sit in
sit in シット・イン 飛び入りの事です。
「ねえ、見て♪ 見て♪ 可愛いでしょ♪」
黒猫に行くと澄ママが二個のイカの縫いぐるみを俺に自慢気に見せてきた。隣ではユキさんが表に出す黒板タイプの看板を真面目な顔で書いている。
「ええ、可愛いですね。コレどうされたのですか?」
フフフと澄ママは可愛らしく笑う。
「イカ様フェアー用に作ったの♪」
イカサマフェアー? 謎の言葉に俺は首を傾げるしかない。澄ママがイカの縫いぐるみ持っている事からイカのお祭りなのだろうが、名前の響きが悪すぎる。しかも海の近くもないこの土地で何故イカのお祭りが? イカの旬って今頃だったのだろうか? そう思いユキさんを見ると苦笑している。そして国会議員の重光先生が長年片思いしていた女性とイカがきっかけで婚約した事で、商店街で『イカ様』と呼ばれてイカブームが始まった事を透さんは教えてくれる。この商店街の情報網はどうなっているのか? 重光先生がいくら地元住民から愛されているとはいえ、そんな個人的な事が漏れて、さらに大騒ぎするなんて、それで良いのか? と心配になる。透さんにそう聞くと困った顔で笑い『この商店街だからね』と答える。それで流して良いことなのだろうか?
透さんが書いていた看板をみると、チョークで書かれた惚けたイカに吹き出しがついて『君もイカを食べてハッピーにならないイカ』と喋っている。『みんな、困った人だよね~』という事言いながら、結構このイベントにノリノリなのだろうか? とも思ったけど看板の隣に澄ママが書いたと思われる『こんな感じでお願いね♪』という指示書があって納得する。
「澄さん、その縫いぐるみ、この看板に取り付ければよいの?」
透さんの言葉に澄ママは驚いたように目を丸くする。
「違うわよ! コレキーボ君の髪飾りよ!」
キーボ君、あの青いマスコットの事を俺は思い浮かべる。それとこのイカが結びつかない。
「キーボ君には髪の毛なんてありませんが」
ツッコミではなく、冷静にそう返していくのが透さんという人。
「だから頭に載せたら可愛いと思わない? ほら! 足の裏にマジックテープつけといたからキーボ君に簡単にくっつくようになってるのよ!」
澄ママはそういってイカの足の裏をコチラに自慢げに見せるのを透さんは「はあ」と答えた。
そして俺は今、イカを二杯頭にのっけたキーボ君と喫茶店トムトムのオーナー夫人の紬さんと三人? で重光事務所の前にいる。元々はキーボ君と一緒に商店街のイカ様フェアーの案内のビラを配っていたのだが、イカを載せたキーボ君に通りがかった紬さんが感動して、折角だから重光先生に挨拶に行こうと付き合わされたからだ。喫茶店トムトム期間限定発売イカ型のクッキーとビラ手渡しながら商店街中が慶び、こんなに素敵に盛り上がっていますと熱弁する紬さんに、事務所の方は笑いで身体を震わせながらも必死にそれを紳士的な態度で対応と器用な事をしている。重光先生はその後ろで困ったような恥ずかしそうな顔で笑っていた。婚約者さんは顔を真っ赤にして口をパクパクしている。そりゃそうだろう二人っきりの時間で起こった出来事が何故か商店街中に知れ渡っていて、こうして盛り上がられるなんて反応にも困るというものである。キーボ君は着ぐるみきているからいいけれど、俺はどういう顔して挨拶すればよいのか分からず悩ましい。
帰り道上機嫌で、すれ違う知り合いとの挨拶を交わす紬さんを見ながらため息をつく。商店街のあちらこちらにイカのイラストが飾られて、本当にスゴイお祭り騒ぎ状態になっている。
「あの、ユキさん……いいんですかね、こういう事でお祭りやっても」
隣を『祭』という看板を持って歩くキーボ君に話しかける。頭にイカ二杯が張り付いている為かますます海の生物っぽくみえるのは気のせいではないだろう。
「まあ、表向きには商店街が一丸となって、単にイカで盛り上がっているだけだから問題はないと思う」
それはそうだけど、ご本人はかなり恥ずかしいのでは? 無邪気過ぎる嫌がらせに思える。そう思うのは俺だけだろうか?
「それに重光先生は国会議員だけに直接お祝い出来ないから、こうして間接的に盛大に祝う。それが皆の愛情表現なんだよ。それに先生はこの商店街との付き合いも長いから皆の祝福の気持ちは伝わっていると思うよ」
つい最近も似たような言葉をユキさんから聞いた気がする。この方はかなりのレベルの事までを愛情表現として良しとしてしまう所があるようだ。
そうは思っても仕事は仕事。可愛く愛想振る舞うキーボ君の横で紬さんと一緒にビラを配る事にした。
「あれ? 一号何やってんの?」
そんな声が聞こえ見ると、大きめのバックを持った男性が立っている。日に焼けた健康的な肌がいい感じのスポーツマンっぽい感じの青年。その男性はニヤリと笑い、キーボ君の頭のイカをツンツンつつく。
「あず」「安住くん! 貴方を探していたのよ!」
その男性にユキさんが答えるのを遮って、紬さんがその男性に詰め寄るように近づく。
「え? 探してたって、俺今コチラに帰ってきた所だけど」
「丁度良かった~、帰って来た所ならば、お腹すいているでしょ?
ね、ね! お店すぐ行きましょう! 二人も喉乾いたでしょ。一緒にいらっしゃい!」
紬さんは俺達にもそう声かけて、その男性の手をシッカリ掴んで引きずるように喫茶店へと連れていった。