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非モテの僕が母親以外から初めて貰ったチョコは、クールビューティーなお姉さんがくれた本命でした ~拉致された上にチョコ罪で処刑されそうになったけれど16年の人生で一番素敵なバレンタインデー~

作者: 黄帯
掲載日:2026/02/09


 今日はバレンタインデー。

 だけど土曜日で高校は休み。

 幸いなことにね。


「学校で惨めな思いをしなくて済むもん。どうせ義理チョコさえもらえないんだから」


 僕、坂上さかがみ誠也せいやは散歩をしながら呟いた。


 これまでの16年間の人生で彼女はもちろんのこと女の子の友達さえできたことはない。

 非モテの僕にバレンタインチョコをくれるのは母親オンリー。


「もうちょっと散歩して母チョコで摂取したカロリーを消費しようっと」


 そうやって昼下がりの住宅街を歩いているうちに、地元の名所になっている大きな公園へとやってきていた。


 中央の広場に行くと休日だけあって賑わっていた。


 芝生の斜面に並んで腰を下ろしている二人に目が留まった。

 高校の部活帰りと思われるジャージ姿の男子と女子だ。


「あ、あの。もし良かったら、このチョコ、受け取ってくれる?」


「えっ!? もらえるなんて思ってなかった。ありがとう。凄く嬉しいよ」


 女子も男子も顔を真っ赤にしている。

 僕はおもわず頬が緩むのを感じた。


 本命チョコを渡していたのかな。

 青春って感じでいいなぁ。

 僕にとっては寂しいバレンタインデーだけど、それでも良いものを見られたって気がする。


「さてと。そろそろ帰ろうかな」


 公園の入口まで戻ってきたとき、女性が早足で歩いてきた。


 ビシッとしたスーツ姿で右手に紙袋を提げている。

 年齢はたぶん二十代前半。

 滑らかな黒髪のボブカットが歩調に合わせて揺れている。


「ん?」


 僕は足を止めていた。

 その女性が真っすぐ僕に向かってきたからだ。

 そして僕の前に立ちふさがった。


「な、何でしょう?」


「ちょっと失礼」


 スーツ姿の女性はどこからか取り出した検温器のようなものを僕の額の前にかざした。


 ピッ


「ムム!? 君、危険だわ」


 検温器の測定結果を見たらしい女性が眉間みけんしわを寄せた。


「き、危険って?」


「来て」


「え? え?」


 状況が理解できないままコートの袖を引っ張られて公園前の通りのベンチに座らされた。


 女性もベンチに紙袋を置いてから腰を下ろした。

 並んで座る形になっている。


「あの──」


「君、名前は?」


「あ、はい。坂上誠也といいます」


 見ず知らずの人なのに、何となく答えてしまっていた。


「坂上君ね。高校生?」


「はい。あの、お姉さんは?」


「私はこういう者よ」


 女性がスーツの内側から取り出した名刺を渡してきた。


 写真入りだ。

 というかアニメ調のイラスト?

 執事っぽい服装のイケメン男子の──。


剣持けんもちしゅんです。お嬢様、チョリース♪』


 名刺を見て固まる僕。


「失礼。それは私の好きなアニメ『イケメン執事25人の罠』の推しキャラ、剣持君の名刺だったわ」


 ……おいおい。


「あらためまして──。私はこういう者よ」


 全く動じる様子もなくクールに差し出された名刺を受け取った。


黒風くろかぜ摩耶まや。株式会社グラッチョ 従業員』


 名刺にはそう書かれている。


「黒風摩耶。それが私の名前よ」


「あ、はい。お勤め先のグラッチョって、あの有名なチョコレートブランドの?」


「そのグラッチョで間違いないわ」


 グラッチョは日本トップのチョコレートメーカー企業で、デパートやコンビニにはたくさんの商品が置かれている。


「一流企業にお勤めなんですね。凄いです」


「それほどでもないわ」


「──それで、その。さっき言っていた僕が危険というのは? 熱でもあったんでしょうか?」


 僕はおそるおそる訊ねた。

 黒風さんはインフルエンザの感染などを心配して危険と言ったのだろうか。

 でも体調は全然悪くないのだけど。


「違うわよ。さっきの機械は体温計ではないもの。測定したのはバレンタイン


「バ、バレンタイン値?」


 真顔でこくりとうなずく黒風さん。


「グラッチョはチョコの一流企業ゆえに、バレンタイン値を測定する機械を開発することなど造作もないわ」


「あの、バレンタイン値とは一体?」


「それはね──」


 彼女によると、人間の脳にはバレンタインにもらったチョコに関連して変化する特殊なパルスがあり、それをバレンタイン値と呼ぶらしい。


 バレンタイン値は生後0から始まって毎年バレンタインにチョコレートをもらうたびに上昇していくのだそうだ。基本的に減ることは無いらしい。


 そして母親や親族など恋愛対象にならない人からいくらもらったところで一定値を超えることは無いのだという。


「厳密には『お兄ちゃーん』とか『にいにい』と呼んで慕ってくれる超絶可愛い妹からの家族チョコの場合に閾値しきいちを超えたというレアケースが報告されてはいるのだけれど、今は関係ないので割愛するわ」


「はぁ」


 この人、マジで言ってんのかな?


「さて。坂上君のことに話を戻すわ」


「はい」


「測定した君のバレンタイン値は一定値を下回っていた。君はおそらく、バレンタインデーにお母さん以外の女性からチョコレートをもらったことがない。クラスメイトの女の子から、義理チョコをもらった経験もない」


「……その通りですよ」


 ふん。モテなくて悪かったな。


「じゃあバレンタインデーなんて、なくなってしまえばいいって思ってる?」


 僕は首を横に振った。


「そんなことないですよ。さっき僕と同じ年代の子たちがチョコを渡している場に遭遇したとき、良いものを見たなって気分になりましたし」


 負け惜しみって思われちゃうかな。


「良かった」


 でも黒風さんは満足そうにうなずいてくれた。

 そしてほっとしている僕の横で紙袋の中を探り始めたようだ。


「これ、どうぞ」


 黒風さんが紙袋から取り出した小さな箱を差し出してきた。


「これは?」


「バレンタインのチョコ」


「でも、あっ」


 黒風さんがクールな表情が少し柔らかくなっていることに気付いた。

 そしてこうやって至近距離で見つめられると、吸い込まれてしまいそうな美人であることにも──。


「いいから」


 黒風さんが僕の手を包むようにしてその箱を握らせた。

 ドキリとする僕。


「闇落ちしなかったご褒美」


 そう言うとスクッと立ち上がり紙袋を持って歩き出した。


 僕はただ茫然ぼうぜんと黒風さんが遠ざかって行くのを見つめていた。


 しばらくしてから僕は帰路に着いた。

 コートのポケットには黒風さんからもらった小箱が入っている。


「黒風さんはチョコレート企業の人だから、余っていた営業チョコを僕にくれたのかな」


 だけどそのチョコが僕の心をウキウキとさせている。

 なぜなら母親以外からチョコをもらったのって、初めてだから。


「それにしても『闇落ちしなかったご褒美』ってどういう意味だろう?」


 僕が首を傾げながら道を歩いていると、不意にエンジン音が聞こえてきた。


 振り向くと後ろからバンが走ってきている。

 バンは僕のすぐ近くまできて止まった。

 男たちが降りてくる。

 全部で3人。


 何だ、こいつら?


 全員が黒い覆面を被っている。

 穴になっている目と口の部分だけが露出していた。


 その覆面の男たちにいつの間にか僕は取り囲まれしまっていた。


「え!? え!?」


「坂上誠也だな。確保するぞ」


「あんたら、何言って──、むぐっ」


 後ろに回った男から布を口に当てられてしまったようだ。

 妙な匂いがすると思ったとき、僕は意識が遠退いて行くのを感じた。



「……う、うーん。はっ!」


 僕は目を覚ました。

 どうやら気を失っていたらしい。


「ここは、どこ?」


 あたりを見渡してみると薄暗い工場の倉庫みたいな場所のようだった。


 そして僕は座ったパイプ椅子にぐるぐる巻きに縛られていた。

 身をよじってみたけれど、ちょっとやそっとではほどけそうにない。


「……これは一体、どういう状況なんだ?」


 僕は混乱しながらも自分の置かれた状況を整理してみた。


 覆面をした数人の男たちが車から降りてきて、口に布を押しあてられた。

 そのときクロロホルムか何か、妙な薬をかがされて気を失ってしまったのだろう。

 そして車でここに連れて来られた。


 つまり誘拐されてしまったということ?

 だけどお金持ちでもない家の高校生男子を普通誘拐なんてする?


「くそっ」


 僕は体をゆすってパイプ椅子ごと移動しようとした。

 だけどこの倉庫のような場所は結構広い。

 壁に近づくだけでも一苦労だろう。


「お目覚めかな? 坂上誠也君」


「えっ!?」


 遠くからの声に驚いてそちらに視線を向けた。

 いつの間にか倉庫の一方のドアが開いている。

 そしてその前に黒いスーツ姿の男が立っていた。

 顔にはやはり覆面をしている。


 その男が歩き出した。

 さらにドアから入ってきた何人もの覆面の男たちが後ろに続く。


 十数人の覆面の男たちが僕の周囲に輪を作った。

 ジャンパーなどのラフな格好の男たちの輪の中に、スーツ姿の男一人が進み出てきた。


 スーツ姿の男は僕の近くまできて足を止めた。

 服装のせいなのか他の男たちより貫録を感じる。


「お前ら、一体何者なんだ!?」


 僕は恐怖に駆られながらもスーツ姿の男に向かって叫んだ。


「ボスに失礼な口を利くんじゃねえ!」


 輪を作っている一人がそう言って僕に近づいて来ようとしたが、スーツ姿の男がそれを手で制した。


「ボス」


「いいから下がっていろ」


「はい」


 元いた輪に男が戻って行く。


「失礼。我々はVCJブイシージェイという集団なのだ」


 ボスと呼ばれていたスーツ姿の男が言った。


「ブ、VCJ?」


「VCJの何たるかを説明する前に、坂上君に一つ聞こう」


 ボスが覆面の奥から僕を見つめている。


「君は同年代の女の子に義理チョコさえ貰えない苦しみを知っているはずだ。いや。苦しみしか知らないだろう? 例年通り、今年も学校でもらったチョコは皆無だろうからね」


「……ええ。まあ」


「そうだろう。君が昨日の下校しているとき、密かにバレンタイン値を測定させたからね」


 い、いつの間に。

 それに黒風さんの言っていたバレンタイン値のことをこいつらも知っているようだ。


「安心したまえ。誰も君を笑ったりしない。この集団は親族以外からチョコを貰ったことのないバレンタイン値が一定水準を超えないメンバーだけで構成された集団だからね」


 ……要するに全員モテないってことね。


「バレンタインにチョコレートを贈るという忌まわしい風習があるかぎり、貰える者と貰えざる者の格差は無くならないだろう?」


「……かもしれないですけど」


「これは差別。バレンタインに行われるチョコの贈収は『チョコざい』として処刑されるべきだ」


 ……チョコ罪って。


「だから我々は政府にチョコ罪を制定させるべく、仲間を募って力を蓄えているのだよ。それがVCJだ」


「……あのー。VCJって何の略でしょう?」


「VCJはValentine(バレンタイン) Chocolate(チョコレート) Genocider(ジェノサイダー)の略。バレンタインデーにチョコレートをプレゼントするなどという不届きな風習を抹殺するために集った正義の集団なのだ!」


 何? そのアホ過ぎる集団……。


「坂上君。母親以外からバレンタインチョコを貰ったことのない君はVCJに入る資格がある。さあ。我らの同志になりたまえ」


 ボスが優しい声で囁いた。

 でも僕は──。


「断るっ!」


 キッパリと言い放った。


「何?」


「断ると言ったんだよ! 僕はお前らの仲間になんてならない!」


「何だと!?」


「いくらモテないからって、僕は人の幸せの邪魔をして正義に浸ったりなんてしない! お前らと一緒にするな!」


猪口才ちょこざいなガキめ!」


 ドゴッ!

 ガシャン!


「ぐうっ!」


 ボスにどてっ腹を蹴り飛ばされ、僕はパイプ椅子ごとコンクリ―トの床に横向きに倒れてしまった。


「おい。もう一度、コイツのバレンタイン値を測定してみろ」


「ははっ!」


 輪を作っている一人が近づいてきて、倒れている僕のコメカミに測定器を当てた。


「あっ、バレンタイン値が基準値を超えています」


「何だと!? 持ち物を調べてみろ」


 コートのポケットを探られた。


「これは」


 僕のポケットを探っていた男がボスに小箱を渡した。

 黒風さんからもらった小箱だ。


「か、返せ!」


「ふん」


 ボスが小箱を投げ捨てた。

 僕の顔の近くまで転がってくる。


「坂上誠也。汚れた貴様にVCJに入団する資格はない」


 ボスはそう言うと懐から黒光りするものを引き抜いた。


 拳銃──。


 こんなシャレみたいな集団のボスのくせにシャレにならないものを持っている。


「貴様のような猪口才なガキはチョコ罪で処刑だ!」


 チョコザイチョコザイと言っていて訳が分からないけれど大ピンチだ。


 ボスが僕に狙いを定めた。


「くっ!」


 僕は恐ろしさのあまり目をつぶった。


『大丈夫よ。坂上君』


 なぜか黒風さんの声が聞えた。

 僕が驚いて目を開けるとボスがあたりを見回している。


「誰の声だ!?」


 ボスにも聞こえたようだ。

 他の男たちも周囲に視線を這わせている。


 つまり幻聴ではない。


『絶対に助けるから』


 また黒風さんの声が聞えた。

 声の出所はすぐ近く、僕の顔のそばに転がっている小箱からだと気付いた。


『VCJども。これはGPS付きの通信機よ。つまりあなたたちの居場所は割れてしまったということ。もう観念なさい』


「誰だか知らんが、ふざけやがって!」


 パアン!


 ボスの銃が僕のすぐ近くの小箱を打ち抜いた。


「わぁっ!」


 僕が身を竦ませた直後──。


 パッ


 不意にあたりが暗闇に包まれた。


「何だ!? 何も見えねえ!」


「くそっ、誰かが照明を落としやがったな」


 闇に男たちの声が響いている。


「助けに来たわ」


 耳元で囁くような声が聞えた。

 先ほどまでの通話越しみたいな声ではない。


「黒風さん? ここにいるの?」


「そうよ。じっとしていて」


 ブツリとロープを切るような音がして、縛られていた僕の体は自由になった。


「こっちよ」


 僕は黒風さんに支えながら暗闇の中を歩いた。


「もしかして、黒風さんには周りが見えているんですか?」


「ええ。暗視ゴーグルをつけているからね」


 確か暗視ゴーグルとは暗闇でもあたりが見えるようになる眼鏡みたいなものだったか。


「ここでちょっと待っていて」


 そう言って黒風さんが僕から離れた。

 数十秒経っただろうか。


 ガラガラ


 金属音と同時に倉庫に光が差し込んできた。


 周りが見えるようになった。

 僕がいる場所は壁の近くだ。

 そしてすぐそばのシャッター扉を黒風さんが上へと押し上げている。


「もう大丈夫よ」


 黒風さんが振り返った。

 そして僕の隣にやってくると、顔につけていた暗視ゴーグルを外してコンクリート床に置いてあった紙袋にしまった。


「おい。あそこだ」


 倉庫の中程にいるVCJたちがこちらを指さしている。


「銃が無い!?」


 ボスが驚きの声を上げた。

 確かにあいつの手から銃が消えている。


「それはここ。闇に乗じて奪っておいたわ」


 黒風さんが懐から銃を取り出した。

 ボスや他のVCJたちが恐れおののく。


「お、お前は一体何者だ!? 公安警察か? 自衛隊の秘密組織の別班べっぱんか?」


 ボスが怯えながら言った。


「違うわ。グラッチョよ」


 確かに黒風さんはチョコレート企業のグラッチョの従業員だそうだけど、悪の組織相手にこんな立ち回りができる理由にはなっていない。


「お前、グラッチョ特殊諜報員とくしゅちょうほういんか!?」


「お察しの通りよ」


 ボスが訳のわからないことを言ったが、黒風さんはそれを肯定した。


 グラッチョの、……特殊諜報員?

 黒風さんが?

 っていうか、チョコレート企業に特殊諜報機関なんてあるの?


「なら勝ち目はないか。観念するしかなさそうだな」


 さっぱり訳が分からない僕とは対照的に、ボスや他のVCJたちは何かを悟ったようにがっくりとうなだれている。


「さあ。撃つならひと思いに頼む」


「お断りよ」


 黒風さんが銃を捨てた。


「今日はバレンタインデー。チョコレートをプレゼントする素敵な日を血で汚したくないもの。さあ、あなたたち。ポケットを探ってみなさい」


 VCJたちが言われた通りにそれぞれのポケットに手を入れてまさぐりはじめた。


「これは」


「チョコ?」


 全員が取り出した小さなチョコの箱を見つめている。


「闇の中で私があなたたちへ贈ったものよ。どう? こんな状況でも、ちょっとは嬉しいでしょう?」


 VCJたちが小さくうなずいている。


「だからこそチョコを贈るという素敵な習慣を潰そうとしたあなたたちの罪は、決して軽くないわよ」


 黒風さんが険しい表情になり、体の前で両手を結び合わせた。


リンピョウトウシャカイジンレツザイゼン──」


 指を複雑な形に変化させて、黒風さんがいんを結んでいる!?


オン!」


 そう黒風さんが叫んだとき──。


 パン!

 パン!

 パン!

 パン!

 パン!

 パン!


 VCJたちの持っていたチョコの箱が一斉に爆発した。


「闇落ちした愚か者たちに、義理チョコだろうとあげる義理なんてないわ」


 真っ黒になったVCJたちがそこだけ白い目をパチクリとさせ、バタバタと倒れていった。


「さあ。後は警察の仕事。帰りましょう。坂上君」


 黒風さんが僕に向かってわずかに微笑んだ。



 家まで送ってもらえることになり、僕は黒風さんの運転するオープンスポーツカーの助手席にいた。


 スポーツカーは風を切って夕日に照らされた道路をぐんぐんと走っている。

 2月14日で結構寒いのに黒風さんは平気そうだ。


「坂上君、怪我はない?」


「はい。おかげさまで」


 ボスに蹴られたアバラがちょっと痛む程度だ。


「僕より、VCJ人たちは?」


「大丈夫よ。気絶するぐらいに爆発の威力は押さえたから」


 だったら一安心だけど──。


「もしかして黒風さんって、爆発の魔術みたいなものが使えるんですか?」


「まさか。オンと言うのに合わせて、手の中に隠し持っていたスイッチをONにしてチョコの箱に仕込んであった爆弾を起爆しただけよ」


 なら印を結ぶ意味って無かったんじゃあと突っ込みたかったけれど、助けてもらった立場なのでそれを飲み込んだ。


「私が何者なのか、気になっているでしょう?」


「はい。グラッチョ特殊諜報員ということでしたが……」


「その通りよ」


 こともなげにうなずく黒風さん。


「えっと。そもそもチョコレート企業に、特殊諜報機関なんてあるんですか?」


「普通は無いでしょうね。でもグラッチョは、バレンタインにチョコを贈る風習を情報操作で広めた企業だから」


「ええっ!?」


 黒風さんの話によると──。


 数十年前に起業したグラッチョは、バレンタインデーにチョコをプレゼントすることを推奨して風習として根付かせ、その販売戦略のおかげで日本のトップ企業へと成長した。


 だがバレンタインデーにチョコを贈る風習を廃止すべく暗躍する集団──。

 VCJのような集団が現れたのだという。


 そんな連中を野放しにしては大損害だ。

 グラッチョは特殊諜報機関を設立してそれに対抗した。


 従業員から希望者を募り、情報戦から実戦に至るまで厳しい訓練を課した。

 その訓練を乗り越えた精鋭部隊は何度も悪の集団を叩き潰して来たのだという。


 バレンタインデーにチョコを贈る風習を守るために──。


「……いきなり聞いていたらとても信じられないと思います。でも今日起ったことを振り返ると真実なんでしょうね」


「ええ」


 黒風さんがうなずき、風に靡く髪を軽く撫でた。


「バレンタインデーの今日はVCJのような連中の活動が最も活発になる日。バレンタイン値が基準値に達していない坂上君は、もしかしたらVCJの可能性があるって思ったの。そうでなくても仲間に引き込まれてしまうかもしれないって」


「だからチョコをプレゼントする振りをして、GPS付きの通信機を僕に持たせたんですね?」


「その通りよ。でも坂上君は闇落ちしたVCJの連中と同じではなかった。通信機を通して聞いていたわよ。『いくらモテないからって、僕は人の幸せの邪魔をして正義に浸ったりなんてしない! お前らと一緒にするな!』って叫んだの」


「普通の人はそうだと思いますが」


「そうね。でもあいつらに拉致された状態で吠えたのは立派だった。格好良かったわよ」


「──そんなこと、ないです」


 僕は耳が熱くなるのを感じてうつむいた。


 やがて僕の家に到着し、黒風さんが横付けにして車を停めた。


「ありがとうございました」


「こちらこそ。坂上君のおかげでVCJを壊滅できたんだもの。あ、そうだわ」


 黒風さんが紙袋の中からリボンのついた箱を取り出した。


「あげる。今日頑張ったご褒美」


 差し出された箱を受け取った。


「これは──。チョコ、ですよね」


「そう。私の本命チョコ」


「──っ!」


 心臓がドクンと音を立てた。

 手にしている箱が急に熱を帯びたような錯覚に陥る。


「勘違いしないで。本命の人に渡せなかったから坂上君にあげるの」


「そっ、そうですよね」


 今日会ったばかりの僕が本命なわけがない。

 僕は恥ずかしくなって、すごすごと車から降りた。


「さよなら。ホワイトデーのお返し、期待してるから」


 黒風さんはそう言うと、颯爽とスポーツカーで去って行った。


 僕はしばらくの間その方向を見つめていた。


 恐い思いもしたけれど、今日は人生最高のバレンタインデーだったな。

 黒風さんみたいな素敵な人にチョコを貰えたんだから。


 そう思いながら──。



 僕は自分の部屋に入ると机の席に着いた。


 そして黒風さんからもらったチョコの箱を見つめた。

 

 だいぶ変則的だけど本命チョコ。

 嬉しいな。


 公園の入り口でもらったやつは発信機入りだったし、撃たれて粉々になっちゃったし、僕がお母さん以外から初めて貰ったチョコはこれってことにしていいかな。


 それにしても──。


「黒風さんほど強くて美人でクールな女性でも、本命の人にチョコを渡す勇気が出ないなんてことがあるのかな?」


 首を傾げながらリボンをほどいて包みを解いた。

 そして箱を開けてみると──。


「……これは、確かに渡せないかな」


 チョコには白いロゴで、『I♥旬君』と書かれている。


 黒風さんの本命はアニメ『イケメン執事25人の罠』の剣持旬。

 チョコを渡すのは物理的に不可能だ。


「もしかしたら三次元の僕は別枠でワンチャンあるかも」


 1ヶ月後のホワイトデーには黒風さんに会える。

 今からその日が楽しみだな。


 ■■■ おしまい ■■■





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なにとぞよしなに。

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