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7/16

始まり


7

昼休みの屋上。

蓮は一人、立っていた。

「どうやって訓練するんだ?」

蓮が聞くと、クヤの声が答えた。

「まず、自分の力を感じろ」

「感じる…?」

「ああ。目を閉じて、胸の奥に意識を集中させろ」

蓮は言われた通りにした。

目を閉じ、深呼吸。

胸の奥に意識を向ける。

すると──

何かが、そこにある。

熱い。重い。そして、膨大。

まるで、底なしの深淵のような。

「これが…」

「それが、俺の力だ」

クヤの声が響いた。

「膨大だろう。制御を誤れば、お前の体は耐えられない」

蓮は息を呑んだ。

確かに、恐ろしいほどの力だ。

「じゃあ、どうすれば」

「少しずつ、引き出すんだ。コップ一杯の水を注ぐように」

「コップ一杯…」

「ああ。決して、ダムを決壊させるな」

蓮は集中した。

胸の奥の力。

それを、ほんの少しだけ。

右手に流す。

すると──

右手が、かすかに光った。

黒い、淡い光。

「できた…」

「いい調子だ。その感覚を覚えろ」

蓮は右手を見つめた。

光は、すぐに消えた。

「もう一回」

蓮は繰り返した。

力を引き出す。右手に流す。

光る。

消す。

何度も、何度も。

「うっ…」

十回目で、蓮は膝をついた。

頭が痛い。体が重い。

「無理するな。初日はこれで十分だ」

「でも…」

「焦るな。少しずつだ」

クヤの声は、優しかった。

「お前は、よくやってる」

蓮は荒い息をついた。

「これで…本当に、みんなを救えるのか」

「ああ。必ず」

「…分かった」

蓮は立ち上がった。

体はまだ重いが、少し自信がついた。

チャイムが鳴った。

昼休み終了。

「午後の授業、頑張れ」

「ああ」

蓮は屋上を後にした。

8

午後の授業。

蓮は集中できなかった。

放課後、生徒会室に行かなければならない。

そこで、雅と対決することになる。

「大丈夫だろうか…」

不安が募る。

しかし、やるしかない。

雅を救うためには。

五時間目、六時間目と過ぎていく。

そして、終業のチャイムが鳴った。

「よし…」

蓮は立ち上がった。

「蓮くん」

美月が声をかけてきた。

「一緒にお見舞い行くんだよね?」

「あ…」

蓮は迷った。

生徒会室に行かなければならない。

でも、美月を待たせるわけにもいかない。

「ごめん、美月。ちょっと用事ができて」

「そうなんだ…」

美月は残念そうな顔をした。

「じゃあ、私一人で行くね」

「悪い」

「ううん、大丈夫」

美月は笑顔を作った。

「じゃあ、また明日」

「ああ、また明日」

美月は教室を出ていった。

蓮は深呼吸した。

「行くか」

生徒会室へ向かう。

9

生徒会室。

ドアの前に立つと、中から声が聞こえた。

「入れ」

雅の声。

蓮はドアを開けた。

生徒会室には、雅一人だけがいた。

窓際に立ち、外を見ている。

その背後の金色の靄は、昼よりもさらに濃い。

「来たか、柊」

雅が振り返った。

その目は、完全に金色に染まっていた。

「先輩…」

「俺を先輩と呼ぶな」

雅の声は、冷たい。

「俺は、統治の神の器。お前を支配するために選ばれた存在だ」

蓮は拳を握った。

やはり、雅はほとんど乗っ取られている。

「神宮寺先輩、まだ中にいるんですよね」

「いない」

雅──いや、統治の神が答えた。

「この器は、もう俺のものだ」

「嘘だ」

蓮は叫んだ。

「先輩は、まだ戦ってる」

「無駄だ」

統治の神は冷笑した。

「この器は弱い。俺に抵抗する力などない」

「そんなことない」

蓮は一歩、前に出た。

「先輩は強い。誰よりも」

「ならば、証明してみせろ」

統治の神は手を挙げた。

すると、生徒会室の空気が変わった。

重く、圧迫的に。

「ここは、俺の領域だ。お前に逃げ場はない」

蓮は息苦しさを感じた。

「くっ…」

「跪け、柊蓮。お前の主に」

統治の神が手を振り下ろした。

瞬間、見えない力が蓮を襲った。

「がっ…」

蓮は床に押し付けられた。

重い。体が動かない。

「これが、統治の力だ。逆らう者を、力で従わせる」

統治の神は蓮に近づいた。

「お前の中の最厄、我が主にふさわしい」

「誰が…」

蓮は歯を食いしばった。

「誰が、お前なんかに」

「クヤ、力を貸してくれ」

心の中で叫んだ。

「分かった。だが、やりすぎるな」

クヤの声が答えた。

蓮は胸の奥の力を引き出した。

昼に訓練した通りに。

コップ一杯の水を注ぐように。

右手に、力を流す。

黒い光が灯った。

「何…?」

統治の神が驚いた。

蓮は床に手をついた。

そして、力を解放した。

「うおおおお!」

黒い光が、生徒会室全体に広がった。

統治の神の力が、押し返される。

「馬鹿な…最厄の力を、もう使えるのか…」

蓮は立ち上がった。

体は重いが、動ける。

「先輩を、返せ」

蓮は雅に向かって歩いた。

「来るな!」

統治の神が手を振った。

また、圧力が襲ってくる。

しかし、今度は蓮の周りに黒い光の膜ができた。

圧力を防いでいる。

「これは…」

「お前の力が、防御してる。いい調子だ」

クヤの声が励ました。

蓮は雅の前まで辿り着いた。

「やめろ、触るな!」

統治の神が叫んだ。

しかし、蓮は構わず、雅の肩に手を置いた。

「先輩、聞こえますか」

「…」

雅の体が震えた。

「俺です、柊です。先輩、帰ってきてください」

「無駄だ…この器は…」

統治の神の声が途切れた。

雅の目が、一瞬だけ元の色に戻った。

「柊…」

「先輩!」

「俺は…何を…」

雅の声は、か細い。

「大丈夫です。今、助けます」

蓮は力を流し込んだ。

クヤから教わった通り、慎重に。

黒い光が、蓮の手から雅の体へ流れ込む。

「うああああ!」

統治の神が悲鳴を上げた。

「やめろ、やめろ!俺を追い出すな!」

金色の靄が、雅の体から剥がれ始めた。

「もう少し…」

蓮は力を込めた。

しかし、その瞬間──

激痛が走った。

「がっ…」

蓮の体が悲鳴を上げた。

力を使いすぎている。

「蓮、やめろ!体が持たない!」

クヤが警告した。

「でも…」

「今は引け!完全には無理だ!」

蓮は歯を食いしばったが、クヤの言う通りだった。

これ以上は危険だ。

力を引っ込めた。

雅の体から、金色の靄の半分が剥がれていた。

しかし、まだ半分残っている。

「くそ…」

蓮は膝をついた。

雅も、その場に崩れ落ちた。

「はぁ…はぁ…」

二人とも、荒い息をついている。

「柊…お前、何を…」

雅は混乱した表情で蓮を見た。

「説明は後で。先輩、今日は家に帰ってください」

「でも…」

「お願いします」

蓮の真剣な目を見て、雅は頷いた。

「…分かった」

雅はふらふらと立ち上がり、生徒会室を出ていった。

蓮は一人、残された。

「やばい…」

体が限界だった。

視界が霞む。

「クヤ…」

「よく頑張った。今日はもう休め」

クヤの声が遠くなっていく。

蓮は床に倒れ込んだ。

意識が、遠のいていく。

「まだ…大樹を…」

それが、最後の言葉だった。

10

「蓮くん!蓮くん!」

誰かが呼んでいる。

蓮はゆっくりと目を開けた。

「美月…?」

美月の顔が、目の前にあった。

「よかった…意識が戻った」

美月は泣きそうな顔をしていた。

「ここは…」

「保健室。私が見つけて、先生と一緒に運んだの」

蓮は体を起こそうとしたが、体が重い。

「無理しないで」

「…何時?」

「もう七時だよ。学校、ほとんど人いない」

七時?

蓮は倒れてから、二時間も経っていたのか。

「大樹は…」

「お見舞い行ったよ。元気だった。明日には退院できるって」

「そっか…」

蓮は安心した。

大樹は、無事なんだ。

「蓮くん、何があったの?」

美月が心配そうに聞いた。

「生徒会室で倒れてたって聞いたけど」

「ちょっと…体調悪くて」

蓮は嘘をついた。

本当のことは、まだ言えない。

「そう…無理しないでね」

美月は優しく微笑んだ。

しかし、その背後の緑色の靄は、昼よりも濃くなっている。

「美月も…危ない」

蓮は思った。

早く、美月も救わないと。

「帰れる?」

「ああ、大丈夫」

蓮は立ち上がった。

ふらついたが、何とか歩ける。

「一緒に帰ろう」

「うん」

二人は保健室を出た。

廊下は暗く、静かだった。

下駄箱まで歩く間、美月がぽつりと呟いた。

「ねえ、蓮くん」

「ん?」

「最近、変な夢見るの」

蓮の心臓が跳ねた。

「どんな夢?」

「誰かが、私に話しかけてくる夢。『癒せ』『守れ』って」

やはり。

美月も、神に狙われている。

「それで、今日病院で木下くんを見て思ったの」

「何を?」

「私、みんなを守りたいって」

美月は蓮を見た。

その目は、真剣だった。

「蓮くんも、木下くんも、神宮寺先輩も。みんな、最近苦しそう」

「私に何ができるか分からないけど、でも、みんなを守りたい」

蓮は胸が苦しくなった。

美月の優しさ。

それが、癒しの神を引き寄せている。

「美月…」

「変かな?」

「ううん、変じゃない」

蓮は首を横に振った。

「でも、無理はしないで」

「うん」

美月は笑顔を見せた。

二人は下駄箱に着き、靴を履き替えた。

外は、もう真っ暗だった。

「じゃあ、気をつけてね」

「ああ、美月も」

二人は別れた。

蓮は一人、夜道を歩いた。

街灯の光が、道を照らしている。

「クヤ」

蓮は心の中で呼びかけた。

「今日は、よく頑張った」

クヤの声が答えた。

「でも、まだ終わってない」

「ああ。明日から、本当の戦いが始まる」

「分かってる」

蓮は空を見上げた。

星が、見えない。

曇っているのか。

「大樹、雅、美月、家族。みんなを守る」

「そのためなら、俺は戦う」

「…いい覚悟だ」

クヤの声に、かすかな温かみがあった。

「お前なら、できる」

蓮は歩き続けた。

家まで、あと少し。

明日からの戦いに備えて、今日はしっかり休もう。

そう決めた。

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