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妹に婚約者を奪われたので譲りますが、後始末はお断りです~今さら家族ぶられても、こちらから願い下げです~ 【連載版】  作者: アトハ
1章 ゆずらないと決めた日

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第5話 ここでは、私の手が届く

「お姉様がいなくなっただけでしょう!? 帳簿だの契約だの、そんなの執事たちにやらせればいいじゃない!」

「それで回るなら、最初からそうしていたでしょう」

「何よ、その言い方!」

「……セシル。今回の件は、欲しいものだけ手に入れて終わりにできる話ではないの」


 セシルが息を呑む。


「私はただ、選ばれただけよ!」

「ええ」

「私は悪くないわ! 好きになられただけじゃない!」

「選ばれたのなら、その結果くらい引き受けなさい」


 セシルの目にみるみる涙が溜まる。


「どうしてそんな言い方をするの……」

「初めて責任がついてきたから?」

「お姉様ばっかり……!」


 そのとき、父が苛立った声を上げた。


「もういい、二人とも。リディア。出ていく前に引き継ぎくらいはしていけ」

「なぜです?」

「家族だからだ!」


 私はしばらく父の顔を見つめた。


「婚約を破棄された翌朝、お母様は私よりセシルを優先しました。お父様は私を家の恥だとおっしゃった。セシルは私のものを奪って当然だと思っていた。それでも、まだ家族と呼べるのでしょうか」


 母が青ざめた顔で口を開く。


「あなた、それは……言い過ぎよ」

「言い過ぎではありません」

「私たちは、あなたのこともちゃんと……」

「大切にしてくださったと?」

「リディア、どうしてしまったの。あなたは昔はもっと聞き分けのいい子だったでしょう」


 その言葉に、私はほんの一瞬だけ目を伏せた。


「ええ。お母様にとって私は、昔から『聞き分けのいい子』ではなく『都合のいい子』でしたものね」

「……っ」

「私は平気だったのではありません。我慢していただけです。……家族でいたかったのは、私の方でした」


 その言葉で、部屋がしんと静まった。


「さようなら。……安心してください、恨んではいませんから」

「……それなら!」

「ただ、もう戻りません」


 私は静かに立ち上がる。


 母の慌てたような声が追ってきた。

 けれど、私は振り返らなかった。


 もう、この人たちに私の行き先を決めさせるつもりはない。




***


 グレンフォード公爵領へ移ってから、私は少しずつ領地の仕事に触れるようになった。


 最初は、執務室で書類を見せていただいたり、視察の報告を聞かせていただいたりする程度だった。

 学校や医療院、冬を越えるための備蓄――目を通すべきものは多く、書類の数字と現場の実情が、必ずしも同じではないこともすぐに分かった。


「この報告について、君はどう思う」

「数字の上では足りておりますが、実際には偏りが出ているかと。こちらの村は、雪が深くなれば運び込みが遅れます」

「……なるほど」


 そうして考え込む横顔を見ながら、私は胸の奥がわずかに落ち着かないのを感じた。

 言ったことをただ聞き流されるのではなく、こうして本気で検討されることに、まだ慣れていない。


「それと、医療院の消耗品も帳簿の減り方が早いです。流行り病の備えを見直した方がよろしいかもしれません」

「私もそこは気になっていた」


 机の上の帳簿に置かれた指先が、減りの早い項目をひとつずつ追っていく。


 私の違和感が、ただの口出しとして流されない。

 それだけのことが、少しだけ嬉しかった。


「次の視察に同行してほしい。君にも、我が地の現場を見てほしい」

「もちろんです」


 伯爵家にいた頃も、私は帳簿を見て足りないものを拾い、先回りして整えることには慣れていた。

 もっとも、あちらでそれを喜ばれたことは一度もなかったけれど。


 大きなことを任されているわけではない。

 けれど、見落とされそうな綻びに気づくたび、アシュレイ様はきちんと耳を傾けてくださる。

 それがひどく不思議で、胸の奥が少しだけくすぐったかった。



 ある雪の日の夜、執務室で書類を片づけていると、アシュレイ様が温かい紅茶を置いてくれた。


「少し休もう」

「ありがとうございます」

「君は頑張りすぎる」

「そんなことは」

「ある。疲れている顔をしている」


 しばらく静かな時間が流れる。

 窓の外では雪が音もなく降り続けていて、執務室の灯りだけが、そこだけ別の季節みたいに温かかった。


 アシュレイ様が椅子に腰を下ろし、私を見た。


「聞きたいことがある」

「何でしょう」

「君は今、幸せだろうか」


 思いがけない問いだった。

 けれど、答えに迷いはなかった。


「はい」


 そう返すと、アシュレイ様はほんのわずかに息をついた。

 安堵したのだと、顔を見るまでもなく分かった。


「私の幸せを、そんなに気にしてくださるのですね」

「気になる」

「どうしてですか」


 アシュレイ様は少し黙った。

 視線が、机の上の書類へ落ちる。

 けれど逃げるようには見えなかった。ただ、言葉を探しているだけだった。


 やがて、彼は静かに口を開いた。


「それは──」

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