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夏の嵐  作者: まあぷる
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「おい、着いたぞ。お二人さん」

 アンディの声に起こされ、窓の外を見ると雨は小降りになっていた。商店街の中央の広場には若い女性が水瓶を持ち上げた形の噴水が見える。派手さはないが落ち着いた雰囲気のいい街だ。レイもまた外を眺めているが、眠っていたようには見えなかった。アンディは道路沿いの駐車スペースに車を停めた。

「いいとこだろ? ここはラズベリー・タウンっていうんだ。まあ、長年住んでるけど俺はラズベリーの木なんて見たこともないがね。これからどうするんだ。金は足りるのか?」

「ああ。カード払いにすれば大丈夫だ。乗せてくれてありがとう。助かったよ」

 レイと俺が車を降りると、アンディも車を降りてきた。

「俺は今日は暇だから買い物に付き合ってやるよ。安くていい店があるんだ」

 レイは思い切り眉を顰めた。

「いや、結構。店は自分で探すよ」

「そんなこと言うなよ、レイ。お願いするよ、アンディ」

 俺はとにかく着るものが欲しかったので店に案内してもらうことにした。

 アンディは気にしない様子で鼻歌を歌いながら俺達の前を歩き、レイは緊張した面持ちで俺の横を歩いている。雨に濡れ、キラキラ輝いて見える金髪の表を雨粒が真珠の粒みたいに滑り落ちていく。俺は上半身裸だが、なぜか道行く人々の視線は全てレイの方へ向けられている。まあ、彼の容姿を見て振り向かない人間はまずいないだろう。

「デビィ、気をつけろ。あの男は信用できない」

「そうか? 俺には人の良い男に見えるけどな。それにハンターだと思わせときゃ心配は要らないぜ」

「どうかな。騙されてるのは俺達かも知れないよ。ハンターなんて奴らはみんな同じさ。ずるくて非情な奴らだ」

 レイは俺のほうをちらりと見てすぐに目を逸らす。ハンターっていうのは本当にいろいろな奴がいるらしい。英雄的に尊敬される伝説のハンターもいれば、礼儀も何もないただの乱暴者もいる。少なくともアンディはずる賢い奴には見えなかった。ハンター、人間、ヴァンパイア。もしレイも俺もただの人間だったら、一緒に歩くなんてことは絶対になかっただろうな、とふと思った。

「ところで、昨日から聞こうと思ってたんだけど」

「ん? なんだ?」

「今、トランシーバーが流行ってるのか? 何か皆持ってるみたいだな」

「……あれは電話機だよ、レイ。携帯電話って奴で持ち運びが出来るんだ」

「電話機だって? あんなに小さいのが? 信じられないな」

 レイはふうっと溜息をついた。

「ああ、こりゃあ時代に追いついていくのが大変だな。頭が痛くなりそうだ」

 

 ディスカウント・ストアに着くと、アンディは入り口に立ち止まった。レイは彼を無視してさっさと店に入っていく。アンディはやれやれと肩を竦めて俺に話しかけてきた。

「買い物をしてる間、その剣は預かっておくよ、デビィ。終わったらメシを食おう。俺が奢ってやるよ」

「そうか、すまないな」

 店の奥ではレイが派手な花柄のTシャツを身体に当てていた。

「これなんかどうだ? デビィ」

「駄目だ。お前はただでさえ目立つんだから、もっと地味なのにしてくれ」

 レイは俺の腰を見て、顔を強張らせた。

「おい、剣をあの男に渡したのか?」

「ああ、預かってもらってるんだ。ほら」

 店の入り口に目を向けると、アンディはにやりと笑って手を振って見せた。レイは酷く不安そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

 俺は安いTシャツから適当に何枚か手に取ると、レイのために長袖の黒いシャツを選んだ。後はバックパックをふたつ。ジーンズを二本。レイがどうしてもパジャマが欲しいというので綿の安いのを一着。下着とソックスを入れてレジに行こうと籠を見ると淡いベージュの絹の長袖シャツが入っている。値札を見ると、かなり高い。

「おい、レイ。これは買えないぞ。勝手に入れるなよ」

 シャツを取り出して棚に戻そうとすると、レイはちょっと悲しそうな顔をした。

「これから俺はお前の面倒を見て暮らすんだぞ。一枚くらい好きなのを買ってくれたっていいじゃないか」

「……分かったよ。今回だけだぞ」

 仕方なく、バックパックをひとつに減らした。

「……で、結局この荷物は俺が持つんだろうな? レイ」

「そりゃ、そうだろ。俺はひ弱だから重いものなんて持てないよ」

「ひ弱なヴァンパイアなんて聞いたことないぜ。ったく」

 ぶつくさ言う俺の顔を見て、レイはくすっと笑った。

 レジで会計を済ませると、俺達は更衣室を借りて着替えをした。俺は青いTシャツにジーンズ、レイはオリーブ色のTシャツの上に黒の長袖シャツ。腕が見えなくなったのでレイは少しだけほっとしたようだった。靴だけは三十年前の古めかしい革靴のままだが。

「ありがとう。デビィ」

「いや、どうせ必要なものだからな」

 やっとまともな服が着れたので俺もだいぶ気持ちが落ち着いてきた。いくらなんでも今日はもうトラブルは起きないだろう。

 

 俺達はアンディから剣を受け取ると裏通りの小さなレストランに入った。夜はバーになるのか、カウンターの裏には酒瓶がぎっしりと並んでいる。レイはじっとカウンターを見つめ、酒瓶のラベルを目で追って、ぽつりと呟いた。

「ずいぶん、新しい酒が増えたんだな」

「なんだ。こういうところにはあまり来ないのか?」

 レイはテーブルの向かいに座ったアンディの問い掛けを無視して今度はメニューに視線を移した。

「ここはハンバーガーが美味いんだぜ。サンドイッチもなかなかいける」

「そうか、それじゃ、俺は……」

 そう言いかけた俺の傍に青と白のストライプのシャツにエプロンをつけたウェイトレスがにこにこしながら近付いてきた。その途端、耐え難いほどの衝動が襲ってきた。眩しい美味そうな白い腕。食いたい。あの肌を食いちぎって肉に齧り付きたい。もう他には何も考えられず、俺は歯を剥き出して唸り、立ち上がってウェイトレスの方へ一歩踏み出した。次の瞬間、もの凄い力で肩を押さえられ、無理やり椅子に座らされた。レイの腕を振り解こうとあがいた。と、突然、顔に火が付いたような痛みが走り俺は我に返った。思わず頬を押さえる。レイに平手打ちにされたらしい。だらしなく開いた口からは涎が溢れている。なんだこの様は……。羞恥と恐怖で身体が震えだすのを止める事ができなかった。ウェイトレスは怯えたように立ち尽くし、アンディは呆然とした顔で俺達を眺めている。

「驚かせて申し訳ない。これは彼の持病でね。時々発作が起きるんだ」

「あ、ああ……そうなのか。何事が起こったのかと思ったぜ」

 レストランの客が、みな眉を顰めて俺のほうを盗み見ている。突然の吐き気に俺は何も言わずに立ち上がり、トイレに駆け込んだ。

 洗面台に首を突っ込むようにして吐いたが、唾液しか出てこない。思い切り蛇口を捻って水を出すと、両手に水を受けて何度も顔を擦る。少しだけ気持ちが落ち着いてきて、ふと目の前の鏡を見ると目が真っ赤に充血している。

 鏡の向こうにいつの間にかレイが立っていた。

「大丈夫だよ、デビィ。そのうち衝動を抑えられるようになるさ」

 レイは俺の後ろで優しく微笑んだ。

「俺の苦しみがお前なんかに分かるもんか」

「分かるさ」

「どうしてだ? お前は生粋のヴァンパイアじゃないか。血を吸う時に苦しみなんか感じないだろう?」

「デビィ、聞いてくれ。ヴァンパイアは十二歳頃に最初の吸血衝動が来るんだ。自分を抑えることが出来ないくらいのね」

 俺は二日前のレイの顔を思い出した。自分がヴァンパイアだと悟った時の絶望的な表情。

「……苦しかったか?」

「ああ、口では言えないくらいに。それまでずっと自分を人間だと思って暮らしていたからね。一昨日もちょっとそれに近い感じだった」

 レイは俺に近付いてくると、そっと腕に手を触れてきた。

「さあ、戻ろう、デビィ。腹が減ってるんだろ?」


 俺はチーズバーガーを十個近く飢えた犬みたいに貪り食った。レイは俺の横で黙々とビーフサンドイッチを食い、アンディは呆れたように俺の食う姿を見つめていた。コーヒーを飲んでようやく人心地がついた頃、やっと食人衝動が消え去った。

「すまなかった、アンディ。たまにこういうことがあってね。俺もほとほと困ってんだ」

「気にすんな。でも、医者に行って見てもらったほうがいいと思うぞ」

 俺達が店の外に出たとき、雨は止んでいたが、空は厚い雲に覆われていた。まだ二時過ぎなのに辺りは夕刻のように暗い。

「そろそろ宿に案内するよ。疲れただろう?」

「すまねえな。アンディ。感謝してるよ」

 アンディは人通りの少ない路地から路地へ足早に歩いていく。何回か角を曲がった時、後ろから誰かが俺の肩にぶつかってきた。

「あ、すみません」

 そう呟いたのは綺麗なウエーブのかっかたブルネットのロングヘア。済んだ青い眼をした若い女だった。黒いワンピースを着たその女はそのまま左の路地へ何かにせかされるように曲がっていく。レイはその姿をじっと目で追っていた。

「デビィ、あの女はヴァンパイアだ」

「なんだって? 分かるのか」

「同属だからな。特に喉の渇いてる奴は匂いが強い。あの女は今、強烈な匂いがした」

 レイは心配そうに路地を覗き込んだが、すでに女の姿はなかった。

 人気のない空き地の横を抜け、錆びた鉄の塀に囲まれた廃車置場の前でアンディは立ち止まり、壊れた門を開けて中に入っていった。

「おい、こんなところに宿があるのか?」

「これが近道なんだ。もうすぐそこだよ」

 何となく不安になった。だが、レイは躊躇いもせず、さっさとアンディの後に続いて入っていく。

「まあ、こうなったら仕方がないな。早く来いよ、デビィ」

 俺はしぶしぶレイの後を追った。

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