裏側の話 《side:レイン》
「ここ数年かけて我々の婚約について周囲へ根回ししたから、主だった貴族から抗議は届いていないよ」
「……それならいいんですけど」
「でも伯爵家はそうじゃなかったんだろう?」
王族特有の色である黒髪が優しい風でさらさらと揺れるのをなんとなく見つめていたレインは優しげな声でそう問われ、向かいに座るこれまた特有の金眼に向けて苦笑を返す。
一昨日、ここオーア王国の王宮よりいくつかの発表が行われた。
まずは王太子妃殿下が第二子の王子殿下をお産みになられたこと。そしてその第二子が無事五歳を迎えたら、王太子殿下の弟君に当たられるファイン第二王子殿下の王位継承権を外し一代限りのプラティナム大公家を興すこと。最後にプラティナム太公の太公妃と同等の立場としてアルミーナム伯爵の第二子であるレインを籍に入れること。
ファインが言う「抗議はなかった」は、特にレインがファインへ嫁ぐという件だろう。ーーー嫁ぐ、として表現が正しいかはよく分からないが。
「私はここ十日ほど妹と顔を合わせてはいないんですけど、クラウドがこれまでに無いくらいの荒れようだから近づかない方がいいと」
「それについて、私にもクラウドやヘイルから報告は届いている。……さて、妹君が無事に学園へ入学できるといいんだが」
レインの溜息交じりの言葉を受け金の瞳を細めながら呟くように言う男性は、オーア王国の第二王子であるファインだ。
本日レインは、王子妃(妃? は表現として違うかもしれないが他の言い方が分からないのでこのまま通そう)教育のため王宮に出向き、一通りを終えた後に行われる恒例の婚約者とのお茶に臨席していた。
この日の話題は当然のように先日発表されたファインの婚約について周囲の反応はどうだったかというものだった。レインは侍従のクラウドから逐一屋敷内の反応がどうであるかを聞いていたが、やはりというか妹のピアニーはレインの婚約相手を知って不機嫌に物へ八つ当たりしているという。
しかも「狡い、狡い」と喚いているとか。
(昔から僕を狡いというけどぜんぜん意味が分からない……)
レインはピアニーの嫉視に気づいていないので、毎度の疑問を浮かべながら手にしていたカップを下ろし、ふうと息を吐く。
レインを狡いと言うピアニーだが、幼少期に周囲から可愛がられていたのはピアニーの方だ。アルミーナム伯爵家に生まれた末の娘ということで、両親も兄も甘やかし構い倒していた……と思う。当時のレインは乳母が付けられていたものの嫡男でもないし、やや放置気味に扱われていた。
別にあからさまな差別があったわけではないし、乳母は常に近くにいた。それにレインの毎日は一人遊びがほとんどだったので寂しいとは思わなかった。そのうち庭に出る許可を貰い、通いの庭師と仲が良くなり、一人遊びの場が室内から庭へと移った。
その一人遊びしているところを兄ヘイルが目撃してーーー
「大丈夫かい、レイン?」
ファインから呼びかけられて、レインは沈んでいた思考の底から意識を今へと戻す。
「クラウドを付けているからよっぽどのことがない限り君の妹は悪さできないと思うけど、我慢ならなくなったらここに来るといいよ」
「……ありがとうございます。もう無理だと思ったら、そうします」
心配そうにするファインは避難場所を提供してくれるようだが、レインはまだ頼る気はなかった。これまでのピアニーは口撃するか、物を壊すかのどちらかしかなく、直接大きな実害が無かったからである。
「……心配だな」
「側にクラウドも、そして兄もいますよ」
「それでもね……ほら、君の妹は件のジンク子爵令嬢を呼び寄せ二人だけで茶会をするそうじゃないか」
「そうらしいですね」
「二人だけで、というなら君は参加しなくていいのだろうけど……」
レインは首を横に振って、ファインに同意を示す。
「もうジンク子爵家との茶会はしませんし、父からも参加する必要はないと言われたので」
「そう? なら不安は少ないかな」
レインは不思議な言葉を聞いたかのように首を傾げる。
「不安、ですか?」
「だってヘイルからの話では、君をジンク子爵家へ婿入りさせようとしていたのだろう? そうしようと企んでいるときに第二王子である私との婚約を聞いて、あの妹がおとなしくしているはずも、黙っているはずもない」
「まぁそうですね。もしかしたらその茶会でジンク子爵令嬢に薄着で私の寝室に行けと嗾けそうですけど」
レインは自分で言って、一番可能性がありそうだなと考えた。
聞いたファインは眉間に皺を寄せ、とても嫌そうな表情になる。
「令嬢と二人寝室に閉じ込める……ふうん、そんな醜聞となるとレインに責任を取れと言いかねないね?」
「それがピアニーにとって一石二鳥なんでしょう」
「私との婚約が破談となり、責任を取って子爵家……格下の爵位へ婿入りとなるから?」
こくりとレインが頷くと、「性格悪過ぎないか?」と呆れ返るファイン。
「もしかしたら、自分が王子妃に取って代われるかもと思ってそうですけど」
「……そこまで阿呆なのか」
ファインは頭が痛いと言わんばかりに額に手を当て目を瞑る。
だがすぐに静かな声で「その可能性を一番に考えていた」と呟く。
「まぁ令嬢二人がそのような行動を取るなら、王に従う貴族として相応しくないと排除するだけだ。それでジンク子爵家は後継ぎを無くすかもしれないけれど、親戚がいないわけではないしね」
額に当てていた手を温くなったカップへと伸ばし、冷酷な声でそう告げてからファインは一口含む。
「……引き続き監視はしている。レインは屋敷内でもクラウドを伴うことを徹底してほしい」
「はい」
「一応ヘイルにも伝えるか……手紙を書くから渡しておいてくれ」
「了解しました」
ファインはそう告げるとテーブルに置いていた鈴を鳴らして使用人たちを呼べば、すぐにファインとレインの侍従が近づいてきた。
「……令嬢の二人がきちんと考えられる貴族であることを祈るよ」
そう小さく呟くファインの横顔は、しかし何かを謀っているかのようで、レインとしてはあの二人が馬鹿なことを考えませんようにと祈ることしかできなかった。




