earthy
earthy=粋でファンキーな演奏の事
2014/12/10に少し加筆させて頂きました。
こんなメンバーで迎えて大丈夫かと心配したが、お客様にはウケた。またKenjiさんとイリーナさんのクォリティーはないもののマントやお面などで仮装してきてくれたお客様もいて、そのお客様には澄ママの焼いたカボチャクッキーをプレゼントしてその姿をポロライドカメラで撮影して差し上げるというサービスを行った。
澤山さんも来ていたようで、透さんの猫の耳を触りながら『カワイイ!』と言って喜んでいるのが見えた。透さんにとっては、彼女を喜ばせたという意味ではこの猫ファッションも意味あったようだ。しかし俺はからかわれるだけでそんな、ウキウキな状況になる事もなかった。とはいえお客様が、この浮かれたノリを楽しんでくれたことは嬉しかった。
また、実態はド変態でも才能は確かなジャズアーチスト二人の演奏は圧巻だった。軽快でいてパワフルなKenjiさんのピアノにハスキーボイスのイリーナさんの声が絡みつくことで、それは聴く人全ての心臓を鷲掴みにして揺さぶられるような怪しい魅力があった。ただピアノ演奏という事で舞台から動けないKenjiさんは兎も角、ハンドマイクのラインが繋がる範囲ならば移動可能のイリーナさんはかなり危険だった。俺や透さんにちょっかいかけまくり、抱きしめてくるだけなら兎も角、舐める、スリスリ身体を寄せてくる、お尻を触ると好き放題された。俺は逃げて行動していたのだが、ますますそのことが彼女を楽しませてしまったようだ。視線を感じてイリーナさんを見ると妙にギラギラした瞳で俺を見つめていて、真っ赤な唇がニヤリと笑う。俺の背中に悪寒が走る。
「My cute kitten~♪(私のカワイイ仔猫ちゃ~ん!)
A black kitten come here~(黒猫ちゃんおいで~)I'll love~♪(可愛がってあげる~)」
名指しで呼ばれてしまい渋々近付くとディープキスされ、おまけに股間を揉まれ腰振られる。男の俺が公衆の面前で貞操の危機を感じるってどういう状況なのか? 会場は盛り上がるが、俺は恐怖で固まるしかなかった。痴漢される女性の恐怖というのがよく分かった。
透さんのようにニコニコと流した方が良かったのだろうが、ニッコリ笑ってハグ返したり、「kiss me」と言ってきたりする肉食系なイリーナさんの頬にキスをするなんて芸当俺には出来ない! 抱きしめてきたら逃げて、キス迫られたら拒否していた。そしたらこのようにガッツリ捕まえられて逃げられなくなっている。
「I want my person to return him.
Because he has work.(彼を返してくれませんか? お仕事あるので)」
冷やかしの言葉で盛り上がる店内にユキさんの静な声が響く。ニッコリと笑って助けの言葉をかけてくる透さんが俺には神に見えた。
「I'd like to have this cat. Give me~♪(この猫飼いたい! 頂戴!)」
イリーナさんは怖い言葉を透さんに返し俺をギュウと抱きしめる。
「It's mine(これウチの猫なので)」
透さんは苦笑してそう言葉を返す。イリーナさんは仕方がないわねという感じで肩をすくめやっと離してくれる。
恐らく商店街の路上ではとんでもない衣装とこういった行動でも、エンターテインメントという観点だと何故かクールに思えるらしい。俺一人だけが余計な疲れを感じながら黒猫はいつになく大盛り上がりである。こういった俺達店員への弄りは客を沸かせる、ピアノ演奏する夫にも身体を絡ませながら歌う様子も見る人をドキドキさせた。ライブの興奮がさらにお客のお酒を誘ったようで、フロアの俺達は忙しさとイリーナさんの弄りでジックリと聞けないのが残念だったが、この空間に今居られた事は結果的にはラッキーだったと思えた。後々ファンの間では伝説のライブの一つとして囁かれるイベントに参加できていたのだから。
演奏した二人も思う存分プレイ出来て気持ちよかったのか、閉店後も杜さんと澄さんと四人で舞台の上でシャンパンを開け盛り上がっている。即興で弾かれるKenjiさんのピアノが良い感じにBGMになっていて心地良い。そんな四人の楽しんでいる音を聞きながら、ユキさんとお店の後片づけをして、俺は先に流しで化粧を落とすことにした。被り物も取れ顔もサッパリしたのと、今日のハロウィンイベントを無事やり遂げた達成感で気持ちが良かった。
「お先に顔洗わせてもらいました! ユキさんもどうぞ顔洗ってください」
カウンターの中で最後の作業をしていたユキさんに話しかける。猫のままのユキさんはコチラを向いて何故か少し困った顔をする。
「いや、俺は部屋でシャワー浴びながら落とすからいいよ」
俺は横に行き、グラスを拭くのを手伝う。
「ハロウィンって、今まで気にした事もない日でしたが、結構楽しいものなんですね」
イベント中は殆どユキさんと業務以外の事話せなかったから、しみじみそう話しかける。ユキさんも同じ気持ちだったのかフフと笑い頷く。
「スゴく楽しかった。俺って学生時代もこんなにハジけた事とかやったりしなかったから余計にそう思うのかも。
今にして思うよ! もっと学生時代バカやっていたら良かったと」
真面目なユキさんだから、優等生な青春時代を過ごしてきたんだろうなと想像できる。
「でも、ユキさんは、ユキさんでいいと思うんですが。だってバカ学生だったら、今のユキさんいなくなってしまうから。それは嫌です。軽くて遊びなれたユキさんなんて」
ユキさんが俺の言葉にキョトンとした後笑いだす。
「いや、俺もまさかそこまで遊ぶという意味では言ってないけど……。
何ていうのかな? 勉強は大人になってからでもいくらでも出来るし、結局今の俺も色々資格取るために受験勉強の毎日。そういう意味でも遊べる学生時代の時にもっと色んな事にチャレンジしておくべきだったなと。そしたら面白味のある人間になれていたのではと思うんだ」
俺はユキさんの言葉に首を傾げてしまう。
「……あの、ユキさんって十分面白いと思いますけど。かなり変です」
言ってから、少しだけ失礼な事言ったことに気が付いた。お酒が少し入って口が軽くなっているようだ。ビックリした顔をするけどユキさんはフワリと笑ってきた。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
良かった。悪意でなく言った事は通じたようだ。しかし、何故かお礼を言われて照れてしまい下を向く。
「でも、小野くんも面白いよね。
あの杜さんや、Kenjiさんとか、結構癖のある人と打ち解けるの早いし。あの二人が人をこんなに可愛がるってあまりないよ」
俺はその言葉にギョッとして顔を上げる。打ち解けた覚えはないし、可愛がられてもいない。
「それはユキさんでは、ああいう変な大人にモテるのは」
なんか変な言い回しを使ってしまった。でもあの二人のユキさんに対する感情って何ていうか異様だ。それぞれ違う意味で。しかしユキさんはブブっと吹き出す。
「杜さんはまあ、家族だし。Kenjiさんには、俺というタイプが珍しいのでは?
あっちは本当に自由奔放で開放的、俺は真逆だから、それで話をしていて楽しい。
ああやって気さくに構ってくれるのは嬉しい」
ニコニコそんなこと言うユキさんだけど、その無防備さが危ないように思える。そんな事話していると、杜さんが近づいてきて、俺は一瞬身体を竦ませる。
「二人ともそのへんでいいよ! 明日休みだし俺もやっておくから」
ニコニコと笑っているけど、傷メイクの顔のままだからいつも以上に怖い。しかも閉店後なので店内の照明も落としていて暗いから余計である。
「ユキくんも、ここんところずっと準備に奔走して大変だっただろ? 無理していたんだから、今日はもう上で休んで……」
杜さんの笑顔が俺の方に向く、何故か少し柔らかさが下がった気がする。
「小野くんも今日ありがとう。君がいたから本当に助かった。
今日は疲れただろ? 良かったらコレで疲れを癒してくれ」
そう言って差し出されるウィスキーの瓶。この杜さんの良い所は、この気前が異常に良い所。俺の一か月のバイト代の半分はするようなモノをポンとくれる。怖くてもコレは嬉しくて俺はついニヤケてしまう。
「え、こんなに良いお酒、いいんですか?」
とはいえ日本人なのでそういう言葉を返す俺に杜さんはニヤリと笑う。
「今更水臭い事言うなよ、それに黒猫で働くなら、酒の味は覚えてくれ!
あと君には良い酒の飲み方をここで覚えて、いい男になって欲しいんだ」
そう言ってウィスキーを俺に押し付ける。その様子をユキさんが微笑ましそうにニコニコ見つめている。確かに杜さんに可愛がられているというのは嘘ではない。こういう人だからこそ、好意を持たれているというのは嬉しい事のように思えた。そう思うとなんだかムズムズとした喜びをこみあげてくる。
「ありがとうございます! 俺黒猫大好きだから! これからも一層ここの一員として頑張りますね!
そして今日は最高の夜でした。興奮しました」
そう言っているとKenjiさんも近づいてくる。
「ひねくれた君にそう言ってもらえると嬉しいね~。
俺に惚れた?」
俺はその言葉に引きつり顔を横に振る。
「ところで白猫ちゃんと黒猫ちゃん、もう掃除は終わったんだろ?
コッチで一緒に飲もうよ」
俺にはあのメンバーでの飲み会は少し怖い。澄さんユキさんは良いが、残りの半分が危なすぎる。下手したら乱交とかに突入しかねない。そして珍しくユキさんも困った顔をしている。しかしユキさんより先に杜さんが先に口を開く。
「コレからは大人の時間だ。子供は帰りなさい」
そんな言葉で俺達を帰らせてくれてホッとする。しかし『大人の時間』って? まさか四人でこのあと、って怖いことはないよな? Kenji夫妻と杜さんは兎も角、澄ママはそういう事は絶対しなさそうだ。エレベーターの中で顔を横にブルブルと振った。
「どうかした? 酔っぱらった?」
ユキさんの言葉に俺は苦笑して頷く。確かに仕事しながら俺もお客さんにすすめられるまま酒を飲み、飲みすぎたのかもしれない。
「じゃあ、今日はユックリ休んで。そして気を付けて帰ってね」
エレベーターが一階に止まり、ユキさんはそう言って俺を送り出すことで別れる。一人になって夜の商店街を歩く。火照った身体に少し冷たい夜の空気が気持ちよい。最高にクレイジーで楽しい時間を過ごした後の所為か、未だに興奮が覚めず気分がいい。まだ耳に残っている今夜の曲を口ずさみながら下宿へと歩いて帰った。
コチラの物語はあくまでも、小野くん個人の見解であり、事実と異っている場合もございますので、ご了承下さい。
ユキくんサイドのハロィンの様子は、透明人間の方でそのうち描く予定です。




