第四話『野蛮なクリケットゲーム後編』
天井の一点を凝視していた私は、昼間の出来事を頭の中で反芻していた。
リュウジは、あきらかに私を口説いてきた。こういう風に、誰かに告白された事は前にもあった。
でも、中学の時は同年代の男の子がガキっぽくみえて本気になれなかった。
メールで落とされて、平気で付き合う女の子達も私の理解を越えていた。
今夜、食事に誘われた。 リュウジは軽い奴だと思う。でも私の心は揺れていた。
何を着ていくかという以前に、何を話せばいいのか分からなかった。私は本当にリュウジの事を好きなのか?その疑問は、約束の時間になってリュウジが向かえに来ても止まなかった。
「ねぇ、こういうの、初めてなんだけど。大丈夫かな」
「うん、その服も似合ってるし、昼間より色っぽいよ」
「いや、そうじゃなくて」
私はリュウジの顔を、まともに見れない。
「心配ないよ。俺がしっかりエスコートするから」
タクシーで向かったレストランは、大きなホテルの中にあって、高級そうな店だった。
私は、自分一人が浮いているような気がしてならず、リュウジの話を聞いても上の空になっていた。
そして、気付いた時には、リュウジに誘導されるがままに、窓側の席に座らされていた。
「片瀬の描いた絵ってアクリルだったよな」
「うん」
「なんで、わざわざ水彩絵の具を使わないの?」
「え、なんか線が心細い水彩よりアクリルの方が良い気がして……」
「ふーん、片瀬って水彩より油絵に向いてる気がする。だって、人物画も得意だし」
「得意って事もないけど」
「この夜景を描くなら、どの画材で描く?」
自然な流れで夜景を見ると、雅びやかな光の群れが闇夜を照らしていた。街が昼間とは違う魅力的な妖しさを放っていた。
「どう?この席が一番、夜景が綺麗なんだ。予約がいっぱいで大変だったんだ」
私は、その言葉に微かに違和感を覚えたが、それよりも圧倒的な夜景に飲み込まれていた。
普通の女の子なら、キレイとか素敵とか喜ぶのかもしれないが、私はこの夜景を描きたいと、全く別の事を考えていた。 いつのまにか、出てきた料理も無くなって、変にロマンチックな雰囲気になっていた。その気になれない私は、まるでセリフを忘れて舞台に立ちつくしているように居心地が悪かった。 後悔していた。この後の事を考えるのが嫌だった。 リュウジの言葉が、形のない泡になって消えた。
「ゲームオーバーか……」
「え?」
私はホテルの部屋の扉の前に立っていた。
「どちらのお穣さんが先に堕ちるか……賭けてたんだ」
それは、夜景を見ていた時以上に嫌らしい笑顔だった。
「あんたか百合のどちらが貞操を失うかってこと」
「嘘……何いってんのよ」 後ろにはトキタが控えていた。何もかもが最悪だった。
「ほら、見ろよ。百合のエロい写真。良かったらあげようか?」
「うるさい。あんた百合に何したの?」
「これは百合が望んだ事さ。早く大人になりたいって言ってたぜ。良かったな片瀬ちゃんは純潔が守れて」
「悪いな、女王様の命令だしな。このゲームを辞める訳にはいかなかったんだ。」
何かが、おかしいと思っていた。確に、いろんな覚悟は決めていたが、百合にまで手を出していたなんて許せなかった。自分が遊ばれていた以上に、悔しかった。
百合の恍惚とした顔が映った写真の束がホテルの廊下に散らばった。
私は見たくもない写真を拾いながら恨めしそうに二人を見た。
「俺は、片瀬が先に堕ちると思ったんだけど」
リュウジが見下しながら言った。
「一生、処女で生きてろブス」
トキタが吐き捨てて逃げた。
私は泣かなかった。代わりに私はその写真を千切ってロビーのゴミ箱に棄てた。
あいつらが思っている程、私は清純なんかではない。少なくとも、あんなゲス共に見下されて泣き寝入りできる程、潔くはない。