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Tension Note

Tension Note=緊張感を高めるために付加される音の事

 しかしどうする? 透さんはあの様子では暫く帰ってこないだろう。かと言ってこのまま泣いている凜さんを上に帰していいのか? 根小山夫妻も驚くだろう。かといって連れていくと可愛い姪を泣かせたと勘違いされないか? 

「あら? 二人で何しているの?」

 悩んでいると買い物から帰ってきたらしい澄さんがビルに入ってくる所だった。ドキドキするもののソレが杜さんでなかった事には若干ホッとする。

「Blue Mallow に突入して透さんに叱られてしまったんですよ」

 俺が簡単に説明すると、澄さんは『アラアラ』と朗らかに応える。昨晩の様子から状況は理解してくれたのだろう。そして俺達を黒猫の方に誘ってくれた。


 俺はそっとハンカチを差し出すと凛さんは小さい声で『ありがとう』と言い少し笑ってくれた。そんな俺達の前にココアを出してくれる澄さんの様子は穏やかである。良かった澄さんまで凛さんを叱るという事はしないようだ。

「あのね、誤解しないでよ」

 凛さんは一口ココアを飲んでから、深呼吸してそう言葉を発してくる。俺は首を傾げる。

「誤解?」

 凛さんは俺に視線を向けて頷く。

「泣いているのは、弟を他の女に取られたから悔しくて泣いているんじゃないのよ! 嬉しくて泣いているの!」

 『何処が?』 と思ったのが顔に出たのかもしれない。澄さんはただニコニコ笑っている。

「透がああいう風にあそこまで逆らうなんて事無かったから。初めて、自分の欲しいモノを欲しい!  これは譲らないという主張したから」

 強がりで言ったのかと思っただけにその言葉に俺は内心驚いてしまった。それは本音を言っていると感じたから。

「昔から、人が求める事を一番に考えて、自分の事は後回しの子だったの。それに沿う事ばかりする子なのよ!」

 そう言ってから凜さんはチラリと澄さんに視線を向ける。

「私があの子のオヤツとっても『凛が食べたいならば、いいよ』と怒りもしないで差し出してくるし、私が食べたいと言ったモノも作り方を何処かで覚えて作ってくれたり ──」

 微笑ましいと思って聞いていたけど、じっくり聞いていると、家事全般全て押し付けられ、デザートのプリンをパセリとトレードさせられたり、お年玉全額姉の買い物予算にされたり、透さんかなり悲惨な子供時代過ごしているように思えた。

「やっと怒ってくれた。それが嬉しいの。

 でも、突然その日が来たから、感情がついていかなくて結果泣けたというか……」

 凛さんは照れたように笑った。透さんが余りにも全てを優しく受け入れ過ぎたからエスカレートして凛さんはこうなったという事なのだろうか? それにしてもやり過ぎな気もする。

「透さん、大変だったですね。凜さんみたいな姉を持って」

 しみじみとした俺の言葉に、凛さんは俺の言葉にプイっと視線を逸らす。澄さんがフフフと笑う。しかし二人を引き取って見守って来たはずの澄さんは何故そんな凛さんの横暴を許したのだろうか?

「ちゃんと、別の事で相殺してフォローはしてきたわよ! 透が大好きなオヤツのときは私の全部あげたり、私の小遣い貯めて透の欲しがっていたモノ買ってあげたり」

 澄さんがニコニコしながらウンウンと頷く。

「そうね、透ちゃんも良く私に話してくれたわ、『凛がこんな事してくれたんだ!』『凜がね……』って嬉しそうにいつも」

 何となく凛さんと透さんの姉弟関係が見えてきた。凛さんは俺に対してもそうである。傍若無人なようで彼女なりに気を使ってくれる。だから強烈だけど憎めない。こういう人だから、透さんも我が儘も許して来たのだろう。多分早くにご両親を亡くされたであろう二人は、そうやって互いを必要としてきたのだと理解する。

 そんな事を考えていたら澄さんが凜さんにそっと手を添える。

「ごめんなさい凛ちゃん、貴女までも色々悩ませて来て」

 澄さんが何故か凛さんに謝る。優しい慈愛に満ちた表情をする澄さんを前に、凜さんは表情をスッと硬くする。

「でも、大丈夫よ! 何も心配することなんてない。透ちゃんは強いから。

 それに、この一年で透ちゃんは更に強く逞しくなったわ」

 何故かジッと凜さんは澄さんを睨みつけている。

「凜ちゃんも分かっているのでは? 透ちゃんは、元々流され人の言うままになるような甘い子ではないって」

 同じように見守ってきたからこその澄さんの言葉なのだろうか? しかし凛さんは何故か澄さんに何も応えない。それを澄さんは柔らかい笑顔でうける。何故か微妙な空気だ。まさか凛さんは澄さんも嫉妬対象なのだろうか?

「今までも流されていたのではないでしょ? あの子がそうしたいと判断したからそうしてきた。実は厄介な程頑固者よ! 兄さんの息子だもの」

 そう続ける澄さんを、凛さんは黙ったままジッと見つめている。

「確かに透さんは、優しいけどハッキリ物事言う方ですよね。黒猫でも客のあしらい上手ですし、あの杜さんにも、やり過ぎそうな時はストレートにツッコミますし」

 凛さんの視線が俺に向けられるのを感じる。何なのだろうか? この真っ直ぐ過ぎる視線は。俺の全てを見透かそうとしているようにも見える。疚しい事がある訳ではないがドキリとする。

「ダイちゃんには……」


カラン


 凜さんが何か言いかけたとき、黒猫の扉が開く。視線を向けると杜さんが入ってきたようだ。何故か並んで座っている俺と凜さんの姿を見てニヤリと笑う。

「おや、小野くん今日はバイトの日ではなかったよね?」

 俺は頭を下げる。

「こんにちは。

 ちょっと寄らせていただきました。今から大学いきます」

 杜さんは『そうか』と言って頷く。なんかいつもよりも、楽しそうなのが少し怖い。

「なんか悪かったな、姪が迷惑かけたようで」

 凜さんが杜さんの言葉に少しムッとした顔をする。

「いえ、そんな事ないですよ。商店街を案内していたのですが、凜さん何ていうか面白い方なので俺も楽しかったです」

 杜さんが目を細め俺の言葉にフッと笑う。

「だったら良かった。多分これからも黒猫にもコイツはよく来るだろうから、仲良くしてやってくれると嬉しい」

 俺は何となく、杜さんの言葉に引っかかりと覚えつつ頷く。

 もしかして、変な誤解をされているのだろうか? 俺の脳裏に似た笑みを浮かべ走り去った篠宮さんの姿を思い出す。確か篠宮さんと杜さんも仲が良い。だから杜さんは人の悪い笑みを浮かべているのかもしれない。

「どうやら、俺は凜さんにとって弟分なようなので、姉弟きょうだい仲良くさせて頂きます」

 誤解を解く為に『弟』を強調して、そう答えておく。しかし杜さんは目を細めコチラを見ている。

「弟か、凛ちゃんも良かったな、良い弟がもう一人増えて」

 完全面白がっているようだ。凛さんはそんな杜さんに、肩を竦め『いいでしょ?』なんて事澄ました声で返している。

「では、大学行ってきます。ココアご馳走様でした」

 そう澄さんに挨拶して俺は黒猫を逃げる事にした。凛さんはそんな俺の困った気持ちなんて気にしてないのだろう。

「ダイちゃん、行ってらっしゃ~い! またね~♪」

 なんて言葉かけて見送ってしまった。なんかまだ午前中なのにグッタリ疲れた。俺は深呼吸して気持ち落ち着けてから大学に向かう事にした。


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