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虚無の拠点

虚無ノ境での最初の夜。

いや、夜と呼べるのか分からない。

空の色は変わらず、灰色のままだ。

蓮は建物の中で、目を閉じていた。

眠れない。

いや、眠る必要がないのかもしれない。

クヤが言った通り、この場所では時間の概念が薄い。

「蓮、起きてるか?」

柚木の声が聞こえた。

「ああ」

「俺も眠れない」

柚木が蓮の隣に座った。

「変な感じだよな。疲れてないわけじゃないのに、眠くならない」

「ああ」

二人は黙って座っていた。

「なあ、蓮」

「ん?」

「お前、怖くないのか?」

柚木が聞いた。

「神と戦うとか、世界を救うとか」

蓮は少し考えてから、答えた。

「怖いよ」

「だよな」

「でも、怖いからって何もしないわけにはいかない」

蓮は拳を握った。

「大樹も、美月も、雅先輩も、家族も。みんな、神に苦しめられてる」

「俺が動かなきゃ、誰が動く?」

「…かっこいいな」

柚木が笑った。

「俺なんか、ただ面白そうだから付いてきただけだし」

「それでも、助けてくれた」

蓮は柚木を見た。

「ありがとう」

「おう」

柚木は照れくさそうに頭を掻いた。

「クヤ」

蓮は心の中で呼びかけた。

「もう休めたか?」

「ああ、少しな」

クヤの声が答えた。

「戻る準備はできたか?」

「できてる」

「なら、明日──いや、この場所に明日があるのか分からないが、戻ろう」

「大樹たちを連れてくる」

「分かった」

蓮は立ち上がった。

「柚木、行くぞ」

「どこへ?」

「外」

二人は建物の外に出た。

灰色の大地が、どこまでも続いている。

「この場所、もっと大きくしたい」

蓮は言った。

「拠点として使うなら、もっと建物が必要だ」

「訓練場も、休憩所も、武器庫も」

「武器庫?」

「ああ。神々と戦うには、力だけじゃ足りない」

蓮は手を地面についた。

「クヤ、力を貸してくれ」

「分かった。だが、無理はするな」

蓮は力を流し込んだ。

黒い光が、地面に広がっていく。

そして──

地面が隆起し、新しい建物が形成され始めた。

最初の建物の隣に、もう一つ。

そして、もう一つ。

「すげえ…」

柚木が感嘆の声を上げた。

しかし、三つ目の建物が半分できたところで、蓮は力を止めた。

「はぁ…はぁ…」

荒い息。

「やっぱり、まだ限界がある」

「無理するな」

クヤの声が心配そうだった。

「でも、これだけあれば、当面は大丈夫だ」

蓮は立ち上がった。

目の前には、三つの建物。

一つは居住区。

一つは訓練場。

一つは、まだ半分しかできていないが、倉庫にする予定だった。

「よし」

蓮は満足そうに頷いた。

「柚木、訓練場を見てくれ」

「おう」

二人は訓練場に入った。

中は広い空間。

床は固く、天井は高い。

「ここで、戦い方を練習する」

「戦い方?」

「ああ。俺は、クヤの力を使いこなせてない」

「お前も、自由の神の力をもっと引き出せるはずだ」

「確かに」

柚木は自分の手を見た。

「風翔は使えるけど、他に何ができるのか分からない」

「じゃあ、試してみよう」

「今?」

「ああ」

蓮は訓練場の中央に立った。

「クヤ、訓練の相手を作れるか?」

「作る?」

「ああ。敵の模擬体みたいな」

「…やってみる」

蓮は力を解放した。

黒い光が集まり、人の形を作っていく。

そして──

黒い人影が、完成した。

顔はない。ただの黒いシルエット。

「動け」

蓮が命じると、黒い人影が動き出した。

「おお…」

柚木が驚いた。

「こんなこともできるのか」

「試してみただけだけど、できた」

蓮は黒い人影に指示を出した。

「柚木を攻撃しろ。ただし、本気で傷つけるな」

黒い人影が、柚木に向かって走り出した。

「うお!」

柚木は反射的に飛び退いた。

風が足元から吹き上がり、柚木の体を持ち上げる。

「いいぞ」

蓮が言った。

「その調子で、戦ってみろ」

柚木は空中で体勢を整えた。

黒い人影が跳び上がり、柚木に拳を振るった。

柚木は風で横に流れ、攻撃を避けた。

「よし、反撃だ」

柚木は手を振った。

風が刃となって、黒い人影に向かって飛んだ。

【風刃】。

しかし、黒い人影はそれを避けた。

「ちっ、速い」

「集中しろ」

蓮が助言した。

「風を感じるんだ。敵の動きを予測しろ」

柚木は目を閉じた。

そして、感じる。

訓練場の中の空気の流れ。

黒い人影が動くと、空気が動く。

「見えた」

柚木は目を開けた。

黒い人影が再び襲ってくる。

しかし、今度は柚木が先に動いた。

風を纏った拳で、黒い人影を殴った。

「おりゃあ!」

黒い人影が吹き飛んだ。

「やった!」

柚木が喜んだ。

「いい感じだ」

蓮も笑った。

「もう一回やるか?」

「おう!」

二人は、しばらく訓練を続けた。

2

訓練を終えた後。

蓮と柚木は、居住区に戻った。

「疲れたけど、眠くならないな」

柚木が不思議そうに言った。

「この場所、本当に時間がおかしい」

「ああ」

蓮は窓の外を見た。

空は、相変わらず灰色。

「そろそろ、戻るか」

「現実世界に?」

「ああ。大樹たちが心配だ」

「分かった」

柚木は立ち上がった。

「クヤ、転移できるか?」

「ああ。今度は、お前の家の近くに転移する」

「なんで家?」

「まず、家族を救え」

クヤの声は真剣だった。

「お前の家族も、神に狙われている」

「完全に器になる前に、助けろ」

「…分かった」

蓮も立ち上がった。

「柚木、準備はいいか?」

「いつでも」

「じゃあ、行くぞ」

蓮は力を解放した。

黒い光が、二人を包む。

空間が歪み、視界が暗くなる。

そして──

次に目を開けたとき、二人は蓮の家の前にいた。

3

夜。

蓮の家の前には、誰もいなかった。

「何時だ?」

柚木が聞いた。

蓮はスマホを見た。

「午後十時…まだ木曜日か」

「虚無ノ境にいたのは、どれくらいだった?」

「分からない。数時間?いや、もっと長かった気もする」

「時間の概念が薄いって、こういうことか」

柚木が呟いた。

蓮は家のドアを開けた。

「ただいま」

返事はない。

リビングに入ると、家族が全員、ソファに座っていた。

しかし、みんな無言。

父親は、虚ろな目で天井を見ている。

母親は、膝の上で手を組んで、何かを呟いている。

葵は、壁に向かって座っている。

「…みんな」

蓮は愕然とした。

家族全員の背後に、靄が濃く漂っている。

父親は紫。母親は緑。葵は緑。

そして、昨日よりもはるかに濃い。

「まずい…」

「ああ。もうすぐ、完全に器になる」

クヤの声が警告した。

「今すぐ、力を使え」

蓮は父親に近づいた。

「父さん」

父親は蓮を見た。

その目は、焦点が合っていない。

「知恵が…必要だ…」

父親の声は、かすれている。

「真理を…求めなければ…」

「父さん、しっかりして」

蓮は父親の肩に手を置いた。

そして、力を流し込んだ。

黒い光が、父親の体に染み込んでいく。

紫の靄が、揺れ始めた。

「うっ…」

父親が呻いた。

「やめろ…知恵を…奪うな…」

「父さんは父さんだ!」

蓮は力を強めた。

紫の靄が、少しずつ剥がれていく。

しかし、完全には剥がれない。

「くっ…」

蓮の体が痛む。

まだ、完全には力を制御できていない。

「一旦引け」

クヤが助言した。

「家族全員を一度に救うのは無理だ」

「でも…」

「順番にやれ。まず、一人ずつ、確実に」

蓮は力を引っ込めた。

父親の背後の紫の靄は、半分くらいになった。

「はぁ…はぁ…」

父親は荒い息をついた。

「蓮…?お前、いつ帰ってきた?」

「今」

「そうか…」

父親は頭を押さえた。

「頭が…痛い…」

「大丈夫。今、楽にするから」

蓮は母親に向き直った。

「母さん」

母親は蓮を見た。

その目は、涙で潤んでいた。

「蓮…みんなを…守らなきゃ…」

「癒さなきゃ…助けなきゃ…」

母親の声は、切実だった。

「でも、私…疲れた…」

「もう、限界…」

「母さん…」

蓮は母親を抱きしめた。

そして、力を流し込んだ。

黒い光が、母親を包む。

緑の靄が、激しく抵抗した。

「この器は…私のもの…」

癒しの神の声が、母親の口から漏れた。

「この優しさは…私が必要だ…」

「違う」

蓮は力を強めた。

「母さんの優しさは、母さん自身のものだ」

黒い光が、緑の靄を押し出していく。

母親の体が震えた。

「うっ…あああ…」

そして──

緑の靄が、半分剥がれた。

「はぁ…はぁ…」

母親は蓮の腕の中で、荒い息をついた。

「蓮…ありがとう…」

「まだ終わってない。でも、大丈夫」

蓮は母親を解放し、葵に向かった。

「葵」

葵は壁に向かったまま、動かない。

「お兄ちゃん…」

小さな声。

「私…怖い…」

「何が怖い?」

「声が…大きくなってる…」

葵は震えていた。

「『調和を保て』『バランスを守れ』って…」

「もう、私の声が聞こえない…」

「大丈夫だ」

蓮は葵の肩に手を置いた。

「俺が、その声を消してやる」

力を流し込んだ。

黒い光が、葵を包む。

緑の靄が、抵抗した。

しかし、葵はまだ子供だ。

神の力も、完全には根付いていない。

靄は、比較的簡単に剥がれた。

「…あ」

葵の目に、光が戻った。

「お兄ちゃん…」

「ああ」

葵は蓮に抱きついた。

「怖かった…」

「もう大丈夫だ」

蓮は妹の頭を撫でた。

4

家族全員から、神の力を半分剥がした後。

蓮は床に座り込んだ。

「はぁ…はぁ…」

体が重い。

力を使いすぎた。

「蓮、大丈夫か?」

柚木が心配そうに声をかけてきた。

「ああ…何とか」

「すごいな、お前。三人も一度に」

「まだ、完全じゃない」

蓮は家族を見た。

三人とも、まだ靄が残っている。

しかし、昨日よりは薄い。

「また明日、続きをやる」

「無理するなよ」

「分かってる」

蓮は立ち上がった。

「父さん、母さん、葵。今日はもう寝てくれ」

「…ああ」

父親が頷いた。

「なんだか、よく分からないが…楽になった」

「よかった」

母親と葵も、部屋へ戻っていった。

蓮と柚木は、リビングに残った。

「これから、どうする?」

柚木が聞いた。

「大樹と美月のところへ行く」

「今から?」

「ああ。二人も、危ないはずだ」

「分かった」

二人は家を出た。

5

夜の街。

人通りは少ない。

しかし、所々で、奇妙な光景が見られた。

路地裏で、何かを祈っている人々。

公園で、集団で何かを唱えている人々。

そして、みんなの背後に、靄が見える。

「街全体が、おかしくなってる」

柚木が呟いた。

「ああ」

蓮は拳を握った。

「急がないと」

まず、大樹の家へ向かった。

大樹の家は、一軒家。

蓮は何度も遊びに来たことがある。

ドアをノックした。

しばらくして、大樹の母親が出てきた。

「あら、蓮くん。こんな時間に」

「すみません。大樹、いますか?」

「いるけど…今、部屋にいるわ」

「会わせてもらえますか?」

「ええ、いいわよ。上がって」

蓮と柚木は家に上がった。

大樹の部屋へ向かう。

ドアをノックした。

「大樹、俺だ」

「蓮?入れよ」

蓮はドアを開けた。

大樹は、ベッドに座っていた。

その背後の赤い靄は、まだ残っている。

しかし、完全に器にはなっていない。

「どうした?こんな時間に」

「話がある」

蓮は部屋に入り、ドアを閉めた。

柚木も一緒に入った。

「誰だ?」

「柚木。三年の」

「ああ、生徒会の…」

大樹は首を傾げた。

「で、話って?」

蓮は真剣な顔で大樹を見た。

「大樹、お前の中に、神がいる」

「…は?」

「冗談じゃない。本当だ」

蓮は説明し始めた。

神々のこと。器のこと。代理戦争のこと。

そして、自分の力のこと。

大樹は黙って聞いていた。

「…信じられるか?」

蓮が聞くと、大樹は長い沈黙の後、答えた。

「信じられないけど」

「でも、お前が嘘をつく理由もない」

大樹は自分の手を見た。

「確かに、最近おかしい」

「声が聞こえる。『戦え』『殺せ』って」

「そして、時々、自分が自分じゃなくなる感じがする」

「それが、神のせいなのか」

「ああ」

蓮は頷いた。

「俺が、その神を追い出せる」

「…やってくれ」

大樹は蓮を見た。

「俺は、俺でいたい」

「分かった」

蓮は大樹の肩に手を置いた。

そして、力を流し込んだ。

黒い光が、大樹を包む。

赤い靄が、激しく抵抗した。

「この器は…戦士として完璧だ…」

戦の神の声が、大樹の口から漏れた。

「渡すものか…」

「大樹は、お前のものじゃない」

蓮は力を強めた。

黒い光が、赤い靄を押し出していく。

大樹の体が震えた。

「うっ…ああああ!」

そして──

赤い靄が、完全に剥がれた。

大樹の背後から、靄が消えた。

「はぁ…はぁ…」

大樹は荒い息をついた。

「…すげえ」

大樹は自分の体を確かめた。

「声が、消えた」

「よかった」

蓮は安堵の息をついた。

しかし、体が重い。

「蓮、大丈夫か?」

「ああ…ちょっと、疲れただけ」

「無理すんなよ」

大樹は蓮の肩を叩いた。

「で、これからどうするんだ?」

「お前に、頼みがある」

蓮は真剣な目で大樹を見た。

「俺たちの勢力に、入ってくれ」

「勢力?」

「ああ。神々と戦うために、俺たちは仲間を集めてる」

「お前の力が必要だ」

大樹は少し考えてから、笑った。

「当たり前だろ」

「お前と俺は、幼馴染だ」

「お前が戦うなら、俺も戦う」

蓮は胸が熱くなった。

「ありがとう」

「おう」

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