ある魔法使いの日常
私、赤城慧子は実を言うと魔女なのだ。更に簡単に言うと魔法使いってことになるかな。そんな私は今、深夜の寂れた商店街の通りを歩いている。どういうわけか、この商店街から悪い予感を感じたからだ。
「一体どういうわけかしら……協会からは特に何もお達しはなかったけど……」
私は誰もいない通りを気を敷き詰めながら歩く。右手に携えているブローチ……魔力を感知する道具にもそれは同じだ。
「こういう時に頼りになる相棒キャラとかいたらいいのになあ。」
私は魔法少女ものアニメに出てくるペットみたいな存在を頭の中で思い描く。私だったら猫がいいかなあ。猫。
「って。そんなこと考えてる場合じゃないよね。」
私は辺りを注視する。冬の冷たい風が羽織っているマントを揺らす。数歩、前進した。そしてしばらくした後、右手にあるブローチが紺色から赤色へと変色した。これは魔力を感知した証である。
「!?来たわね…。」
私は更に前進する。ブローチの赤は更に強まる。どうやら前方に私の追いかけているものがあるらしい。私は左手でスカートのポケットから杖を取りだす。そして軽く呪文を詠唱し、守護の魔法をかける。何かが襲ってきたらたまったものじゃない。ましてや魔獣の類なら最悪だ。
「協会はもっと新しい道具を開発すべきよね。そう、例えば透明になれるマントとかさ。」
私はブツブツ言いながら前方へと足を進める。そして、ついにそれは現れた。
「…神社ね。」
私はブローチを見る。これまでにないくらいの赤を彩っている。間違いなくここらしい。
「近寄ってみますか。」
私は境内へと足を踏み入れる。特に結界のたぐいも無いらしい。
「魔法使いのものでもない。と……」
よく同業の魔法使いが自分の縄張りを示すために結界を張ることがある。もちろんそれは協会からの違反なんだけど、暗黙のうちにやっている。ちなみに私はやっていない……とも言い切れない。そんなことを考えながら、鳥居をくぐる。日本では鳥居をくぐると言うことは一気に魔力が高まる合図だ。私は右手のブローチをポケットにしまい、左手の杖と持ち手を交換する。
「さぁ、来なさい…!」
私は魔力を開放する。辺りから音が消えていく。急に吹いた木枯らしに攫われて、葉が落ちていく。私は目をつむる。そして、感じ取る。そう、私をここにおびき寄せた何かを――。
「!?そこね!」
私は杖を'そこ’に突きだした。そして呪文を唱える。
「Shot!」
すると杖から一閃の光条が飛び出した。それはかなりの速度を持っている。私が得意とする呪文である。時間にすると2秒くらいだっただろうか。光線は目標物に衝突した。……いや、貫いた。
「やった!」
私はすぐさまポケットからブローチを取りだす。そこには赤色でなく、紺の深い青が輝いている。魔力が無くなったしるしだ。私はブローチを仕舞うなり、貫いた'それ'に駆け寄る。
「……って。おみくじ箱じゃない!!」
私は愕然とする。魔獣でもなく、魔法物でもなく。ただのおみくじ箱。神社の所有物を破壊しただけではないか。
「縁日の射的じゃないんだから……けど、多分。人の思いに魔力が宿ったのね、そう例えば、大吉を当てたい。そんな類かな?……えいっ」
私は破壊したおみくじ箱から一本のおみくじ棒を取りだした。そこには大凶の文字が躍っていた。
「……悪い気配はこれのことね。」
私は杖の先から炎を踊らせ、棒を燃やした。そして左手から風を作りだし、灰もろとも空中へ放った。
「ま、こういうこともあるわよね。協会には連絡しなくていいか。」
私は杖をポケットに仕舞い、境内を出た。そして鼻歌を歌いながら、寂れた商店街を抜け、魔法使いの家へと足を伸ばした。