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Trio

Trio=三重奏の事

 凛さんは休暇が終わったとかで商店街から消えた。アレだけインパクト与えた存在だけに、居なくなると寂しいものである。

 そして平和? な日常が戻って二日程過ごしていたらその凜さんからメールが届く。

『凛です♪ 今週末暇?』

 そのサブジェクトにドキリとする。メールを開いてみると、土曜日に引越し荷物が届くから手伝って欲しいとの事だった。少しガッカリしたような嬉しいような複雑の気持ちになる。予定も無かったので『いいですよ』という返事を返しておく。当日言われた住所に言ってみるとそこが綺麗なマンションで驚いた。マンションの玄関にあるオートロックに部屋番号を入力する。

『はい♪ あっ待っていたわ~』

 カメラで見えていたのだろう『小野です』という前にそう言われ玄関の鍵が開く音がする。

 そして来てみて、引越し祝いとか持って来るべきだったのかとも思う。澤山さんに手土産持っていけと言っておきながら、失礼と思われないだろうかとも思いながら六階にエレベーターで登りどちらかとキョロキョロしていると『ダイちゃ~ん』と呼ばれる声がして凛さんが元気に手を振るのがみえた。細身のジーンズにTシャツというカジュアルな格好で、黒猫であった時よりも化粧も軽くしかしてないようで、それが凛さん本来の魅力を見せていて清楚な美しさをより感じさせた。髪を後ろで簡単に一つにまとめている様子がより親しみのある雰囲気となっている。

 笑顔に促されて入って見ると既に家具はおいてあり、キッチンに申し訳なさそうな顔をした透さんがいた。

「小野君本当にゴメン、まさか君を呼びつけていたなんて。折角の休みなのに」

 部屋を見渡すとシックだけどお洒落な感じの家具が既に置かれていて。キッチンにもレンジ等の家電も置かれていて見た目はもう引っ越しが終わっているように見えた。

「凛、なんで小野君まで巻き込むの! 単身の引越しなんて俺一人で手伝い十分だろ!」

 凛さんにはニッカリと笑う。

「皆でワイワイしたほうが楽しいでしょ!」

 透さんは溜息をつく。聞いてみたら家具付きマンションへの引越しなので殆ど手がかからないらしい。だから杜さんも澄さんも遠慮してもらい透さん一人できたらしいが、そこに俺も何故か呼ばれたようだ。

 確かに海外から運ばれてきた荷物というのは驚く程少なかった。まあ家具なしでの単身の引っ越しというとこういうものなのだろうが女性ってもっとモノが多いものだと思っていた。しかし仕事上海外への転勤もありえるので家財道具を最小限に抑えた結果のようだ。

 男の俺が凜さんの衣類などに手をつける訳にはいかないので、本を備え付けの本箱に置いていく。小説だけでなく英語で書かれた経済書・法律書とかまでもあり、凜さんという人が本当に外務省で働いているんだというのを納得させるラインナップだった。それに感心しながら最後の箱を開けるとそれはまるまる一箱写真アルバムだった。凜さんの指示された一番中央の棚にそれを並べていて、その背表紙に書かれた文字を見て俺は苦笑するしかない。

【Yuki 19××~19××】……【Yuki Favorite1】

 全部透さんの写真を纏めたアルバムなようだった。Favorite だけで4冊ある。透さんへの愛情は生半可ないようだ。そういえば根小山家のリビングの一部分が似た状態だったのを思い出す。そしてその上の段を見ると、俺と透さんが浴衣姿で笑っている写真や猫の恰好をしている時の写真がフォトフレームに入って飾ざれていたのを見て脱力する。

 後ろでは姉妹が仲良く揉めながらオープンキッチンにモノを収納している。凜さんがあまりにも適当に入れるからそれを透さんが使いがってを考えながら入れなおしているようだ。

「どうして、そう考えなしで置くの! 動線を考えるとこうすべきでは?」

 ツッこんだり、叱ったりしているいつも以上に表情が豊な為、凛さんといると透さんがいつもより若く見える。いつも老けているというのではないけど、年齢の割に落ち着いた所があるが、凜さんといると年相応か俺と変わらない年齢に感じた。

「さすが透♪ そういうセンスいいわよね~♪ こうなったら、ここで一緒に暮らさない?」

「こうなったらって、なんだよ! 嫌だよ」

 凜さんは、あっさり断る弟に少し不満そうである。そしてそっちを見ていた俺に視線を向けてきてニヤリと笑う。

「ダイちゃんはどう? ここで一緒に暮らさない? 家賃なしでいいわよ!」

「凜! 暮らす訳ないだろ! なんでわざわざ大学から離れて暮らさないといけないの! 小野くんゴメンね、変な姉で」

 絶句している俺の変わりに透さんがツッコんで、そして謝ってきてくれた。

「え、でも一緒に暮らすと楽しいのにねぇ~?」

 『ねえ~?』と言われて困るだけである。俺はハハハと笑うしかない。本当に凜さんは俺の事弟扱いをしているようだ。

 三人で手分けしたこともあり、荷物の収納作業は終わってしまった。そして引越し蕎麦でも食べようかという話となる。正確に言うと凛さんが食べたがったからだ。

 三人で近所を周り、スーパーで買い物して、マンションで食べる流れになった。調理するのは透さんで、蕎麦をゆでながらちゃんと天ぷらまで揚げてつけてくるところは流石である。手際が良いので手伝う事もできず凜さんと並んでカウンターの所でお茶飲んで眺めるしかない。

 凛さんはというと俺とは違ってニコニコ眺めて嬉しそうだ。そして俺や透さんに色々な話を振りこの時間を無邪気に楽しんでいるようだった。

 車できたらしい透さんは炭酸水で、俺と凜さんはビールを手に乾杯して晩御飯が始まる。冷たいツルツルのそばに揚げたてのサクサクのえび天が美味しい。美味しい料理は自然と笑顔になる。

「なんかこうして透と食べるのって懐かしわよね」

 そう言う凜さんにむかいあわせで座っていた透さんも笑う。

「そういえばここ、家に少し似ているね。あっ家って、実家の方ね」

 透さんは俺にそう説明する。実家というと二人にとって今は思い出にしかない両親と過ごした家なのだろう。しみじみしている二人に俺が口挟める事はないので俺はただ頷く。

「そうそう、私もここきてそう思ったの。リビングがなんか似ているって。こうやって家族だけで水入らずでご飯食べるっていいわよね」

 家族だけって……俺は……。と思っていると、隣に座っている凜さんは俺に二コリと笑いかける。

「そう思わない? ダイちゃん」

「ですね、俺一人っ子だから、羨ましいです。こういう仲の良い姉弟な感じって羨ましいです」

 透さんは苦笑して首を傾げるが、凜さんは明るく笑う。

「羨ましいなんて水臭い事言わないで! ダイちゃんももう家族みたいなものでしょ! だから遠慮しないで。 透だってそう思っているでしょ? ダイちゃんをカワイイ弟みたいだって」

 透さんは笑いつつ頷く。

「そりゃ。凜みたいな横暴な姉よりも、こういう可愛い弟が欲しかったよ」

 そう透さんに言われて俺も照れてしまう。

「でしょでしょ! ダイちゃんは可愛いから」

凜さんは何故か誇らし気に笑う。こういう二人を前に俺はどういう反応をして良いのか分からない。俺の事を『カワイイ』なんて言ってくるのは根小山家か東明家の人達くらいである。

「ダイちゃん、今日は本当にありがとう!」

 俺に向き直って改めてそうお礼を言ってくる。

「いえ、役にたったのかどうか」

 そういう俺に二人は同時に顔を横にふる。

「本当に凜の我儘に付き合ってくれて、申し」「本当に助かった! ダイちゃんが来てくれて心強かったし」

 謝る透さんを遮って凜さんは話しだす。

「私がこんだけ色々迷惑かけて甘えてしまっているんだから、ダイちゃんも私達にもっと甘えて迷惑かけていいのよ!」

「まさか、これから先もっと迷惑かけるからってこと?」

 透さんがそう呟くのを無視して凜さんは俺に言葉を続ける。

「でないと不公平だから! 思う存分私に甘えてね!」

 凜さんはそう俺の手を握り訴えてくる。濡れた瞳というのをこういう瞳をいうのだろう。俺はそう訴えてくる凜さんに見惚れ目が離せない。

「都内で飲み会をして電車がなくなってしまった! とか、そういう時ここ頼ってくれていいし」

 そう笑いながら言ってくる凜さんに俺は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。この人は本当に俺の事を弟として扱ってきているようだ。いくら弟分だからといって、女性の部屋にそんな事出来るわけない。

 それをみて透さんは困ったように笑っている。

「小野くん、凜はこういう人だから、遠慮とか変に気を遣ったらダメだから。ハッキリ意志示して良いなら良い、困るなら困ると言って。それか付き合って行くコツ。でないとやっていけないから」

 今日の透さんを見ていてそれは良くわかった。甘えられ我が儘されまくっていても、透さんの中で明確な基準があるように受け入れる、やんわり逃げる事、叱るとちゃんと対応を分けている。ちゃんと受け入れた上で反応を示してくれるからこそ凛さんも全力で自分を晒して付き合えるのだろう。

 凛さんは俺をチラリと見上げてくる。

「ダイちゃんは、私といることキツいと思ってる? イヤイヤ付き合ってる?」

 儚げに見える顔でそう、おずおずと見上げ聞いてこられると、肯定出来る訳はない。

「いえ、そんなこと無いですよ」

 黒目がちの瞳が俺をジッと見つめてくる。

「無理してない? 楽しんでいる?」

 そう聞かれるとなんか笑ってしまう。辛いか楽しいかというと楽しい。

「楽しんでいますよ。根小山夫妻にしても凛さんにしても驚くこと多いけど、楽しんでいます」

 そう言われて改めて自分の感情に気が付く。黒猫にきて色々ビビるレベルの驚愕体験も多かったけど。それだから黒猫辞めたいとか思った事もないし、凛さんに振り回されまくったあの後でも、避けようとは思わずこうして呼び出しに応じている。なんやかんや言って全て楽しんでいるのかもしれない。

 俺の言葉に凛さんが褒められた小学生のようにニカ~と笑う。こんなに多彩な笑顔を持つ女性も珍しい。

「だって、こんな面白い人ってなかなか出会えませんから」

 俺の言葉に凛さんは笑みを引き、腕を組み何か悩むような顔になる。その正面で透さんは吹き出す。

「確かに、こんな変な姉はそういないよ」

 透さんが凜さんに視線を向けると、少し剥れた顔をしている。

「透さんは、そういう意味では恵まれていますよね」

 杜さんにしても澄さんにしてもやはり面白い。俺の言葉に透さんはさらに笑い続ける。凛さんチロリと俺に視線を向けてくる。そしてまだ笑い続ける弟へ視線を戻す

「透、貴方は笑っているけど、貴方もその面白い家族のメンバーなんだからね!

 ダイちゃんそうでしょ! 透も面白いわよね?」

 透さんはその言葉にキョトンとして姉をみる。

「え? 俺はむしろ平凡で面白味ないだろ?」

「え!?」

 思わずそんな声をあげてしまう。いや、透さんは平凡でつまらない人では決してない。寧ろ変である。

 俺の驚きの声に、透さんは怪訝な顔をする。そして凜さんが今度吹き出し笑い出す。

「私の弟よ! 平凡な訳ないじゃない! そんなつまらない弟だったらこんなに構ってないわよ!」

「ですよね。透さんも相当面白いですよ。なんか天然というか」

 俺はお酒が入っているせいか、けっこうストレートに失礼な事をいった気がする。透さんは怒りはしないが、納得行ってない様子で首を傾げている。そして俺の横で凜さんは笑い続けていて、『天然? 面白いかな~??』とか呟いて悩んでいる弟の姿を楽しんでいる。俺もつい凜さんに釣られて笑っていたが、人の事あまり笑えないという事を、数年後気が付かされる事になる。俺自身も、平凡な日本人男性だと思っていたのだが、あの商店街で生活しているうちに、俺も影響うけ染まっていたようだ。気が付けば透さんのように『平凡』や『普通』を語ると笑われてしまうようになったのは俺としては不本意としか言いようがない。『猛獣使い』、『奇人変人担当職員』と呼ばれるようになるのはまた先の話である。



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