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水の月  作者: ふじさき
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後編 Ⅲ 《side:ピアニー》

 



「除籍?」


 ピアニーは何の話かと不思議そうに呟き、父親は「そうだ」と淡々と返す。


「なぜですか?」

「先日言ってあったはずだ。アルミーナム伯爵家に傷をつけようとする行動をとった場合、お前を除籍すると。お前はそれに同意して署名したな?」

「え、ええ……」


 厳しい語調で言われることに、ピアニーは戸惑いながら頷く。

 その反応を見た父親は感情の抜けた顔ではぁと溜息を吐いた。


「……昨日の、ジンク子爵令嬢との茶会で随分と楽しげに話していたようだが?」

「あっ」


 指摘され、ピアニーは驚きで顔を強張らせる。

 二人だけだった昨日のことがなぜ父親に筒抜けとなっているのか……もしかして、デイジーが告げ口したのか……

 思い至りハッとなったピアニーは唇をぎゅっと締め、床へ視線を落とすと睨みつけるかのような目つきになった。


(あの子にはくれぐれも間違えないようにって念押ししたのに……勝手に話をばら撒くなんて許せないっ)


 すぐに責任を転嫁するピアニーは、今回も自分一人だけ怒られたくないのと共犯者がいるのだと訴えて、宣告された除籍の話を取り下げてもらおうと口を開く。


「まぁデイジーから聞いたんですの? お父様がどうお聞きしたのか分かりませんが、彼女ちょっと大袈裟に話をするのよ。それには私も困っているんです」


 頬に片方の掌を当て、首を傾げていかにも勝手な行動を取られて困っている風情(ふぜい)を示したピアニーだったが。


「必死に言い訳しているところに横入りするが、我々はジンク子爵令嬢とは会って話などしていないよ」


 そう言うヘイルの横で父親もしっかり頷いており、ピアニーの小芝居は通じなかった。

 だったら、と少し本気の困惑した声が出る。


「じゃ、いったいなんの話を……」


 昨日の今日で誰がどうしたのか分からないとしたピアニーへ、ヘイルはまるで幼子へ説明するかのような対応をする。


「なぁピアニー、俺は先日言ったよな。レイン付きの侍従は王宮から派遣されていてかれこれ七年になると」

「え、ええ」

「その頃からレインとファイン殿下との婚約話は上がっていたと」

「……ええ」

「ならばなぜ思いつかないのか。王宮からの派遣が侍従のクラウドだけだと思ったのか?」

「え?」


 ヘイルの問いにピアニーはぽかんとした顔になる。


(派遣が、あの、侍従だけではない……?)


 まだ分かっていなさそうなピアニーにまたも大きな溜息が吐かれる。今度は二人分だ。


「レインの、ファイン殿下との婚約が内定したのは十歳のときだ。そのため、その日からレインは準王族扱いとなった」

「……準、王族?」

「そうだ。そして通常王族の方々には護衛が付く。だが内定の段階で表立ってアルミーナム伯爵家に配置はできないため、レインには王家の影と呼ばれる存在が付いた」

「王家の、影」


 父親の説明にピアニーは気になる言葉をただ繰り返し、呟く。

 その反応に二人は心配より不安が勝るが、説明は続けた。


「ファイン殿下はレインと婚約する前に我がアルミーナム伯爵家へ内偵を入れていた。伯爵家内に何らかの問題があるようなら即対処するべく」


 ぼんやりと呟いていてだけだったピアニーは、耳に入る父親の言葉にようやく理解し始めどんどん顔色を失っていく。


「その王家の影が昨日のお茶会の様子を一部始終殿下へ報告された」

「一部始終?」


 ピアニーは頭の中が混乱していた。


(ファイン殿下へ報告って、どこからどこまで? というか本当なの? だって使用人は下げていたし見えるところに人影は無かったはずなのに)


 どうしてどうしてと内心慌てていると、ヘイルがまた口を開く。


「ピアニー、今お前の頭の中はいつどこから監視されていたか疑問でいっぱいだろうね。でも伯爵令嬢として貴族の慣例をきちんと学んでいれば、王家の影の存在は理解できていたはずだ」


 そして、といったん間を置き。


「王家の影は文字通り影の存在で目立たず任務を遂行する者たちだ。……ここまで言えば流石に分かるな?」


 まるで獲物を仕留める鋭さで突かれ。

 あ、あ、と口を開くピアニーだが声にならなかった。


「レインとジンク子爵令嬢を二人だけで部屋に一晩閉じ込め、時機を見計らってお前が二人がいるところを目撃するのだったな?」

「さ、さぁ。会話の内容はもう覚えてなくて……」


 デイジーのせいにできそうにない。そう思ったピアニーはまだ(のが)れられると信じ、記憶に無いことにしてそう振る舞う。


「ピアニー、シラを切っても無罪にならなと俺は言ったよな?」

「覚えてないの、妹がそう言っているんだから信じてよ」


 しかしヘイルは騙されることなく言いきり、思うようにいかないとピアニーは短気を起こす。


「では、これはなんだ?」


 認めようとしない姿に、父親が眼前に出した一枚の紙。

 ピアニーの位置からでは何が書いてあるか分からないため、立ち上がり近づいていく。そして三歩ほど近づいたところでそれ(・・)が何であるかに気づいた。


「な、な、な、ど、どうしてそれをお父様がっ」


 動揺が大きく声に出てしまった。

 父親が持つ紙はピアニーか時間をかけて考えた、レイン(とついでにデイジー)を凋落させるための覚書(おぼえがき)だったからだ。


「それは鍵付きの箱にしまっておいたはず……お父様、私の部屋を勝手に漁りましたわね?」


 淑女の部屋に親とはいえ入るなんてと思ったから、ここは怒って、ついでに有耶無耶にしようとした。

 けれど溜息一つでこれも退けられる。


「お前は鳥頭か。言ったはずだ、お前に王家の影が付いていたと」

「あ、え、まさか……」

「机の前にじっとして座っていることが苦痛というお前が懸命に書き物をしていたため不審に思ったそうだ。そして書き上げたら音読をし始め……影のものから監視しやすい対象で助かりますと言われたぞ」

「な、なっ」

「それに鍵付きに保管したというが、成人前の令嬢が隠すような錠などあの者たちにしてみれば玩具のようなものだろうよ」


 そして、と続け。


「私が手にしているのは王家の影が作成した写しだ。原本は既に殿下の元にある。もう何の言い逃れはできないぞ、ピアニー」


 裁きを下したかのように告げた父親はピアニーの腕を取り、引き摺って部屋を出て外へ向かって歩き始める。


「お父様っ」


 ピアニーは乱暴な扱いに目をつり上げ全身で抵抗するが、貴族令嬢が成人男性に力で敵うわけがない。

 足を進める合間にも父親の説教じみた愚痴が続く。


「お前はヘイルにどうして私を婚約者として薦めてくれなかったのかと詰ったそうだが、そのようにすぐ逃げようとする令嬢が殿下の隣に立てるわけがないだろうが。そもそも殿下は我が家の内偵後真っ先にお前を名指しして再教育を命じられた。伯爵令嬢として問題がありすぎると。このままでは学園へ行かせられないし、社交界に立たせられないと」

「ごめ、ごめんなさい。ちゃんと、これからはちゃんとするからっ」


 弁解は通じず実力行使にでられて、ピアニーは本当に、真剣に焦った。今更ながらの謝罪が自然と涙声になったものの、もう誰も耳を傾けてはくれない。


「もう遅い。ファイン殿下より猶予をいただいていたが、伯爵家内でお前の矯正は不可能だとの結論が出た。お前を貴族籍から抜き平民として更生施設行きを命じられたのだ」

「私がどうしてっ」

「お前が、王家とアルミーナム伯爵家で交わした婚約を壊そうとしたからだろうがっ」


 我慢ならない言わんばかりに、とうとう父親が怒鳴った。並んで歩いていたヘイルが肩で大きく息をする父親の背を撫で、ピアニーへ冷ややかな目を向ける。


「ファイン殿下はレインの未来を平気で壊そうとする身内を側に置くのは許さないと仰った」


 父親とヘイルがここまで言って、ようやくピアニーは第二王子殿下の怒りを買ったことを、その結果がこの仕打ちなのだと理解した。

 したが、このまま素直に従えるわけもなくならばとピアニーは声を張った。


「だったらデイジーだってこの話に乗ったんですもの、同じように施設行きよね?」


(デイジーも道連れにしてやるわっ)


 けれど最後までピアニーの思うようにならない。


「いいや。ジンク子爵令嬢はお前が伯爵令嬢として圧力をかけ言う通りにさせようとしたと見られて、処罰(・・)は無いそうだ」

「そんなっ、ずるい、ずるいわっ」

「……彼女を幼馴染みと言いながら下に扱おうとしていたとは。しかもお前が引き込んだのに同等の罰を望むとは性根が腐っているな」


 狡いと金切り声を上げるピアニーの抵抗により、せっかく綺麗に整えてあった装いは見るも無惨と成り果てていた。

 未だ必死な形相で力いっぱいに施設行きを拒んでいるが、しかし貴族にとって上からの命令に従わなければならない。

 そう。もうどれだけピアニーが泣いて謝っても更生施設行きは変わらないのだ。

 父親に引きずられるように連れて行かれるピアニーの背を追い見つめながら、ヘイルは思う。

 それでもまだ、学園入学前の未成年である令嬢が終生神に使えることになる修道院直行コースじゃなくてよかったと思うべきだと。

 ーーーもっとも期限内に施設で更生できなければ修道院行きとなるのだが。




「……ジンク子爵令嬢は、彼女に罰は無いが、代わりにある侯爵家を通して縁組が調うこととなる。でもお前はもう貴族令嬢ではなくなるから、それがどういった繋がりになるのか知る必要は無いけれど」




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