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Backing

Backing=様々な楽器によってよって生み出された音楽的ベースのこと

 二十八日で黒猫の営業は終わり、二十九日は黒猫の大掃除を手伝い、ご褒美にと良いウィスキーを貰い部屋に戻る。そして三十日から本当の意味での冬休みが始まる。

 部屋の大掃除をして、大晦日は正月ノンビリ過ごす為の買い物をする。夜、お湯を注げば良いだけの蕎麦を食べて、年末恒例の歌番組をBGVにして黒猫で貰ったウィスキーを飲みながら本を読むというシンプルで年越しを一人で楽しむ。

 そして時計の針が進み十二時を指し誰と祝う訳もなく新年を迎える。コップに再びウィスキーを注ぎ、まったりと楽しんでから大きく深呼吸をする。美味しいウィスキーを楽しみながら年を超す。成人して初めての年越しとしては悪くないのかもしれない。

「さて、寝るか!」

 そう独り言を口にした途端に携帯電話が鳴る。ディスプレイを見ると凛さんの名前が。

「もし……」「明けましておめでとう~ダイちゃん ♪」

 挨拶が言い終わらない内にそんな元気な声が聞こえてきた。

「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」

 フフフと笑う声が俺の耳を擽る。

「今年も宜しくお願いします♪

 こんな定番の言葉ってこうして、改めて言うと何というか楽しいわね」

 俺もそう感じたのでフフと笑ってしまう。

「ダイちゃんは今どうしているの?」

「ん? ノンビリしていました。年越し蕎麦も食べたし、年も越したし寝ようかなと。お姉さんは?」

 人に語るべき事がないそういう意味ではつまらない年越しである。

「澄さん達とお節作ってから、皆で呑んでたの ♪」

 家族っぽい年越しである。アルコールが入っているからだろうか? 凛さんの声は弾んで気持ち良さそうだ。いや明るく楽しそうなのはいつもの事かもしれない。

「楽しそうですね」

 フフとまた笑っている。

「うん ♪ 年越しと共にクリュッグ・クロ・ダンボネ 開けて呑んだからテンションも上がるわよね ♪」

 それって三十万~五十万くらいして家族内でお気楽に呑むシャンパンではない。

「それはスゴイですね ……羨ましい」

「今からくる?」

 こんな時間に突入して一家団欒邪魔する訳にはいかない。しかも高級な酒が呑みたいからなんて動機が不純過ぎる。

「いえ、大掃除し過ぎて疲れたので寝ます」

「そうか! エラいエラい ♪ 色々頑張ったんだね」

 なんか子供に言うようなその口調が擽ったくて笑ってしまう。

「疲れたなら、もう寝た方が良いわよ。お休みなさい、良い夢を見てね」

「はい、お休みなさい」

 一人暮らしだけに、この言葉を交わすのも久しぶりである。

「ダイちゃんの声が聞けて嬉しかった」

 こうも嬉しいとか楽しいとかストレートに口にする凛さんの言葉は気持ちいい。

「俺もです。お姉さんと話せて楽しかったです」

 電話越しなのに何か喜んでいる気配が伝わってくる。

「じゃあ、明日じゃなかった、今日部屋に行くね! 出る時電話するから!」

 ん? 待ち合わせじゃなくて部屋に? と思ったものの深く考えず「はい」と答え電話を切った。



 そして次の日少し遅めに起きて、さて何食べようかと思っていると携帯が鳴る。凛さんからで今からコチラに来ると言う。俺は慌てて着替え部屋を見渡す机の上にあったコップなどを片付けテーブル吹いているとアパートの前に、何やら車がとまる音がして何やら人の声がする。

 階段を登ってくる二人分の足音がして俺の部屋の前で止まりドサッと何か重いモノを置く音、一人分の足音が去って行く音がする。


ピンポーン


 玄関のベルが鳴り恐る恐る開け、俺は放心する。そこに艷やか過ぎる着物美女が立っていたから。

 黒地に赤い花の散った鮮やかな振袖。一見派手だが柄が和のテイストで味わいあるので上品に纏まっている。綺麗に着こなしているので品格すら感じる。髪もキッチリと結い上げ和のメイクを施しており、着物に負けない程美しく、結果現実離れした美の世界を創り出していた。凛さんって着物姿がとてつもなく似合うようだ。先日のドレス姿も美しかったけど、和装になると彼女の清楚な容姿が存分に生かされ、醇美としか言いようのない姿になる。凛さんが高貴で尊い存在に感じた。

「明けましておめでとうございます」

 楚々とした感じて深々お辞儀する相手に、俺も深々と頭下げてしまう。

「どうしたの? なんか元気ない?」

「いえ、凛さんの着物姿が余りにも破壊力あって」

 凛さんは頭を傾げる。

「破壊力?」

 俺は慌てて頭を振る。

「綺麗すぎて、ヒビります」

 凛さんはクスクス笑い出す。こうやって笑うといつもの凛さんだけど、なんか、調子狂う。

「何? 馬子にも衣装って?」

「いえ、お姉さんは何時でも綺麗ですけど、着物姿はもう別次元ですよ、触ったらダメなモノのような」

 凛さんはコロコロ笑い、俺に顔を近づけてくる。

「ココにいるから安心して。それにお触り自由よ ♪ ダイちゃんならね!」

 俺は近い距離の凛さんに、耐えきれず視線を下に向けそこにある荷物に気が付く。

「これは?」

 凛さんは『ああ!』と声を上げる。

「お節 ♪ ダイちゃん一人だから食べられてないでしょ? あと杜さんが楽しんで ♪ とお酒色々くれたの!」

 床には箱に入った六本くらいのワインとか日本酒、凛さんの手には風呂敷に入った四角いモノ。とても着物姿の凛さんが持って来られるものではない。

「もしかして…… 車で来ていましたよね?」

 凛さんは先に部屋に入って行ったので、俺はワインの入った箱を持ち上げ後を追う。

「杜さんと澄さん、ドライブデートに行くと言うから、ついでに送ってもらったの!」

 そこまで来ていたのは杜さんだったようだ。

「御挨拶すれば良かった」

 風呂敷を広げ楽しそうにお重を広げている凛さんはフフっと笑う。

「邪魔したら悪いからって言って、去って行ったわ」

 邪魔って何?

「単に早く澄ママとデートしたかっただけでは?」

 俺はテーブルの横に箱を置く。べらぼうに高い訳では無いが安くはない酒ばかり。しかもどれも直ぐ飲めるようにちゃんと冷えている。

「それもあるかもね~

 杜さんのことだから絶対に箱根か何処か旅館予約していてそこでしっぽりと楽しむのでしょうね! だから絶対に夕方『今日ゴメン泊まってくるから自由にしてね』ってメール来るわよ」

 その言葉にハハハと乾いた笑いを

返してしまう。

「どれも美味しそうだけど、何飲みます?」

 俺が聞くと、凛さんは少し悩んでニカリと笑う。

「お節には、先ず日本酒でしょ!」

 俺は他のお酒を冷蔵庫やベランダとそれぞれに合わせた場所に置いてから改めて、向き合う。そして日本酒を捧げるようにして、改めて新年の挨拶をして俺の正月が始まる。

 豪華で、手の込んだ手作りお節、着物姿の凛さん、なんか俺の部屋ではないようだ。お皿に嬉しそうに料理を盛り付け俺に差し出してくる様子が、何ていうかいじらしく可愛らしく見える。

「美味しい?」

 そう、聞いてくる様子がまた新婚夫婦の奥さんのようだ。しかしコレは澄さんが作ったんだよなと考えなおす。皿の上には田作りに栗きんとんに、梅の形をした人参。何故この豪華なお節で最初にコレを取り分けたのだろうか? 取り敢えず人参を食べる。ほのかに梅干の風味が効いていて美味しかった。

「美味しいですよ! 流石に澄さんですよね」

 そう言うと凛さんの顔がムッとした顔になる。

「ソレは私が作ったの! 言ったでしょ! やる時はやるって!」

 お節作りは、凜さんにとってやる時なタイミングだったようだ。そしてこの三つは凜さん作だったとのこと。

「いや、こないだのは澄さんの料理だったから、美味しいです! この人参形も梅の形で可愛いし! 味も梅干しの香りもいい感じで」

 慌ててそう言うと、凛さんはパッと表情を明るく戻して少しホッとする。機嫌の戻った凛さんはお重に視線を向けどれが誰作かを態々教えてくれる。何気に杜さんも制作に加わっている所が怖いが、そうやって皆で和気藹々と作っているのは楽しそうだ。

 そして根小山家の関東風のお雑煮を楽しみ、コレ以上なく楽しい時間を過ごした。二人でお酒を注ぎあいつつ過ごしていたら気が付くと日本酒一本空けていた。流石に大瓶ではないものの三対二で凜さんの方が多めに呑んでいる。しかも俺も昨晩も呑んでいたし、多分凛さんもかなり飲んでいたとおもう。黒猫でバイトして俺もかなり鍛えられたけど、凜さんもかなり酒豪なようだ。

少しほろ酔いの俺とは違って凜さんはケロリとして変わらない。

 東明家の血筋なのかもしれない。透さんも量飲んでも変わらないし、澄さんも見た目と異なり酒豪である。

 凛さんはスッとふつうに立ち上がり俺を見下ろしニヤリと笑った。


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