funky
funky=粋ではあるが濃いフィーリングの音
美味しそうに二杯目のワインを飲む様子を楽しく見つめていたら、凛さんはふと真面目な顔になりコップをテーブルに置き姿勢を正す。
「ダイちゃん、今日は本当にありがとう! ダイちゃんがいたから平和めに物事進んだんだと思う。本当に感謝しています」
凛さんは頭を下げ、改めて俺にそう感謝の言葉を口にする。俺の今日した苦労と努力を分かってもらえていたようだ。謝意をキッチリ全力で伝えようとする、凛さんはそういう人。純粋な所、真っ直ぐな所を見るとやはり透さんのお姉さんだなと思う。
「迷惑散々かけたけど、お陰でこうしてダイちゃんと仲良くなれた事は嬉しいな」
目を伏せそんな事言う凛さんが、なんか可愛く見えた。俺はコップにワインのお代わりを注ぐ。そしてこの部屋にワイングラスを置いてなかった事を後悔する。凛さんの細くて綺麗な手に、ビール会社の名の入った味気ないコップが似合っていない。
「俺も、凛さんみたいな破天荒な人今まで会った事なかったから、こうしてお話し出来て楽しいですよ」
俺の言葉に少し唇を尖らせる。
「お腹空いたでしょ、さっ遠慮なく食べて」
凛さんは皿に料理を載せ俺に手渡してくる。それを受け取り『いただきます』と挨拶して食べる事にする。見た目だけでなく味も美味かった。程よくスパイスも効いていてワインにも良くあう味付け。
「美味しいです」
そう感想を言うと凛さんは『良かった♪』と嬉しそうに笑う。俺はスペイン風オムレツを楽しんでから凛さんの方を向く。
「凛さん、料理お上手なんですね。澄さんの味付け似ているのはやはり、澄さんから料理を学んだからですか?」
俺がそう言うと、凛さんの顔から笑顔が消える。しまった、こう言う時、相手が叔母であっても他の女性の事を持ち出してはいけなかったのだろうか?
「私? こんなの作れる訳ないじゃない。全部澄さんの料理よ!」
そして凛さんの口から出てきた言葉に唖然とする。そう言えば家事全般透さんに押し付けてきたと言っていた。そんな人が料理作れる筈がない。
「でも野菜切るとか、オーブンから料理出すのとかは手伝ったわよ!」
ハァと息を吐く俺に凛さんはそう威張る。感動して少し損した気分である。
「そんなことどうでも良いの! 実はここに来たのはお礼とお詫びしたかった事と、貴方に言っておきたい事あって。商店街近辺は『あの人』の縄張りだから迂闊な事言えなくて。下手にあの人の耳に入ったら貴方がマズイいことになるかなと思って」
凛さんは、急に畏まり俺を真っ直ぐ見つめてそう切り出してくる。俺は少し不穏な事を語られそうな気配に緊張する。
「あの人?
もしかして……杜さんの事を言っています?」
俺がそう聞くと、凛さんは真面目な顔で頷く。
「あの人は、実はかなりヤバイ人だから気を付けて。
澄さんは悪意もないし天然だから質悪くはないけど、杜さんは本当にヤバイ」
身内からこう言われるって事は、やはり杜さんって、そういう人なんだと納得する。
「やっぱりそうなんですね……。
普通ではないと思っていましたが……」
そう呟くと凛さんは何故かニコリと笑ってくる。
「なんだ、気がついていたのね! 流石ダイちゃん♪ って分かるわよね? 暫く一緒にいたら。
かなり危ないでしょ? しかも病んでるし」
『危なく』て『病んでる』って怖いですよ! 俺そこまで言ってませんよね!
「まあ、貴方は敵にはなり得ない掌の上で転がせられる存在と思われているようだから危険はないでしょうね」
「敵って何ですか!」
思わず遮って聞いてしまう。しかも掌の上で転がせられるって、俺の見え方はそんなのモノなのか? それは喜ぶ事なのか、嘆くべきことなのかも判断つかない。
「あの人は野生動物みたいな所あって、何よりも縄張りを大事にするの。それを乱そうとする人は容赦なく排除する」
「縄張り……そして排除って、ああアレもそうか」
kenjiさんを脅していた杜さんの姿を思い出す。
「何だ、良く分かっているのね。あの人にとって妻と透の三人の世界が全てなの! だからソレを作り上げる為にはどんな事でもするし、ソレを守る為に多少危ない事も平気でする」
怖すぎる言葉に俺は引き攣る。危ない事ってやはり二人の両親は杜さんに殺された? そこは怖くて聞けなかったので当たり障りない言葉を出す。
「まあ、それだけ杜さんが澄さんや、透さんや、凛さんを大事に思っているからですよね」
そう口にして違和感の原因に気が付く。杜さんの言葉で何が引っかかったのかを。
『姪が迷惑かけた』と杜さんは言った。この言葉はおかしくはないが、杜さんは透さんの事は『俺の息子』『ウチの子』という言い方をする。
凛さんを見ると苦笑している。
「あの人にとって、大切なのは妻と息子である透だけよ。私はただの姪」
俺が何とも言えない顔をすると、凛さんは優しく笑う。
「二人とも私を可愛がってくれているわよ! それこそ他の親戚とも比べ物にならないくらい愛情を向けてくれたし甘やかしてくれたわ。最高に良い叔父と叔母よ! 二人は」
何と言って良いかは分からない。
「ただ、透に対する感情だけがオカシイの! 行き過ぎているの。だからココに来させたく無かったし、ここで就職なんてささたくなかった!」
「……透さんは気が付いているんですか? その部分に」
なんかあの様子見ると気が付いてない気がする。凛さんは頷く。しかしその動作の意味は思っていたのと逆だった。
「あんだけ人の想いに敏感な子が、気が付かない筈ないじゃない。
一番分かっているでしょ。だからこそそこまでの強い愛情を向けてくれる相手の事、突き離せない。愛情をちゃんと返そうとする」
透さん、熱すぎる愛情をいつも穏やかに返しているのを思い出す。透さん、凛さんの事にしてもそうだけど、かなりのレベルの事まで受け入れて、相手を思いっきり助長させる人?
「そういう状態だから、あの男も付け上がるのよ!」
凛さんがそれを言うのか? とも思う。
「だから、貴方が見えている範囲で良いの。見守って貰えるとうれしいの」
随分大変な任務を命じてくる。
「貴方は何もしなくていいわよ! 貴方の目から見て行き過ぎな所があったら、私に教えて欲しい」
それはそれで悩ましい。根小山夫妻の行動のどこまでを行き過ぎと判断すれば良いのかわからないからだ。凛さんがするようなレベルまで良しとしたら、かなりの事までスルーしても良い事になるし、逆に違和感のある部分を報告となると、あのオーバーなスキンシップする度に連絡しないといけない。
「……どの程度から? ハロウィンで猫の着ぐるみ着せられて困っていたとかそんなのも報告しろとか?」
すると凜さんが俺をキッと見上げてくる。その目が爛々と輝いている。
「え! 何! そういう事、なんで先に言わないの! 今度、仮装系イベントある時は絶対ときは教えなさいよ! 見に行くから! それ可愛かった? 写真は?!」
挙げたエピソードが別の意味でまずかったらしい。俺はゴニョゴニョと言葉にならない音を返してしまう。
「なによ! なんでそれを撮影しないの。でもそういうのだったら、絶対澄さん写真残しているはず! それ貰わないと!
……ダイちゃんはどんな格好したの? 黒猫! それもいいわね! ツーショットもあったら最高。まあ、それも確実にあるはず」
俺を余所に、凜さんはブツブツ言っている。俺はため息をつきながら、自分の空になったコップにワインを注ぎ飲み干す。
結局そのまま夏祭りイベントの事まで白状させられる。それも仮装イベントにはいるようだ。そして流れは透さんがいかにカワイイかという思い出話と続く。なんか聞いていると、息子が弟になっただけで言っている事とか根小山夫妻とあまり変わらない気もしてきた。透さんは、こういう面倒くさいタイプを夢中にさせてしまう独特なフェロモンがあるのだろうか? だとしたらかなり厄介な魔性の男なのかもしれない。そしてお酒も入り上機嫌でしゃべり続ける凜さんは自分の事を話し出す。やはり何かオーラ違うと思ったら外務省に務めるエリートだったようだ。最近勤務した先がイタリアだったようでナンパ男相手の武勇伝等を聞きながら、持ってきたワイン三本も二人で空けてていた。部屋にあった杜さんから貰ったウィスキーも飲み尽くし、気が付けば意識も飛んで夢の中だった。




