解放
11
雅の炎の剣が、蓮に向かって振り下ろされた。
蓮は避けられない。
体が、限界だった。
「蓮!」
結界の外から、美月の悲鳴が聞こえた。
「くそっ!」
大樹が結界を殴りつけるが、びくともしない。
柚木も風の刃で攻撃するが、結界は破れない。
「このままじゃ…」
その瞬間──
時間が、止まった。
正確には、止まったように見えた。
雅の剣が、蓮の頭上数センチで静止している。
蓮の驚いた表情も、固まっている。
火怒羅の高笑いも、途中で止まっている。
「ふう」
リベルタが、ため息をついた。
彼女だけが、動いている。
「まったく、面倒なことになりましたね」
リベルタは闘技場の中を歩いた。
静止した蓮と雅の間を通り過ぎる。
「クヤ様、聞こえますか?」
「…リベルタか」
クヤの声が、蓮の体から聞こえた。
クヤも、意識だけは動いている。
「この状況、どうしますか?」
「…お前に任せる」
「本当に?私、結構やりますよ」
リベルタは微笑んだ。
そして、手を挙げた。
「《絶対解放》──全領域展開」
リベルタの周囲から、透明な波が広がった。
波が、闘技場全体を包んだ。
そして──
結界が、音もなく消えた。
いや、消えたのではない。
「存在しなかったこと」になった。
「何っ!?」
火怒羅が驚愕の声を上げた。
時間が再び動き出した。
しかし、雅の剣は蓮に届かなかった。
剣が、リベルタの手に握られていた。
「え…?」
雅が驚いた。
いつの間に、リベルタが自分の横に立っている。
「リベルタ…お前…」
火怒羅が唸った。
「まさか、《絶対解放》をここまで使えるとは」
「私を舐めないでくださいね、火怒羅様」
リベルタは冷たく微笑んだ。
「私は、クヤ様が創った神です」
「最厄の力を、直接受けて生まれた存在」
「あなたたちとは、格が違います」
「何だと…」
火怒羅が怒りを露わにした。
「リベルタ、貴様の総合値は575のはずだ」
「俺は610だ」
「数値で劣る貴様が、何故…」
「ああ、数値の話ですか」
リベルタは首を傾げた。
「私、昨日測ったら少し上がってましたよ」
「上がった…?」
「ええ」
リベルタは指を折った。
「魅力95、統率力85、知性90、力70、意志・強、スキルは《絶対解放》《無制限転移》《可能性選択》《時空凍結》《概念操作》」
「総合値は…630ですね」
沈黙。
火怒羅が、息を呑んだ。
「630だと…」
「そんな馬鹿な…」
「貴様、いつの間に…」
「クヤ様と離れていた間、暇だったので修行していました」
リベルタは淡々と言った。
「自由には、制約がありません」
「だから、私は自由に強くなれます」
リベルタは雅から剣を奪い取った。
そして、炎の剣を握りしめた。
剣が、透明に変わった。
「これは…」
火怒羅が驚いた。
「炎の属性を、『自由』に変えました」
リベルタは剣を雅に向けた。
「雅さん、でしたね」
「あ、ああ…」
雅は混乱していた。
「あなたの中の戦神の力、今から解放します」
「解放…?」
「ええ。『存在しなかったこと』にします」
リベルタは剣を雅の胸に突き刺した。
「うっ…」
雅が呻いた。
しかし、痛みはない。
剣は、雅の体を貫通していない。
剣が、雅の中の「戦神の力」だけを貫いている。
「《絶対解放》──束縛からの解放」
リベルタが呟いた。
雅の体から、赤い靄が噴き出した。
靄は、空中で形を作った。
火怒羅の分身のような、小さな炎の塊。
「これが、私が雅さんに植え付けた力…」
火怒羅が呟いた。
「させるか!」
火怒羅が手を伸ばした。
炎の塊を、回収しようとする。
しかし──
リベルタが手を振った。
「《可能性選択》──消滅する未来」
炎の塊が、消えた。
完全に、消滅した。
「な…」
火怒羅が愕然とした。
「私の力が…消えた?」
「ええ。あなたが雅さんに植え付けた力、すべて消しました」
リベルタは満足そうに頷いた。
「これで、雅さんは自由です」
雅は、床に膝をついた。
「あ…ああ…」
雅の目から、涙が溢れた。
「俺は…自由に…」
「雅!」
蓮が雅に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「ああ…蓮…」
雅は蓮を見た。
その目は、正気を取り戻していた。
「助けてくれて…ありがとう」
「当たり前だろ」
蓮は雅を抱きしめた。
「リベルタ…ありがとう」
「どういたしまして」
リベルタは微笑んだ。
しかし、その微笑みは冷たい。
彼女は、火怒羅を見た。
「火怒羅様」
「…何だ」
火怒羅は、明らかに警戒していた。
「次に、クヤ様や蓮さんに手を出したら」
リベルタの目が、鋭く光った。
「あなたの領地ごと、『存在しなかったこと』にします」
「…っ」
火怒羅は何も言えなかった。
リベルタの言葉は、脅しではない。
本当に、できる。
総合値630。
そして、《絶対解放》の力。
この神は、本気を出せば戦神すら消せる。
「分かりました…か?」
リベルタの声は、優しいが恐ろしい。
「…分かった」
火怒羅は、初めて屈した。
「もう、手は出さん」
「よろしい」
リベルタは満足そうに頷いた。
そして、蓮たちに向き直った。
「では、帰りましょう」
「ああ…」
蓮は呆然としていた。
リベルタの強さ。
それは、想像を超えていた。
「クヤ、リベルタって…」
「ああ。俺が創った神の中で、最強だ」
クヤの声は、誇らしげだった。
「自由を司る神は、あらゆる束縛から解放される」
「だから、無限に強くなれる」
「俺が追放されてから、あいつはずっと修行していたんだろう」
「すげえ…」
蓮は改めて、リベルタを見た。
リベルタは、大樹、美月、柚木のもとへ歩いていった。
「皆さん、お待たせしました」
「り、リベルタさん…」
美月が驚いた顔をしている。
「今の…すごかったです」
「そうですか?」
リベルタは首を傾げた。
「私、まだ本気出してないんですけどね」
「本気じゃない…?」
柚木が呟いた。
「ええ。本気を出したら、この領地全部消えちゃいますから」
リベルタは笑顔で言った。
その笑顔が、逆に恐ろしい。
「じゃあ、《無制限転移》で帰りますよ」
リベルタが手を挙げた。
光の渦が、六人を包んだ。
「待て」
火怒羅の声が聞こえた。
「最厄の器よ」
「…何だ」
蓮は振り返った。
火怒羅は、悔しそうな顔をしていた。
「今日は、俺の負けだ」
「だが、次はない」
「他の神々も、お前を狙っている」
「リベルタがいても、守り切れるとは限らんぞ」
「…分かってる」
蓮は答えた。
「だから、俺は強くなる」
「誰にも守られなくても、戦えるように」
火怒羅は、少し驚いた顔をした。
そして、笑った。
「ハハハ…面白い」
「いいだろう、最厄の器」
「次に会う時、お前がどれだけ強くなっているか」
「楽しみにしているぞ」
蓮は頷いた。
そして、光に包まれた。
12
虚無ノ境。
六人が戻ってきた。
雅は、地面に座り込んだ。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫か、雅?」
蓮が心配そうに聞いた。
「ああ…ただ、疲れた」
雅は蓮を見た。
「蓮、本当にありがとう」
「お前がいなければ、俺は…」
「もういい。無事でよかった」
蓮は雅の肩を叩いた。
「これで、仲間が一人増えた」
「仲間…」
雅は周りを見回した。
蓮、大樹、美月、柚木、リベルタ。
そして、自分。
「俺も、お前たちの仲間になれるのか?」
「当たり前だろ」
大樹が笑った。
「俺たち、これから一緒に戦うんだから」
「ありがとう」
雅は、初めて心から笑った。
リベルタは、少し離れた場所に立っていた。
「クヤ様」
「ん?」
「私、やりすぎましたか?」
「いや、ちょうど良かった」
クヤの声が答えた。
「火怒羅を完全に倒さず、警告だけに留めた」
「いい判断だ」
「そうですか」
リベルタは微笑んだ。
「でも、私、本当は火怒羅様を消したかったんですけどね」
「やめろ。神々の均衡が崩れる」
「冗談ですよ」
リベルタは笑った。
しかし、その目は笑っていなかった。
彼女は、本気だった。
自由の神、リベルタ。
総合値630。
神々の中でも、トップクラスの強さを持つ存在。
そして、最厄クヤが創った、最強の神。
「これから、面白くなりそうですね」
リベルタは、灰色の空を見上げた。
「神々の戦争、私も楽しませてもらいます」




