第二話『不格好な鳥』
街のとある劇場のスペースで密やかに卒業生展が行われた。一般客は、ほとんどが、偶然通りかかった通行人で、モノ珍しそうに、もしくは、つまらなそうに絵を見ている。
私は、主に入り口に立って案内をする役目で、借り物の白いスーツは似合っていない。
「ちょっと替わる?」
留学生で、私の隣でカウントをしているリュウジが言った。彼は、自前なのか、借り物なのか判断がつかないタキシードを着こなして、いかにも紳士のように言った。
小顔で、やけに整った顔が近付くと私は息が詰った。
「いいよ。あと二時間で交代だし」
「そう?気が変わったら何時でも言ってよ」
「わかった」
普段は、調子良くヘラヘラ笑ってる様な奴だが、本当の所はよく分からなかった。
子供を連れた女性の客が絵に対して説明を求めてきたので、少しだけ持ち場を離れた。
「芸大生の方?」
「いえ、大江高校の美術サークルの者です」
「高校生?どうりでお若いと思ったわ。私も昔、芸大に通ってたの。結局、結婚して辞めたんだけど」
「はぁ」
綺麗な手をしているなぁと思った。家事をしている人間の手とは思えない。
「貴方の描いた絵はどれ?」
「わ、私の絵ですか?」
突然、自分の絵はどれかなんて聞かれると思わなかったので少し驚いた。
その女性の子供が私の絵を、じっと観ていた。自分の絵の下手さが解るのではないかと怖かったが、女性を案内する。
「これです」
題は『都鳥』。大型の渡り鳥で、真っ黒い背と、対照的な白い腹をしていて、長い嘴を持っている。
スケッチを基に、独自にアクリル絵の具で描き加えたものだった。普通、野鳥を描くときは柔らかい水彩絵の具を使う人間が多いが、私の場合は、線の細い都鳥よりも、力強い都鳥を描きたかったためアクリルで仕上げた。
拙い絵だったが、私が卒業展に向けて描いたどの絵よりもインパクトがあった。
「へぇ〜、貴方の絵が一番上手いわね」
お世辞だと分かっていても、やはり嬉しく思う。「お姉ちゃんが描いたの?」
気が付くと、女性の陰に居た女の子が、こちらを向いていた。
「そうよ、私が描いた都鳥」
子供の瞳は純粋で怖い。その輝いた眼に見つめられると、訳もなくごめんなさいと謝りたくなる。
「じゃあ、もう少し見てからまた戻ってくるわ」
戻ってくるという意味を掴み損ねた私は、去っていく女の子の後ろ姿を、ただ目で追っていた。
「随分と気に入られたみたいだな」
入り口から、現れたのは同じサークルのトキタとアツコだった。
「交代まで、まだ時間あるけど?」
二人が付き合っている事は誰がみても明らかで、サークル内では有名な話だった。
「いいから、いいから。リュウジ君と休んできなよ」
「え?本当にいいの?」
珍しくやる気があるアツコを不審に思ったが、二人の邪魔をする理由は何もない。
「俺ら、スーツ着て外で歩くの嫌だし」
そう言ったトキタは、ホストの様だった。
「行こうか」
意外にもリュウジは乗り気で、それもまた私を戸惑わせた。
「どこかで軽く食べる?」
「うん、俺さ、上手いホットパイの店知ってるよ」
別に断る理由もなかったので劇場を出た。この格好では、少しだけ寒いなと思った。