chase
chase=複数の演奏者が交互に即興演奏すること
部屋に戻り俺は直ぐに凛さんを暖めないと! という想いで、一番に暖房のスイッチを入れる。
「今、暖かい珈琲でもいれますから!」
そう言いながらヤカンを手に取り中に水を入れようとすると後ろから凛さんに抱き締められる。腕ごと抱き締められているので腕が伸ばせず蛇口までも手延ばせない。
「お姉さん、あのヤカンに水入れられないので離してくれませんか?」
しかし、腕は離れてくれない。
「珈琲は要らない。ダイちゃんが欲しい」
ゴドグワン
俺の手から離れたヤカンがシンクで激しい音を立てたが気にしていられなかった。
「お姉さん!!」
俺は身をよじり振りほどいてから身体を反転させ凛さんに向き合う。
着物の似合う楚々とした和風美女。俺が密かにずっと心に抱いていたタイプの女性そのものが、目の前に立って熱い瞳で俺を見詰めている。
「お姉さんじゃなくて、凛と呼んで……」
魅惑的に微笑み正面から抱きついてくる。 俺ごときが凛さんのような大人の女性の相手務まる訳がない。そう訴える理性を身体が裏切り、ついその腰に腕を回し抱き寄せてしまう。
それだけ目の前の凛さんは魅力的過ぎて、そのまま目を逸らす事も出来ず黙って見詰めあってしまう。
凛さんが目を細めたと思うと顔を近付けてきてキスをしかけてきた。頬などでなく唇にされて俺は目を見開く。何か言わないと口を開いたのが悪かった。そのまま凛さんの舌が侵入してきて俺の舌に絡めてきたことで、より深いキスとなってしまった。女性からこんなに情熱的なキスされたのは初めてで俺は驚きもあり惚けてしまう。キスを終え、向き合って微笑まれるが恥ずかしくて目を逸らす。1LDKなのでベッドは常に丸見え。朝まで気にならなかったその家具が異様に気になる。自分の部屋なのに……。俺はゴクリとつばを飲む。凛さんがニコリと笑い俺の手に取りベッドに誘う。俺は素直にそのまま従ってベッドに腰掛ける。目の前に立つ凛さんが俺の名前を甘く呼びながら屈み再びキス。俺は凛さんの肩に手を回し今度は俺から積極的にそれに応えてしまう。そうなるともう、止められなかった。迫ってくる凛さんの行動も、俺の行動も。
帯紐を解き、帯を取り、着物を脱ぎ、長襦袢姿になり……和装を解いていくのを見つめながら、俺も上着を脱ぎパーカーを脱ぎと衣類を脱いでいく。俺が上半身裸になったところで肌襦袢姿の凛さんが覆いかぶさってきて押し倒された。キスの雨を降らしてくる凛さんの身体を抱き寄せ俺は身体を反転させ凛さんを組み敷く。そしてお返しとばかりに今度は俺が凛さんを愛した。
夢中というのがピッタリの状態で互いに身体を絡ませ愛し合い抱き合う。気が付くと部屋は真っ暗になっていた。会話もなく暗い冬の部屋の中で互いの存在と温かさだけを抱きしめあってまったりとした時間を楽しんでいた。クリスマスとは違って、布越しでない凜さんの素肌を胸に感じる。ドキドキというよりもその滑らかな肌の感触も心地良く寧ろ落ち着く。凜さんの細い指が俺の腰を撫でる感触がこそばゆい。
フフ
俺が笑うと、今度はじゃれるように凜さんが俺の胸にキスしてくる。
「くすぐったいですよ」
そう言うとますます凜さんは、俺の身体にキスをしかけてくる。俺がそれを抱きしめることで封じるが、クスクス笑う凜さんの吐息がくすぐったいのは相変わらずである。凜さんがモゾモゾ身体を動かし、今度は俺の唇にチュっとキスをして顔を離す。暗い部屋の中でも凜さんが俺にあの明るい顔で笑っているのが分かる。
「喉渇かない? シャンパンでも飲もうか!」
凜さんはそう言って離れていく。窓と外の街灯の光が差すだけの部屋は暗く色という概念もない。そんな部屋の中、凛さんの裸体がシルエットとなり形だけ見える。凜さんはベッドを降りてしゃがみ着物や帯を拾い、暗い中でも器用にハンガーにかけるなど簡単に手入れする。そうしてからキッチン部分へと向かう。冷蔵庫の明かりが凜さんの白い裸体を照らし部屋に浮かび上がらせる。洋画の裸婦像のような陰影をもったその姿がなんとも神々しい。凜さんはその灯りの中で、二コリと笑いシャンパンの瓶を取りだす。
ポンッ
軽快な音が部屋に響く。冷蔵庫の明かりで、シャンパンの瓶を開けた凛さんは瓶のまま一口飲み幸せそうに笑ってコチラを見つめてくる。冷蔵庫を閉め戻ってきて冷えた瓶を俺に手渡してきた。俺も瓶ままシャンパンを飲んだ。心地よく喉を炭酸が刺激する。今まで飲んだどのシャンパンよりも美味しく思えた。凜さんは冷たい飲み物を飲んだ事で冷たくなった唇で俺の耳にキスをしてきて、俺の手から瓶を受け取り再びおいしそうに飲む。目も慣れてきたことで、凜さんの細い喉がゴクゴクと動くのも見えてくる。俺はその喉にむしゃぶりつきたいそんな欲求にかられる。髪の毛もすっかり解け乱れてしまっているが、それが返かえって凜さんを色っぽく見せていた。凜さんはジッと自分を見ている俺に笑いかけてきてシャンパンの瓶を渡してくる。欲しかったのはシャンパンよりも凜さんだったけど、まだ喉も乾いていたので俺はそれを受け取り、シャンパンをあおってから凜さんをみると、凛さんはまだ俺をジッと見つめていた。壁に一緒に凭れ俺に枝垂れかかっているようにいた凜さんは身体を動かし俺の太ももに跨り顔を近づけキスをしてくる。シャンパンの味がそうさせていたのだろうが、今までした中で一番大人の味のしたキスだった。シャンパンで冷えた舌や唇がさっきまでの違った快感を生み出す。キスで温かさが戻ってくると、また二人でシャンパンを飲み今度は互いの胸やら耳やら首筋を愛撫しあう。シャンパンの瓶が空になるまでそんなイチャ付きを続ける。そのまま酔いとシャンパンの香りの中で再び深く愛し合った。
酔いと激情のままにそんな時間を過ごし続け抱き合ったまま眠り、次我に返ったのは二日の昼過ぎだった。壁にハンガーでかかった着物や帯、横には俺のシャツとパーカーをきている凜さん。凜さん自身はシャワーを浴びてサッパリした様子だが、かなり短めのワンピース状態で俺の服を着ている凜さんの姿は俺には目に毒である。スラリと見える白い足が艶めかし過ぎる。
今日は赤ワインを飲みながらお節を二人でつまんでいた。ハッキリと近まってしまった距離感に今更のように戸惑っている。
「あの、お姉さん。俺たちやはり……」
そうオズオズと言うと凜さんは俺をキッと睨んでくる。
「何? 寝てみて幻滅したというの?」
俺はその言葉に真っ赤になるしかない。むしろここまで熱く燃えて抱き合ったのは生まれて初めてである。逆にそれがあまりにも濃くて激しかっただけに怖くなるくらいである。
「いえ、そうでないです! 現実問題俺と凜さんだと釣り合わないんじゃないかと思って。
凜さんの事は……大好きですけど」
凜さんは顔を傾け俺を見つめてくる。
「つり合いって何?」
「俺、まだ大学生ですし、凜さんにはもっと大人の男性の方が似合う気がします」
凜さんはジッと俺に向けられたその瞳は怒りではなく哀しみの色を滲ませている。
「年上であることが問題なら、ダイちゃんは透たちの恋愛も釣り合ってないというの?」
俺は顔を横に振る。
「あの二人は、二人ともしっかり働いて自分の基盤を持っている大人です。
でも俺はまだ未来の目標もない不安定で未熟な子供です」
凜さんはそんな俺に優しく笑いかけてくる。
「それは、時間が解決しない? 透たちに比べ私達は出会うタイミングが早かっただけでしょ?
私も一緒に悩んで歩く事も出来るし、ダイちゃんが言う所の大人になるのを見守る。それでは嫌?」
「そんな男で、凜さんいいんですか? 俺はむしろ守りたい。支えたい。凜さんを引っ張っていけるような男だったらこんなに悩まないです」
凜さんは目を丸くする。そしてジッと俺を見つめてくる。もしかして凜さん弟が好みのタイプだけに、そうやって構いお世話するのが好みだというのだろうか?
「あのさ、ダイちゃん。考えてみたんだ。私なんでダイちゃんにこんなに惚れたのか。
それで分かった。ダイちゃんが頼りがいのある男だからよ」
俺はその言葉の意味が分からず凛さんをポカンも見る。
「ダイちゃん包容力もあるし、男らしいし、最高に素敵な男性だよ! だから私もコロリと惚れちゃった。
こんな最高な相手もういないと思ったから、クリスマスも体当たりで迫ったの。まさか私が平気で他人の前であんな事する女性だなんて思ってないわよね? ダイちゃんに女と意識してもらいたいから、ああいう形で迫ったの!」
あの時の凜さんの姿を思い出して今更のように恥ずかしくなる。もう散々裸やもっと色っぽい姿見た後なのに。
「そんな、俺は……」
凜さんが惚れる程のものなんて何もない。
「ダイちゃんは、最高に面白いよ。そして大人だよ。しかもかなり頭の良い。
透にも散々怒られた、澤山さん会いに行った時の事覚えている? あの時の行動は今にして思うと素晴らしかった。あの時いた関係者全員に寄り添いそれぞれを満足させるように行動をして平和に物事を終わらせてくれた。ダイちゃんがいたから、私は透と澤山さんの事を少し落ち着いて考える事ができたし、澤山さんとも仲良くなれた。わたしを受け入れ見守った上で導いてくれた事に気が付いた時に、ドキュンと来たの。ダイちゃんのその包容力ある男っぷりに惚れた。
それに透も杜さんも貴方という人間をとても買っていて気に入っている。それは良い人だからというだけでなく、それだけ黒猫で良い働きしているからよ」
思いもしないところから褒められて戸惑う。
「杜さんはそのあたり本当にシビアよ。あの杜さんを認めさせたっていうのは、スゴイ事なのよ! 自分は最悪な性格しているくせに、人を見る目と、好きになる人の趣味だけは確かだから」
凜さんもかなり可愛がってもらっている筈なのに、言葉の端々で杜さんをディスってくる所は何なんだろう。とはいえ、凜さんのその言葉は俺の自尊心をくすぐる。
「ここで貴方が自分を卑下するってことは、『男を見る目がないって!』私を侮辱している事になるのよ! それってスゴク失礼だと思わない?」
「えっ、そうなりますか?」
思わずそう聞き返す俺に、凜さんは大きく頷く。
「私も人を見る目には自信あるのよ! だからダイちゃんはそこに悩む必要はないよ! もっとシンプルに考えたらいいの!!
ダイちゃんは、私の事をどう好きか考えて!
姉として好き? 友達として好き? 異姓として好き? どれなの?」
『好き』という選択肢しかないらしい。それにあんな時間を過ごしたあとに今更姉として、友達として見られるわけない。
「もう、お姉さんなんて呼べませんよ」
凜さんは俺の言葉にニッコリと笑う。
「ならば、友達としてから始める? そしたらさらに関係をどんどん深めていけばいいだけ!
私はそう言うダイちゃんの真面目な所も好きよ」
そう言いながら唇に軽くキスをしてくる。
「これはどういうキス? 友達でこんなキスしますか」
俺がそう言うと、凜さんはニヤリと笑う。
「私は友達としてではなく、惚れた男と見ているもの。だから私はそのつもりで行動させてもらうから」
なんか笑ってしまう。
「何度も言っていますが、俺も男なんですよ。そういうことされたら自制も効かなくなりますよ。ましては凛さんのような人が相手だったら」
凜さんはフフと笑う。
「知ってる♪ 男なのは、昨日からのダイちゃんといるから。
あとさ、ダイちゃんは真面目過ぎるから、間違いを簡単に犯すような馬鹿な事はしない人よね?」
そう言いながら、凜さんは顔を近づけてくる。今化粧もしてないからいつもより若くそしてよりあどけない雰囲気になっていて、こらはこれでまた可愛い。その顔で瞳を潤ませて迫ってくるので俺の体温が上がる。手を伸ばし凜さんのその頬を思わず撫でてしまう。
「掻き乱されているというべきなのかな……凜さんという存在に。
目が離せない。狂わされる。貴方には敵わない」
結局惚れているというのを告白してしまっている。凜さんはどこかホッとしたような泣きそうな顔で甘えるように俺に凭れてくる。
「狂わされる?
Crazy for you(貴方に夢中)
それは私の言葉」
そう囁きながらキスしてくる凜さんを受け入れ応える。でもそれは昨日とは異なり衝動ではなく、凜さんへの愛しさから。短期間でここまで俺の心に鋭く深く入り込んできた人なんていない。
そのまま俺に抱き付きキスしてくる凜さんの身体を撫でながら、シャツの下から手を入れ直に凜さんを愛撫していき、そのまま深く愛し合う、昨晩よりもより深くより強く。
抱きしめ合ったまま眠り目を覚ましたら、何か食べてお酒飲んでじゃれあいまだ抱き合いという、我ながら狂った三が日を過ごしたと思う。いったい自分たちは何しているのか? 冷静に考えればそう思うのだろうが、あの時間はそれが自然な流れだった。それだけ気持ちが盛り上がってしまったのと籠れる食材と酒があったというのも原因に一つだったのかもしれない。二人で飲むには多すぎると思われる酒を用意してきた杜さんのことが改めて怖いと感じた。
後日会った時にお酒のお礼を言ったら、ニヤリと笑い『男の顔になったな』と言われて顔を赤くするしかなかった。そして頬をパンパンと軽く叩かれる。
「東明家の人間は恋すると本当に一途で可愛いだろ?
かわいい姪をよろしくな!」
そう耳元で囁いて去っていく杜さんにゾッとした。俺、もしかして何か早まったかもしれない。そう思ったけれど、何か色んな意味で、もう遅かったようだ。




