゃないの!」
というセリフと共にどこからともなく玲奈の両手に現れる〇ンチョール。いったいどうやって出現させたのかと京介がよく観察してみると背後に詩織がまるで黒子のように控えていた。見事な連携である。
「いざ、勝負ーーーっ!」
掛け声と同時に玲奈が部屋のなかへと突入していく。だがほんの数秒後―――。
「ニョワーーッッ!!」
先ほど同様普通に生活していればよほどの事が無い限り上げる事は無いであろう奇声を発しながらこれまた同じように部屋から飛び出ると今度は階段に対し垂直に下ってきた。恐らく翌日には腹と顔面辺りが筋肉痛で凄い事になっているだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫、少し驚いて足を滑らしただけよ」
少し驚いて足を滑らしただけなら決して口から血を出したりしない。
「油断したわ。いかに私のスペックがア〇ロクラスのニ〇ータ〇プとはいえ初見で三倍の動きについていく事ができなかったわ」
赤い種類の奴だったらしい。
「あの、僕が変わりに行きましょうか?」
「ありがとう京介。でもね、〇シ〇ジ君も言っているように人には逃げちゃいけない時があるのよ。それに安心しなさい、私はまだ本気を出していないわ!」
京介の気づかいにそれは無用と手をかざしNOの意を示す玲奈。しかし気づいているのだろうか。最近の若者の傾向としてまだ本気を出していないと言う奴のおよそ8割は本気を出していると言うことを。
「見てなさい。今度はこっちから攻めて見せるわ!」
そして一旦その場を離れると玲奈は両手いっぱいの荷物を持って再び姿を現した。
「かつて私の尊敬する眉毛のつながった中年警官は奴等の侵攻に対して偉大な言葉を残してくれたわ。バル〇ンでいぶってやると」
「偉大な言葉なのでしょうか?」
「詩織、今ここで口を挟むのはやめよう。話がさらにあらぬ方向へと進んでいく事になる」
そんな二人のやり取りをよそに玲奈の一人芝居はさらに進んでいく。
「ただ、あの人は一つミスを犯したわ。自らのゴキブリ並みの生命力を過信してバル〇ンに対して余りに無防備過ぎた。しかし私はさらにその上を行く!」
ジャキンッ、ジャキンッという効果音と同時に坂崎玲奈が有り合わせの道具で強化されていく。
雨合羽を三枚重ね着し長靴を装着。さらに軍手を二枚重ね両足と両手首の位置をガムテープでグルグル巻きに固定。ラストは止めとばかりにフルフェイスのヘルメットを被るとその半透明なガラス面を蛍光灯の明かりでキランと一度光らせる。
「ふふ、完璧ね」
「まさしくフルアーマー坂崎玲奈と言ったところか」
「もしくは坂崎玲奈フルアーマーカスタムですね」
こもった声でアピールする玲奈に対し即座に突っ込みを入れる京介と詩織。
「けど、そもそもスピードが主の相手に対して火力で圧倒しようってのも疑問を浮かべるんだが」
「そうですね。どんなに強力な攻撃でも当たらなければどうと言う事はないと先人たちも述べていますし」
さらに突っ込みを続ける二人に対し玲奈も即座に頭突きで突っ込み返すとうずくまる二人を背景に再び悪鬼の巣窟と化してしまった自らの安息の地に対し正対する。
「最終決戦よ、人類の英知の前にひれ伏すがいい!」
そう叫びながらバル〇ンと水とガムテープを持ってフルアーマーとは思えない俊敏さで玲奈が自らの部屋へと入るとすぐさまガムテープでドアの隙間や窓の隙間などを塞ぎだした。
「さあ踊るがいい、害虫ども!」
そのセリフと共にバル〇ンに水がくべられ白い闇で覆われていく。
「ハーッハッハッハ。悶え苦しむといいわ。人の安住の地にのこのこと土足で踏み入ったその愚かな行為を呪いなさい!」
若干トランス気味になってきた玲奈だったが彼女は完全に失念していた。そう、やつらには羽が存在するのだ。
バル〇ンの効果音を遮るようにブーンと羽音を響かせながら玲奈のヘルメットの正面にGがとまった。
「ああああーーーっっっ、奴の、奴の腹が私の目の前にっっ!!」
往年のロック歌手のように上下左右へとヘッドバンキングする玲奈。その姿からはいつもの人をおちょくっている様な余裕は微塵も存在しない。
「このー、害虫風情が!」
どこかのリボ〇ズさんのような言葉を叫びながらなかなか離れないGに対抗すべく今まで以上に大きく頭部を振る玲奈。するとバル〇ンの白い闇の中からG以外の黒い物体が突如現れ、ガンッという音と共に床に落ちた。
「わ、私の……私の52インチ液晶テレビがーーっっ!!」
まさにorzのポーズで床に落ちた液晶テレビの安否を確認する玲奈だったが不覚にもその液晶テレビの上に奴を発見してしまった。
「き、貴様ーーっっ!!」
手近にあったタブレット端末を掴み玲奈は条件反射で振り下ろす。結果気絶状態だった液晶テレビに自らの手で引導を渡す事になってしまった……タブレットのおまけ付きで。
「わ、私はなんて事を……」
再びorzのポーズで悲嘆にくれる玲奈だったが更なる不幸が彼女を襲う。そう、バル〇ンによるオールレンジ攻撃がGに効き始め奴がもがき苦しみだしたのである。結果最後の悪あがきと言わんばかりに高速で動き始めあまつさえ玲奈の体に纏わり付きだした。
「ああああーーーっっっ、奴が、奴が私の体にーーっっ!!」
雨合羽越しでもわかるその感触に思わずゴロゴロとネタのでない漫画家や明日のテストに対して現実逃避する学生のように床を転げ回る玲奈。次第にそのスピードはエスカレートしていき両サイドのベッドやクローゼットにガンガン当たるようになり最終的にその衝撃でヘルメットが脱げるまでにそう時間がかかるはずも無く―――。
「バル〇ンが、バル〇ンが目にーーーあああーーーっっっ!!!」
案の定両目を負傷した玲奈。その後、数十秒間ジタバタすると次第に動かなくなった。
「何か激しい事になってますね」
「こんな夜中に近所迷惑も甚だしいな」
現在進行形で暴れまくる玲奈と壁一枚隔てたドアの向こうで詩織と京介が誰にともなく呟いた。
「それはそうと詩織、さすがにそろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
時刻はすでに11時30分。いくら気心知れた幼なじみのお隣さんとは言えさすがにもう何かと色々まずい時間帯である。
「ええ、私もそう思っていたのですけど凄く面白い事になりそうだったのでつい」
満面の笑みで答える詩織に対し本当にいい性格と勘をしていると京介はつくづく思う。何せ本当に面白い事になっているのだから。
「京介、ようやく静かになったみたいですけど」
「ん……確かに」
先ほどまで何かが壁に当たったり何かを全力で叩きつける音が響いていたが今は一転静かになった。
試しに詩織が少し強めにドアを叩いてみるがいっこうに何も返ってこない。
「返事がありません。ただの屍になっているんでしょうか?」
「詩織、そういう事はちゃんと当人を確認してから言うように」
せーのと勢いよく京介がドアに体当たりする。すると内側から封印されていたテープが剥がれドンッという音と共にドアが開く。瞬間中から白い煙が廊下へとなだれ込んできた。
「詩織。窓、窓!」
「はいは~い」
服の袖で口と鼻を抑え詩織に指示を出す京介。その指示を受け詩織はすぐさま玲奈の部屋の窓を開け部屋の換気を行う。
数分後。煙の発生源が落ち着きを取り戻し視界が戻ってくると床に転がるいくつかの物体が二人の前にその姿を現した。
「なるほど、今回は液晶テレビとタブレットが犠牲になったか」
「お姉さま~生きてますか~?」
京介の言葉を他所にテレビのリモコンで天敵と並んで床に倒れている玲奈を屈んでツンツンと突く詩織。しかし反応はまるで無い。
「案の定ただの屍になっていましたね」
「とりあえずここから運び出すか」
二人で両手両足を互いに抱え引きずりながら部屋から出ていく。もちろん途中段差で玲奈の頭が引っかかろうが気にしない。
そして廊下まで玲奈を引きずり出し一息つくとおもむろに詩織が口を開いた。
「そうそう京介、私ちょっと考えたんですけど相談にのってもらえますか?」
「ん、どうかしたのか改まって?」
「ええ……その……パ〇プロの次のキャラ、オボ〇チ〇マンとキ〇ラメ〇マン4号ならどっちの名前の方がいいと思いますか?」
「うん、はっきりと言おうか。どうでもいい」
本日の一幕は京介のそんな一言で締めくくられた。
「わ、私……まだ……気……出し……て……ない」
チーンッ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。