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俺は絵路杉だ!

「俺の名前は絵路杉だ」

鏡に映る自分を見て、心の中で自己紹介をした。


4月、この月になると何かが始まる気がして、毎年高揚で胸が疼き始める。

桜が満開に咲き始め、風は涼しく頬をなぞるように優しくなびき、春という季節を感じることができる。


そんな朝、俺は歯を磨きながら、とある式典への準備をし始めている所だった。

実は今日から高校一年生となり、今年の春から高校生デビューということになる。


そのため新しく新調した制服の襟を整えて、斜めのシマシマ模様が入っている学校指定のネクタイをきちんと締める。


髪型も寝癖がないように治し、容姿に関しては準備万端となっていた。


だが、ここでままでは足りないのである。

高校生デビューというのは、容姿だけが全てではなく、今のままではただ高校生というスタートラインに立っただけに過ぎないのである。


今の自分に足りない物、それは心の中のメンタルである。

気持ちの面でまだ中学から高校へのマインドセットの切り替えが足りていないということもあるので、さっきから歯を磨きながら高校生もののエロ漫画を読んでいる。


「この場合は、こうやって対応したほうがいいのか…」


おっと、春から高校生になる俺はまだ18歳になってないから、エロ本を見るのはまだ早いだって。

そのツッコミはまとはずれだぜ!


この世の中には、””エロいけど健全””という、ギリギリの美学で構築された人類の知恵を集約した文化が存在するのである。


大人の厚略に負けないと肝心な部分は絶対に見せない。だけど、その見えないところを埋める僕たちの脳内に存在するフェチズムがその余白を埋めて美となる。


そういう作品の存在を理解せずにして、読まずに高校生デビューは難しいのを知らないあなたは、もしかして高校生デビューをし損ねた人間かい。


俺は心の中で誰にともなく語りかけながら、陶酔していたそのときだった。


「…おにぃちゃん、ごはんできたよ」

「うぁ!」

背後からの突然聞こえてきた声に、歯ブラシを咥えたままビクッとしてしまった。


慌てて振り返ると、洗面所のドアから妹が覗き込んでいた。

長い黒が身を一つにまとめたポニーテール姿で、可愛げな制服を着たままこちらを見ているのは妹の絵路 伊乃である。

俺より一才歳下で、中学3年。


さっきまでこのエロ漫画は、全年齢向けに工夫された、作家たちの努力の結晶と豪語していたが、この作品を妹の前で、もちろん公共の場面で見ることは、全年齢であろうとも恥じらいはもちろんある。


それをこの可愛い妹に見られてしまったら、俺はこう言われるだろう。

「……何、朝からなんて本読んでるの」


そして、冷きった声とともにゴミを見るかのような目線で。

「こんなお兄ちゃんなんかと一緒には暮らせない。絶交よ」


そんな事態が起きれば高校生デューは愚か、社会からも、家庭からも存在を抹消されてしまう。


想像してみてほしい。

もし伊乃が俺の生活からいなくなったら、俺のスマホの連絡先は、冗談抜きで両手で数えられる人数になってしまうのだ。


俺は咄嗟にさっきまで持ってた”アレ”を背中の中に隠し、何事もなかったのように平然を偽って、歯ブラシを咥えたまま答えた。


「そうか。 磨き終わったらいくよ」

声が僅かに裏返ったのは、ご愛嬌だ。きっとバレてない、絶対に。


伊乃は一瞬こちらをじっと見て、薄く笑った。

「…ふーん。朝からなんか慌ただしいけど、いつものことか」


そういって妹は朝食を食べに戻ろうとしたとき、ちょうど背中の中から何かが滑り落ちる感触がしたがした。


「ドンッ!」

床に打つ鈍い音がに妹は気づきこちらに戻ろうとしている声が聞こえた。


落ちた本は言わずもがな、例のブツである。


表紙には制服姿の男女が描かれ、その2人は淫らな格好をしているが、謎の光で感じなものが見えないように細工されている仕様となっているが、妹に見られてはいけない物トップ3に入る品物である。(※エロ本禁断書物管理協会調べ)


「今なんか落ちなかった?」

声が近づいてくると同時に俺の心臓はドラムのサビに入る前の高翼感を醸し出すドラマー並みに激しく鳴り響き出していた。


驚いたことに、足の真下を見たが本は見つからない。

「あれ…ない…?」

俺は動揺を隠しきれず、小声でつぶやいた。

そして、恐る恐る周囲を見渡すとまさかの洗面台のドアの真ん前にあった。


それに気づいた時にはもう遅く、妹はドアを開け入ってきた。

しかもそのブツは表紙を広げ全力で存在感を主張するような勢いで2ページをフルに使い大胆に漫画のキャンバスを使い自己の西壁を叫び散らかしたような見開きページだった。


「どうかしたの」

足を一歩踏みだす妹はちょうどその本を踏みつけたのであった。


エロ漫画を踏みつける妹が目の前にいて、それを歯磨き粉で泡だらけの口で凝視する兄。

この空間を説明できる言葉は、もはや形容詞で「奇妙」としか言いようがない。


時間すら気まずさゆえに時空の針をゆっくりと止まったかのように静まり返っている。

伊乃は、足元に何かの違和感を覚え、ゆっくりと足元を見ようとし始めた。


「ん?なんだろうこれ…」

眉をひそめ、ゆっくりと視線を落とすその姿に心の中で(やめろ…見るな…その先にあるのは…)と脳内では警報が鳴り響いていたが、体は全く動きはしなかった。


口からは泡が、心からは絶望が漏れ始めていた。

動かない体を前に、俺は何て情けないんだと自分の虚しさで羞恥心がいっぱいだった。


目の奥に厚いものが込み上げ、ぽつりと涙が一粒と頬にと、垂れていく。


(なんで、こんなことに……)

なにかしらの敗北感が溢れ始めてきた。


(いままのままでいいのか、俺は……)

涙が頬から足へと垂れていった、その瞬間に俺の体がようやく動きはじめた。


反射的に目の前の妹と本に視線を上げないように頭を取り、妹の視線が向かないようにした。


「……なにしてるの」

下から妹の声が聞こえてきて、恐る恐る下を見るとそこには、両手で頭を俺のズボンの真ん中、男性のシンボルのあるところを布漉しでの顔面をピッタリとくっつけさせていた。


「ち、違うんだ…これは…事故というか、その…っ」

突然喋ろうとしたことにより、口にしていた歯磨き粉の泡が思わず溢れ出て、妹の顔にかかってしまった。


「…………」

「言い訳けしながら泡をつけるとはなにごとよぉぉお!!!!」


伊乃はしゃがんだ体勢のまま、床の反発力をバネに全力のアッパーを繰り出してきた。

その拳は、完璧なフォームで俺の顎から勢いが骨伝導の形で脳までそう長い時間も必要なく駆け抜け、情けなく地面に倒れ込んで残りの歯磨き粉の泡が情けなく床にこぼれ落ちた。


ため息を一つだけ漏らすと「朝から災難だよ」と捨て台詞を言い、何事もなかったかのように、スリッパの音だけを残して、朝食の場へと姿を消していった。


一方俺は、床にひれ伏しながら、今日の朝起きたすべての出来事を泡のように消えてしまえばと思った。

幸いなことにエロ漫画の存在は無くなったが、兄としての威厳がこの出来事で消え去ってしまった。


青春の春は開幕したばかり、だが俺の物語のプロローグはあっけなく終わってしまったのであった。

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