Slap Tonguing
Slap Tonguing=アタックの強い音を出す奏法
首を傾げこちらを見つめて来る。絵的には可愛い女の子が首を傾げ見上げてくるって物凄くキュンとする構図。俺はそんな、トキメキとは違うドキドキとした、気持ち見つめて返す。
「私この黒猫でバイトさせて頂いている小野大輔と申します」
『誰?』と聞かれたので、名乗るのが筋だろう。まだジッと見上げている凛さん。
「凛ちゃん、この子ユキちゃんの弟的存在でね。あの子がスゴく可愛がっている子なの」
澄さんがそう紹介した途端に凛さんの顔から怖さが消え、明るく輝くような笑顔に変わる。
「ユキの弟分といったら、私の弟分でもあるのね! 宜しく~凛よ! 貴方のお姉さんよ」
なんか良く分からない理論を言い迫ってくる。そして次の瞬間抱きしめられていた。フワリと良い香りが鼻腔を擽る。しかしこの情況どうすれば良い? 何となくトロンとしてきていた目と、熱い身体からこの女性少し酔っ払っていると理解する。
澄さんと杜さんに、助け求めると、澄さんはニコニコ笑いながら自然に離してくれて凜さんをカウンター席に、戻してくれる。
「小野くん。この子はユキちゃんのお姉さんで、わたし達の姪っ子の凛よ」
言われて見ると、透さんに非常によく似た顔している。透さんの女バージョンというか。若かりし頃の澄さんというか。しかし透さんや澄さんの持つ平和でホンワカした雰囲気とはかなり違う空気を纏っているから、印象が真逆に見える。
「なんで透は、可愛い弟出来た事とか報告しないのかな~? 写真送ってに教えてくれてもいいじゃない、ねえ」
俺に『ねえ』と言われても困りますよ、お姉さん。
俺はニコリと誤魔化し笑いをして仕事に戻る事にした。そしてお客さんの注文をとって戻って、澄さんと杜さんに通すと、ツンツンと凛さんが俺の腕をつついてくる。俺が凛さんに『はい、何でしょうか?』と訊ねると上目遣いで見上げてくる。
「透はどこ?」
そうか、凛さんは透さんが出て行ったのには気付いてなかったようだ。
「ああ、少し出ています」
凛さんは少し首を傾ける。黒目がちの瞳だけにこう言う仕草すると、なんか可憐である。少し心配そうに揺れる瞳が俺の保護欲をそそる。そんな守らなきゃいけない人には見えないけれど、ビジュアル的な刺激が、俺を優し気に見えるニッコリと笑顔を作らせ安心させる為の答えを言わせてしまった。
「澤山さんの所に行かれました。あっ澤山さんは透さんの彼女で」
言った瞬間後悔する。俺がその言葉を言った途端に凛さんの顔から笑顔が消えた。
「また、変な女に引っかかってる?
杜さん! どういう事! 杜さん所だから安心してたのに!!」
え? 赤の他人の俺を弟として直ぐ受け入れた方だけど、妹は無しなのですか?
杜さんも苦笑している。
「あの、お姉さん、澤山さんは変な人ではおりませんよ! 素敵な方です」
そう宥めると俺をキッと睨んでくる。
「ふーん……どんな子?」
座った目でそう聞かれても、語る程は澤山さんの事知らない。
「商店街の方で優しそうで可愛らしい感じの方」
凛さんは鼻で笑う。
「優しそうで可愛らしい方、褒める所がない相手に使う言葉よね」
俺なんかスゴイ地雷原に踏み入ってしまっているのだろうか? どう踏み入っても、凛さんの怒りに触れる。ふと視線動かすと杜さんがドリンク用意していたので俺はソレを手に客席へと逃げる。杜さんが何とかしてくれるだろう。そして黒猫の仕事を頑張る事にする。とはいえもう閉店前の一時全体的にマッタリしているからカウンターの様子は見える。なんか凛さんはおさまるどころか激ってきているように感じる。杜さん大丈夫か? と思いながら近づいたときに聞き耳たてるけど、杜さんは別に凜さんを焚き付けているのではなく、穏やかな様子で澤山さんの事を紹介しているだけのようだ。しかしその呑気な様子がますます凛さんがイラつかせているのが分かる。
「え! OL数年してからここに来たって事は年上!?」
俺は澤山さんが大人っぼいタイプの人でないために、そこは気にした事なかったないけど、姉としてはそこも引っかかるモノらしい。あと先程の透さんへの態度で気が付くべきだった。強度のブラコンだって。どんな彼女でも気に入らないのだろう。
最後の客を送り出し、カウンターに何が怖いモノを纏った凛さんだけが残る。その気配に学生バンドの皆もビビったのか、後片付けをさっさとして必死に笑顔作り帰って行った。彼らと入れ違いで透さんがやってきて学生に笑顔で送り透さんは店内に入ってくる。良かった透さん一人で来たと、俺は内心ホッとする。ここに澤山さんも一緒だと修羅場になっていた。
「すいませんでし――」
「透!」
言葉を遮って話しかけてくる凛さんに透さんを不思議そうに見る。そして顔をしかめる。
「凛、また飲み過ぎてるだろ!」
「そんなことどうでも良いの!
あんたまた、つまらない女に引っかかって」
そう凛さんが、言った途端に透さんの表情が変わる。笑みといった表情がないと、少し冷たい感じになるようだ。
「凛は、いつもそうだな。ただ文句付けたいだけだろ! そうやって俺に関わる事全てにイチャモンつけてくるの止めてくれない?」
「まあまあ、二人とも」
そう宥めようとする澄さんを、杜さんが止める。杜さん、何で止めるんですか! そして澄さんと俺にニッコリ笑い「閉店作業しようか?」と声かけてくる。
「ちっ、違うわよ! 貴方が心配なだけ。透は優しいから馬鹿女にも同情してすぐ引っかかるから! その今の彼女にも『過去にこんな悲しい事あったんです~』とか打ち明けられて絆されて捕まったんじゃないの! 年上女の甘えた言葉に」
凛さん何て事を言うのかと思って、透さんの顔見て俺は『ヒッ』と息を吸ってしまった。透さんの最大の特徴である柔らかさとか穏やかさというモノが一切抜け落ちていて、笑っているように口角を上げているのに絶対笑っていない。寧ろすごく怒っていますよね? 透さんって怒るとこんな怖い顔になるんだと俺は震えあがる。先程凛さんと全く似ていないと、思ったのは間違いだった。この二人間違いなく姉弟である。凛さんも鏡のように同じ顔で怒っているのかと見たら、凛さんは目を見開いて弟を見ている。明らかに凛さんもビビっている。
「一度も会ったことも話した事もない相手でも、よくそう勝手言ってこれるよね。
でも凛、璃青さんの悪口は許さない。あと、彼女を傷付けるような事言ってみろ! 凛だって承知しないから」
凛さんは、青ざめ後ずさり澄さんに助けを求める。澄さんはニコリと優しい笑みを返す。しかしその顔は何故か困った様子もなく、微笑ましそうに甥っ子と姪っ子を見つめている。
「凛ちゃん、疲れたでしょ? 先に部屋に行って休む? 私達まだ時間かかりそうだから先にシャワーでも浴びてきたらいいわ」
そう優しく声かけられて凛さんはポロリと涙を流す。この短時間でこんなにも一人の女性の様々な表情を見るのは初めてである。泣いている凛さんに俺がオロオロしてしまう。透さんを見ると、透さんも驚いた顔して呆然と姉を見ている。
「凛ちゃん少し飲み過ぎて感情高まったみたいね、透くんも大丈夫よ、凜ちゃんそんな弱い子じゃないこと分かっているでしょ?
それよりも透ちゃん看板さげてきてくれる?」
澄さんの言葉に戸惑うように頷き、少し姉を気遣う表情を向ける。凜さんは唇を開き、そんな弟に何か声の出ない言葉をいい目を逸らす。フーと息を吐いて透さんは店の外に出て行った。そして凜さんも澄さんに連れられて上に行ってしまった。
杜さんと二人だけ残され、俺はハァとよやくここで息を吐く。杜さんをみると面白そうにニヤニヤ笑っている。
「いい事だよ、姉弟で仲良く喧嘩できるのは。
仲は良いいのに、透くんが優しすぎていつも許してきていたから喧嘩も出来なかったから、あの二人は。こういうのはいいことだろ」
杜さんの言葉に少し納得する。透さんが優しいから喧嘩にならないってなんか分かった気がする。だから二人とも今日喧嘩して言い合った後戸惑っていた。
「それに、凜ちゃんも、透くんに何よりも大事な人が出来たことで、あのブラコンからも卒業できるいい機会なのかもな」
俺はここであえてコメントを返す立場でもないので、『ハハハ』と笑って流しておいた。そう俺には透さんと凜さんの姉弟の事なんて無関係の話だから。しかし、何故か無関係で終わらない困った事態が待っているなんて、この時の俺には分かるはずもなく、戻ってきた透さんと澄さんとそろって閉店作業をして、その日の仕事を終了した。若干いつもより精神的な疲れも大きかったけど、それもシャワーで流せるレベル。俺は様々な意味での汗を流した事でスッキリしたことでベットに眠りについた。




