少年少女はなぜ銃を持つ?(創作的な意味で)
タイトルの通り、創作での話です。
現実の、こういうところで話しづらい悲しい問題とかそういった諸々の深い話ではありませんので、誤解なきよう。
具体的に言うと、現代日本もしくはそれっぽい国をベースに世界観を設定した際に、少年少女もしくはその他にも多数様々な人はいらっしゃるでしょうが――とにかく、学生くらいの子供が実銃を握る状況は極めて異例なことであり、そんな難しい舞台設定でどんな理由をつければ読む人が納得できるか、◯◯な設定だと読む側はどんな疑問を持つのか、それらについて考えてみようの回です。
ちなみに、『これだ!』って答えは無いです。無いというか、そのへんは作者さんの許容できる範囲やどこまでリアルに寄せて描写するかとかで変わってくると思うので、正解は一つじゃないってやつですね。
あと僕は、基本創作は自由でいい、よっぽど変な設定じゃない限り作者の好き・やりたいを肯定するって考え方だってことも、ご理解いただいた上で読んでもらえると嬉しいです。
そういう人が書いたゆるい感じの内容だと思って、創作に役立てていただければ。
なんにせよ、壁になるのは現代日本という比較的平和な国で、なぜ銃を持つ必要があるのか?しかも学生が。ここですよね。
後半に話しますけど、現代を舞台にしても非日常系なら色々選択肢はあります。けど、非現実的な要素を含めない日本が設定だと、そうもいきません。
治安が悪いとか、怪物が出るとかでもないなら、なんのために銃を使うか?無理のない範囲で説得力ありそうなのは、スポーツとか競技射撃に使う道具って設定になるんですかねぇ。
でも、それはそれで実銃を使うための理由が必要なんです。なぜなら学生でも、実際に現実の話で、エアライフル(おもちゃのエアガンではない)やビームライフル(ロボット作品のアレではない)の射撃競技ができるんです。いくつかの学校では、部活もあった気がします。
エアライフルもこれはこれで法律とか複雑な条件あって、学生でも大丈夫!みたいな簡単な話じゃないのですが、今は実銃の話なのでここは割愛させていただいて。もしそちらでもいいって人は、「エアライフル 競技」とか、「部活」とか添えて検索してみてください。
ともかく、(実銃よりは)安全なエアライフルとかがあるのに、わざわざ『実銃』を使うのはなぜ?ってことになるんです。
実銃を使う以上は、実際に撃つのが空砲だろうが訓練用の弾だろうが謎の当たっても痛くない非殺傷弾だろうが、実弾を射撃可能な機能を持った銃を民間人が所持することになるので、日本という国を舞台にすると諸々面倒くさいことになります。
じゃあどうすりゃええねんってなりますよね。僕もそう思う。正直、現代日本に寄せれば寄せるほど厳しい。大人ならまだ何らかの手段がありそうですけど、学生ってなるとね。
身も蓋もないですけど、ある程度法律とか倫理的な観点からは目をそらしていただいた方が、作品を作る上でも窮屈にならずに済むと思います。そもそも、そこまで現実的な世界観で実銃を無理に学生に持たせる方が非現実的な気もしますし。
ある程度法律とか倫理的な問題を考慮しない、あるいはちょっと法律が違うとか特例とか、そのへんの理由付きで考えてみましょう。
たとえば、スポーツ競技として確立されてて、学校対抗で戦うサバイバルゲーム(トイガンで撃ち合う遊び)みたいなのが無難なんじゃないかなと。鉄砲版のガールズ&パンツァーみたいな感じで。これなら、キャラクターの日常シーンに自然と銃の整備するとことか入れられますしね。
あと、こうした方が良いってわけじゃないですけど、もしこういう感じの作品にするなら、使う弾は無理に現実にあるもの使うんじゃなくて、架空の当たっても痛くない特殊弾とかがいいかもです。訓練用の弾でも当たった感覚がわかるようなのは痛いですし、衝撃が発生するってことは、防具も必要です。そうなると、特に漫画とかだとゴーグルつけないといけなくなって、キャラクターの顔や表情(目を細めているとか睨むとか)がはっきり見えない、学生服の校章とかが防弾ベストで隠れてどこの学校の生徒か分かりづらい、みたいなことになるので。まあ痛くないから防具つけないってのもどうかと思いますが、それはそれ。
それに、痛そうで怖いって乗り気じゃない子に、痛くないから平気だよ!って誘う展開もできますしね。
他に考えられるものとして、学生の外見だけどそもそも人間じゃない設定とか。
例えば、銃が擬人化したキャラクターならモチーフとなった銃を持ってても問題ないよね、で押し通すこともできる……かも?
人間じゃないから銃弾もそんなに効かないとか、銃の知識がやたら詳しいのも元々は銃だからとか、色々理由もつけれますし。
もしくは、アンドロイドとかロボット系。こちらだと、機械なので破損しても修理可能、人間なら持てない重量の荷物・装備でも動けるといった点で、精霊的な擬人化よりは現実味を帯びた描写ができそうな気がします。
近未来まで舞台を広げれば、アンドロイドが人間の生活の一部になって、なんやかんやで実銃を持ったアンドロイドを戦わせる競技が流行って、主人公のアンドロイド学生はその競技を頑張る……みたいな。ちょっとSFっぽくなっちゃいますけど、平和な世界でもできそうな設定ではある。
あとはもう、ほぼすべての素材が実銃と同じだけど撃ち出せるのは樹脂製の弾(いわゆるBB弾)という抜け穴でもなんでもない妥協案的な。一応重量とかが実銃通りなら、樹脂製パーツのトイガンよりは重くてなんか持って走るだけで大変、とかはできそう。でもこれじゃあサバイバルゲームと大差ないので、サバイバルゲームでいいじゃんって言われそうですね。
ここまでいくつか挙げましたが、正直なところ「現代の日本」を舞台にして「学生」を前提とすると、実銃という要素で挑むにはあまりにも阻む壁が高すぎますね。できそうな設定が限られすぎる。物語として成立させるには、ある程度妥協したり、いっそ非現実に寄せないと設定の段階でどこか破綻するかもしれません。
なので、現代の日本っぽいけど、非日常・非現実的な要素ありで考えてみましょうか。
一つ、例を出してみますね。
みなさんは「リトルアーモリー」という、トミーテックさんの小火器のプラモデル及び、そこから派生展開した銃を持つ少女たちの物語をご存知でしょうか?
プラモデルはいろんなイラストレーターさんが描いた、銃を持った可愛い女の子のイラストがパッケージになっていて、プラモデル自体も本物のように分解できるくらいしっかり作り込まれてるので、興味がある人は調べてみてね。
その小説版が手元にあったので、せっかくですしこれを例にしてみましょう。詳細に語りすぎてもなので、ざっくり大まかなところだけ説明します。
まず、リトルアーモリーの世界では、ある特定の学生たちが、日常的に実銃に触れ、学校の内外でも武装しています(プラモのパッケージイラストの子たちなので、出てくるのはほとんど女の子です)。
その理由が、怪物が世界中に現れたせいなんです。しかもその怪物がいやらしく、いわゆるワームホール的なものでどこにでも出現する可能性がある、という特性を持ってます。公園で遊んでたら、突然目の前に~とか。なので世界中どこに住んでいても、怪物と遭遇する危険があるわけです。日本も例外なく。
それに加えて怪物との大規模な戦いとかもあって、人類は一般市民含め、日常でも危険だ、怪物と戦争してるんだということを強く意識し、そこで日本は「指定防衛校」という、簡単に言うと軍事的な訓練とか教育を行う学校を設立するんです。
もちろん、怪物と本格的に戦うのは自衛隊の役目です。けれど、どこから現れるかわからない怪物相手に、日本全域を自衛隊のみで見張るなんて不可能。なので、学生たちは街をパトロールする役目もあります。フル装備の自衛隊より、銃持ってても学生服を着た子どものほうが威圧感もないという理由も兼ねて。
主人公たちは、そんな指定防衛校の生徒。緊急時には戦闘もしますが、あくまで学生。なので学生らしく友達とお弁当を食べることもあれば、プールに行ってウォータースライダーで遊んだりもするわけです。それでいて学校が学校なので、一度口を開けばやれ銃がどうの、装備がこうのとミリタリー色強めの会話もしちゃいます。
なんで例に出したかっていうと、なぜ学生が銃を持つの?に対する理由や背景が結構しっかり考えられてるし、それでいて非日常な世界観でありながら、自然と学生の日常を描写できるようになってる作品として完成度高いなって思ったんですよね。参考にするには良さそうなくらいに。
なぜ学生が銃を持つのか?という問いに対し、世界の危機レベルで危険な脅威が存在するから、日常生活の中でも危険が存在する世界で民間人も危機を意識している、怪物が自衛隊だけじゃカバーしきれない特性を持っている、という答えがあり。なおかつ、日本の人はフル装備の人に不安を覚える方もいらっしゃいますから、そうした人に配慮する目的含めて学生をパトロールに出すっていうのも、なんだか日本らしいというか、日本を舞台にする理由にもなってますよね。
それに加えて、日常的に学校で使う道具として銃が必要、なので学生が銃を持ち、銃に慣れているという設定でありながら、普通の学生の日常的な描写をできる余地を残しているんですよ。非日常、非現実系だと、ちゃんとここを両立させるのって意外にできなかったりするんですよね。世界や主人公の周りの人間・組織が殺伐としすぎてそんな余裕がないとかで。
さらに、パトロール時という限定的な状況ではありますが、銃を持ったまま街を歩く事ができるんです。何気ないことなんですが、先ほど平和的な日本の例で挙げたスポーツ競技だと、さすがに日常で銃を露出させたまま街を歩くと、現実でトイガン背負って歩くのと同じで怒られるでしょうから、実銃持って街を歩ける理由付けにもなってますよね。市民も怪物という脅威と隣り合わせの日常ですから、銃持って歩き回ることにあまり文句も言えない状況ということで説得力もありますし。
この話を踏まえて、他の設定のパターンも考えてみましょうか。
たとえば、学生でありながら裏では何人も撃ってる凄腕のヒットマンとか。もしくは闇の組織、あるいは政府の特殊部隊的なもの。
銃を持ってるのは当然でしょうから、そっちより設定面を考えましょうか。
この場合、なぜ学生である必要があるのか、そのあたりもできれば考えておきたいですね。大人でもいいじゃん、とか言われないためにも。学生じゃなきゃいけない理由を作中で語る語らないは自由ですが、自分の中である程度考えておいた方が後で指摘された時に困りませんよ。
たとえば、親から闇の組織的なものを引き継いだとか、小さい時に誘拐されてヒットマンに育てられたとか。ただ、これだけだと学生である理由にはなりますけど、ちょっと落とし穴というか、気をつけなきゃいけない点がいくつかあるんです。
そもそも設定的に、それなりの戦闘スキルを持ってたり、それこそヒットマンなら周囲の観察やクラス内外の人間関係、容姿の把握とかもきっちりできてそうなのに、学校の中ではなんか抜けていたり、普通の学生と思考が変わらないタイプの場合です。読む人に君本当にヒットマン?みたいに思われるかもしれないので、たとえば学校では普通の学生のふりをしてるとか、そもそも学校でも油断しないヒットマン然としたキャラクターでやるとか、なんか対策はしておきましょう。学生っぽいキャラクターを演じさせようとするのに集中しすぎて、前提である非日常の人間らしさを損なわないように気をつけましょうね。
次に政府の組織系なんですが、こっちは上記の非合法な組織とかより設定的に難しいんですよね。
なぜかというと、国が関わっているので、大人が何らかの形で子供が銃を持つことを容認している状況だからです。そこにまず、理由をつけないといけません。秘密組織だろうが公の組織だろうが、子供を武力にするなんて組織の内外から色々言われるのは当然でしょうから。
この場合はかなり説得力のある設定で、子供でなければならない理由を考えないといけません。じゃないと、大人があまりにも無責任な人達になっちゃいますから。できれば、完全に子供任せよりどっかでサポートするとか、子供に戦わせるなんて俺達はなんて無力なんだ!みたいに悔しがってるシーンとかあれば、大人なりに苦労してるなぁってなるかもしれませんね。
このパターンだと、怪物が子供しか倒せないとか、限られた区域で活動可能なのが子供だけとか、そういう設定がわりと多めかな。だって仕方ない、子供にしかできないんだもんってやつです。
次の話に移る前にちょっとだけ話がそれますが、こういう非日常系のキャラクターと一般人の友人とかの会話って、皆さんどういう気持ちで見てます?
僕はなんか、非日常型のキャラが一般友人と話せて楽しかった!仲良くできた!みたいに思っても、私は君らとは違う立場の人間なんだよ感があるというか、ちょっと上からの目線的な、対等な会話に感じないことがあるんですよね。寄り添えてないというか。
会社の上司が、今日は部下と雑談できた、信頼が深まったぞ!みたいな自分の立場から感じた感想みたいな。どこか一方的で、ズレた印象を受けるんです。
先程のリトルアーモリーをまた例にしますけど、あちらは学校側が軍事的な活動をさせてる以外は、みんな普通の学生っていう対等な立場なんですよね。だから、友達とご飯!遊びに行く!って話にしても、同じ視点・立場での発言で、なおかつ年相応の子供らしさもあって違和感ないというか、むしろ微笑ましい。
そんな感じで、設定や表現にもよりますが、「やれやれ、子供に付き合ってやるか」って実際に思っているかはともかく、セリフからそういう雰囲気がにじみ出るというか、そう感じることも……稀にある。せっかく友人が遊びに誘ってくれてるのに、素直に「行くー!」って言わないで、「まあ、いいけど」みたいな受け身というか、一歩距離をおいたような反応とか。
逆に、非日常の世界が辛い、普通の暮らしがしたい!ってタイプの主役が、どうにかこうにか普通の学生っぽさを頑張って演じたり、一般生徒と仲良くなるために頑張る!みたいなのは、自分から寄り添いにいってる感じで好感持てるんですけどね。
まあこれは好みとか感じ方の違いもありますから、個人の感想ですってことで。
余談はこれくらいにして、次です。
非日常要素込みなら基本なんでもありなんですけど、その中でも自由度が高いものに、ゲーム世界での話ってパターンがあります。
ちなみに、ゲームと言っても色々ありますけど、いわゆるVRMMOのような仮想現実世界で行うゲームの話です。ソードアート・オンラインみたいに、実際にゲーム世界に入り込んで~ってタイプですね。
もちろん、中には実際に本物の銃を握らせないと満足できない人もいるでしょう。そういう人の気持ちもわかるし僕もどちらかといえばそちら側ですが、何が優れているのかを知る意味でも読んでいただければ。
VRゲームタイプのいいところは、仮想現実という空間の中での出来事なので、あらゆる世界観が再現できることです。現代日本を舞台にしながら、ファンタジーっぽい幻想的な世界や西部劇に出そうな荒野とか、色んなシチュエーションで物語を進めることができるんです。しかも中の人間は現代日本人なので、ファンタジーっぽい世界にいようと、現代の価値観で会話や表現もできます。純粋なファンタジーだと、存在しないはずの現代的な表現とか使いづらいですからね。「戦闘機の機関砲みたいな威力だ」みたいなやつ。
そして、キャラクターの外見です。自由にアバターを使用・変更できるタイプなら、巨人の姿とか、自分と全く異なる人間の姿でプレイするみたいな事ができるわけです。で、現実で会った際に、巨人のアバターなのにリアルは小さな女の子だったとか、美少女だと思ったらおじさんだったとか。お前、◯◯だったのか……ってシーンが作れるわけです。
で、なによりこの設定だとキャラクターが普通の学生でも通用するんです。だって、あくまで銃持ってるのはゲームの中だけですから。
なので、現実世界では学生らしいシチュエーションで物語も作れます。学生らしい価値観や考え方でも、なんの違和感もありません。
ミリタリー的な要素でも、ゲームなのであらゆる国、時代の銃が出ても変じゃないですし、体格とか筋力的に持てなさそうな装備だってできます、ゲームだからね。ある程度、銃や装備の性能がや仕様が現実と異なっても、そこまで気になるもんでもないです。少なくとも僕は。
現実じゃなくてもいいなら、ミリタリー系書くのが初めての人や慣れてない人は、このタイプの話がやりやすそうですね。
ただ、欠点がないわけでもありません。
ゲームである以上、ゲーム的な表現しかできない部分もあります。その一つが、銃による負傷です。よっぽどリアルな仕様じゃない限り、被弾しても体力ゲージみたいなのが減るだけで痛みがないとかになっちゃいますから。そもそも、ゲームなので痛かったら大問題ですが。
リアルに比べてこの辺の表現が弱く感じちゃうからって理由で、ゲーム系の作品が苦手な方もいますからね。実際に自分や友人から流れる血を見て、あるいは手に取ってその熱を感じ、主人公は命の重さを自覚する……みたいなのが好きな人もいるので、そういう人たちからは避けられがちです。
あとは、物の重さとか環境の影響とか。泥に浸かったせいで銃が動かなくなる、予備弾倉持ちすぎて移動が辛い、みたいな現実っぽい表現がゲームだとしにくいです。やってもいいですけど、それクソゲーにならない?みたいな問題が出てきますからお気をつけて。
ざっと書きましたけど、ゲーム系はリアル志向の方とはちょっと求めるものがズレてるんですよね。
このへんは作者さんが、リアル志向の人向けじゃなくてもいいならゲームに寄せて、そういう層も取り入れたいなら破綻しない程度にゲームの仕様をリアル系に寄せるとか、工夫が必要そうです。
この他にも、こういう設定もあるよ!ってのはたくさんあると思います。僕も思いついたら、また別で書きましょう。
最後に、なんだか難しそう、間違ってるって指摘されたら怖い……って尻込みしちゃう人もいるかもしれないので、少しだけ。
専門的な分野ですから、調べても情報が合ってるか不安だったり、現実を舞台にすると法律とかも関わってくるので、難しい……って印象はどうしてもあると思います。
けど、そういうのは気にせずその場の勢いとノリで書いちゃってもいいと思います。銃に詳しい人だって、二丁拳銃でアサルトライフル構えた敵相手に無双するような話を作ったりするんですから、細かいことはいいんだよ!の精神も大事です。
実際、本当に銃に詳しい人って、作品に出てくる銃の仕様とか描写でそんなに指摘することないですからね。詳しい人は色んな作品を知ってるわけで、驚くほど突飛な描写をするようなものを数多く見たりしてるわけです。今更これくらいで……みたいな感覚の人もいます。
しかも、銃はそもそもバリエーションやら改造品やらで仕様は変わりますし、作中設定や物語の描写の都合という要素も挟まれば、普通そんな簡単に否定はできないもんです。僕だって、単発でしか撃てない銃を連続で撃ってても、作中の仕様や改造品かもしれないから指摘するほどじゃないな……くらいの感覚で読んでますし。
色々書きましたが、こうしてみると日本を舞台に学生に銃を持たせるだけで大変ですね。
そういう国で安心する反面、創作者として見ると日本で銃持たせるの難しすぎてその……みなさんも設定考えるの頑張ってください。




