第1話 唄井先輩と私
絶対満足させるので、ブックマークをどうかお願いします……((๑•﹏•)
第1話だけちょっと長めですが、第2話以降は読みやすいサイズになります
突然だが、私は恋に落ちた。
文化祭マジックでも、私が子どもだからでもない。
「それでは次で最後の曲です。Mr. Childrenさんより『シーソーゲーム』」
ボーカルがそう言うと、黄色い声援で会場がどよめく。きっと皆、あの人の顔しか見てない。けど一番凄いのは……!
「きた!」
下手くそでテンポの微妙にズレたドラム、ピッチの合わないベース。その中で一際輝くあの人のギター。そしてあの人の歌が、世界が、体育館中に広がる。
「愛想なしの君が笑った
そんな単純な事で遂に
肝心なものが何かって気付く──」
女性には歌い辛いであろう低いボーカルラインを丁寧になぞるあの人の声は、どんなマッサージよりも優しく私の脳を溶かしていった。
だから私は、あの人に恋をしたのだ。
────
「えぇ、みなさんはこの4月をもって、ここ澄嶺ヶ丘高等学校の新入生となりました──」
いつの時代も、校長先生の話というのは長いらしいようで。私が欠伸をしながら祝辞を聞いていると、隣に立つ椿姫が話しかけてきた。
「いつの時代も校長の話は長いもんだな」
「安心したよ……私と同じ感想を、幼馴染がもっててくれて」
「幼馴染……幼稚園から高校までだから、これで奏との付き合いも12年だね」
そんな話をしていると、校長先生の話が終わった。すると一人の女性が壇上へと上がった。
「あの人だ……!」
黒く長い髪をはらりと靡かせるあの人。
間違いない。中学生の頃、文化祭で私の初恋を奪っていった人だ。
「私、軽音部に入ってあの人のバンドに入るんだ!」
「はぇ……だからあんなに勉強頑張ってたのか」
「うん。絶対あの人に、私を好きになってもらわないと……!」
「みなさんこんにちは。生徒会書記を務めています、唄井と申します。みなさんご存じの通り、ここは部活動が盛んな学校。みなさんも是非、各々の道で青春を謳歌してください。では──」
あの人は生徒会なのか。
かっこいいなぁ……私よりも身長高いし、壁ドンしてもらったらイチコロだ。
そんなことを考えていると、あっという間に入学式は終わり、いよいよ待ちに待った部活動体験入部の時間だ。私が行くのは勿論軽音部。なのだが……
「あれぇ……? 部室どこぉ……?」
この学校、思っていたよりも広い。入学時に渡された校内マップをいくら見ても、軽音部の部室は見当たらない。
「こうなったら、勇気をだして!」
マップに印刷された「生徒会室」の4文字。ここにいけば、誰かしら部室の場所は知っているだろう。そうと決まれば話は早い。私はそこを目がけて廊下を走り出した。
「急がないと……唄井さんに会えないかも」
こんなふうに焦って、尚且つ前も見ずに走ってしまえば、当然誰かとぶつかってしまう。ドンという音ともに、体重が落下した。
「いてて……すいません、急いでて」
「こちらこそ申し訳ない。怪我はない?」
立ち上がったその人は、なんというかすごくかっこよかった。身長も高くて、黒髪が綺麗で……ってあれ!?
「もももしかして、唄井さん、ですか!?」
「ええとまあ、そうだけど」
「やった! 会えましたね! 私、文化祭で唄井さんを見てこの学校に入学を決めたんです!」
「そっか……それはうれしいな」
唄井さんは嬉しくなさそうに、嬉しいと言った。何かまずいことを言っただろうか……
「唄井さん、良ければ部室に案内していただけませんか? 私、道に迷ってて」
「……悪いけど、私も急いでるんだ。部室なら3棟2階の真ん中あたりにあるから」
その言葉を聞くばかりで、私は唄井さんの背中を見送ることしかできなかった。
「ひとまず、部室に行こう」
取り敢えず話しかけることはできた。
あとはここからどうやって距離を詰めるかだな。
────
「えっと……こんな感じです」
やっとの思いで部室に辿り着いた私は、部室内でキーボードを試奏した。演奏したのはDAYBREAK FRONTLINE。あまり疾走感や爽やかさを表現することができなかったが……
「すげえじゃん君! 是非うちのバンドに!」
「いやいや、この才能は是非我れらがモンキースパナにだね……」
どうやらここの軽音部は、複数のバンドが所属するいわばサークルのようなものらしかった。
いったい、私はなぜ誘われているんだろう?
「え、えっと……ごめんなさい。私、組みたい人がいて……」
部室内で唄井さんを探してみるが、どこにも見当たらない。生徒会の仕事でもあるのだろうか。
「……わかった。気が変わったらお願いね」
「ありがとうございます、先輩」
あれから部活終了時刻まで先輩を待ってみたものの、結局来ることはなかった。
……明日こそ、先輩のバンドに入るんだ。
「……ないんだ、風もなく……」
?
どこからか声が聞こえる。
もうとっくに日は沈んでいるというのに、一体誰が。
上から……聞こえるのか?
「最前線飛ばせ僕たちは
星も無いよるただ東を目指していく」
同じ曲だった。
私が部活で弾いた曲と同じものを、誰かが屋上で歌っていた。
「……!」
唄井先輩だった。
夜の風に、長い黒髪が線を引いている。
「あら、見られちゃった」
振り返る先輩は美人だった。きっとあの人以外の全てが、先輩に見惚れている。
「先輩、私をバンドに入れてくれませんか? 私、そのために苦手な勉強頑張って、やっとの思いでここに入学したんです。お願いします!」
腰を直角に折って頭を下げる。
「ごめん。あのバンド、私が原因で解散しちゃったの。それに、生徒会も忙しいから……もう、音楽にもあまり──」
「じゃあ! なんでここで歌ってるんですか!?」
一陣の風が屋上を吹き抜ける。
「先輩、本当はまだまだバンドやりたいんですよね!? それをいろんな理由つけて逃げて……そんなの!!」
「君は……初対面なのに随分と知った口を……」
「……」
「ごめん。帰るね」
体が風に飛ばされそうになるほど、力が抜ける。思考をあやふやにしたまま、先輩が屋上から出ていくのを黙って見届けた。
────唄井視点
昨日は散々だった。
ただでさえ入学式の準備や生徒会活動で忙しいというのに、なんだよあの新入生。
まずあとあのオレンジっぽい髪はなんなんだ!? 地毛か!?
あと初対面なのにいろいろ怖いんだよ……
「はぁ……」
なんで、私が後輩のことなんか考えなくちゃいけないんだろ……
「あの子、なんて言うんだろうなぁ」
こんな言葉と一緒に、私は生徒会室の鍵を閉めた。無限に続くように思える暗闇の廊下は、私が孤独であることを無慈悲に突きつけてきた。
「あれ……?」
3棟の部屋が1つ、明かりがつけっぱなしだ。
もう部活動終了時刻は過ぎているはずだが……
「まだ、部活に執着してるのか」
今年からは生徒会に集中しようと決めていたのに、私の足は部室へと向かっていた。
気づかれないように、そっと扉を開ける。
「……キーボード」
彼女だ。
私とバンドをやりたいという彼女が練習をしている。
「もう! また同じとこ抜けた……強弱の意味が掴めてない、ここはもっと力を抜いて軽く、ここは逆に重めの刻み方で……」
彼女の指……手首すらも少し震えている。
誰の目から見てもやりすぎであることがわかった。
「おお唄井。もう帰れよー」
「……高田先生」
軽音部顧問、高田先生。
厳しいものの、熱血で優しい男性だ。
「彼女、帰さないんですか?」
「いや……それがな、『私に実力が足りないからいけない。無理やりにでもバンドを組みたい人がいる』といって聞かなくてな。
まあ、そろそろ帰そうと思ってたところだ」
キーボードを叩く音が強くなる。
本来鍵盤を叩く強さで変化するのは、音楽をやっていないとわからないようなほんの微細なもの。
それを追い求めるのに、あれだけの努力を。きっと……私のために。
「おら、もう帰れ」
高田先生が部室へと入っていく。私は2つの影が揺れるのを見ていることしかできなかった。
「嫌です、もう少しだけ……もっと上手くならなきゃ、先輩の心を掴む演奏をしなくちゃ……」
「駄目だ。帰れ」
「あと1回だけですから! お願いします!」
高田先生が答えるよりも先に、彼女は演奏を始めた。
紡がれていくのはDAYBREAK FRONTLINE。
疾走感と爽やかさがウリのボカロ曲。
「そんなんで生きていけんのか
もう戻れないぜ」
奏でられた歌詞が私の影を縫う。
でも私は、生徒会をやらなくちゃいけないんだ。それに、また同じことを繰り返したら……この子を傷つけたくない。
「13秒先もわかんなくたって
精一杯僕を生きていく
何も後悔なんてないさ 前を向け」
「……!」
彼女は歌っていない。ただ、キーボードを一生懸命に叩いているだけ。旋律も、表現力も、いたって普通な演奏。
じゃあなぜ、こんなにも心の風通しがいいのか。
想起させられたのは、彼女が私の手を引いて、夜明けへと連れ出してくれる光景だった。
「もう少しだけ……欲張ってもいいのかな」
あの歌詞を歌っているのは紛れもなく、私の心だ。
「……ねえ!」
扉を勢いよく開けて、彼女へ声をかける。
「う、うわぁ!?」
腰を抜かした彼女は、後退りをしながら私を見あげている。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
「だ、だって! 先輩が急に話しかけてくるから!」
「ははっ、ごめんごめん」
なんだ、思ったよりも普通の子じゃん。
ほんのちょっとだけ情熱が激しいタイプの、普通の女の子だ。
「バ、バンド組んでくれる気になりましたか!?」
私は、転んだままの彼女へ手を伸ばす。
この子となら。私のためにこんなに頑張ってくれるこの子となら、もう少しだけ音楽に執着してもいいのかもしれない。
「うん。考えてあげる」
「ほ、本当でふか!?」
「ほんと。信じられない?」
「い、いえ……ありがとう、ございます!」
思ったよりもこの子の手は温かかった。
なぜかこの瞳に、私は吸い寄せられているような気がした。




