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Voicing

Voicing=メロディーにハーモニーをつけること

 俺は朝日の明るさと、腕の中にあるなんとこ心地よく温かい何かの感触で目を覚ます。そして目を開け自分が抱きしめているモノが何なのかに気が付き慌てる。柔らかくて良い香りのするソレが、女性であることに気が付いたから。背中に回した腕に絡みつくサラサラのロングヘアーが見える。俺の身体に顔を押し付けるように眠っているから顔は見えないが、昨日からの事を考えると、これは凜さんであることは間違いないだろう。俺はそっと手を自分の股間の方にもっていき確認する。良かったベルトも緩められていないし、チャックも閉まっている。一夜の過ちとやらはしてはいないようだ。そのままそっと離れようとするが、寒い部屋で暖が逃げたからだろうか凜さんは離さないというばかりに抱きついてくる。凜さんのような女性に抱きつかれると、男だけに俺の理性がヤバい!

「お姉さん! 寝ぼけないでください! 起きてください!」

 俺は耐えきれず声をあげてしまう。凜さんはまだ寝ぼけているようだが少し腕を緩めてくれる。しかし離してはくれない。少し離れ事で間近に凜さんの整った顔を見つめる事になってしまう。滑らかな肌、長い睫毛、赤く形の良い唇。寝顔は流石姉弟というか透さんに良く似ている。いや凜さんの方が遥かに可憐だし美しい。その顔を逸らす事も出来ず見入ってしまう。瞼がゆっくり動き、その瞳が開かれるのを惚けたように、見つめ続けるしか出来なかった。人形のように静かな存在が、瞳が見えるだけで生き生きとした鮮やかな人へと変化する。その変貌を目の当たりにして俺の鼓動があがる。ドキドキどころの状態ではなくバクバクとして気持ち落ち着かない。


 凜さんのどこかトロンとした目がゆっくりと、意志を持ち俺の姿を認めるのを俺はもう声を出す事も出来ず見入ってしまっていた。凜さんは俺の姿を認め、少し驚いた顔をするが、それが直ぐに華やかに笑みに変わる。眩しすぎる笑顔は至近距離で見ると危険過ぎる。

「ダイちゃん、おはよう!」

 そう挨拶をしてキスをしてくる。キスといっても頬にだが、だからといって良かったという事にはならない。嬉しくない訳ではないけど、非常に困る。東明家と、根小山家はどういう家なのか? 日常的に家族でキスを交わす一族なのか? それに姉弟の契を結んだからって、俺はやはり他人です!

「お腹すいた! 朝食作って♪」

 この距離で、甘えるように言わないで欲い。

「つ、作りますから、だから離れてください」

 そう言って抱きついている腕を剥がし離れる事にする。

「なに? ダイちゃん、照れてるの?」

 凜さんは面白そうに俺の顔を覗き込んでくる。頼むからその綺麗な顔を寄せてくるのはやめて欲しい。

「お姉さん! やめてください!

 俺だって男なんですよ!

 お姉さんのように綺麗な女性にそんな風にされたら、そりゃドキドキしますよ!

 ご自分が可愛くて魅力的な事ちゃんと理解してください!」

 そう思わず怒ってしまい後悔する。ムラムラしたことを自白してしまったようなものである。凜さんもハッとしたように俺から離れコチラを驚いたように見上げている。

 ど、どうしようか? 非情に気まずい。

「ご…………ゴメンなさい」

 そう小さい声で凜さんは謝る。あっ怖がらせてしまったのだろうか? 恐る恐る様子を伺うと、凜さんの頬がカァ~と赤くなり俯いてしまう。え? コレってどういう反応? そして赤くなった 顔でコチラを見上げてくる。

「怒ってる?」

 年上とは思えない、恥ずかしそうでいながら不安そうな表情に、余計に俺の心臓がバクンバクンする。

「お、怒ってはないです!

 ただ、俺だから良かったですけど、他の男だったら襲われていますよ!! 弟として心配しただけです!」

 必死に冷静さを保とうと努力しながら、目の前で信じられないくらいカワイイ存在になっている凜さんを叱る事にする。凜さんは何故か少し悲しそうな顔をする。

「大丈夫よ……そこは。

 誰にでもこんな事をしている訳ではないから。

 相手がダイちゃんだから……」

 弟だからという事だろう。透さんのように本当に弟ならば兎も角、血縁上は関係ない俺にはかなり心臓に悪い行動である。

「まあ、俺はお姉さんの性格分かっているからいいですけど……

 あ、朝食ですよね。今から作りますから」

 俺はなんか別に意味でモヤモヤした気持ちを感じながら、凜さんから離れる事にする。凜さんのジッと見つめる視線を感じながら冷蔵庫を開けるが、あまり食材もない。昨晩凜さんがもってきてくれた料理がまだ余っているので、お湯を沸かしインスタントだけど珈琲を入れ、トーストと澄さんの料理をオカズに朝食を食べる事にした。


 昨晩とは打って変わって、大人しくなってしまった凜さんに少し戸惑う。二人で黙ったまま、口を食べる事の為だけに動かす。その間、凜さんの視線をズッと感じる。警戒されてしまったのだろうか?

「ダイちゃん、今日の予定は?」

 突然そんな事を聞いてくる。

「……一限から講義あるので、そして夕方まで大学です。そのあと黒猫でバイトという感じですね」

 逆に会話していなければ落ち着かないので、俺は平静を装ってそう答える。

「そうなのね」

 凜さんはニコリと笑う。何故そんな顔で凜さんは俺に笑ってくるのか。

「俺はそういうことだから、もう少しで出ます」

 真っすぐ俺を見ている凜さんの視線にぶつかり、そこで言葉を途切らせてしまう。なんかこの言い方だと追い出しにかかっているようだ。

「お姉さんはゆっくりしていていいですよ。スペアの鍵渡しておきますから、それ使ってください。出たあとポストに入れて頂けたらいいですから」

 俺は視線を逸らし時計を見ながら、そう言葉を付け加える事にした。

「分かった♪」

 どういう表情をしていたか見えなかったけど。何故か嬉しそうな声だけが聞こえた。そして俺は凜さんの前で恥ずかしいながらも着替えて、『行ってらっしゃい~』という言葉に送られて部屋を後にする。


 なんとも言えない気持ちを抱えながら大学にいったものの、ダイサクや法学などと会い、いつもと同じように馬鹿話をすることでいつもの調子も戻っていく。そして講義をこなし直接黒猫へと向かう。そこでいつものように透さんと澄さんに迎えられて、いつものように仕事をこなす。コレでいい。そう俺は良く分からない納得をして自分を安心させる。

 開店して一時間程したときカランとお店のドアなり凜さんがお客様として入ってくる。上の根小山夫妻の家から直接きたのだろう。コートはなく黒いシックなワンピースを着ている。その上品な装いが良く似合っていて美しかった。俺は業務用の笑みを浮かべ挨拶をする。凜さんはそんな俺に二コリという綺麗な笑みを返してくる。しかしすぐ視線を透さんに動かす。何かからかいの言葉をかけたのだろう。困った顔で笑う弟を見て嬉しそうに笑う凜さん。そして澄さんの前に座り楽しそうに会話を始めている。危ないとか病んでいるとか散々言っていた杜さんとも笑顔で会話をしている。昨晩の話はどこまで信じて良いのかこうして見ると分からない。時たま近くを通る弟をからかったりとして楽しそうだ。コチラには思ったよりも絡んでこなか事にホッとしつつも少し寂しさも感じている自分にも戸惑う。

 注文を通すために澄さんの所に近づくと、凜さんがツンツンと俺をつついてくる。そして顔を近づけて囁いてくる。だからこういう行動がドキドキさせるのでやめて欲しいのだが、仕事中にお客様である凜さんにそんな事言えるわけもない。

「昨晩はありがとう! 楽しい夜が過ごせたわ!

 あと、コレ大切なモノだから直接渡したほうが良いと思って」

 そう言って俺の手をそっと手にとり何かを握らせる。それは俺の部屋の鍵だった。革の紐に緑の石がぶら下がったエスニックな雰囲気のキーホルダーが何故かついていた。この言葉と、鍵をここで渡された事に俺は少し動揺する。チラリと澄さんを確認すると、料理を楽しそうに作っていてコチラを気にしていないようだ。ふと近くで視線を感じてみると凜さんが俺の方を見てニヤリと笑っている。

「このキーホルダー……は」

「プレゼント♪ 鍵だけだと味気ないので Blue Mallowで今日買ったの! カワイイでしょ、私と色違いなのよ♪

 あと、写真ついでにダイちゃんのも焼き増しておいたわ! 私厳選の最高に可愛いショットを♪ 澄さんに預けておいたから帰り受けとってね」

 俺は『ハハ』と力なく笑い、お礼を言っておいた。俺は透さんの事好きだけど、カワイイ写真集めて喜ぶ程好きではない。

 バイトをしている間に、凜さんの視線を意識しながらも集中して仕事をなんとか頑張る事にした。目が合うと二コリと笑われる。非情に照れくさくてやりづらい。いつも以上に疲れを感じながら黒猫での時間を過ごす事になった。

「ダイちゃんまたね~!」

 という凜さんの声を後に、トボトボと自分の部屋に帰る事にする。部屋に入ってちょっと違和感を覚える。今日は逃げるようには部屋を飛び出したので、洋服もベッドに放り出し、食器もそのままで来た筈なのに片付いているのである。ベッドもちゃんとメイキングされていて、その上に洗濯済と思われる洋服が畳まれて置かれていて、テーブルも綺麗になっていて一枚紙が置かれている。『差し出がましいと思ったものの、一宿一飯のお礼にお部屋掃除して、洗濯もしておきました。

 あとエッチな写真集とか探したりしてないから安心してね!』という内容の凜さんからの手紙。余計な事はしないで散らかっていたものだけを片づけるという感じで、彼女になった途端に部屋を占領するかのようにしてくる女のような、押しつけがましい感じはしなかった。そして家事に関して壊滅的だと思いこんでいただけに、意外に普通に掃除できるんだと、変な所で感心する。

 貰った写真も透さんのブロマイドではなくて、夏祭りとハロウィンの時の俺のスナップ写真が中心でホッとした。幸いな事にまだトラウマになってるイリーナさんの姿もなくて普通に良い思い出写真のみ。俺はそれをもう一度眺めて少し思い出に耽ってから深呼吸して立ち上がる。


 写真を封筒に戻し引き出しにしまい、洗濯物をクローゼットに収納し、ベッドに寝転ぶ。その瞬間良い香りがフワリと立ち上る。ベッドからも洗剤の香りがしてアレと思う。シーツや布団カバーまでも洗濯してくれたようだ。別に普通にいつも使っている洗剤の香りなのに、凜さんの手が入ってたと思うと何故か胸がドキドキしてきてベッドから起き上がり頭を横にふる。俺は大きく一回深呼吸してみたら少しだけ落ち着く。

「凜さんはお姉さん! 俺は弟! 馬鹿な事は考えるな!」

 俺はそう声にだし、自分を叱った。


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