表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

東さんと兄弟

「それでさ、姉さんが言ったんだよ」

 朝早い教室には、僕と彼女を含めても数人の生徒がいるだけだった。僕は自分の席に横向きに座り、後ろの席の東さんに熱心に話しかけていた。

 長い黒髪、眠たげな眼差し、小さな手。東さんは、なんというか、不思議なオーラを放つ子だった。

 彼女は、高校2年生の女の子としては、口数が少なかった。だから彼女とコミュニケーションを取ろうとすると、こちらが一方的に喋る羽目になる。

「『右利きなんだから、右手にフォークを持つのが自然だろ』って。全く、いい歳してマナー知らずな困った姉さんだよ」

「そうね」

 お前の方がマナー知らずだ、と言わんばかりの冷めた声で、東さんは小さく相槌を打った。僕の話は右から左のようで、指先は長い髪の先をいじっている。眠たげな視線も、そこに集中するばかりで、ちっとも僕の方を向いてくれない。

 とは言え、決して僕が嫌われているわけではない……と信じたい。一応相槌は打ってくれるし、機嫌の良い時は表情を交えたリアクションを取ることもある。それに東さんのこの態度は、僕だけに向けられるものではないのだ。彼女は、誰に対してもこういう反応をする。だから、僕だけが殊更に特別扱いされているわけではないのだ。

 ……そう、特別扱いされていないのだ、僕は。自覚すると少し寂しい。

「でも、どうしてナイフは右手で、フォークは左手なんだろうね?」

 僕が言うと、東さんは目線を上げて口を開いた。が、すぐに閉じて目を下げる。

「……え、なに、知ってるの?」

「……」渋々、と言った感じで話し始める。「ナイフとフォーク、どちらの方が使うのに力が必要かと言ったら、お肉を切るナイフでしょ? だから、ナイフを右手で持つのよ」

「あ、なるほど」

 わかってしまえば簡単な話である。東さんは興味なさ気に、髪の毛をいじる。髪の先に結び目を作ったが、東さんが手を離すと、それはしゅるんともとに戻った。



 そんなある日のことだ。

「おはよう」

 今日も早く登校して、僕は東さんに声をかけた。彼女は鬱陶しそうに顔を上げ、「おはよう」と返事をして……目を丸くした。

「どうしたの、その顔?」

「あ、もしかして痣になってる?」

 僕は右頬に手を添えた。そこは軽く触れるだけでヒリヒリとして、熱を帯びたように痛い。でも、僕はその痛みが気にならなかった。何しろ、東さんが僕を心配してくれたのだ。嬉しくなって、僕は頬を緩めた。

「痛いの?」

 頬を緩めたのが、苦痛に歪んでいるように見えたらしい。

「冷やして来たら?」

「いや、大丈夫だよ」

 ますます心配する東さんに、僕はますます嬉しくなった。席に座り、僕は東さんに事情を説明する。

「今朝、姉さんとケンカになって、思いっきり殴られたんだ」

 朝からバイオレンスね、と東さんが突っ込む。しかし暴漢などに襲われたわけではないとわかってホッとしたのか、またいつもの眠たげな表情に戻った。

「昨日、僕が姉さんのプリンを食べたのがバレたんだよね」

 東さんは小さく相槌を打ってくる。それは怒るわよ、と言いたげだ。

「まさか姉さんのだとは、思わなかったんだ。名前書いてなかったし。それで、名前を書かなかった姉さんが悪いんだろって言ったら……」僕は右頬を撫でた。「これだよ」

 東さんは指先に髪の毛を巻きつけながら、「朝から賑やかな家庭ね」とため息混じりに言った。呆れているらしい。

「そういえば、東さんには兄弟とかいないの?」

 ほんの軽い気持ちで聞いた。

 ごく普通の、日常会話のつもりだった。

 しかし彼女は目を伏せ、髪の毛を幾重にも指に巻きつけ始めた。

 ……そのまま、沈黙の時間が流れる。

「え…あの……」

 もしかして、まずいことを聞いてしまったのだろうか。僕は内心焦りながら、彼女の顔を見つめた。物憂げな表情だが、それはいつもと変わりがない。それともまさか、普段から兄弟のことで憂いているのだろうか。

 そう思ったのだが、それは杞憂に終わった。東さんは顔を上げると、奇妙なことを言い出した。

「私から見て、私の兄弟の人数と、姉妹の人数は、等しいの」

「は……?」

「そして、私の家族は、男の人数と女の人数の比が、1:2になるの」

 なんだ? 何を言っている?

 混乱する僕を他所に、東さんはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「では、私の兄弟と姉妹の数は、何人でしょうか? ただし、ここで言う『家族』というのは、両親と子どもだけよ」

「えっと……??」

 目を白黒させながらも、徐々に東さんのやりたいことがわかってきた。

 彼女は、僕にパズルを出題しているのだ。

 東さんの目が、今まで見たことないくらいキラキラ輝いている。机に両肘を付き、組んだ両手にあごを乗せて、僕を上目遣いに見ていた。赤い小さな唇が、楽しげに弧を描いている。

 そんな目で、そんな表情で見られては、期待に応えないわけにはいかない。僕は頭を働かせて、彼女のパズルに取り掛かった。

~読者への挑戦状~


以上で、「問題編」は終了です。

東さんの兄弟姉妹は、それぞれ何人でしょうか。


ついでにもう1つ。

この「問題編」には、ある秘密が隠されているのですが……

それは、果たしてなんでしょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ