アイドルは愛でるより従えた方が何かと都合がいい
読みにくい箇所が多いかと思いますがよろしくお願いします。
「キターーッ!」
本日午後ほどに届いた郵便封筒を高々と掲げながら自らが経営する『家庭料理 坂崎』の店内で店の主、坂崎玲奈はクルクルと回りだした。
「どうしたんですか、そんなMPが減りそうな踊りを踊って」
「ん? これよこれ!」
玲奈の従弟で現在この店でアルバイトをしている坂崎京介は、洗い物を終えた手を布巾で拭きながら玲奈の掲げた封筒の差出人を確認する。
「クマクマテレビ……KKT、地方ローカル局ですよね。確かケーブルテレビか何かの」
「そうよ。そこの『今日の頑張り屋さん』ていうコーナーでこのお店を紹介してくれるって! 毎日5枚ずつ欠かさずTV局に送り続けたかいがあったわ!」
迷惑になるのとならないの境界線を行くあたり流石だなと一人考える京介を他所にワイワイと盛り上がるお客さんの輪の中心でどうもどうもと手を振り玲奈は高々と宣言しだした。
「あくまでこのTV放送は足がかりよ。皆さん、私は今ここにこの家庭料理 坂崎を5年以内に現在の3倍まで拡大する事を今ここに宣言するわ!」
「よ、玲奈ちゃん。期待してるよ、店長!」
「店長、頼んだよ。 期待の星!」
周りの声援に手を挙げて答える玲奈を他所に恭介は封筒の中身を取り出し目を通す。
日時は来週。何とも急な話だが京介はそんな日時よりも気になる点があった。
「レポーター……ご当地アイドル、『ピーチ娘 桃華』……か」
京介の頭のなかは期待よりも不安の割合が大半を占め、自然とため息が漏れた。
そして翌週、TV撮影の日がやってきた訳だが。
「流石に気合い入れましたね」
美容院に行き整えられた髪型とクリーニングされたばかりのエプロンを装備し清掃に清掃を重ねいつもよりも輝きの増した店内を見渡す玲奈に近くにいた京介が話しかけた。すると玲奈はおもむろに窓際のさんに
スッと指を這わせ汚れが無い事を確認し一人良しと呟くと入口の引き戸がトントンと叩かれ二人組の男性が入ってきた。
「どうも、KKTの者ですが。こちら『家庭料理 坂崎』さんでよろしいでしょうか?」
「はい、お待ちしてました。私が店長の坂崎玲奈、20歳です。今日はよろしくお願いします」
最初の印象が大事と言わんばかりに笑顔で深々と頭を下げる玲奈。店長という立場上、初対面、目上の人物には好印象という信条を掲げている玲奈であるが時にそうした信念を打ち崩す人物との出会いが有るのもまた人生である。
「うわ、古っる。建付け歪んでんじゃないの?」
登場一番、店の悪口を言い玲奈のこめかみを引くつかせて登場したのは京介の危惧していた人物。ご当地アイドルのピーチ娘、桃華である。
「わ、わ、わ。桃華ちゃん、シ-ッ、シーッ」
スタッフが慌てて桃華の口元を抑え黙らせる。しかしもう時すでに遅しで玲奈の表情はこめかみに血管を浮かせ笑顔のまま固まるという恐怖映像を醸し出している。
「ふーん、あんたが今日の相手。ふわぁーっ。ま、よろしく」
許可を出す間もなくいきなり店の椅子にドカッと腰かけ欠伸をしながら応対する様はこのタレントがご当地の域を出ない理由を雄弁に物語っていた。
というかスタッフ、どうにかしろよと一抹の期待を乗せ先ほどの二人の方へ京介が視線を向けるとそこには頭頂部を玲奈に見せ必死に謝る二人の姿があった。つまるところどうにもならないという事らしい。
「ちょっと、そこの店員さん!」
突然声をかけられ京介が振り向くと手持ちの鏡で髪型を直しながらこちらを一切見ていない桃華の姿があった。
「何か飲み物ちょうだい。それとおしぼり、なるべく早くね」
正確にはバイトだとか色々言いたい事は有ったがひとまずこの場から離れられるという事もあり渋々京介が店の奥に入るとそれを追ってかすぐに玲奈も姿を現した。
「京介、そこのオレンジ一つ取って」
固まった笑顔のまま一向に変わる事のないその表情に恐怖を覚えつつ京介が近くのダンボールに入っていたオレンジを一つ投げ渡すと玲奈は何の躊躇もなくそれを一瞬で握りつぶした。
「ねえ京介、一つ質問いいかしら?」
「はい。何でしょう」
オレンジ生産関係者の方々ごめんなさいと心の中で謝りつつ丁寧な言葉使いで慎重に対応する京介。触らぬ神に何とやらである。
「あの子って私より偉いのかしら?」
「いえ、決してそのような事は」
「そうよね。確か向こうは17歳だし私の方が3つも年上だし、向こうはタレントって言ってもここ私のお店だし私店長だし」
言葉使いがだいぶ狂ってきていることからもかなりきているらしい。それとさっきから話しながら玲奈の手元にあったトマトが見事果汁100%ジュースへと変貌を遂げたようだ。
握りつぶす物の度合いで怒りのパロメーターが判明する玲奈。以前の割る前の割り箸を片手で握りつぶした時に比べればまだ幾分かマシなようだがよくない傾向には違いない。
「とりあえずお店のために我慢しましょう。所詮3、4時間の我慢ですから」
今回の撮影は10分のミニコーナーのみの撮影であるため一日で撮り終わると事前に通達があり、予定表にも10時開始の14時終わりと書いてあった。
故に押したとしてもざっと半日ほど我慢すればいいのだが……。
「ん? 誰が何で我慢するの? このお店を大々的に宣伝してくれるのでしょ。だったら我慢する事なんて何もないじゃない」
ウフフッと笑いながらお店側に戻って行く玲奈の姿を見て間違いなく面倒なことが起こると京介は100%の確信を持った。
そしていよいよ撮影が開始され、案の定玲奈の不機嫌度パラメーターは右肩上がりのストップ高を記録する事となる。
「はーいみんな、こんにちは。ピーチ娘の桃華でーす。今日もTVの前のみんなのために頑張ってレポートしちゃうからTVの前から離れたりしたら桃華プンプンだよ」
後に玲奈を持ってして吐き気がするアイドルと言わせたその実力は予想以上に凄まじいものでカメラの撮影マークが点灯した途端に完全に別人へと成り替わった。
「今日の頑張り屋さんは、何と20歳でお店の店長さんを営んでいる坂崎玲奈さんです。こんにちは!」
「こんにちは」
「20歳で店長さんなんて凄いですね。桃華ビックリ!」
「いえ、別にそんな事は」
いつもより玲奈の言葉に元気がないのは決して緊張しているとかそんな事ではない。単にTV撮影とはいえ桃華との会話が苦痛で我慢ならないのだろう。
そんな薄氷を踏むような際どい撮影は店の外から店内に入り時間にして12時を少し回った時、それは起こった。
「あっ」
撮影も昼休憩に入り休憩と同時に桃華が椅子に腰かけた衝撃でテーブルの上に置かれていた花瓶がバランスを崩し宙を舞うとパリンッという音と共にその全てが床に広がる。
「ごめん、片しといて」
ブチッと京介の耳には確かに何かが千切れる音が聞こえた。
「こっちにいらっしゃい、京介」
玲奈に呼ばれ再び京介が厨房に入ると玲奈は瞬時にドアに鍵を掛けその両の手をまな板の上に振り下ろす。
「私、結構我慢したわよね」
「ええ、我慢したと思いますよ」
プルプルと腕を振るわせながら笑顔を維持するという器用な技を披露する玲奈に間違っても態度に出てましたよ等と言える訳もなく京介はごく普通に対応する。我慢したと過去形で答えたにも拘らずそこにはもう少し我慢してくれという京介なりの願いが込められていたのだがとうの玲奈の怒りはそんな願いをあまりにも簡単に握りつぶした。
「いくらマリアナ海峡のような広さと穏やかな心を併せ持つこの私でもさすがに頭に来たわ」
例えが京介にはよくわからなかったがなんとなく平常心という豪華客船がピーチ娘、桃華という未曽有の悪天候によって沈んでいったということは理解できた。故にこの後に起こるであろう出来事もなんとなく予想がつき肩の荷が重くなるような錯覚を京介に起こすとそれを知ってか知らずか玲奈が京介に対して釘を刺す。
「京介、もし私の邪魔したら右手が左手で左手が右手になっちゃうから大人しくしててね」
「そんなどっかのハング〇マンモドキは嫌ですよ」
正確には両腕とも右手だがそんな突込みを入れる訳でもなく玲奈は午前中と同じようにウフフッと笑いながら厨房を後にする。
午後の撮影がいよいよ開始され午前中の桃華の様々な行為(挑発?)に対し先に動いたのはやはり玲奈だった。
「あ、ごめんなさい」
料理紹介の撮影中、玲奈の手に持っていたお盆の上から水を入れたコップが宙を舞いそのまま桃華の膝へと落下した。
「すいませーん。私緊張しちゃって」
作り笑いを浮かべる玲奈に対し一瞬眼光が鋭くなる桃華。しかしそこは腐ってもアイドル。瞬時にこちらも作り笑いを浮かべすかさず対応する。
「いーえ、気にしないで下さい。素人さんのNGや理解不能なミスは慣れてますから」
撮影ランプが点いている限りアイドルモードを崩さない桃華だったが流石に言葉の端々に怒りが入り混じっている。
「「ウフフフフフッ」」
同時に笑い出す玲奈と桃華。二人が泥沼に足を踏み入れた瞬間だった。
互いが互いをはっきりと嫌な奴と認識して数分後。紹介の最中、パリンッという音と同時に桃華の攻撃が開始される。
「ごめんなさーい、あまりにも食器が油でベトベトで手が滑っちゃった」
人差し指と中指でカットカットとカメラマンに合図する桃華。その場にいる人の視線を指に集めながら片足で床に散らばった玲奈手作りのオムライスの残骸をグリグリと踏み潰す様はアイドルという枠組みの内側に居る人物とはとても思えない姿だった。
「どうぞ気にせずに。マナーや口が悪いのは午前中でよくわかってますから」
その行為に対しての玲奈の返しもまた強烈で一瞬にして桃華のこめかみに血管を浮かせる事に成功した。
そこからはまさにあー言えばこう言う、こうすればそうするといった具合でまるでトル〇コや風〇のシ〇ンのようなターン制の殴り合いが続いた。そしていざ6ターン目を迎えたその時、玲奈を転ばそうと足を足を出した桃華だったが待っていましたと玲奈はそれを避け持っていた食後のミルクティーを桃華の顔にぶちまけた。
「すみません、あなたの長い足が急に出てきてびっくりしちゃって。すぐに雑巾持ってきますので」
「雑巾で客の顔を拭かせるつもりか、この店は!」
ついに耐え切れなくなりすかさず立ち上がると手元にあったおしぼりを玲奈の顔面めがけて全力で投げつける桃華。その行為は玲奈に残っていた僅かな自制心を粉々に打ち砕いた。
「客なら客らしくそれらしい態度とりなさいこのバカ!」
「うっさい、それより早く新品のタオルと私に対する謝罪文用意しなさいよ!」
「あんたなんかこれでももったいないくらいよ! それにあんたの方こそ私に謝罪しなさいよ!」
投げつけられたおしぼりを再び投げ返す玲奈に対し桃華も一向に引くことをしない。
「黙れこのあばずれ!」
「誰があばずれよこの五流アイドル!」
「五流アイドルですって!?」
「あんたなんか三流はおろか四流すらもったいないわよ!」
「ちょ、二人とも落ち―――」
「「外野は黙ってろ(なさい)!!」
ワンパンチで京介をKOした二人だったが仲直りする気配はノミの毛先ほども無く、これ以降はお互いが持つ知識をフル回転させた罵詈雑言が約十分間両者の間を飛び交った。
結果、桃華が怒り狂って店を出て行ってしまって京介を含むスタッフ全員の見解のもとここで撮影は強制終了しめでたく今回の一件はお蔵入りと相成った。
しかし、ここで終わらないのが坂崎玲奈という人間である。
その翌日。店の営業時間外、家の応接間にて一人いそいそとパソコンでの編集作業に励む彼女の姿があった。
「ありえなーい、ありえなーい♪ 私とあいつが痛み分けなんてありえなーい♪」
「昨日あんなだったのにご機嫌ですね、何かあったんですか?」
玲奈の謎の歌声に引かれ京介が現れるとその背中越しに覗き見たパソコン画面に即効で反応する。
「なっ、ちょ、玲奈さん、それ―――」
「京介、負けた者は徹底的に叩けと以前教えたはずよ。あの世間知らずで身の程をわきまえていない五流アイドルにネット社会の恐ろしさを教えてあ・げ・る」
「本気ですか?」
「もちろん。数日後が楽しみね~オーホッホッホッホ!」
もの静かな店内に玲奈の笑い声だけが広く響き渡った。
そこからさらに数日後、KKTの本社に一通の小包が届けられた。そこにはただKKT本社の住所と宛名に『ピーチ娘 桃華様』と書かれており裏面には『開けなくてもおめでとうございます』という謎の一言が添えられていた。
桃華のマネージャーも不審に思いつつ、本人宛の荷物を勝手に開ける訳にもいかずとりあえず本人にそれを手渡した。
「小包? 爆弾でも入ってんの?」
椅子に座って飲んでいたミルクティーを置き軽く両手でクルクルと転がすとマネージャーの心配をよそに桃華は何のためらいも無く小包の包装をあっけなくビリビリと破りとる。すると中から姿を現したのは一枚のDVDだった。
「DVDね……」
小包同様桃華が手の中でクルクルと回しているとある一点が目に入るとすぐさまそれをマネージャーに向けて放り投げた。
「見る必要ないわ。捨てといて」
慌ててキャッチしたマネージャーが桃華が手を止めた箇所をチェックするとそこには『坂崎玲奈より愛を込めて 見なくてもお仕置きよ』と書かれたラベルが貼ってあった。
マネージャーもその名前ですぐに桃華の態度を察しそのまま不燃ごみに捨てようかどうか迷ったがとりあえず中身をチェックするのも仕事の内と別室に行き機器にDVDをいれる。
「だから、あいつの物なんかチェックせずにそのまま―――」
『黙れこのあばずれ!!』
「ブーッ!?」
マネージャーに無駄な事はしないようにと隣の部屋からわざわざ忠告に来た桃華だったがマネージャー以上にその再生された映像とその第一声に衝撃を受け飲んでいたミルクティーのおよそ3分の1を吐き出してしまった。
「な、な、何よこれ、どうなってんの? ちょ、あんたこの間の映像は全部始末するよう言ったんでしょ!」
桃華が視線を向けるも何も知らないと首をブンッブンッと振るマネージャー。TV画面では今もモザイク処理された桃華と玲奈がピー音を響かせながらおしぼりを投げつけあっている。
ほかに何か手がかりがないかと再び元の部屋に戻り先ほどの小包の残骸をチェックする桃華。すると一緒に入っていたクッション代わりの発泡スチロールの下に名刺サイズのショップカードを見つけマネージャーを呼びつける。
「高橋、バックよこしなさい! 早く!」
慌ててマネージャーが持ってきたバックを強引に奪い取ると携帯を取り出し桃華はそのショップカードの電話番号に電話を掛けた。
ルルルルと店の固定電話が電子音を響かせると店側の客席に座りまだかなまだかなとノートパソコンと電話の子機を手元に置き万全の態勢で待っていた玲奈はすぐに子機の通話ボタンとスピーカーボタンを押した。
『あんたこれどういう事よ!!』
突然店内に響く女性の大声に何事かと奥で仕込みをしていた京介が店側を覗き込むとそこには本当に楽しそうにパソコン画面を見ながら子機に話しかける玲奈の姿があった。
「はーい、お電話ありがとうございます。『家庭料理 坂崎』です。本日はご予約のお電話でし―――」
『あんたふざけてんじゃないわよ! それによく見たらこれ速達に日付と時間指定して送ってんじゃない、わかって言ってんでしょう!』
「あらー、だれかと思ったらいつかの五流アイドル崩れじゃない。今日は何のようかしら」
『この映像、いったいどういう事よ! 何であんたがこんなの持ってんのよ!?』
「あ~それね、この間の一件を店の防犯カメラの映像をもとに私がうまく編集してみたの。気に入ってもらえた?」
『防犯カメラ!? そんな話聞いてないわよ?』
「当たり前じゃない。だって言う前にあなたたち帰っちゃったんだから」
ウグッと言い黙る桃華。確かにあの時こんな所もう一秒たりとも居たくないとスタッフの制止を振り切り真っ先に店を飛び出した手前何も言えないようだ。
「それはそうとどうするの。私に謝る気になった?」
『ハァ? あんた何言ってんの? あんたが謝るの間違いじゃないの?』
「あれれ~、そんな事言っていいのかな~?」
『あんたの方こそ頭のネジがぶ―――」
『ああ~ん』
突然の艶めかしい声に何か言いかけた桃華の声が止まる。
「いや~ん、私のノートパソコンの画面が突然アダルトサイトに変わっちゃった。たちの悪いウイルスに感染したかもしれないわ。玲奈どうしたらいいかわかんな~い」
ぶりっ子ぶる玲奈だったが気にして奥から事の成り行きを見守っていた京介は見逃さなかった。マウスを操作し一時停止してあった洋画のDVDソフトのそれっぽいシーンをスタートさせたのを。ちなみに玲奈のパソコンはセキュリティーソフトにセキュリティーをかけるような事になっているので今の所ウイルスに感染したという話は聞いていない。
『あ、あんたね~、いい加減に―――』
「ええ~、今度は画面が某大手動画投稿サイトに変わっちゃったわ。何このアップロードってボタン。玲奈チョー押した~い」
『ちょ、調子に乗るのもいい加減にしなさいよ。私が局に頼んで圧力かければあんたの店一件ぐらいどうとでもできるのよ、わかる!?』
「あなたにそんな権力が有るとは思えないけどね~。ま、仮にあなたにそんな権力があったとして、あなたが今から局に頼んでうちの店潰すのが早いか私のパソコンに保存してあるあなたの目線とピー音のモザイクだけをを取り除いた動画が拡散するの、どっちが早いかしらね~」
反撃もあっさりかわされウググッと言い黙る桃華。まだ何か付け入るスキはないかと思考を張り巡らせる彼女だったが玲奈はそんな時間すら与えなかった。
ポチッ
「あっ」
というクリック音と玲奈の一言に桃華の顔面から血の気が失せ最悪の状況が頭をよぎる。が―――。
「なーんちゃって♪」
『……殺す、絶対に殺す、絶対に殺す、絶対に殺す』
第三者の京介が電話機のスピーカー越しでも危険な状況だと分かるほど桃華の精神は追いつめられていた。それを知ってか知らずか玲奈はいよいよ締めの方向へと話を向かわせ始める。
「ねえ、そろそろあなたも今この状況下でどっちに主導権があるかわかってるんじゃない。簡単に言えば私がケン〇ロウであなたはモブキャラなの。『あべし』とかちょっと良く見積もってもハ〇ト様やア〇バレベルで『ひでぶ』とか『うわらば』とか言ってやられちゃうキャラなの。他に例えるならカラータイマーが鳴り出したウルト〇マンから距離をとっちゃった怪獣なの。もうスペシューム光線打たれる寸前なの。決して南〇の帝王や世紀末〇者拳王、バルタ〇星人クラスにすらなる事は出来ないの。理解したかしら、お、ば、か、さ、ん?」
さりげなく後半に言った方々になったとしても最終的にはやられてしまうのだがそこは突っ込んではいけない。
『い、いいの。あの映像がでたら、あなたの素性も100%ばれるわよ』
「私ね、すごく思うの。もしあなたと同時に谷に落ちたらあなたを踏み台にしてあなたより1秒でも長く生きられたらそれで満足だって」
セミロングの茶色がかった髪をクルクルといじりながら玲奈は桃華の言葉を一蹴する。
『……お、お願い。世間に流すのだけはやめて』
「……敬語」
『お、お願いします。どうかあの動画を世間に流すのだけはやめていただけないでしょうか』
ついに桃華のプライドが折れた。しかし、坂崎玲奈という人間は倒した相手を踏みつけたまま勝利宣言とポーズをとる事をよしとする人間である。
「私ね、この間TV見ててものすごくジンギスカン食べたくなっちゃって。あなたひとっ走り北海道まで行って鍋ごと買ってきてくれないかしら」
『ジンギスカン!? 北海道!? あんた正気!? 頭のなか生ゴミでも詰まってんじゃないの? どう考えたってひとっ走りって距離じゃないでしょ!!』
「……桃華ちゃん、気づいてる。最近の電話って専用の録音装置をつけると子機でも通話録音できるの。これってどういう意~味だ」
小憎らしい声色で話しかける玲奈に対し絶句する桃華。以前の店でのやり取りも今しがたの言い争いも全て玲奈に武器を渡す結果で終わっていたのだからそれも当然である。
「私ってやさしいから期限は一週間見てあげるわ。ちゃんとあなたが自ら北海道まで行って購入先のお店の人と握手してる所をデジカメに抑えてきてね。その画像はちゃんとプリントアウトして鍋や具材と一緒に店に送るのよ。買った場所がわかるようレシートは荷物の中に入れてね。あ、ちゃんとクール便で運賃は払うのよ。着払いなんかにしたらブッ飛ばすから。まさかとは思うけど買いに行くふりして局でなんかこそこそ変な動きしたりしてたらあっという間にあなたの名前が全国区になるからそのつもりで。それとこの表示されてる電話番号ってあなたの携帯番号よね。用がある時こっちからまた連絡するから。それじゃあ、バイバ~イ!」
子機の通話ボタンを押し会話を終了すると玲奈はウ~ンッと一度大きく伸びをし首をポキポキっと鳴らす。そして近くにいた京介に向け満面の笑顔で親指をグッと立てて見せた。
「近々ジンギスカンが食べれる事になったわ!」
「あなたが味方で本当に良かったって心から思います」
「あの五流アイドルもこれで身の程ってものを知ったんじゃないかしら」
オ~ッホッホッホと完全勝利の笑い声をあげる玲奈の横で京介は一人大きなため息を吐いた。
一方玲奈との通話を終え数日中に北海道へジンギスカンセットを買いに行く事になった桃華の方はというと―――。
「う~~~あーーーっ、殺す、殺す、絶対に殺す! 絶対に殺ーーーすっ!!!!」
やり場のない怒りが近くにあったパイプ椅子や机、マネージャーへと鉄拳を通して伝えられた。
五日後、『家庭料理 坂崎』に赤の筆ペンで殴り書きされた宛名の宅配便。ジンギスカンセットがクール宅急便で配送され、その中には北海道の店と風景をバックに引きつった笑顔で店長と書かれたバッジを付けた男性と握手をする桃華の写真がきちんと同封されていた。
最後まで読んで下さってありがとうございました。