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女王陛下と護衛様

「 レティシエ様!また勝手に厨房に上がってクルフ殿を困らせたようですね!」



「いいじゃない別に。クルフだって大丈夫って言ってるんだから」



「貴女をむやみに追い出せないからですよ!全く、ご自分の立場をきちんとわきまえて下さい!」



「はいはい、分かってるわよ。冷酷無慈悲、氷の女王様として椅子にふんぞり返っていればいいんでしょ」


「そういうことではなくてですねぇ・・・!」


 ふん、と吐き捨てるようにそんな台詞を言ったのは、わずか12歳で女王として即位したレティシエ=シェンフィンラだ。

 ここシェンフィンラ王国最後の王族であり、女王である。

 前王である彼女の父が亡くなって、彼女が即位してからわずか10年の間にこのシェンフィンラ王国は凄まじい経済成長を遂げた。

 名も知られないような小国から、大陸一の経済大国と呼ばれるまでに成長させ、その立て直しの速さと的確な手腕に自国民達からは賢王と、他国からは氷の女王として畏怖・尊崇されていた。



 けれどそんな女王が、城内では好き放題遊び回っているという事を自国民は知っているだろうか。いや、知らない。知るはずがない。知られたらまずいのだ。

 レティシエは女王としての執務もこなしているが、騎士達と一緒に乗馬で遠乗りするし剣は振るう、メイド達と洗濯もするし庭師と一緒に土を弄りもする、と、とにかく趣味が多彩だ。

 それ自体はいいかもしれない。

 だがそれに迷惑している人も少なからずいるのが現状だ。


 例えば庭師なんかはレティシエとの会話の為に自分の仕事を中断しなくてはいけなくなるし(庭師本人は孫との会話は和むからいいのじゃ、と言っていたからいいが・・・)、メイドなんかは「私達のお仕事をとらないでください!」と涙目で頭を下げているのをよく見かけるし、メイド長も何度かレティシエに行動を慎むように進言しているが、レティシエがそれを聞き入れたことは一度もない。


 誰隔て無くその気さくな態度は彼女の長所でもあり、皆に好かれる要因でもあるのだが、彼女は紛う事なきこの国の頂点として君臨している御方だ。

 全てを辞めろとは言わない。先にも言ったように彼女の長所でもあるからだ。

 だが、もう少し女王としての自覚を持っていてほしい。


 常日ごろそう思うのだが・・・



 はぁ、と大きなため息をつき幼少から彼女に従えてきた護衛であるリューク=マドレイは額に手を当てた。



「…」



 それを横目で見て、レティシエは悲しみに顔を歪ませた。




(また、彼を困らせてしまったわ…)



 自分より5 つ年上の彼は、女性なら誰もがみとれる美貌と凛々しい風格を纏った、レティシエから見てもとても絵になる好青年である。

 頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、頼もしい、の三拍子ならぬ四拍子が揃ったごくごく稀な逸材だ。

 元は平民だったらしい彼。

 そんな彼を見つけてレティシエの護衛としてあてがったのは前国王でもありレティシエの父でもある人だった。

 レティシエが幼少の頃に彼が王宮に来て、それからここまで共に勉強し共に苦難を乗り越えてきた。



 いつだって私に優しくて頼りになって本気で心配してくれて、こんなにも素敵な男性が常にそばにいるのに好きにならない人っているのかしら?



 そう、レティシエは彼がレティシエの護衛になったその日から彼の事が好きなのだ。

 なんとなくそれを彼に知られるのが嫌で素っ気ない態度を取ってしまうのは仕方のない事だろう。


「…で?また縁談話を断ったそうですね?レティシエ様」



 すっかり冷ややかな目に戻ってしまった彼を残念に思いながらも、レティシエは明後日の方向を向いた。

 その横顔は怒られた子供のように幼い。

 もう22歳になったというのに、反応はまるでこどものままだ。



(そこが可愛いところでもあるのですがね)


 リュークはクスリと小さく笑う。

 だがレティシエはそれに気付かず、明後日の方向を向きながらぶっきらぼうに言い放った。




「結婚なんてしないわ。する必要すらない」



 彼女のその言葉にリュークは眉を下げる。




 彼女の元には各国の王子からたくさんの縁談が舞い込んできていたが、レティシエはどれも断っている。

 なぜならこの国に有利になる事がないからだ。

 大陸一の領土と経済力を持つこの国と手を結びたい国はたくさんある。

 結婚はそれへの一番の近道であるから、大陸の女王の元になんとか自分の息子を孫を婿に、と各国が躍起になって彼女に…いや、彼女の国に差し出すのは当然の事であった。

 だがそのどれもがもうすでに必要最低限の政治取引をし終えていて、今更結婚をして手を結ぶ必要性が感じられない。




 …というのは表向きの言い訳だ。

 彼女が結婚したくない本当の理由は別にある。

 それは…



「…好きでもない人と一緒になんてなりたくないわ」



 それはすなわち、好きな人と結婚したいという事。


 好きな人と結婚できないのなら、誰とも結婚しない。


 王族としてこの考えはどうかと思うが、一生を添い遂げるのであれば自分が心から愛する人とがいい。

 それはレティシエの、断固として揺るがない信念であった。


 ではレティシエが結婚したいと思える人物は誰なのか?

 その人物というのは、もちろん隣にいるリューク=マドレイである。



 自分の心を捉えて離さない人物をレティシエはこっそりと見上げて、知らずの内に心の中でため息をついた。

 その人物―リュークはなにやら思案しているようで、顎に手を宛てて眉を潜めている。


 その立ち姿もかっこいい、とレティシエはしばしの間みとれていたのだが、ふいに顔を上げたリュークと目が合ってしまったため、咄嗟に目を逸らしてしまった。

 もっと見ていたかったな、と思うが時間切れだ。



「では、どなたか心に決められた方がいらっしゃるのですか?」



 彼から発せられた言葉にレティシエは目を見開き、固まった。


 貴方が好き、だなんて口が避けても言えない。



 そんな事を言っても彼を困らせるだけ。

 それに彼にはもっと相応しい女性がいる。

 淑女らしくて、とても美しい女性。


 間違ってもこんなお転婆女王じゃない。


 ちなみにレティシエも美女の類いに入るが、絶世、と言われるほどの美貌は持ち合わせていない。

 それに比例するかのように、申し訳ない程度にしかついてない膨らみ。華奢なだけの魅力のない身体。


 思わず夜会に来ていた令嬢達を思い出してしまい、絶望に打ちひしがれた。


(私の魅力と言ったらこの権力だけ・・・)


「レティシエ様?」


 動揺し、焦ったレティシエは彼の問いかけにツイッとそっぽを向いて、


「・・・貴方には関係の無いことよ」


 ぶっきらぼうにそう言い放った。

 自分のこの恋心がバレてはいけないと思ってつい出てきた言葉だったが、彼は別の意味で捉えたらしい。


「・・・そうですね。では、これ以上は聞かないでおきましょう」


 普段聞かない冷たい声にハッとしてリュークの方に振り向く。


「きゃっ」


 先程まで1mほど離れた距離にいたリュークが、なんとすぐそこにいた。

 髪と髪が触れ合うぐらいの距離。


「・・・自分で調べてみせます」


 近い距離かつ耳元で囁かれた言葉に、ビクッとレティシエの肩が上がる。

 ばくばくばくと心臓が煩いぐらいに脈打っている。

 その動揺を悟られたくなくて、レティシエは慌てて話を変えた。



「そんな貴方はいないの?リューク。」



 しかし自分で言っておいて後悔した。

 もしここで「結婚を考えている女性がいます」なんて言われたら、ショックでしばらく仕事が手につかないだろう。



 だけど気になるのだ。

 もし彼が誰も望んでいないとしたら、我が身の側に置いておける。

 それがレティシエの願いなのだから。



 リュークは再び思案し始めて、その間レティシエはそわそわしながら窓から見える鳥の数を数えていた。

 20匹目をカウントしようとした時、リュークの口が開いた。



「そうですね…お慕いしている方ならおります」



 そうはっきりと告げたリュークに、レティシエは鈍器で殴られるような衝撃を受けた。



 ああやっぱり、と項垂れる。だが、それと同時に感じた事のない独占欲がレティシエの中に生まれた。

 他の女性を慕っていてもいい。

 ただ傍にいてくれれば、それでいい。




 レティシエは嘲笑した。

 これから言う、最低で最悪な言葉しか言えない自分に対して。







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