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坂崎玲奈はフルスロットル  作者: ヤイバ
2/3

人は締め付けられるとその反動で突如伸び上がるが伸びてしまった分は決して元には戻らない

一月以上経ってしまいましたけど最後まで読んでいただけたら幸いです。


 土曜日の午前8時過ぎ、一般客が来店するにはまだ早いこの時間帯に『家庭料理 坂崎』を訪れる女性が一人。黒の長髪に整った顔立ち。どことなく伝わってくる気品溢れる雰囲気は彼女の和装も相まって優雅にまとまっていた。すれ違う人に笑顔で微笑みかけながら『家庭料理 坂崎』の敷地内に入った彼女は戸の前でいったん足を止め身だしなみを確認してから戸を叩く。

「はい、……って詩織」

「ただいま、京介。私がいない間大丈夫でした?」

「……ジンギスカンが鍋ごと送られてきたよ」

「……?」

 微妙に噛み合わない会話を交わす二人に対し奥からこの店の主が姿を現した。

「あれ、詩織。予定じゃ今日の午後って言ってなかったっけ?」

「はい、予定を繰り上げて今日の始発で帰ってきましたので」

 彼女の名前は神楽坂詩織。『家庭料理 坂崎』のお隣さんにして華道の名家、神楽坂家の一人娘である。

「そっか、じゃあ今日からまた入れるのね。助かるわ、詩織がいるのといないのじゃお客さんの反応も全然違うし」

「今日からまた存分に働かせて頂きます」

 丁寧な言葉遣いに容姿端麗。一見すると才色兼備のお嬢様という感じだが彼女にも欠点はいくつか存在する。

「華道の全国交流会で京都だっけ。どうだったの?」

「そうですね、私にとっては本当に無駄な時間でした。何であんな興味なんて微塵以下で存在すらしない会合に行かなくちゃいけなかったのか、両親の奇行を恨みます」

 笑顔でさらっと暴言を吐く和服美人。そう、彼女は口が悪いのだ。下手をすると玲奈や桃華以上に。

「あんな50、60歳の人達のなかに何で16歳の私が一人混ざっていちいちご機嫌伺いしなくちゃいけないんでしょうね。そもそも私は神楽坂流を継ぐなんて一言も言っていないのに来る人来る人これで神楽坂は安定だとかうちの孫を今度紹介するとかこちらの高感度の下がる内容の話ばかり、本当に皆さん何考えて生きてるんでしょうね」

「まあ、詩織。とりあえずなかに入ろう。ここだと何かと都合が悪い」

「あ、ごめんなさい。私って根が正直だからつい本音が」

 裾から出した扇子で口元を隠しながら笑顔で店のなかに入って行く詩織を見て京介はすぐさま悟った。かなりストレスをため込んで戻ってきたと。


「よし。では神楽坂詩織、本日よりまたよろしくお願いします」

 自ら着てきた和服に割烹着と三角巾を装着し一礼する詩織。本来なら家の事情からバイトなどせずに華道や茶道の稽古に勤しまなければならない彼女だがいかんせん本人にやる気の影も形も見当たらず幼少のころから何とか続けているもののサボタージュ、無断欠席などが続き半強制的にやらせた結果三年ほど前、茶器は質屋に、花はゴミ処理場へと親名義で送り届けられた。

 その行為にさすがの両親も怒鳴って叱り付けたが説教開始五分後に今まで黙っていた詩織が笑顔で「お前らマジでぶち殺すぞ♪」と急に口を開いたのを隣にいた京介は良く覚えている。それ以来、さすがの両親も束縛することは極端に減ったのだが一昨年、昨年と世間の厳しさを知ってこいという意味を込めて無理やり登録させた華道の品評会で詩織がぶっちぎりの得票数を経て金賞を受賞したことで両親の思惑はあっさりと粉砕された。

 ちなみに一昨年はG〇Oで買ったPCエ〇ジンの倉〇番を朝方の4時まで13時間、昨年はP〇VI〇Aのアトリ〇シリーズを朝方6時まで16時間連続でプレイした後に宿を出て品評会に挑んで結果を出しているのだから性質が悪い。品評にいたっては「どこか殻を打ち破ったような広大で壮大な作風」と言わしめ両親の束縛からの解放を理解してくれたと終始御満悦の詩織の隣で血の涙を流す両親の姿に京介のみならず玲奈までも同情していた。さらに三度目の正直とばかりに両親が頼み込んで参加させた三味線の演奏会で『みくみく〇してあげる♪【して〇んよ】』を堂々と演奏しその場にいた全員の意識をどこ遠くへ飛ばした所で両親はようやく全てをあきらめるに至った。

「詩織、早速だけどいつも通り厨房をお願い。今日は土曜日で仕事の人がいっぱい来る予定だから多めに仕込んどいて」

「仰せのままに」

 玲奈の言葉に素直に従う詩織。詩織の性格からすれば人の言う事を聞くなど珍しい光景なのだが彼女の中での玲奈の立ち位置というものは高くいわゆる尊敬できるお姉さんという位置にいる。まあ、本当に名家のお嬢様的に育てられていた詩織に多大な影響を与え好き勝手やることの楽しさや自分の人生の大切さを教え込んだのが玲奈というのも大いに関係ある訳なのだが。

 ともあれ今では仲の良い姉妹のように振舞う姿に詩織の両親も苦々しさ三割、微笑ましさ七割といった感じでぎりぎり目の届くお隣さんでのバイトを許可している神楽坂夫妻だが以前坂崎家と神楽坂家の酒の席で詩織の母親から「お願いだからお嫁にもらってあげて」と泣きながら頭を下げられたのを京介よく覚えている。


「京介は引き続き掃除をお願い。私は詩織と一緒に仕込みに入るから」

「了解です」

 詩織の出現で中断していた掃除を再び再開し店内から店外へと掃き掃除を行う京介。その後は洗面台で濡らした台拭きでテーブルや椅子を拭いていき最後のテーブルを拭き終えた所でスッと目の前に一杯のお茶が差し出された。

「お疲れ様。はい、どうぞ」

「……ありがと」

 こういう所だけ見れば気の利く可愛い女の子なのだが―――。

「残したら喉元切り裂いてでも体内に入れますよ」

「すべて綺麗さっぱり飲ませて頂きます!」

 何をどう間違ったのかといえば人生の楽しさを玲奈に教わったのが全ての間違いであり口の悪さも玲奈譲りであると京介は思っている。無論、玲奈の母親である坂崎早苗さんもなかなかにハチャメチャな人ではあるがそこまで口が悪いというイメージはない。

「んぐっ!?」

 突如飲んでいたコップの角度を高くされお茶が京介の顔面を経由して鼻の穴から体内へと入っていきそのまま口の中からキラキラした物と化して吐き出された。

「ブハッ、ゲホッ、ゲホッ! な、何?」

「いえ、なんか失礼なこと考えられていたような気がしたのでつい」

 疑わしくは罰せよという事らしい。しかもその勘当たっているから凄いものである。

「あれ~、詩織ちゃんじゃん」

 店内の騒がしさに引かれ奥から姿を現したのは先ほど名前で初登場した玲奈にとって母にあたり京介にとっては義母にあたる人物、坂崎早苗である。

「おはようございます、おば様。いつ見てもおば様は若々しいですね」

「うふふ、お世辞だってわかってても嬉しいわ、ありがと」

 ヨロヨロっと千鳥足で二人に近寄る早苗。そしてそのまま近くの椅子に腰かけるとテーブルの上に上半身を乗せグデ~っとだらける。

「あ~頭痛い」

「何時まで飲んでたんですか?」

「う~んとね、白〇屋でドラ〇ンズの祝い酒を今朝の4時まで~」

 二日酔いというほど日時が経っておらず単純に飲みすぎで気持ちが悪いようだ。

「あ、お母さん」

「玲奈ちゃ~ん、おはこんばんちわ~」

 どこかのロボットのようなセリフで我が子に挨拶する早苗。今ではこんなダメな人になってしまっているが数年前までは今の玲奈以上に働いていたというのだから不思議なものである。

「寝てなくていいの? 昨日っていうか今朝方帰ってきたばっかりでしょ」

「大丈夫、大丈夫。私の体には中〇龍一郎の血が流れてるからこんなのはへっちゃらよ」

 72時間までならどうとでもなるという事なのだろうか。

「はい、おば様。お水です」

 いつの間にかコップに

「あ~詩織ちゃん、ありがとう。もういつでも京介のお嫁さんに来ていいからね」

「もうあと2年と少し待って下さいね。京介が18歳になったらすぐに籍を入れますから」

 ニコッと笑いながら早苗の言葉に対応する詩織。本気なのかノリなのかよくわからないがいつもの事なので京介も玲奈も特に反応せずそのまま無反応を決め込んだ。

「はいはい。詩織も京介も仕事に戻って、お母さんも。どうせまた寝ちゃうんでしょ」

「玲奈ちゃん厳しい~。お母さんショック~」

「お母さん!!」

「は~い、早苗さんはお休みしま~す」

 玲奈を軽くいなして起きて来た時同様の千鳥足でフラフラっと奥に消えていく早苗。玲奈を軽くあしらうその様はさすがは母親という謎の貫録を醸し出していた。

 そして早苗が去っておよそ1時間半後の午前10時、いよいよ店の開店時間である。が―――。

「……誰も来ないですね」

「……そうだな」

「ま、こういう日もあるわよ」

 それからさらに15分が経過する。しかし―――。

「……誰も来ないですね」

「……そうだな」

「ま、こういう日もあるわよ」

 まるでデジャブのように同じ会話を繰り返す三人の姿がそこにあった。飲食店に限らず店とは客が来て何ぼとはよく言ったもので現状三人が三人とも現在非常に暇な状態である。

「京介、特にお客さんが来ないのでゲームでもしませんか?」

「ゲームって何のゲームを?」

「パワ〇ロなんてどうですか?」

「お前の作ったジョン・ベンソン君を打ち崩せる気がしないから遠慮するよ」

「残念です」

 サクセスで作り上げた詩織の最高傑作ジョン・ベンソン君。その往年の名スポーツ選手の名前を弄ったふざけた名前とは裏腹に160km以上のストレートと150km台のツーシーム。さらに高速スライダーとスローカーブ、チェンジアップまで併せ持ち威圧感や重い球といったスキルまで常備しているキャラクターであり、おまけにスタミナ、コントロールもほぼフルMAXというどれだけやりこんだんだと突っ込みたくなる仕様である。

「じゃあ神経衰弱を―――」

「お前の考えたトランプ二組使ってマークまで揃えなければならない鬼仕様は本当に神経が衰弱していくからいやだ」

「とても残念です」

 そんな半ループ的な会話をしていると不意に店の入り口が開き本日のお客第一号が姿を現した。

「こんちわ~」

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「あれ、詩織ちゃん! 今日まで休みじゃなかったっけ?」

 ぞろぞろと現れたのはよく来る大学生の常連客三名。単純に店員が可愛いという理由で通いつめている彼らにとって『家庭料理 坂崎』の休日も行っている開店と同時に行っている早めのランチ650円はふところ的にもありがたいものだった。

「洋介さんに会いたくて早く帰ってきたんですよ」

「うわ、マジで!? 超うれしいし!」

「俺は? 俺は?」

「もちろん、宗一さんにも会いたかったですよ」

「あ~あ、俺だけはぶられちゃった」

「そんなすねないで下さいよ、春樹さん」

 口からポンポンとでまかせを飛ばす詩織。なぜでまかせとわかるのかというと表情が固まっている。物凄く固まっているのである。目なんてもう笑顔の表記のまま三分ぐらいたっているし、しまいには注文をとって帰っていくさなか京介の隣で詩織がボソッと「男って単純」と一言残していった。

 詩織さん、お願いですから営業時間中は素を出さないで下さいと心の中で願う京介をよそに詩織は鼻歌を歌いながら厨房へと消えていく。そしておよそ五分後、本日のランチである手作りコロッケ定食を持って現れた。

「はい、お待ちどうさまです」

「お、きたきた」

「相変わらずおいしそうだな」

「がんばって作ってるんですよ」

 華道家らしく詩織の得意料理は和食であるが坂崎家の面々との関わりが深くなるにつれて家庭料理から洋食、中華、簡単なブラジル料理までも作れるようになってしまいBBQで和服姿のまま披露するというシュールな絵が以前公開された。

「それではごゆっくり」

 会釈をして再び厨房へと戻っていく詩織。数分後、今度はデザートの杏仁豆腐を持って現れた所でハプニングが起こった。そう、三人が詩織をデートに誘いだしたのだ。今までは店に来ることはあっても世間話やジョーク程度でそういった本格的な誘いは無かったため詩織も動揺しているのか歯切れ悪く対応している。

「ねえ、いいじゃん。今日これからって訳じゃなくてさ、今度でいいから」

「いえ、そうじゃなくてその」

「お金なら俺らがバイトして貯めたのがあるからさ」

「あ、あの。困ります。私―――」

「それならさ、玲奈ちゃんも一緒にどう。それなら詩織ちゃんも安心だよね。一日ぐらいならさ、お店休んじゃってさ俺らと遊びに行こうよ」

 お店休んじゃってあたりで詩織の体が一瞬ピクッとなった事に大学生三人組は気付いていない。玲奈と同様に詩織も自ら望んでこの店で働いているのに玲奈と二人で休んで遊びに付き合えと言われ癪に障ったようだ。

 普段の彼女ならこの程度の怒りで腹を立てる事も無かったのだがストレスをためて戻ってきた彼女にそんな気の利いた余裕は存在しなかった。

「てめえらあんまし調子に乗るなよ♪」

「「「……へ!?」」」

 明るい口調とは裏腹に詩織の口から放たれた異色の発言に言葉を失う三人。それを見てここが限界だと次の言葉が漏れる前に京介が割って入り詩織の言葉を遮る。

「お客様、どうか店内でのそのような行為はご遠慮下さい」

「あ、いや、その」

「ほら、詩織。早く下がれ」

 手首を掴み有無を言わさず強引に店の奥へと詩織を連れ込んでいく。三人組の方は突然の出来事に何が起こったのか理解できず頭の上に?マークを浮かべたままデザートを平らげた後、料金を払い店を出ていった。

 一方の詩織の方はというと―――。

「ふんっ!!」

 グシャッという音と共に潰れるアルミ缶(早苗の飲んだビール)。

「次♪」

「はい」

 再び潰されるアルミ缶。これが詩織のストレス発散方法なのだから何ともエコなものだと京介はいつも思っている。何でも踏み潰して小さくなったアルミ缶を見ると凄く満足するらしいが是非とも人間では実行しないでほしい行為である。

「詩織、以前も言ったでしょ。ああいうやからには容赦せず股間に蹴りを入れて前のめりになった所へ沢村〇平ばりのニーを入れるの。大丈夫、たまたま当たったってそっちの方は見逃してくれるはずだから」

 レジ打ちを終えて戻ってきた玲奈が開口一番物騒な事を述べた。というか股間への一発ですでにアウトなのだが。

「そうですね。お姉さまの言う通り今度はフリ〇カーで刻んで跪かせた後、チョ〇ピン〇ライトでKOでも狙ってみる事にします」

「跪いた時点でやめてあげて下さい」

 京介の突込みも無視してアハハ、ウフフと笑いあう玲奈と詩織。この二人だからこそ冗談に聞こえないのが恐ろしいところである。


 そんなこんなでストレスをためたり発散したりしながら仕事をこなしていく詩織をわかりやすくフォローしながら所狭しと走り回る京介。対して当の本人は「大丈夫ですよ。私もこう見えてちゃんと我慢してますから」等と言っている。こっちにしてみれば我慢しきれずダダ漏れですと言いたいが言ったところで「どこが?」と返されるのが落ちなのでそこは言わずに心の中に閉まっておく。

 そしてようやく時刻にして午後2時30分。ようやく昼の部の営業時間が終了を迎えた。

「ふ~、ようやく終わった」

「そうですね、予想以上に疲れてしまいました」

 潰されたアルミ缶の数は計34個。じゅうぶん疲れる数である。

「お疲れ様、二人とも奥に賄いできてるから食べちゃって!」

 玲奈に呼ばれ京介と詩織、二人して厨房に入っていくと数時間ぶりに早苗が睡眠から目覚めて姿を現した。

「お母さん、起きたの?」

「玲奈ちゃん。何かさあ、外が騒がしくない?」

 ぼさぼさの寝癖交じりの髪をかきながら現れた母親の言葉に従い玲奈が耳を澄ますと店の入口の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。

「何かあったのでしょうか?」

「見てきます?」

「いいわ、私が行ってくるから。二人は早く食べちゃって。お母さんも何か食べるんだったら適当に食べて」

「は~い。玲奈ちゃん、あとはよろしくね~」

 ヒラヒラ~っと手を振る早苗を背に玲奈が店の入口の方へと歩いていくと何やら言い争う声が聞こえてくる。

「何なのよもう」

 自然と出た文句と共に玲奈が戸を開けると目に飛び込んできたのは車と車が右フロントをぶつけ合う事故現場だった。

 なんだ、ただの事故かと思う一方なんで家の前で事故ってんのよという感情が入り混じり玲奈の感情を徐々に蝕んでいく。

「ちょっと、店の前で邪魔なんですけど!」

「「ああっっ!?」」

 ガラの悪そうなスキンヘッドとパンチパーマの視線が一斉に玲奈に集まる。しかしその程度では坂崎玲奈という女性は引き下がったりはしない。

「ここ! 私のお店の前なんですけど!」

「姉ちゃん、文句ならそこのバカに言ってやってくれよ。そいつが勝手にぶつけてきやがったんだからよ!」

「はあっ? お前がぶつけたんだろ。弁償しろや、弁償!」

「あーもう、どっちでもいいから早くしなさいよ! 営業妨害よ!」

 あーだ、こーだと月並みなセリフを吐く二人に玲奈の怒りも某仮装大賞の得点の如くトトトトトトッと伸びていきついには満点を記録するに至った。

「だいたいこんな広い道なのにわざわざ中央でぶつかってんじゃないわよ! あんたたち二人ともどうせわき見運転でもしてたんでしょ! さっさと警察呼んで車どかしなさいよ、イメージ的にうちの店が悪くなっちゃうでしょ!」

「ああっ? 姉ちゃん、あんた俺が悪いって言うのか?」

「誰が悪かろうがどうでもいいのよ。さっさとここから立ち去ってどっか遠くで喧嘩してなさいよ!」

「お前、第三者が勝手な事言ってんじゃねえぞ!」

 パンチパーマの男がついに我慢できず玲奈の胸ぐらをつかもうとしたその時、火に油どころか石油とガソリンをぶちまける人物が姿を現した。

「そうですよお姉さま、せっかくの撮影を邪魔しちゃ悪いですよ」

 今まで店内で沈黙を守っていた詩織が玲奈の危機を感じこの面倒事に参戦したのである。

「おい、撮影って何のことだ?」

「ええ、だって猿〇惑星の撮影じゃないんですか。お二人とも凄くリアルですよ」

「「……は?」」

 突然の発言に事の事態が理解できずにいる二人に対し詩織はさらに言葉を続ける。

「私こんなにリアルないわゆるハリウッドメイクというものを初めて見たのですごくうれしいです。もう顔なんてとってもリアル!」

「おいてめえ、それ俺らに向かって言ってんのか!?」

「すいません。私にはあなたたち以外にそんなメイクを施している人が見当たらないので、てっきり動画サイトにアップするためのショートムービーかと」

「俺らのどこが猿だってんだよ!?」

「そうですよね、人に迷惑かけといて反省の一つもできないようじゃ猿以下も当たり前でお猿さんに失礼ですよね。ごめんなさい、お猿さん。今度モ〇キー〇ークに差し入れを持っていくのでどうか許して下さい」

「おめえ何なんだよさっきから。急にしゃしゃり出てきやがってふざけたこと抜かすんじゃねえ!」

「…………」

「「すかしてんじゃねえ!」」

「すいません、私って生ゴミ相手に会話するの初めてなのでこれ以上は精神的に辛くて」

「「ふざけんなっ!!」」

 さっきまで猿だと言ってなかった? という周囲の心のなかの突っ込みを無視して詩織の一人芝居、もとい口撃はまだ続く。

「生ゴミ、俺らは生ゴミだってのか。ええっっ!?」

「ですよね。生ゴミなら埋めたり肥料にしたりと再利用できますけどあなたたちみたいな人を正しく言うなら後処理に困る産業廃棄物がぴったりですよね。とっとと頑丈なコンクリートにでも囲まれて隔離されてたらいいんじゃないですか? 一ヶ月に一度くらいは点検しに行ってあげますよ!」

「ふざけんな! 猿だとか生ゴミだとか好き勝手言いやがって、てめえ俺らに何か恨みでもあんのかよ!」

「ええ、さっきから私の周囲の酸素濃度が著しく減ってってます。どうしてくれるんですかこの不快指数」

「「俺らの方が不快指数たけえよ!」」

 初対面なのに妙に息の合ってきたスキンヘッドとパンチパーマ。特に何をしたかと言えば車をぶつけて言い合っていたのだがなぜか二人して突込みに回り、詩織の相手をしてしまった結果肩で息をしている。

「詩織、そこら辺にしよう。なんかもうグダグダだ」

 見るに見かねて詩織と同じタイミングで表に出ていた京介が玲奈を含む四人の間に割って入りけん制しようとしたがすでに彼らのリミットはブレイク中である。

「また関係無え奴が、邪魔してんじゃねえ!」

 先ほどの玲奈と違いパンチパーマに胸ぐらを掴まれてしまう京介。鼻息荒い相手の形相にこれは不味いと殴られるのを覚悟で目を瞑った京介であったが彼らは知らなかった。この場にいる誰も、あの玲奈ですらここまでの出来事が詩織の掌の上の出来事だったとは。

「お巡りさん、こちらです」

 突如手招きして援軍を招き寄せる詩織。視線を向ければやや遠くに駆け足で迫る警察官が二人。

 そしてその場にいた全員の視線が逸れたのを確認し、彼女が再び動く。

「ダメー、京介にこれ以上手を手を挙げないで下さい!」

「ふごっ!!」

 わざとらしい声を上げながら京介の腕にしがみつく詩織。その時、詩織の頭が京介の口元を直撃し、京介が顔を歪めるがそんな事は関係無しと詩織の演技は続く。

「お巡りさん、この方たちです。この方たちがお店の前で事故を起こした挙句、逆切れして京介に手を挙げたんです。ほら見て下さい、ここから血が出てます」

 訂正、関係はあった。詩織の頭突きの際、あえて自分に視線を集中させ頭突きを無かった事にし事実を隠ぺい、改ざんしたようだ。おまけに「お前のヘッドバッドによる出血だよ」と言おうとした京介の口元を手で覆う丁寧さにはまったくもって頭が下がる。それによく見ればいつの間にか詩織の頭から三角巾が消えている。恐らくは血による汚れが付くのを誤魔化すためであろう、本当に用意周到である。

「あ~、君たちかね。ここで事故を起こし何やら騒いでいるというのは」

「ち、違う。俺たちは何も―――」

「ん? あの事故している車は君らのじゃないのか?」

「た、確かに俺らのだが―――」

 警官の登場に若干緊張しているのか言葉に詰まる二人。

「それに今さっきまでそこの彼の胸ぐらを掴んでいたように見えたのだが」

「それこそ誤解だ! 俺たちは何も―――」

「ああ、かわいそうな京介。血まで流して……ひどい、ひどすぎです」

 涙まで流して訴える詩織を見て警官二人が何やらひそひそと話し始める。その様子を見て形勢がかなり不利と判断し反論しようとパンチパーマが口を開きかけたがすでに遅かった。

「君たち、少し署まで来てもらっていいかな」

「な!? ちょっ、ちょっと待て! あいつの傷は今回の件と関係ねえ! あいつらが勝手につけた傷だ!」

「はいはい、わかったから。とりあえず話はあっちで聞こうか」

「そっちの君も同行してもらっていいかな」

「はあ!? 何で俺が?」

「事故しているのは君の車なんだろ。まあ他にもいろいろとね」

「いろいろって何だ、いろいろって!?」

「いい子だからとりあえずあっち行こうね」

 お互いがお互いに警官に腕を拘束されそのまま遠くに引きずられていく。その途中「覚えてやがれ!」や「この借りはでかいぞ」などなどの暴言を吐いていったが数十秒後にはタイミング良く現れたレッカー車によって事故車共々綺麗さっぱりこの場から消え去った。

 顔を扇子で隠し悲しむふりをして大爆笑する詩織の隣で警官やレッカー車のタイミングがなぜか良すぎると疑問を浮かべた京介が辺りに目を向けると店の入り口でブイサインをする早苗の姿を確認しようやく理解するに至った。

「やっと使い捨てのキャラが消え去りましたね」

「そういう事は思っても決して口に出しちゃだめだぞ、詩織」

「さようなら~おバカさ~ん、金輪際二度と私たちの視界に入らないで下さいね~」

 片手で口元を隠し扇子をパタパタと振りながら満足そうに微笑む詩織。そこには二人を警察送りにしたという罪悪感等といった感情は一切含まれていない。

「詩織……グッジョブ!」

「お褒めに預かり光栄です、お姉さま」

 親指を立ててよくやったと褒め称える玲奈も玲奈だがそれを当然だといわんばかりにあっさり受け入れる詩織の神経も相変わらずだと京介は一人心の中で思った。

 坂崎家のお隣さんにして華道の名家、神楽坂家の一人娘、神楽坂詩織16歳。性格が多分に変な方向へ伸びきってしまったアニメやゲームを愛する和風少女は今日も『家庭料理 坂崎』にてバイトに勤しんでいる。

最後まで読んで頂きありがとうございます。


次はもっと玲奈が活躍する話になると思います。

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