表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

中に潜むもの

昼休み。

蓮は大樹と一緒に購買へ向かった。今日のメニューは焼きそばパンとカレーパン。いつも通りの選択肢。

「最近、なんか疲れね?」

パンを頬張りながら、大樹が言った。

「ん?お前が?」

「いや、なんかさ。みんな。クラスの雰囲気っていうか」

言われてみれば、確かに教室は少しピリピリしている気がする。ちょっとしたことで言い合いになったり、誰かの機嫌が悪かったり。

「気のせいじゃね?」

「そうかなぁ」

大樹は首を傾げたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「まあいいや。放課後、サッカーしようぜ」

「お前、部活あるだろ」

「そっか。じゃあ週末な」

他愛もない約束。

教室に戻ると、窓際で数人の女子が何かを見ながら騒いでいた。

「ねえ見て、これ」

「え、マジ?」

スマホの画面を覗き込む。SNSのニュースフィード。

『都内某所で大規模な乱闘騒ぎ、十数名が病院搬送』

『専門家「集団心理の異常か」原因は不明』

「怖いよね」

「うち、あの辺通るんだけど」

女子たちの声が不安げだ。

蓮は自分の席に戻った。窓の外、空は相変わらず青い。

しかし、その青さが何となく不自然に見えた。まるで、作り物のような。

「…気のせいか」

蓮は目を擦った。

4

五時間目の体育。

グラウンドでサッカーをすることになった。大樹は部活があるため別メニューだが、蓮のチームは適当にボールを蹴り合っている。

「蓮、パス!」

声が聞こえて、蓮はボールを蹴った。しかしタイミングがずれて、ボールは明後日の方向へ。

「おい、何やってんだよ」

チームメイトが苛立った声を上げた。

「悪い」

蓮は謝ったが、体が重い。さっきから動きが鈍い。

「ちゃんとやれよ」

「だから悪いって」

「お前のせいで負けたらどうすんだよ」

クラスメイトの声が、やけに攻撃的に聞こえた。普段ならこんなことで怒らない相手なのに。

「おい、そんな言い方ないだろ」

別のクラスメイトが仲裁に入る。

「は?何お前、関係ないだろ」

「関係あるだろ、同じチームだし」

雰囲気が悪くなっていく。

蓮は黙ってその場を離れた。ベンチに座り、水を飲む。

体のだるさは消えない。むしろ、重くなっている気がする。

「大丈夫か?」

美月が心配そうに声をかけてきた。女子は別メニューでバレーをしていたはずだが、蓮の様子に気づいたようだ。

「ああ、ちょっと体調悪いだけ」

「保健室、行く?」

「大丈夫」

蓮は笑顔を作った。美月は少し迷ったようだったが、「無理しないでね」と言って戻っていった。

グラウンドでは、さっきの口論が収まっていた。しかし、みんなの表情がどこか硬い。

空を見上げる。

青い空。白い雲。

でも、何かが違う。

蓮は目を閉じた。頭の奥で、かすかに声が聞こえた気がした。

「……すまない」

5

放課後。

蓮は図書室へ向かった。今日は部活もないし、特にやることもない。静かな場所で少し休みたかった。

図書室は人が少ない。窓際の席に座り、適当に手に取った本を開く。文字は目に入るが、内容が頭に入ってこない。

時計を見る。午後四時半。

外は少しずつ暗くなり始めている。

ふと、視線を感じた。

顔を上げると、本棚の影から、誰かがこちらを見ていた。

生徒会長の神宮寺雅だ。

整った顔立ちと、どこか近寄りがたい雰囲気を持つ三年生。成績優秀、スポーツ万能、生徒会長として学校を完璧に運営している。誰もが一目置く存在。

蓮とは接点がない。というか、話したこともない。

なのに、なぜこちらを見ている?

目が合った。

雅の目は、金色に光った──ような気がした。

いや、気のせいだ。照明の反射だろう。

蓮がそう思った瞬間、雅は踵を返して図書室を出ていった。

「…なんだったんだ?」

蓮は首を傾げたが、すぐに本に視線を戻した。

しかし、文字はもう全く頭に入らなかった。

6

帰り道。

商店街を通ると、昼間元気だった八百屋が店を閉めていた。シャッターに『本日体調不良のため臨時休業』と貼り紙がある。

「珍しいな…」

その先の路地で、子供たちの声が聞こえた。

近づくと、小学生くらいの男の子三人が、何かを囲んで騒いでいる。

「やばくね、これ」

「誰がやったんだよ」

「知らねーよ」

蓮が覗き込むと、そこには猫が倒れていた。

茶色い毛並みの、野良猫。脇腹に傷があり、呼吸が浅い。

「…おい、動物病院連れてかないと」

蓮は猫を抱き上げた。子供たちは「触って大丈夫なの?」と不安そうだ。

「大丈夫だから、お前らは家帰れ」

蓮は近くの動物病院へ走った。

7

「最近、こういう怪我をした動物が増えてるんですよ」

獣医の先言葉に、蓮は驚いた。

「増えてる…んですか?」

「ええ。原因は分からないんですが。虐待とも違う。まるで、何かに怯えて自分で怪我をしたような」

獣医は首を傾げた。

「この子は大丈夫そうです。数日預かりますね」

「お願いします」

治療費を払い、蓮は病院を出た。

空はすっかり暗くなっていた。街灯が灯り始める。

家へ向かう途中、ふとスマホを見ると、ニュース通知が入っていた。

『全国各地で同時多発的なトラブル、専門家も原因特定できず』

『「まるで空気が変わった」市民の声』

蓮は立ち止まった。

全国各地で。同時多発的に。

何かが、起きている。

でも、何が?

「…考えすぎか」

蓮はスマホをポケットにしまい、歩き出した。

8

夕食。

家族四人、いつもの食卓。

しかし、雰囲気がどこかぎこちない。

「ねえ、お父さん」

妹の葵が口を開いた。

「ん?」

「今日、学校で先生が怒鳴ってたの。すごい怖かった」

「…そうか」

父親は何も言わず、箸を動かし続けた。

「あなた、最近疲れてない?」

母親が父親に声をかける。

「別に」

「でも、顔色悪いわよ」

「大丈夫だって」

父親の声が、少し苛立っているように聞こえた。

母親は何も言わず、味噌汁を啜った。

蓮は黙って食事を続けた。

家の中まで、この空気。

蓮は箸を置いた。

「ごちそうさま」

自分の部屋に戻る。ベッドに倒れ込むと、体の重さが一気に押し寄せてきた。

「…やっぱり風邪かな」

目を閉じる。

しかし、眠れない。

頭の奥で、何かがざわざわしている。

まるで、誰かが囁いているような。

蓮は目を開けた。

部屋の隅を見る。

そこに、影があった。

ただの影ではない。濃い、黒い、まるで生きているような影。

蓮は息を呑んだ。

影は、ゆっくりと揺れている。

「…気のせい」

蓮はそう呟いたが、影から目を離せなかった。

そして。

影の中から、声が聞こえた。

「……すまない」

蓮の心臓が跳ねた。

「誰だ!」

影は答えない。

ただ、静かに揺れ続けている。

蓮は震える手で、部屋の電気をつけた。

明るくなった部屋。

影は、消えていた。

「…夢、か?」

蓮はベッドに座り込んだ。冷や汗が背中を伝う。

時計を見ると、午後十時。

「寝よう…」

蓮は布団に潜り込んだ。

しかし、その夜、蓮は一睡もできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ