場所はシートの上、足は沼の中
遺伝子、家庭環境、努力。この3つでこの世界を生きる人は決まっていく。そんな思い込みを抱えた青年は大人になるのを異常に怖がっていた。
自分にとっての逃げ道が誰かにとっての街灯であると言う事実から目を背けずに、瞼に身を任せて過ごす時間が増えていったのだった。
母親は1歳の息子の動きを静かに見守る。
まだ、床を這うことも話すこともままならない。
そんなことを聞かされても、それが自分だとは思えない。青い雨が降ったようなその日に、僕の人生は人生と呼べなくなってしまった。
「これで最後にできたら、自分の人生はどれだけ楽しくなるんだろう」
そんなことを考えているうちに、ホームルームは過ぎ去った。
1限目は日本史の授業。朝から退屈だと言う面々がゲームや遅めの二度寝に勤しむ。
僕が通っている学校は幼稚園から大学までの一貫教育を行っている私学。高校2年なので、進学校や大学附属でないところに通っている同級生は受験について考え出す時期だろうか。
本校の校則は類を見ないほどゆるゆるだ。頭髪検査などはなく、髪染め・ピアスOK。学内でのスマホ、タブレット端末、ゲーム機の持ち込み・使用も事実上許可されていて、
【上履きを履くこと・制服を登下校中に着ること・犯罪行為をしないこと】
この3つ以外に「校則」と言えるような縛りは特にない。
高校生の身分で授業中もなんの罪悪感もなくスマホを触るようになってしまった自分や周りに対し、変わってしまったなと感じる。
教員も、意欲的に話を聞く生徒にだけ視線を合わせて半ば趣味の仕事を日々こなす。
「今度の遊び、新井も来る?」
角のない金平糖のような声でそう尋ねてきたのは、中1からの知り合いである上田だ。
文化部所属で内向型な自分にも普通に話しかけてくれる。独特だけど優しい色をしている、彼はそんな人間だ。
尋ねてくれたのはとても嬉しいが、如何せん自分は3人以上の集団で遊ぶことに抵抗がある。
「ごめんその日予定入ってるから別日なら………」
「まじか〜今月もう空いてる日ないし、また機会があったら!」
彼の目は曇っていた。でも、話しかける前から曇っていたからなんら問題はない。
「依存」と言う言葉で片付けられたくないのが本望だが、僕は誰かとサシでいるのがとても好きだ。いや、「好き」と言うシートで覆われた沼に足を取られてしまっているんだ。
どうしてそうなってしまったのか
どうしてそうなったと考えるようになったのか
その模範解答に土のにほひや色が関係するのは不変の事実だ。
記憶は共有する相手なしでは存在できない。
光のあたり方が悪くて歪んだストローのようになったとしても、それを土のせいにするのだけは違うと思いたいし思うようになってきた。
こんなことを考えるうちに、気がつくと2限目になっていた。
隣の席の加代が話しかけてくる。
「おはよ、元気してる?」
4秒くらい固まってしまった。
この頃自分に嘘がつけなくなってきた。
一周回って心が洗われてきた。




