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水の月  作者: ふじさき
7/9

後編 Ⅱ 《side:ピアニー》

 



 ーーーレインがファイン第二王子殿下と婚約する


 そう聞かされて頭の中が怒りと苛立ちとで埋め尽くされ錯乱している間に、父親により禁止事項が書かれた書面へ署名をさせられたピアニーは、抱く激情のままに激しい足音を立ててレインの部屋へ突撃した。

 ノックも無しに扉を勢いよく開けた……が、部屋の中はもぬけの殻だった。


「レインなら不在だぞ」


 姑息にも隠れているのかと見回していたところで背後から聞こえた声に勢いよく振り返れば、兄のヘイルが意地の悪そうな笑みを口元に浮かべ壁へもたれるようにして立っている。


「令嬢らしく振る舞うようにって言ったそばからこれか? まったく、先が思いやられるな」


 しかし、ヘイルの苦々しい口ぶりはピアニーの耳を素通りした。

 今はそんなこと聞いている場合ではないから。


「……どこ?」

「何が?」

「レインよっ。レインはどこにっ」

「殿下に呼び出されて王宮に行っている。だが、お前がそんなふうならしばらくこちらに戻せないな」

「お兄様っ」


 ピアニーは掴みかからんばかりに目を爛々とさせ怒りを露にするが、しかしヘイルにはそれが通用しない。

 それどころか平然と違う話を振ってくる。


「ところでピアニー、お前レインの侍従を金で懐柔しようとしただろう?」


 その問いにピアニーの肩がびくりと小さく動く。


(な、なんで知られて……)


 ピアニーは内心焦るが素直に「はい、そうです」と認めるわけにはいかない。

 ふん、とそっぽを向いて当然のように否定した。


「し、知らないわ」

「シラを切っても無罪にはならないぞ。ま、話を持ちかけた相手が悪かったな。レインの侍従は王宮から派遣された者だぞ」

「はぁ? だってあの男私たちの幼少時からずっと……あ、え?」


 言いかけて、止めたピアニーはあることに気づく。


(レインの侍従であるあの男は私たちが七歳を迎えた頃につけた……え、ということは?)


 まさかと口を開いた妹へ向かってヘイルの口元がつり上がる。


「気づいたか。レインの婚約についてはそんな頃から(・・・・・・)話が進んでいたんだ」

「どうしてっ」


 口元がつり上がったままのヘイルへピアニーは叫ぶようにして問うが、返ってくるのは冷静な言葉で。


「どうしてって、この件は諸事情によるものだ。ゴリ押ししたとか間抜けたことを言うなよ? うちは伯爵家なんだから王家へ婚約の話なんて簡単にできないんだ。しかも同性を、なんてな」

「だったら私を薦めてくれてもっ」

「だからレインでなければファイン殿下との婚約話は上がらなかったと言っている」


 より強い口調でヘイルからそう言われて、ピアニーは荒くなりそうな鼻息を懸命に押さえる。


「レインが婚約するに至った事情も発表と同時に明かされる。それをもって我が家に敷かれていた箝口令が解かれるから、お前にもそのときにきちんと説明しよう」




 レインは婚約発表までの五日間、ヘイルが本当にそうさせたのか伯爵家に戻ってくることはなかった。その不在がピアニーを更に苛立たせたが、父親や兄は知らぬふりをするし母親は近づいてもこない。

 そうして迎えたその日、ピアニーはヘイルから新聞を渡された。

 渋々と広げた新聞に大きく書かれているのは王太子妃の出産で、第二王子とレインの婚約の件は右下の端の方に書かれてあった。

 その記事の中で聞きなれない言葉を見つける。


「なに、魔法士って?」

「ん? お前に分かりやすく説明すれば、魔法士は魔法使いと同じ意味だ。教会が承認してそう呼ばれる」


 魔法。

 その言葉の意味は分かるが、にわかには信じ難かった。


「……私は、レインが魔法を使ったところを見たことはないわ」

「そうだな、我が家で見たのは俺と父上しかいない。だが教会がレインの魔法を認めている」

「え?」


(レインが、本当に使える?)


 ピアニーも教会という上位の立場を出されては少々反論しにくい。


「なんでレインが……双子で生まれた私は使えないのにっ」

「力の有無に双子であることは関係無いぞ?」

「そんなことないわ。そうよ、きっとあいつが私の持っていた力を奪ったのよっ」


 思わずピアニーは叫ぶが、「レインをあいつと呼ぶな」と注意しようとしたヘイルの背後から、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴する声が届く。

 伯爵家当主である父親のお出ましだ。


「そんな荒唐無稽なことを言うとはこれまで何を学んでいたのか……お前とレインは双子であっても体に組み込まれている血が違うのだろう。お前は母親の血が濃く、レインは我が伯爵家……いや私の祖母の家の血が濃いのだろう。私の祖母の実家はときおり魔法士が誕生しているそうだしな」

「……」

「ここ数日の振る舞いといい、レインへの発言といい、このままでは到底学園へ通わせるどころか外にも出せんな」


 疲れ果てたような父親の苦言もまた、ピアニーの耳を素通りした。

 そして以前より簡素な部屋ーピアニーが物を壊しまくったことで罰として新しい物が補充されなかったーでぶつけられなくなった苛立ちを、今度はレインを狡いと言いながら自身の生まれを嘆き始め……

 そうして、悲劇のヒロイン・ピアニーが誕生したのである。




(やっぱりデイジーを使うしかないわ)


 レインの評判を卑しめるのに手っ取り早く不貞という理由を使うことを決めた。ただしその不貞の相手を誰にするか少し悩んだ。

 簡単に使えるのは伯爵家にいる使用人だが、ピアニー付きの侍女でさえ五歳以上の年の差があり他の女性となると兄のヘイルの年齢以上の者ばかり。仮にピアニー付きの侍女が引き受けてくれて実行したとしても、発覚後に父親から口外するなときつく言われてしまえば使用人は従うしかない。


伯爵家(うち)の中で終わってしまうのじゃダメなのよ……ぜったいに口止めできない相手じゃないと)


 そう考えたとき、デイジーがいると思いついたのだ。

 ピアニーは慌てて白紙の紙へと考えた作戦を書いていく。

 まず、レインとデイジーを二人だけにして部屋に閉じ込める。

 一晩経ってピアニーがその部屋に行き二人を見て不貞だと叫ぶ。

 レインは王家に泥を塗り、その結果レインとファイン殿下の婚約は破棄。傷モノとなったデイジーに責任をとってレインがジンク子爵家へ婿入り。

 王家へはアルミーナム伯爵家の謝罪として、同じく曽祖母の血を引き双子の妹であるピアニー(自分)が殿下の婚約者となる。

 書いた紙を掲げて、久々に満面の笑みを浮かべたピアニーは「完璧じゃない、これっ」と自画自賛した。


(これならレインや、あとデイジーの名も落ちぶれるわね。うふふ)


 機嫌が浮上したピアニーは、さっそくデイジーを呼び寄せるべく父親と交渉した。お茶会の名目は、失恋となるデイジーを慰めたいにしておいた。

 父親は渋ったものの最終的には許してくれた。


「……ジンク子爵令嬢と会うのは認めるが、くれぐれも署名した禁止事項をしないように」

「分かっております」


 次に、お茶会の席はどこに設けようかと考える。ピアニーの部屋や客室では使用人たちの目と耳があるし……と窓へと視線を移す。


「外、はどうかしら」


 庭なら隠れる場所も遠いしもし、万が一そこに潜まれても自分たちの会話は届かないだろう。

 使用人たちにさっさと準備させて、そうして始まったデイジーとのお茶会は、しかしピアニーの予想以上に終始消極的なあの子をその気にさせることに苦慮した。

 レインに不貞の嫌疑をかけるからその相手をデイジーに頼みたいと言ったら、血相を変えた顔になって無理だとかアルミーナム伯爵家を潰すつもりと説教してくる。


「もし殿下が不貞した子息がいるような家は取り潰しするって言ったら?」

「家のことはお父様になんとかしてもらうし、そうならないよう私が殿下を慰めるわ」

「ピアニーが? どうやって殿下と会うの?」

「婚約発表されたんだもの、堂々とレインにつきまとって殿下に近づくチャンスを狙うの」

「でも私たちまだ夜会に出られないよ?」

「レインが何度か婚約者である殿下のところに通っているって聞いたからそれについて行くわ」


 こんなに完璧な企みをピアニーが力説したというのに、デイジーは最後まで頷かなかった。

「考えさせて」と、この言葉を引き出せただけでもよしとするべきだろうか。

 別れる間際まで、くれぐれも「間違えないように」と念押ししてデイジーを子爵家へ帰した。






 ピアニーは自分が考えたシナリオ通りに事が進むと信じきっていた。

 ーーーデイジーとのお茶会があった日の晩までは。

 翌朝、侍女の手で身支度を整えたピアニーの部屋に父親とヘイルが乗り込んできた。


(普段から礼儀作法に煩い二人がこんな無作法なこと……次に注意されたらこのことを言い返そう)


 ピアニーは憂鬱そうな顔をして二人の行動に文句をつける。


「お父様もお兄様も、淑女の部屋に了解もなく入らないでくださいませ」

「いや、お前はもう淑女である貴族令嬢ではないよ」

「はい?」


 ヘイルの言葉にピアニーは首を傾げ、そんなピアニーへ父親は酷く冷めた目を向け淡々とした口調で告げた。


「ピアニー。お前をアルミーナム伯爵家より除籍とする」




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