中編 Ⅱ 《side:ピアニー》
「今のお前の礼儀作法で、我が家で行うとはいえお茶会を開かせるわけにはいかない」
ピアニーの要望を却下した父親の目は酷く冷めたものだった。
「なによ、もうっ」
ピアニーは自室に戻るなりソファに備え付けてあるクッションを掴むと、そう叫びながら力一杯座面へ叩きつけた。
ちなみにピアニーがこのように感情的になった場合、付いている侍女は避難することが認められているため今も近くにはいない。
「家に呼ぶのはデイジーだけだって言ってるのにっ」
大至急、デイジーと相談をする必要があった。相談内容が内容だけに、親を同席させるわけにはいかない。
でも誰かを家へ招く際、必ず伯爵家当主である父親の了解は必須。だからデイジー宛に朝食後すぐ手紙を書いて送り、お昼に顔を合わせることができた父親へ「デイジーと二人でお茶会をしたい」とお願いしたのだが……
「あんなふうに言わなくてもいいじゃない」
立てた段取りが上手く進まないことに、ピアニーは苛々として親指の爪を噛む。
「なによ、なによ、もうっ」
悲鳴のように叫んで、噛んでギザギザとなっている爪の方の手でバンとクッションを叩いた。柔らかいのでそれほど痛みはないが、それでも衝撃はある。
ピアニーはぎりぎりと歯軋りをしかねない勢いで噛み締め、デイジーへ急ぎ相談する理由となった昨晩のことを思い出した。
「ねぇお父様、私宛に婚約の打診が届いているって本当?」
ジンク子爵家二人とのお茶会終え、婚約の件を聞きたくて聞きたくて父親の戻りを首を長くして待っていたデイジーは、我慢しきれずに家族五人が揃った夕食の場で尋ねる。
「ピアニー、食事中にはしたないわよ」
そう母親から窘められるがピアニーはそれを聞き流し、期待に胸を高鳴らせて父親の返事を待つ。
その様子にはぁと大きく溜息を吐き、無意識に寄った眉間の皺を伸ばすように揉む父親はあっさり言った。
「……届いていたとしても、今のお前ではとても見合いの場になど出せない」
「え?」
「家庭教師から逃げ回っていると報告を受けているが?」
「そ、それは」
ただ婚約の話が届いているかどうかを聞いただけなのに、父親は険しい顔をしてピアニーの普段の状況を諌め始める。
ピアニーはそれを軽く聞き流してもう一度尋ねる。
「私はやればできる子なの。ね、それよりも私宛のはいくつ話が届いてるの?」
「……四件だ」
「まぁ」
たった四件。ピアニーの想像よりだいぶ少ない件数に「それだけ?」と小さく呟くも、問題はどこの家から届いているかということ。
これまで母親に連れられて他家へ出向いたお茶会はいくつかあり、その家はうちと同格の伯爵家だけでなく侯爵家もあった。
(子爵家の娘じゃ侯爵家のお茶会なんて呼ばれないものね、ふふっ)
内心でそんな優越感を抱きつつ、相手の家柄を聞く。
「……家柄? 男爵家が一件と、商家が三件だ」
「はぁ?」
躍らせていた心は一気に沈んだ。
しかし父親の追い撃ちが続く。
「ただし既に男爵家と一件と商家が話を取り下げてきたから、現状は商家二件だけだ」
「嘘っ」
「はぁ……この話に嘘を吐いてどうする? 正真正銘、間違いない」
取り付く島もない父親の態度だが、それでもピアニーに湧き上がる憤りのまま続ける。
「侯爵家とか、伯爵家は? 子爵家さえも無いの?」
「無い」
「お父様から持ち掛けてくれたりは?」
「どの家もお前の名を出すと好い顔をしない」
「なっ」
そんなことを言われ思わず赤い顔をして目じりがつり上がるピアニーに、父親は「それだ」と溜息交じりに言う。
「参加した他家の茶会でお前はずいぶん淑女らしくない振る舞いをしたそうだな?」
「おとなしくしてたわっ」
いつ、どこの話か分からないので反射的に否定するピアニー。
「それはお前の基準であって、周りからそう見られているということだ。何人かにそれとなく話を振ったが、子爵家からもご息女は我が息子と合わないでしょうと遠回しに断られたときは、恥ずかしい思いをしたぞ」
「な、な、な、……」
しかしピアニーの否定を嘆かわしいと言わんばかりに、そう言った父親は次に母親を見やり。
「お前も、ピアニーを茶会の間ちゃんと見ていなかったのか?」
「それは、ずっと見ているのは無理よ。私も私の社交があるのに」
そもそも大きな注意を受けていないからと続けた母親の言葉に乗り、ピアニーは「そうよ」と反論する。
「私は大人から注意を受けてないわ」
「では大きな失敗はなくとも小さなことが重なって無理と言われているのだろうな。はぁ、学園へ入学までにどうするか……」
ピアニーが何を言っても、父親はピアニーが悪いと見たままだ。
「父上、このままのピアニーでは学園に入学して早々問題を起こしかねないですよ。それは俺やレインにとっても少々よろしくないのでは?」
「そうだな」
食事を終えたからか、長兄のヘイルが横から参加してきた。しかも聞き捨てならない言葉付きで。
「ちょっとお兄様。私のことでお兄様とレインに何がよろしくないんですの?」
「それは俺たちの婚約事情にだよ」
つり上がったままの目をヘイルへ向けたピアニーに、ヘイルは肩を竦める。
「お兄様はともかく、レインの婚約事情? レインはデイジーの子爵家へ婿入りすればいいじゃない」
鼻先でふんと笑うように言うと、ヘイルは首を横に振る。
「レインはもう婚約が内定している。あ、相手はジンク子爵家じゃないからな」
「は?」
レインの婚約内定の言葉に、ピアニーはここまで生きてきた中で一番低い声が出た。
しかも相手がデイジーじゃないと言うし、先程の婚約事情によろしくないの発言を合わせると、レインの婚約相手は伯爵家以上の家柄であると推測できる。
こんなときの、ピアニーの勘はよく働く。
(レインに私よりも早く婚約者ができた? しかも爵位が高そうな家との?)
「なんだ、ピアニー。その顔は。兄妹なら兄の婚約を祝うものだろう?」
「……なんで」
「何が?」
「なんで、それを、私やお母様に黙ってたわけ?」
低い声のまま、ピアニーはヘイルを睨みつけるようにじっと見る。
この問いには、父親が答えた。
「まだ内定の段階だ。おしゃべりなお前たちには明かせないと私が判断した」
「そ、そんな……でも、話はいつ決まったの?」
「決まったのは五年前だが、話自体はもっと前からいただいていた」
夫の物言いに、夫人はハッと目を瞠る。察することができる人間ならばこの言葉でレインの婚約相手がとても高貴な、おそらく公爵家より上の家柄を持つ方なのではと想像できた。だから夫人は内緒にされ不平に思った気持ちをスッと引っ込めた。二番目の息子の婚約者は不平に思うことさえ許されない相手であるらしい、と。
しかし家庭教師を避け続けるピアニーは『婚約内定』の意味と父親の言葉遣いに気づかず、レインにだけなんて狡いと詰った。
「私も早く婚約者が欲しいっ」
双子であるレインに婚約者が既にいるということで、ピアニーは頭がいっぱいだった。
「だから今のお前では誰も貰い手が無いと言っている。……ふぅ、ヘイルの言う通りピアニーがこのままなのはよくないな」
「でも家庭教師を五人目に変えたばかりですよ」
「そこは、今の家庭教師からまだ逃げ回るなら施設行きしかあるまい。お前やレインに迷惑はかけられん」
ヘイルと父親の不穏な会話に、ピアニーは「絶対に嫌よ」と立ち上がった。
「まだ食事中よ、ピアニー」
「黙って、お母様。施設行きなんて嫌よ、絶対に行きませんからねっ」
立ち上がったピアニーを咎める目で、父親が「ならば」と強く言い聞かすように口を開く。
「行きたくないならば家庭教師から逃げるな。礼儀作法も含め、きちんと学べ。それが施設に行かない方法であり、お前の望む良いところへ嫁ぐ方法だ」
「ぐっ……」
「入学前……そうだな、今から二ヶ月後。どこまで貴族令嬢として相応しくなったかを確認してからお前の入学先を決める」
「なっ、娘にそこまでするの?」
「する。娘といえどお前は一番信用ならない」
父親にそうばっさり切り捨てられて、ピアニーはやけくそ気味に「分かったわよっ」と叫んで、完食しないまま部屋から出ていった。
……ちなみに、レインはここまでずっと無言で食事をしていた。それにピアニーが気づいていたかは知らないが。
「……食事作法も、か。まったく、みっともない」
「母上、あれでは貰い手が見つかりませんよ。……はぁ、今届いている二家の商家からも辞退されるかもしれないな」
「それもそうだが、レインと共に学園へ入学などさせられんぞ」
なぜあんな性格となり、学ぶのを嫌ううえ双子の兄のレインに張り合うようになってしまったのか。
父親も母親も長兄も、レインとピアニーには平等に機会を与え扱ってきたつもりだ。いや、ピアニーが娘だったり妹だったりで少し甘やかしたかもしれないと自覚はある。
それでも父親も長兄もしっかり家庭教師から学ぶようピアニーには言いつけていた。同じようにしていたレインは可もなく不可もなく、課せられたものを淡々とこなしていた。だからこそ婚約が内定したのだ。
「ああ、あいつがレインの婚約相手を知れば、下手をすると我が家は取り潰しになる可能性が……」
「だからこそ、この二ヶ月で見極める」
そんな父親と長兄の会話に、聞いていた母親はさーっと顔色を悪くする。
「あ、あの、あなた」
「ん、なんだ?」
「レインの婚約者はもしかしておう……」
「それ以上はくちにするな」
制止する口調が強かった。目を瞠る母親の表情でそのことに父親も気づき、自身の顔の前で軽く手を振り。
「ああ、すまない。緘口令が敷かれていてまだ言えないのだ」
「そう、ですか」
このやりとりで母親は二番目の息子の婚約相手が公爵家以上の相手だと確信した。そうであるなら、確かにピアニーのレインに対するこれまでの振る舞いは大変よろしくない。
「ピアニーは学園入学まで外には出さない。茶会はお前だけで行くように」
「ええ、分かりました。……では、ジンク子爵家との交流はどうします?」
「うむ。それは続けて構わないが、ピアニーをあちらに連れて行くのは無しだ」
父親であり伯爵家当主の決断により、こうしてピアニーの軟禁が決定した。




