Ride
Ride=盛り上がったソロパート
黒猫でバイトして二年目の夏がやってきた。そして花火大会と夏祭りの季節に。今年も浴衣セットが振舞われる。やはりこのバイト先は色んな意味で、破格な待遇で仕事させて貰っているような気がする。
「大輔くんは、凛ちゃんの旦那様なんだから、家族じゃない! そんな他人行儀な遠慮しないの!」
澄さんにそう言われ、否定したくなるが、なんと否定していいのか悩んでしまい何も言えなかった。多分今の俺達の関係は旦那様でも婚約者でもなく、家族公認の結婚を前提として付き合っている恋人であると思う。
嫌な訳ではない。自分のような子供で凛さんは本当に相応しいのか? という気持ちが消しきれない。凛さんは世界を相手にバリバリ仕事している素晴らしい女性、もっと包容力のある良い男性とも出会えるチャンスも多いだろうに。そんな時期を学生の俺と婚約なんて関係結んで縛り付けて良いのか? とも思う。
そして最近、凛さんは仕事忙しい日が、続いているようでなかなか会えてない。
今年の浴衣は黒地に大胆に飛翔する鶴の絵があしらわれた物で、なんていうかクールというかカッコイイ。なんかそして浴衣の布の高級感が違う。昨年も商店街の人の浴衣を色々見たせいか、浴衣の生地の善し悪しが少しだけ分かるようになった。
俺がその浴衣に思わず見蕩れると、杜さんのニヤニヤした笑みと視線を感じる。
「といっても、今年の浴衣は黒猫からではないんだ」
杜さんの言葉を受け、澄さんはニコニコする。
「凛ちゃんがね、生地から選んでコーディネートしたの。そしてこの浴衣あの子が縫ったのよ」
そう言いながら優しくなでる澄さんの指先にある浴衣を見て心が熱くなる。大ざっぱで豪快なようで、こういう健気で可愛い事をしてくるのが凜さんという女性。振り回されながらも、ドキドキさせる。
「だから縫い目がやや雑でも許してやって」
そんな事を言う透さんに俺は首をブルブル振る。
「そんな事ないわよ。初めてとは思えない程よく出来ているわよ」
そんな三人の穏やかな会話に加われない程、俺は感動して、ただその浴衣を見つめる事しか出来なかった。
『浴衣受け取りました。ありがとうございます。
カッコ良すぎて、ドキドキしています。俺に着こなせるか分からないけど、夏祭り着させて頂きます。本当にありがとうございました』
黒猫の仕事を終えて浴衣を手に帰りながらそう凛さんにメールを送る。家に帰り、英語の勉強をしていたら携帯が震え返事がある。
『何、言っているの! ダイちゃんの為に私がコーディネートしたのよ! 似合うに決まっているし、着こなせて当然!
でもそれ縫っていたから、ダイちゃんに会う時間がガッツリ奪われてしまったのは痛かった。だから早くダイちゃんに会いたい。感じたい!』
凛さんの声が聞こえそうなそのメールにドキドキいると、携帯がまた震えてますますドキリとした。ディスプレイ見ると凛さんの名前。
「もしもし!」
慌てて通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てる。
『ダイちゃん♪ ダイちゃんの声だ~ ♪』
凛さんの声が聞こえてくる。
「ええ、大輔です」
そう答えるとクスクスという笑い声が耳を擽る。
『今何していたの?』
少し甘えてくるようなその声に胸がトクンと跳ねる。
「英語の勉強していました。少しでも TOEICの成績上げておきたいので」
凛さんの隣に立つのに相応しい男になる為に。近付く為に。
『実は採用試験での英語力への比重低いのよね、外務省でも。総合力が求めるとかで。まあ試験において実力持っていることは売りにはなるけど。
英会話の勉強は実践が一番よ! 私がワンツーマンで鍛えてあげる ♪』
嬉しくてフフと笑ってしまう。
「ありがとうございます」
「そうそう、夏祭りの時期ね、休暇取れたから♪ 思う存分アソボ!」
俺もその言葉にワクワクしてくるものの、気になってしまう事が一つ。
「でも、その週バイト結構入れてしまって……」
「ダイちゃんがいる場所が私の最高のパラダイスだから♪ ダイちゃんのウェイター姿を肴にお酒飲むのもまたオツというもの♪」
そうケラケラと言われ、顔が赤くなるのを感じた。しかしそんな俺の表情なんて見えてないのだろう。凜さんはストレートに俺への想い、会ったら一緒にしたい事を語り続ける。俺は照れながらそれに言葉すくなめで返事を返す事しか出来なかった。




