Ensemble
Ensemble=奏者がお互いの音を聴きながら発する音の事
『いらっしゃいませ』中にいた澤山さんはそう挨拶したあと、入ってきた凜さんの顔を見て一瞬だけ固まる、この気迫に何か感じるものもあったのだろう。そうなって当然である。
「ぁ」「こんにちは! 澤山さん!! いつもお世話になっています 良い天気ですね!」
凜さんが何かをいいかけたのを遮るように二人の間に入り挨拶をする。
「………こんにちは。ええと……?」
戸惑うように俺に挨拶する澤山さんに、俺は手提げ袋を渡す。
「コレ、良かったら食べてください! 駅前のデパートで美味しそうだったから買ってきました」
澤山さんは訳分からないこの状況でも、笑顔をなんとか作り紙袋を受け取ってくれる。
「ありがとう、ございます。……あの、どうして……?」
そりゃそうだろう、俺と澤山さんは業務上での会話しかしたことない顔見知りでしかない。そんな相手が必死の笑顔で突然贈り物してくる状況なんて訳わからないだろう。
「当たり前じゃないですか! いつもお世話になっていますから!」
澤山さんは困惑した表情で俺を見上げ、そしてチラリと後にいる凜さんへと視線を動かしてしまう。澤山さんそちらは見ないで、出来たら存在を無視し続けて欲しかった。目があったことで凜さんは俺の隣まできて澤山さんを見てニッコリ笑う。凄みのある笑顔で。
「こんにちは、澤山さん」
「こんにちは。……あの、透くんのお姉さまですよね? お会い出来て嬉しいです」
柔らかい笑顔でそう挨拶を返す澤山さんに凜さんの笑みから少しだけ『凄み』が減る。二パーセント程と僅かではあるものの。
「『お姉さま』は止めていただけないかしら 。
……私 東明凜と申します」
そう返すと、澤山さんは恐縮したような顔をして頭を下げる。
「申し訳ありません。凛さん、ですね。……初めまして、澤山 璃青と申します。当店にお越し頂いて、ありがとうございます。本来ならわたしからご挨拶するべきでしたのに、昨夜は大変失礼致しました。透さんには大変お世話になっております」
澤山さんの口から透さんの名前が出ると、凜さんの顔に『凄み』がまた戻ってしまう。
凜さんが一呼吸して口を開くタイミングで『お姉さん! お菓子、お菓子!』と声かけて俺は止める。何か余計な言葉が発射されるのをギリギリで防げたようだ。凜さんは『あッ』という顔をして澤山さんに向き直る。
「……あ、こちらお口に合えばよいけれど、松平市の銘菓なそうです」
澤山さんは、キョトンとしてそのお菓子を受け取るが流石大人というべきかすぐにニッコリ笑みを作る。考えてみたら変過ぎる。なんで余所から来た人が、松平市の銘菓を住民におもたせとして持ってきているのか?
「ありがとうございます。気を使わせてしまって申し訳ありません。あの、お時間ありますか? 立ち話もなんですし、折角ですからお茶でもいかがでしょうか」
微笑む澤山さんに、凛さん少し固まっている。まさかお茶まで振舞われて歓迎されるとは思ってなかったのだろう。そして、店の奥の作業台であろう小さい机を三人でお茶を飲みながら囲む。 お茶の香りで少し和んだのか、澤山さんは凜さんを見つめ、何故か嬉しそうに目を細める。
「それにしても、ご姉弟で本当によく似ていらっしゃるんですね。
目元なんか特に、とても綺麗……。あ、ごめんなさい」
「あ、え、まあ良く言われます」
澤山さんの言葉に、凜さん完全に出端を挫かれているようだ。ナイス! 澤山さん!そのままそのノリで押し切れ! と俺は聞こえていないど心の言葉で澤山さんを応援する。
「ところで、あなた透と何故付き合ってきるの? そして何処に惚れたの? 年下を選んだのは御しやすいから?」
俺は『頂きます』と挨拶して、一先ず落ち着く為にお茶すすっていたら、凛さんイキナリ本題からポンポンと矢継ぎ早に切り出してきたので俺は慌てる。澤山さんも、流石に目を丸くしている。
「そんなの、本人達が ……」
代わりに口挟むと、凛さんはコチラを見てギロッと睨み付けられる。『部外者は黙れ!』と言わんばかりに。一方澤山さんは、気を悪くする様子はなく真面目に答えを何か考えているようだ。
「出会った頃、なんて真っ直ぐな人なんだろう、って思ったのが最初です。誠実で、他人事なのに自分の事のように怒ってくれて……。
年下だなんて感じさせないくらいしっかりしていて、いつもいつも助けられるばかりで。それから、顔に似合わず熱いところでしょうか。そんなところがいつの間にかとても好きになっていました──」
ポツリポツリと澤山さんは透さんの好きな所を静かに挙げていく。澤山さんが、本当に透さんの事好きなんだというのが伝わってくる。
「──少なくとも今の私にはなくてはならない人であることは確かです」
後半は惚気のようにも聞こえるが本人は至って真面目なようだ。この弟を溺愛している凛さんにこれだけ語れるのはスゴイと思う。凛さんも鼻白んでいる。そして聞いているうちに何故かウンウンと頷き始めている。
「……そうよね、あの子のそういう所が健気というか……。 『仕方がないな』とか言いながらも向けてくる笑みが愛情籠った瞳で見つめてくるところが、ホント可愛いのよね」
なんか状況が変わってきた? 今度は凛さんが透さんについて熱く語り出す。
「私が風邪に倒れた時も、お父さんやお母さんは薬飲んで安静していたら治ると放置したのに、あの子は付きっきりで看病してくれて ――」
そして止まらない思い出話。それをニコニコと聞く澤山さん。ん? なんか単なる透さんファンの集いになっていますか?
「でもねあの子は優しいから ……優しすぎるの。我慢強いし自分の事いつも後回しで ……本当は我侭言うべきなの! 人に甘えるべきなの!
それをしないから、私があの子の分まで我侭いわないといけなくなるんじゃない ……」
『あの二人は仲いいのに喧嘩してこなかった』
杜さんの言葉が頭の中で蘇る根小山夫妻や凛さんが必要以上に透さんを構い、抱きしめてしまうのも同じ理由なのかな? とも思う。皆甘えて欲しいのだ。
そうしていると携帯が震える。透さんからで仕事終わったようで現在地を聞いてくるので、簡潔に答えてから状況を引き続き見守る事にする。
愚痴りだした凛さんに、澤山さんが柔らかく微笑む。
「凛さん……。凛さんはそんな風にして彼を護って来られたんですね。凛さんや周りの人に愛されてきた透くんだから、あんなに素敵なひとになったんですね」
凛さんはハッとしたように、下げていた顔を上げ澤山さんを見つめる。その瞳が潤む。本当に心の機微が瞳にストレートに出てくる人だ。その表情に見蕩れてしまうが、その凛さんの向こう側、つまりお店の入口の表通りを青い物体が通り過ぎるのが見えた。




