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mode=音階を形成する組織の事
そして正月期間のハレの日が終わりケの時間に戻るが、去年とは明らかに異なる凜さんという鮮やか色を帯びた刺激的な日常生活を俺は過ごす。
友達からという言葉が凛さんから出たものの、今まで付き合ったどの彼女以上に濃い時間過ごしただけに、そんな清らかで穏やか関係に戻れる訳もなく、誰よりも可愛く、そしてパワフルで、二人きりの時はエロい凛さんにドキドキされまくっている。
黒猫にいる時は愛する透さんがいるからその姿を見て嬉しそうだし、杜さんや澄さんとの会話も楽しんでいるようだけど、二人きりになると百%いや二百%のパワーで俺にだけに構ってくる。それが面倒くさいと思う事もなく、嬉しいと思ってしまう俺もかなり凛さんに参っているのかもしれない。
しかし同時に感じるのは、自分の未熟さ。スーツ姿の凛さんや、凛さんが離す仕事についての話から感じる大人な世界。そこに少し距離を覚えるのは確か。
そして凛さんへの興味から外務省職員という仕事へ関心も膨らんでいく。
「英語で話すしかない外国人との方が 日本語で会話している上司より、まともに対話出来るってどう言う事なんだろうね。建前は不要だとは思わないけど建前だけの会話ってなんか嫌」
そう言いため息つき凛さんは俺の作った目玉焼きとトーストだけという簡単過ぎる朝食をつつく。俺は目を細めて見つめる。
「何? 仕事の愚痴で退屈だった?」
凛さんは俺の長袖Tシャツを着た姿で首をかしげてくる。
「いえ、愚痴と言いつつ凛さん仕事楽しそうにしているなと思って。外務省でそうやって色々頑張って働く凛さんがカッコイイなと」
そう言うと凛さんは真っ赤になって顔を横に振る。
「そんな事ないわよ、私なんて口うるさく面倒くさい部下だと思われているよ。
でも、楽しいのは確か! やりがいあるし刺激的だし」
そう言いながら凛さんは明るく華やかな顔で笑った。その笑顔が眩しい。
「楽しそうですよね。外務省の仕事。凛さんに会うまで漠然としか分かってなかったけど、色々話を聞いている内に面白いなと思いました」
思った以上に多岐に渡り、各名国の情報収集に加え日本の広報としてのイベントの開催など。凛さんは通訳だけでなく着物でコンパニオン的な事までと様々な事しているようだ。確かに和服姿の凜さんなら、日本をいい感じにアピール出来るのかもしれない。先日正月の時、着なれていたし、目の前で颯爽と着物を慣れた手付きで身に付ける様子も素敵だった。
「面白いよ。世界を感じる。
でもスマートに人と向き合えるから、ダイちゃんの方が上手く色々やっていけるのかもね」
凛さんは猫のように目を細めて俺を見つめてくる。その、視線がこそばゆい。
「ダイちゃんもおいでよ! 一緒に働いちゃう?」
凛さんは簡単にそう言った。その時はただ笑って『どうだろ? 俺に向いているかな?』と笑ってそんな返事を返したが、凛さんのその言葉はスゥ~と俺の心に入って行き、俺の中で何かを芽生えさせていく。
学校が始まり就職課に足を向けてみて国家公務員試験について調べてしまったのも遠くない先にある就職活動が気になったかから。そして個人的に国家公務員に関する説明会にも参加して、ハッキリと想いが膨らんでくるのを感じた。
就職先を彼女の言葉がキッカケで目指しても良いのか分からないけれど、チャレンジする価値のある仕事に思えた。しかしまだ二年の段階で公言するのは恥ずかしいので密かにそれに向けて参考書を揃え勉強を始める事にした。凛さんも仕事が忙しいようで毎週会える訳でもなかったけど、電話や、メールでは対話できるし、俺も色々することあったので寂しくはなかった。頑張れば頑張るだけ凛さんに、近づけた気になるのも楽しかった。
そうやって俺なりのペースで凛さんとの関係を進めようと密かに頑張っていた。そんな時だった黒猫に一人の中年男性がやってくる。
年齢は五十代くらいで上質のスーツの良く似合うダンディーで渋い大人の男性。挨拶する俺に落ち着いた感じで頷き、視線をバーカウンターの方に向けて目を細めて口角を上げる。普通そうすると笑って見える筈なのだが、そんな柔らかさはない。整っていて落ち着いた顔立ちの為かなんか存在感がある。髭と眼鏡と杜さんは個性がありインパクトあるのに比べ、その男は身嗜みもちゃんとしていて清潔感もある。しかしなんか眼つきが悪いわけではないのに目力があり印象に残るひとだった。そう思っていたらいつの間にかカウンターから出てきた澄ママが、顔を嬉しそうに綻ばせその男性に抱きつく。俺はその行動に内心慌てる。
その相手は慌てるではなく、澄さんを優しく受け入れ渋い低い声で何か親しげに囁いている。俺は恐る恐る杜さんに視線を動かす。案の定杜さん面白くはなさそうだが睨みつけるわけでもなく顔を顰め溜息をつく。表情を引き攣らせながらも笑顔を作り、その男性に自分の前の席を進める。超常連専用席に人を誘うわりにその表情は硬い。
「寛さんご無沙汰しています。珍しいですね。こちらにいらっしゃるとは」
杜さんは目の前に座ったその男にそう挨拶している。敬語を使っている所からも仲良しには見えない。
「近くで集まりがあった。
寧ろ来るのが遅れて申し訳ない。君にはキチンと顔を合わせご挨拶に伺うべきだとは思っていたのだが、色々私も忙しくて」
その男性が真っ直ぐ杜さんと向き合い顔を合わせると杜さんは珍しく目をそらした。
「いえ、そんな挨拶なんて……先日もなかなか手厳しいお手紙まで頂きありがとうございます」
相手の男は、そんな杜さんを見てフッ目を細める。
「まあ、余計なお世話だったかな、君が一番分かっていた事たろうし」
杜さんは苦笑する。
「透くんにも同じ事言われましたよ」
男は視線を店内に巡らせある一点で視線を止め口角を上げる。視線を向けられた透さんは驚いた表情をするが笑みを作り、頭を下げる。
澄さんはというと、そんな妙な緊張感を漂わせている男達をニコニコと見つめている。俺は澄さんにコソッと声掛け料理の注文を通すと、澄さんは少し残念そうにその男性に視線を向けて、『後でユックリ話しましょうね!』と笑顔を向けてカウンターの中に戻る。微妙な空気の男性二人を置いて。俺は気になるけど、杜さんから渡されたドリンクを持ってカウンターから離れる。注文をとった透さんとすれ違う。透さんはその、男性に笑顔で頭を下げ挨拶して、二人に注文を通してから何やらその男性と話しているようだ。その様子を杜さんは落ち着きなさそうな様子で見つめてくる。そんな杜さんにニコリと透さんが笑いかけ、杜さんはその笑みに少し緊張感を解くような表情をみせるが、男の視線が向けられると強ばる。誰なんだ? あの杜さんを恐れさせる男性は。
高級感のあるスーツを着こなした感じもしかしてヤクザの幹部? シマの視察に来たとか? とも思うがそう聞く訳にも行かない。最近はこういうインテリな感じのヤクザが主流なのだろうか?
「すいません来ていただいたのにバタバタしてしまって」
カウンターに戻ると透さんとそんな会話をしていた。
「この店も随分客が増えて賑やかになったな。寧ろそれで安心した。俺は飲みに来ただけだ、気にするなお前はお前の仕事をしろ」
そう言われ、はにかんだような表情を見せる透さん、男はそんな透さんに少しだけ優しく見える顔をする。表情が無いわけでなくちゃんと目尻下げて口角上げているのに笑っているようには見えず相手を威嚇しているように怖い。只者ではない、裏の仕事をしてそうにも見える。 透さんは比較的平然と話をしていたが、少し緊張はしているようにも見える。澄さんだけは上機嫌でその男に話しかけていた。気になるが店も忙しいこともあり仕事に集中することにした。




