break
break=演奏が一時的に中断される空白部分
家で洗濯をして掃除して買い物してとノンビリした一日を過ごし、夕方に夕飯を作るか食べに行くかで悩んでいたら携帯が震える。ディスプレイを見る透さんから。
「今朝は、お世話になりました」
「いや、そんな事ないよ。こちらこそ昨日はお疲れ様。ところで小野くん来週一週間って暇かな?」
そう挨拶すると、透さんは珍しく適当な挨拶の返しをして、いきなり本題に入ってくる。
「ええ、夏休みですから暇といったら暇ですが」
俺がそう答えると、安堵のため息が聞こえる。
「どうかされたんですか?」
そう聞くと、杜さん一週間程急遽留守することになり、手を貸して惜しいという事だった。
「別にいいですよ! でも、杜さん、どうかされたんですか?」
「ん~、まあ、仕事で?」
何気なく聞いた言葉に透さんは何故かモゴモゴとした曖昧な言葉を返してきて、俺は首を傾げる。とはいえ、パソコンが最近調子悪く、買い替えの必要を感じ始めてただけに、ここでの収入アップは嬉しい誘いだった。だからその不自然さを追求することもなく、週末を呑気に過ごした。
月曜日、食パンに昨晩お総菜屋で買ったポテトサラダを挟んだもので簡単に昼飯をすまし歩いて黒猫へと向かうことにする。黒猫に入ると、透さんはおらず、澄さんが看板にメニューを書いていた。そして俺に気が付き温かい笑顔を向けてくる。
「小野くん、ありがとう。助かったわ~」
ニコニコ俺に近づいてくる。
「いえいえ、俺こそ助かりました。パソコン買わないといけなくんってお金稼ぎたかったんんです。
ところで、どうしたんですか? 杜さん」
すると、澄さんはフフフと悪戯っぽい顔で笑う。
「ちょっとね~。色々あって捕まっちゃったの! 拘留中ってヤツ?」
笑顔でとんでもないこと言われた気がする。俺が固まっていると、黒猫のドアがあく音がして透さんが入ってくる。そして俺の姿を見て、ちょっとホッとしたような顔で笑う。
「小野くん、来てくれてありがとう」
俺は、とんでもない事を聞いた動揺が隠せなくて引きつった顔だけしか返せなかった。
「いえ、あの、杜さんの事聞いたのですが……大丈夫なんですか?」
ユキさんは、『ああ』と頷く。
「澄さんから、説明あったんだね。そういう訳でから今週はコッチに顔だせなさそうなんだ。だから小野くん君が便りなんだ、よろしくね!」
そういってユキさんはニッコリと笑う。なんでそんな状況でこの二人は朗らかに笑っているんだろうか? もしかして慣れているとか?
すごく気になるのに、怖くて聞けない。こういう事って突っ込んで聞いて良い事でもないような気がする。
「そうそう無事面会できた?」
呆然としている俺の横で澄さんがやけに嬉し気に、透さんに話しかける。
「ええ、そして澄さんの差し入れちゃんと渡してきました! それで頑張れるって言ってました」
澄さんは透さんの言葉にウンウンと頷き。
「私は、信じて待ってるから」
そう返し、何故かルンルンとした感じで料理を作りに、上に戻っていった。
夕方になると、いつも黒猫で演奏している学生バンドのメンバーの田中が手伝いに来て開店となった。色々気になる事が心に引っかかっているものの、お店が開いてしまうとそんな所でなくなる。ユキさんが今日はカウンターの中に入り杜さんのしているバーテンダーの仕事をして、俺がユキさんのポジションで店内を手伝いの田中に支持をだしてお店を回すことになった。いつもお店で俺達の動きを見ているだけに、田中は大活躍してくれた。動きは若干無駄が多いものの、持ち前の明るさと社交性で店内を良い感じに盛り上げていて、常連相手に談笑さえも楽しんでいた。
逆に俺は透さんのように動ける訳もなく、カウンターの中から透さんの指示をもらいながらの仕事となり申し訳なさを感じる。いつもとは異なる業務をしながらも、ちゃんとお店を見て回している透さんってスゴイなと感心した。そして澄さんはといえばマイペースでいつもと変わらず、仕事を楽しんでいるように見えた。
必死になって、杜さんの穴を埋めようとしている透さんは分かるけれど、旦那さんが拘留中でここまで平常心ってどういうメンタルの強さなのか?
そうして五日間、杜さんの不在を埋めるべく皆で頑張っていたら、カランとドアが開き『いらっしゃいませ』 と挨拶しようとしたら、それは杜さんだった。恰好こそいつもの感じだが、髭がボッサボサに伸びていて、それがいつも以上に迫力のある怖さを醸し出している。その怖いオーラも、ある一点に視線を向けたとたんフッと柔らかくなる。
「お帰りなさい!」
澄さんが、駆け寄ってきて杜さんに抱きつく。杜さんはそんな妻を優しく抱きしめ返す。
「ただいま! 終わったよ」
こういう大人のラブシーンというのは、見ていて照れるものがある。お店の常連は慣れているのかニコニコみていて、透さんも平然とそんな二人に近づいてくる。
「杜さんお疲れまです。
でも逃げたんじゃないですよね? ちゃんと終わらせてきたんですよね?」
透さん、普通に怖いことサラリと聞く。杜さんも怒るでもなくフッと笑う。
「あぁ、バッチリ終わらせてきた。だから大丈夫だ。透くんにも迷惑かけたね」
ユキさんに近づき抱きしめる。この人達って、日本人なのだろうか? 結構ハグをよくしあっている。ホノボノしたシーンなのだが、違和感を覚えるのは俺だけなのだろうか?
「杜さん、髭を整えてさっぱりしてきたら? ワイルドな感じも素敵だけど、お店に立つとなるとね!」
澄さんが杜さんの頬を撫でながらニコニコと話しかける。愛の力とはスゴイ、この怪しくなっている夫の姿でも恰好よく見えているらしい。そして一旦上の消えて、戻ってきたら髭も綺麗に整えられダンディーな杜さんになっていた。
俺には様々なモヤモヤを残したものの、杜さんの帰還によりいつもの黒猫に戻り、平和が戻ってきたように見えた。
閉店後、杜さんが、俺や手伝ってくれたバンドのメンバーにお酒を振る舞い、出所祝い? をすることになった。
忙しかったものの、いつもの時給に加え何故かボーナスがプラスになり、また高そうなバーボンを二本頂き、この週は早めに黒猫に詰める事が多く、お昼と夕飯の賄いがついたり、ついでに余った料理を朝食へと頂いたり、個人的には得る物の多い週だった。だから良しとすることにした。




