第21話 名前のない仕事
翌朝、昨日の商会から、昨年の慈善会で交わした書状と注文書の控えが届いた。
今年の分と並べて、私は順に目を通していく。
「去年も、途中で追加が出ていますわね」
最初に決めた数だけでは足りなくなり、孤児院から追加の相談が来ていた。
そのときのことは覚えている。
私はまず商会へ、慈善会までに追加で何着用意できるか尋ねた。
返事が来れば孤児院へ伝え、その数で構わないか確認する。
話がまとまったところで、追加注文が必要だと屋敷の担当へ回した。
商会とのやり取りも、当時の控えとして残っていた。
「この問い合わせは、君から来ているな」
「はい。追加で何着まで用意できるか、商会へ確認したときのものですわ」
その返事を孤児院へ伝え、十着でも構わないと了承をもらった。
あとは屋敷へ追加注文を回している。
そこまで説明すると、アシュレイ様が書類から顔を上げた。
「……その間の確認、全部君がやっていたのか?」
「ええ。そうですけれど?」
「本当に君は──」
アシュレイ様は、呆れたように小さく息を吐いた。
「自分がやっていることを軽く見すぎだ」
「……そうでしょうか」
最後には、追加分の注文書も残っている。
それが去年の履歴のすべてだった。
続いて、今年の書類を横へ置く。
まず異様なまでに記録が少ない。
それもそのはずだ。最初に百着の発注──その先がなにもない。
セシルは二百着贈ると勝手に約束したらしい。
けれども、その具体的なやり取りがなにも残っていない。
当然、追加注文も出ていなかった。
「去年なら、セシルがあの場で二百着と言ったと聞けば、君は商会へ確認したか?」
「もちろんですわ」
思わず即答していた。
「いきなり百着追加するなんて、さすがに無理な話ですわ。まず、何着までなら間に合うのか確認します」
「無理だったら?」
「孤児院へ事情をお話しします。ほかの商会から調達できないか探すこともできますし、届ける時期を分けることもできますわ」
そこまで答えたところで、アシュレイ様がじっとこちらを見ていることに気づいた。
「……何でしょう?」
「いや」
少し間を置いてから、彼は言った。
「君にとっては、それが当たり前だったんだな」
「ええ。約束したものが届かなければ困りますでしょう?」
「そうだな」
アシュレイ様は、去年と今年の書類を見比べた。
「だが今年は、誰もそれをしていない」
「……そうですわね」
セシルが軽く口約束した──そこで、やり取りが終わっている。
セシルがセシルなら、それを放っておいた周囲も周囲だ。
誰ひとりとして、状況を把握できていない。
「フレデリック様には、勝手にやっていただけだと言われましたけれど」
「これほどのことをか?」
「はい」
婚約を破棄された夜のことを思い出す。
帳簿も、契約も、慈善会のことも。
私が勝手にやっていただけだと。
今思えば、あの人は私が何をしていたのか、何ひとつ見ていなかったのだ。
「…………こうなっているのも、私のせいなんでしょうか」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
けれど、まったく関係がないとも言い切れない気がした。
「少しはな」
「えっ」
思わず顔を上げる。
「君が何でも先回りして片づけていたせいで、あいつらは随分と甘えた」
「……そういう意味ですか」
「ああ」
アシュレイ様は、机の上の書類へ目を落とした。
「だが、必要な資料も引き継ぎも残していたんだろう?」
「はい。途中で誰かが代わっても分かるようにはしていました」
「なら、ここから先まで君が背負う話じゃない」
迷いのない声だった。
「残されたものを見ない。自分たちで確認もしない。それで今まで通りに回ると思った相手が悪い」
「……そうですわね」
言われてみれば、その通りだった。
私がいなくなった後のことまで、面倒を見続けることなど不可能だ。
「というか、見る目がないにもほどがあるな」
あまりに真顔で言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
「そこまで言います?」
「事実だからな」
即答だった。
「実際、君がいなくなって困っている」
「それは、まあ……」
否定しようとして、今年の注文書が目に入った。
残っているのは、最初に出された百着の注文だけ。
セシルが二百着と約束したあと、追加の確認も、発注もされていない。
孤児院から二度も問い合わせが来ているのに、それに返事をした形跡すらなかった。
「……少しくらいは、役に立っていたのかもしれませんわね」
「少し?」
アシュレイ様が、あからさまに眉を寄せた。
「何ですの」
「いや。随分、控えめだと思っただけだ」
まるで納得していない顔だった。
「……きっと、見習いの件も似たようなことになっていますわね」
昨日聞いた話を思い返す。
商会が引き受けると決めたのは八人。
それなのに、孤児院には十二人と伝わっている。
衣料と違って、見習いは人だ。
孤児院だけでなく、受け入れる商会や本人たちの予定まで関わってくる。
「こちらの方が、なおさら途中の確認が必要ですわ」
「去年は、それも君が?」
「ええ。商会への問い合わせもしていましたし、顔合わせには必ず同席しておりましたわ」
見習いの紹介は、人数だけ合わせれば終わりという話ではない。
ろくに働けない者を紹介すればエヴァンズ家の信用に傷がつくし、反対に、待遇の悪い商会へ送り込めば、今度は紹介したこちらの責任になる。
本人と商会、どちらも見たうえで決める必要がある。
だからこそ、受け入れ先も決まっていないのに増やしますと宣言するだけで済むはずがないのだ。
「……困りましたわね」
今年は、八人分しか受け入れ先が決まっていないのに、孤児院には十二人と伝わっている。
残りの四人は、行き先すら決まっていない。
いや、それ以前の問題だ。
商会へ紹介する以上、本人の人柄や働ける条件くらいは確かめておかなければならない。
その四人について、そこまで話が進んでいるとは思えなかった。
「慈善会……散々な現状だな。中止にするのが妥当か?」
「いえ」
それだけは即答できた。
「父も母も、体面だけは何より気にする人たちですもの。きっと中止にはしませんわ」
毎年続けてきた催しでもある。
多少問題が起きている程度で、中止するとは思えなかった。
「アシュレイ様。少し準備をしてもよろしいでしょうか」
「何をする?」
そう尋ねてから、アシュレイ様はわずかに眉を寄せた。
「……君が、尻拭いまでしてやる義理はないぞ」
「分かっていますわ」
私は少しだけ笑った。
「できないっていうのなら──奪ってしまっても問題ありませんよね?」
アシュレイ様は一度だけ瞬きをした。
「慈善会をか」
「ええ」
口にしてみると、我ながらずいぶん思い切ったことを言っている。
けれどアシュレイ様は、否定しなかった。
「悪くない」
「……よろしいのですか?」
「ああ。慈善会を取り仕切れば、慈善活動だけでなく、有力な商会とも新たな付き合いが持てる。公爵家にとっても損のある話ではない」
「それは……そうですけれど」
そこまであっさり肯定されるとは思わなかった。
「……失望なさいました?」
「何をだ」
「私、思っていたよりドライな人間だったようですわ。実家が相手でも、隙があれば役目ごと奪おうとしているのですから」
自分で言っておいて、少しだけ決まりが悪くなる。
「何が悪い」
間を置かずに返された。
「果たせない役目を抱えて、他人を困らせる方が問題だろう」
「それは──」
反論しようとして、やめた。
孤児院では百着足りず、見習いは四人の行き先すら決まっていない。
それでも慈善会だけは開こうとしている。
アシュレイ様の言う通りだった。
「そうですわね」
そう口にすると、胸の奥に残っていたわずかな迷いまで薄れていった。
「では――やってやりますわ」
「ああ」
私は今年の書類を引き寄せる。
「もし、当日になっても何も整っていなければ──その役目ごと、こちらで奪いますわ」
「それでいい」
アシュレイ様は驚くどころか、当然だと言わんばかりに頷いた。
それから、何でもないことのように続ける。
「公爵家の名が要るか?」
「必要になると思います」
「なら存分に使え」
あまりにも簡単に返されて、今度は私の方が目を瞬いた。
「必要なんだろう?」
「……はい」
「なら問題ない」
相変わらず、迷いがない。
「ありがとうございます」
「好きにやればいい」
「……そこまで言われると、本当に好きにしてしまいますわよ?」
「構わない、やってみろ」
どうやら冗談ではないらしい。
私は笑って、白紙を一枚手元へ引き寄せた。
まずは、衣料を追加で用意できる商会。
それから、四人を受け入れられる店。
慈善会までに間に合うところを、先に押さえておく。
エヴァンズ家が自分たちで整えられるなら、使わずに済む。
できないまま当日を迎えたなら――そのときは、遠慮なくこちらで引き取るまでだ。




