第18話 口を挟むつもりはありませんので
「エヴァンズ家の春の慈善会、今年は少し揉めているようですわね」
その言い方だけで、善意からの話題ではないと分かった。
何も表情に出さぬよう気をつけながら、私は続きを促した。
「何かございましたの?」
「ええ。衣料や薬品の納め先で、届くはずの数と帳面の数が合わないことがあるそうですの。問い合わせても返事が遅くて、慈善会へ回す品の取りまとめも滞っているとか」
「そうでしたの」
「そういえば、エヴァンズ家は公爵夫人のご実家でしたわね。何かご存知ですの?」
こちらの反応をうかがうような視線が、遠慮なく向けられる。
試されているのだと分かった。
ならば、見くびられたまま受け流すつもりはない。
「いいえ。わたくしも、いま初めて伺いましたわ」
私は向けられた視線を正面から受け止めたまま、言葉を継いだ。
「気にはなります。けれど……だからといって、わたくしが軽々しく口を挟んでよいことではございませんわ」
「まあ、けれどご実家のお話でしょう?」
「だからこそ、ですわ」
相手が口を開くより先に、私は淡々と続ける。
「すでに離れた家の内へ、立場もなく口を差し入れるなど、無責任に過ぎますもの」
「無責任?」
「ええ。責を負う気もないまま、縁だけを理由に口を出すことを、わたくしはそう思っておりますの」
扇の向こうの目が、わずかに揺れた。
それでも私は、声色ひとつ変えなかった。
「それとも、ミランダ伯爵家では、そのような振る舞いを慎みないとはお考えになりませんの?」
穏やかな口調のまま告げる。
けれど、それが単純な問いではないことは、その場の誰にも伝わったはずだった。
「まあ……立ち入ったことを伺ってしまいましたわね」
そう言いながらも、その婦人はわずかに目を泳がせた。
先ほどまでの面白がるような色は、もう残っていなかった。
「いいえ」
その短い返答だけで十分だったらしい。
ミランダ婦人はそれ以上言葉を継げず、扇を口元へ寄せたまま曖昧に会釈した。
その場に残ったのは、先ほどまでとは少し違う沈黙だった。
やがて別の話題が始まり、婦人たちの輪はゆるやかに散っていく。
──人の波が少し引いたところで、私はアシュレイ様のもとへ戻った。
「少しお疲れではありませんか」
「大丈夫ですわ。それより、ひとつ気になる話を聞きました」
「聞こう」
私は、先ほど耳にしたエヴァンズ家の噂について、聞いた範囲だけを簡潔に伝えた。
アシュレイ様は途中で遮らず、最後まで静かに聞いていた。
「……なるほど」
「まだ噂の範囲です。ですから、今すぐどうこうという話ではありませんけれど」
「私が聞いた話とも合う。なにより、君が引っかかったならそれで十分だ」
「そう仰ると思っておりました」
私は、そう返しながら小さく口元をゆるめた。
「帰ったら、確認を回そう」
「はい」
私は小さく頷いた。
その後、辞去の挨拶を済ませ、私たちは広間をあとにした。
「思っていた方と違ったわ」
「ええ。ずいぶん落ち着いていらした」
「公爵も、あそこまで伴侶を表に出されるのね」
「……大事になさっているのが分かったわ」
こぼれ落ちるような声が、通り過ぎる私たちの背へ届いた。
私は足を止めず、そのまま歩く。
けれど、足取りは入ったときよりずっと軽かった。
屋敷の外へ出ると、夜気はまだ少し冷たい。
馬車へ向かう途中で、アシュレイ様が低く言った。
「今夜は来てよかった」
「わたくしもです」
しばらく歩いたあと、アシュレイ様がふいに続ける。
「……伯母上の言葉は、当たっていたのかもしれない」
「どのお言葉でしょう」
「私が人を頼るのが下手だという話だ」
思いがけない言葉に、私はそっと目を上げた。
「ご自分でお認めになるのですね」
「認めたくはないが」
アシュレイ様は前を向いたまま言った。
「君が気になると言った時点で、私の中ではもう捨て置けない話になっていた」
その言葉が、不思議と胸に残った。
「……それは、少し光栄ですわ」
「少しか」
「では、かなり?」
隣で、かすかに笑った気配がした。
馬車の扉が開かれる。
乗り込む前に、屋敷の灯りを振り返った。
あの夜、私は大勢の前で笑い者にされ、切り捨てられた。
けれど今夜、同じように人の視線が集まる場所で、私はアシュレイ様の隣に堂々と立っていた。
もう、あの夜の私のままではなかった。
「帰りましたら、少しだけ状況を整理しますわ」
「ああ」
「今夜のうちに、忘れないようにしておきたいのです」
「そうすると思っていた」
馬車が静かに動き出す。
窓の外には、王都の灯りが途切れずに続いていた。
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