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水の月  作者: ふじさき
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中編 Ⅲ 《side:ピアニー》

 



 ピアニーのいないところでそんな話し合いから屋敷に軟禁が決まったことなど知らず。

 怒りといろいろな感情から夕食も途中で止めて、足を踏み鳴らして自室に戻ったピアニーは開けた扉も昂る感情のまま思いっきり力を込めて閉めた。その身のこなしは到底淑女として程遠く、それを含めた振る舞いを父親に窘められているのだが本人は理解していない。


(むかつく、むかつくっ)


 怒りに駆られるピアニーは目についたクッションを手にすると、壁へ向かって振りかぶって投げた。それがちょうど飾られていた玻璃細工の置き物に当たり、クッションと合わせて床に落ちる。パリンと割れる音がやけに澄んで響き、それがまた(しゃく)に障った。


「ああ、もうっ」


 割れて破片となったそれを片付けさせるより先にこの苛々を解消したいと、落ちたクッションを手に取ろうとして身を屈めたところで大きな破片に自分の顔が映った。部屋が薄暗いのも相俟って、映る色が更に暗く見えて、ピアニーは顔を上げるとその破片へクッションを叩きつける。

 大きく肩で息をして、何度も何度もクッションを叩きつけた。




 ピアニーはレインと同時に生まれた。先に生まれたのがレイン、だから兄と妹となり三兄妹の末子となった。

 生まれた当初はあまり覚えていないが、物心ついたときには両親と長兄ヘイルから可愛い、可愛いと毎日言われ、伯爵家のお姫様として扱われていたように思う。

 でも、ピアニーはそれだけで満足できなかった。可愛いと言われることは嬉しいが、毎朝鏡に映る自分の髪の色を見る度に気が(ふさ)ぐから。この色は母親と同じなのにそうなるのかと言えば、片割れであるレインの髪がキラキラと輝くブロンドだから、で。

 長兄のヘイルもレインと同じ髪色だが、レインはピアニーと同じ時に生まれたのに持つ色が違うということが不満に思うのだ。しかもその色のせいでより可愛く見えるのか、年に数回ある親戚の集まりではヘイルだけでなくレインの容姿も褒められており、それもピアニーは不満だった。

 そんな不満はいくつも重なるもので、その頃から始まったジンク子爵家との交流で、子爵夫人に連れてこられたデイジーがレインの髪を遠慮なく褒めた。


「キラキラしてとても綺麗ね」


 目を輝かせるデイジーの髪色はブラウンなので、だからこそ口に出した賞賛だろう。

 けれどデイジーはピアニーには何も言わなかったのである。子爵令嬢でありながら伯爵令嬢を褒めるような言葉は、何も。

 このとき、ピアニーは決意したのだ。レインの髪は自分のものにならなかったけれど、それ以外のものは全部奪い取ろうと。

 ……とはいえ、そう決意しても六歳で既にレインには侍従がピアニーには侍女が付けられており思うような行動が取れない。

 では両親や兄のヘイル、屋敷の使用人らの関心を得ようとするも、結局母親の愛情しか得られなかった。いつの間にか父親とヘイルはピアニーを昔のように特別扱いをしなくなっていたのである。

 それどころか、父親は「勉強しろ」と口煩くなった。レインへ言う以上にピアニーへ厳しく言い、更にそのために付けられた家庭教師からもきつく言われて、とどめに「レイン様はできているのに」と溜息交じりの発言でカチンときたピアニーは、その家庭教師を教え方が悪いと父親へ泣きつき、その結果外させることができた。ーーーそのときは上手くいったと内心喜んでいたのだが、実はこの家庭教師はずっとレインに教えていたことを近々知ることになる。

 さて、このときまでにピアニーが上手くレインから奪えたものは、決意したときに想像していたほどの数は無かった。

 なので次に考えたのは、レインの立場を伯爵令嬢である自分より下に落とすということだった。それが手っ取り早く可能なのが、子爵家のデイジーへの婿入りだ。

 デイジーの恋心を知るピアニーは応援している(てい)で母親に協力を願い、昨日もレインをお茶会に同席させていた。そして話題に婚約者のことが上がったから気持ち強めに提案してみたが、レインからはお決まりの当たり障りのない返し。でもそう思っているのなら父親にデイジーとの話を進めてもらおうと企みつつ、でも先に自分の婚約のことが気になるため尋ねてみたのだが……




「潰す、潰してやるわ」


 ピアニーは割れた破片を更に細かくする勢いで叩き続ける。


「急いでデイジーに連絡して、あの子に動いてもらわなきゃ」


 それと同時にレインの婚約相手を調べなければならない。でも共に暮らしていて、今まで誰かと交流している感じはしなかった。

 しなかったけれど、レインにはもう婚約者がいる。


「……ま、相手はレインの侍従に聞けばいいか」


 なんて思いついて。

 明日からの行動を予定立てたところで幾分気が晴れたピアニーは、破片の散らばる部屋の片づけをさせるため隣室に控えている侍女を呼び寄せる。

 それから就寝するための準備を整えさせて、ピアニーは惨めになったレインを想像して溜飲を下げるとすとんと眠りに落ちた。

 しかし。翌朝目覚めると、侍女たちの間に張り詰めた空気があってピアニーは何事かと首を傾げるが説明は無い。

 そんな空気を感じつつ、朝食はレインと顔を合わせたくなかったので自室に運んでもらい、その後デイジーへ手紙を送る。伯爵家(うち)に呼び寄せる理由をどうしようかと悩み、お茶会でいいかとあっさり決めた。

 だがそのお茶会を開くことが禁止され、更に最低限学び終えるまで外出禁止という厳しい仕打ちに、ピアニーは嫌がり果ては泣いてちゃんとやるからと宣言した。それでも外出禁止は解けず、家庭教師による授業はなんと母親同席のもと進められた。

 屋敷に閉じ込められ、母親に監視され、雁字搦めのなかで礼儀作法や算術などの学びを詰め込まされているうちに、父親の示した二ヶ月という期限が過ぎた。


「さぁ、ピアニー。学びの成果を今度開く我が家でのお茶会で披露してくれ」






 デイジーと二人きりでのお茶会は二ヶ月経ってようやく叶うこととなった。アルミーナム伯爵家主催のお茶会で示した振る舞いに、ピアニーはなんとか及第点をもらえたからだ。

 ーーーもっとも父親は近い将来に及第点を与えたことを後悔することとなるのだが。


(ふふん、私だってやればできるのよ)


 とにかく、ピアニーは二ヶ月で成果を出したことに生半可な自信を持った。

 それから三日後のことである。

 ピアニーは父親に呼ばれ執務室へと向かった。そこにはなぜか長兄のヘイルもいて、とりあえず二人から文句を言われぬようようやく身についたカーテシーをして入室する。


「……本当に最低限ですね」

「まだ多少粗が見えるな。王都に向かうギリギリまで躾けよう」

「それしかありませんね。貴族家に嫁ぎたければ学園を卒業するしかありませんし」

「ああ」


(はぁ? まだあんなのを続けるの? 面倒なんだけどなぁ……)


 ピアニーの耳に父親とヘイルによる不穏な会話が届き、つい内心でぼやいてしまう。声に出していないので、気づかれることはないと思うけれど、と考えながら腰掛けたピアニーへ父親は数枚の紙を差し出した。


「なんですの?」

「今日より学園卒業までの禁止事項を書いた。まずは最後まできちんと読むように」

「は?」


 予想しなかった言葉に思わず眉間に皺が寄ってしまい、その仕草にヘイルが何か言いたげに目を細める。その目と合ったピアニーは余計なことを言われる前にと、慌ててその紙を手に取った。


「アルミーナム伯爵家の家名を傷つける行為は禁止する……伯爵令嬢に相応しい態度と行動を取る……ん? みだりに異性へ近寄らないこと?」

「そうだ。お前の少々高慢な性格も注意が必要だが、自分に婚約者がいないからとむやみに学園で探そうとするなよ」


 父親の「探そうとするな」との言葉にびくりと肩を震わせるピアニー。顔に表れた気持ちはしっかりと「なぜ知られたのか」という驚きが乗っていた。


「アルミーナム伯爵家に傷をつける行動を取った、いや取ろうとした段階でお前を除籍することも考えている」

「な、なんで……」

「お前が貴族令嬢として不適切な行動を取れば、レインの婚約に差し障りがあるからだ」


 ぴしゃりと言われ、ピアニーの顔が紅潮し目がつり上がった。


「レイン、レインって、お父様、どうして私がそこまで行動制限されなければならないんですっ」

「レインの婚約者が我が王国の第二王子殿下だからだ」


(……は?)


 ピアニーは意味の分からない言葉を聞いたかのような顔となって父親を見る。


「第二王子殿下の婚約発表が五日後と決まった。そのため先にお前にもこの件を話しておこうと思ってな」


 至極真面目な顔つきと声に冗談ではないらしい、と覚る。

 衝撃過ぎてピアニーの問い返す声が掠れてしまった。


「う、そ……なんで、レインが、王子殿下、と」

「いろいろあり、話し合いの結果そう決まったのだ。なので、お前はここに書かれた禁止事項を行わない旨の署名をするように」


 ピアニーの混乱する頭をよそに父親は立ち直る間も待たず話を進めていく。


「ここにお前の署名を。そう第二王子殿下が望まれている」




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